闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

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ジャックオーランタン

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「うーん、けっこう難しいな」

 小学六年生のクラスを受け持つ与鹿よろく美香みかが、必死で格闘していたのは、ハロウィンパーティで使うオレンジ色のカボチャだった。
 目と鼻と口をくり抜いて、中にローソクを入れてランタンにしたいのだが、美術があまり得意じゃない美香は苦戦していた。

「ヨロク先生が一番下手だな! まあ、頑張れよ」

 生徒の冷やかしに、教室がドッと湧いた。ときどき問題もあるが、比較的仲の良い生徒たちは、相談し合ってカボチャを彫っている。そんな風に楽しそうな生徒たちを見ていると、美香の心にもほんのり明かりが灯った。
 
「みんな、出来た?」

「出来た!」

「うん、出来た」

 口々に手を上げる生徒たちに、美香は嬉しそうな顔をする。出来ていないのはどうやら美香だけのようだった。
 それからホームルームは終わり、あとはハロウィンが来るのを待つだけだが——美香だけカボチャが出来ていないので、持ち帰って続きをやることにした。
 生徒達が次々と教室を出ていく中、美香がため息を吐いていると、ふいに女子生徒の三枝さえぐさハナと男子生徒の伊織いおりトウヤがやってくる。彼らは美香が片付けるカボチャを見て、ふと尋ねた。

「ねぇ、先生。ジャックオランタンって結局なんなの?」

 ハナの質問に、トウヤも頷いた。
 作ることばかり考えて、美香は説明するのを失念していたことに気づく。

「うーんと、諸説あるんだけど。アイルランドだと、生前に悪事を働いたジャックという男の人が、地獄にも落ちることができなくて、死んだ後もランタンを持って夜を彷徨い続けたって話ね。その時のランタンがこのカボチャってわけ」

「先生……そんな怖いもの作ってどうするの?」

 ハナの呆れた顔に、美香は苦笑する。

「他にもカボチャに祖先の霊が宿って、子孫を守ってくれるとも言うのよね。でもカボチャは天国にも地獄にも行けないから、それを祖先にするのはどうなの? ってことで、難しい話ではあるけれど、本来の趣旨や起源は忘れられているみたいなの」

「意味わかんねぇ。なんでハロウィンにカボチャなんだよ」
 
「まあ、せっかくのお祭りなんだし、楽しまなきゃ損じゃない?」

 そして、曖昧な説明で納得しないまでも、二人の生徒は教室を出ていった。美香はカボチャを入れる袋がないので、家庭科で作った風呂敷に包んだ。その後、残業もあって帰る頃にはすっかり夜も更けていたが、美香は電車で一時間ほど揺られたあと、ほんのり街灯が照らす住宅街の道を歩く。

 わりと田舎で、静かな道は、秋の寒さでいっそう寂しい雰囲気だった。
 美香は早く帰宅したい気持ちで、スニーカーの足を急がせる——が、ふいに、カツンカツンと大きな足音が響いた。背中から聞こえたそれに、美香はなんとなく恐怖を覚えて、さらに足を急がせるが。足音はまるで美香の速度に合わせるようにして早まった。
 なんだか怖くなった美香は走って帰ろうとするが、その時だった。

 バタバタと急に走り始めた足音が、美香の傍まで来ると——美香の眼前を、マスクにサングラスの男が塞いだ。

「え? なに?」

 男は美香の腕を掴むと、強い力で引っ張った。しかも美香が大声を上げようとすると、その前に引き寄せられて、口を手で塞がれた。
 動揺する美香は、懸命に男を振り払おうとするが、ビクともせず。そのまま引きずられるようにして近くの公園へ連れて行かれるが——。

 公園の茂みで男が美香に覆いかぶさった時、ふいに、美香が持っていた作り途中のランタンが震え始める。
 しかも次の瞬間、ランタンのカボチャが風呂敷から飛び出したかと思えば——カボチャの下から黒いカーテンのようなドレスが現れ、胴体と手足がにょきりと生えた。その手には死神の鎌のような武器を持っている。

 目と口だけ空いたカボチャは、鼻にかかった声で叫んだ。

 「じゃっくおーらんたん、だよー!」

 子供の声だった。突然変身したカボチャに、状況も忘れてポカンと口を開く美香。対して男が驚きのあまり腰を抜かしていると——カボチャ人間は大きく振った鎌を、男の胸元に刺し込んだ。
 だが男の胸から血が噴き出すことはなく、鎌はすり抜けるようにして貫通する。
 それからカボチャ人間が鎌を引き抜くと、男はなぜかその場で眠ってしまった。

 美香が相変わらず驚いた顔をする中、一瞬で元の出来損ないランタンに戻るカボチャ。
 その後、警察が来たところで、男が目を覚ますことはなかった。
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