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嘘の行方
しおりを挟む昔から友達の柚鈴は鈍臭いし、何をしてもダメだった。しかも私が言ったことを真に受けるから、高校時代は面白くなってよく嘘を吹き込んだものである。
「え? 真広ちゃんって一週間に一度しか寝てないの? それって、辛くない?」
「私の家系は睡眠をとらなくてもいいんだって。なんでも、江戸時代は飛脚をしてたから、夜通し起きてても平気だったみたい」
「そうなんだ? すごいなぁ。私は夜十時には眠くなっちゃうよ」
裕福な家庭で育った柚鈴は、なんの害もなさそうな丸い顔でいつも「すごいすごい」と言った。実際は嘘だけど、いつまで経っても信じ続けるものだから、私も素知らぬ顔をして嘘を突き通した。周りの友達にちょっと注意されたこともあったけど、それでも柚鈴の社会勉強だと言い張って、私は嘘ばかりついていた。
だが楽しかった高校生活もあっという間に終わって、気づくと別々の道に進んでいた。大学の進学で別れてからというもの、その後柚鈴と会うことはなかったけど——ある日、私は社会人になって初めて柚鈴と再会した。
偶然だった。
私のマンションから近いコンビニでぼんやりしている彼女を見た時、私は驚いて声を上げた。
すると彼女は泣きそうな顔をして、私に飛びついた。
その後は、近所のカフェでお茶をしたわけだけど、今までろくに連絡をとらなかったというのに、まるで高校時代に戻ったかのようだった。私が現在、健康食品の会社で営業をしていることを告げると、彼女も自分のことを教えた。
二十五になった彼女は、結婚して専業主婦をしていた。私以外には人見知りをしていた柚鈴に、パートナーができたのは驚きだった。が、聞いてみると、彼女の夫は不倫ばかりのろくでもない夫だった。それでも柚鈴は、相変わらず優しい顔で夫を許しているようだった。
久しぶりに会った友達は高校時代と変わらないお人好しだった。だがあまりに幸せそうな顔をするものだから、むしょうに腹が立った。
だから私は、また嘘を吐いた。
「ねぇ、柚鈴。私の会社で売ってるこのサプリをあげるよ。これを飲めば、みるみる痩せるんだよ?」
「えー、すごい! そんなのタダでもらっていいの? 高いんじゃないの?」
「いいの。柚鈴は今よりもっと綺麗になって、旦那さんを見返さなきゃ!」
「これを飲めば……真人さんも早く帰ってきてくれるようになるかな?」
「きっとなるよ! 誰も柚鈴を放っておけなくなるから、飲んでみなよ。とりあえず、二ヶ月分あげるよ」
本当は、ただのビタミン豊富なサプリメントだった。箱を見ればすぐにわかることだ。だから、私は罪悪感もなく嘘を吐いた。そして彼女はバカみたいに真っ直ぐに信じた。
すぐに気づくだろうと思って楽観的に考えていた私だが。その半年後、柚鈴と再会した時、後悔することになる。
「真広ちゃん。また会ったね!」
「……え、柚鈴?」
再びコンビニで会った柚鈴は、頬がこけてやつれていた。まるで別人のような姿に驚いていると、柚鈴は活き活きした声で言った。
「真広ちゃんが以前、くれたサプリあったでしょ? すごく効くから、あれから買ってるんだ」
「……そ、そうなの?」
「すごいでしょ? 半年で十キロも痩せたの!」
「……」
嬉しそうに話す柚鈴に、私は何を言って良いのかわからず、唇を噛み締める。彼女に渡したサプリメントは確かにただのビタミンだった。しかも短期間でこれだけ痩せるということは、体の機能になんらかの問題があるに違いない。私はそれを伝えようとして口を開くが——彼女は「じゃ、急いでるから」と言って去ってしまった。
それからというもの、常に柚鈴のことが頭から離れなかった。寝ても覚めても柚鈴のことばかり考えていた私は、まるで恋のようだが——まだ、恋をしていたほうがよほど良かった。これほど恐ろしい感覚は他にないだろう。彼女が健康診断などで異常を察知してくれれば良いが——柚鈴は私の話を信じるあまり、痩せたのは薬のせいだと思い込んでいるのだ。そのせいで病気の発見が遅れるかもしれないと思うと、冷や汗が止まらなかった。いや、発見はすでに遅れている可能性がある。彼女は目に見えて痩せているのだから。
私は嘘を吐いたことをこれほど後悔したことはなかった。
そしてようやく自分の過ちと向き合うことができたのは、それから二日後の話だった。柚鈴に本当のことを話そう、そう思って電話をした。チャットだと真剣に聞いてもらえないかもしれないと思ったからだ。すると、柚鈴はものの数分で電話に出た。その声は、悲壮なものだった。
「どうしたの? 柚鈴?」
『どうしよう、真広ちゃん。血を吐いちゃったよ』
「え⁉︎ すぐ行くから、今いる場所を教えて!」
私は柚鈴の自宅を教えてもらい、すぐに駆けつけた。彼女はうちから徒歩二十分の場所に住んでいた。
「柚鈴!」
「真広ちゃん」
駆けつけたマンションには、ぐったりした柚鈴の姿があった。前よりも痩せているかもしれない。私は慌てて救急車を呼んだ。そして柚鈴が指定した総合病院に、私もつきそって向かった。
「真広ちゃん、ありがとう。待合室で待っててくれる?」
「うん、待ってるよ」
それからどこかに運ばれた柚鈴を待つ間、気が気じゃなかった。私が柚鈴をこんな目に合わせたのかと思うと、申し訳なくなって——涙がこぼれた。私は決して柚鈴を傷つけたくて嘘を吐いたわけじゃない。だが、結果的に私の嘘が柚鈴をこんな目に合わせてしまったのだ。
私が胃を痛めるほど後悔していると、待合室に看護師さんがやってくる。看護師さんは私についてくるように言った。そして向かったのは、総合病院内の産婦人科だった。
「真広ちゃん!」
産婦人科のベッドで点滴を打つ柚鈴を見て、私は呆然とする。どうして柚鈴がそこにいるのか、全くわからなかった。
「柚鈴……どうして?」
「ごめんね、真広ちゃん。こんなところまでついてきてもらっちゃって」
「こんなところって……どうして産婦人科に? 婦人科の病気なの?」
「違うよ。私、妊娠したの。つわりがひどくて、血まで吐いちゃって……びっくりして真広ちゃんを呼んじゃった」
「妊娠⁉︎ 病気じゃなかったの?」
「ううん。違うよ……実は真広ちゃんに再会した時、ちょうど妊娠がわかったんだ。ごめんね……サプリメントのおかげで痩せたなんて言って」
「……良かっ……た」
私はその場で脱力すると、冷たい病院の床に座り込んだ。てっきり私の嘘が、病気の発見を遅らせたのかと思ったが、そうじゃなかったのだ。
彼女が初めて私に嘘を吐いたことなど、どうでも良かった。
「真広ちゃんのサプリメント、妊娠中も飲めるって書いてたから、ずっと飲んでたんだ。でもご飯も食べないとダメなんだね」
「当たり前じゃない! ていうか、入院させてもらいなよ。私の姉さんはつわりがひどい時、入院してたよ」
「そうなんだ? 先生にあとで聞いてみるね」
その時の柚鈴は、なぜか嬉しそうな顔をしていた。あとで知ったことだが、柚鈴はこれまでの嘘も、ちゃんと嘘だとわかっていたらしい。それでも一緒にいてくれたなんて、まるで天使のような子だと、ようやく柚鈴の本当の優しさを知ったような気がした。
そしてその後、柚鈴とは学生時代の嘘をネタにしながらお茶をするようになったのだった。
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