闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

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絆を売る店

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「申し訳ないけど、篠原しのはらさんは……」

 オモチャ屋さんに勤めていた私が、どうしてか突然解雇された。
 新しくできたその店は、ラグジュアリーでハイセンスなイメージが売りで、洗練されたデザインの——特にドールが人気で、大人が鞄につけても違和感がないという、先進的なアクセサリーのお店だった。
 そんなオシャレなお店に勤めることができて、誇らしい気持ちになっていたのだけど、まさかの解雇。どうやら人件費削減のため、リストラを発動しているらしい。なんという理不尽。
 
「……在庫管理でもなんでも、続けられないんでしょうか?」

 私はバックヤードで思わずそんなことを言うけど、店長は首を縦には振らなかった。

「ごめんなさいね。これは上の命令なの。うちって十八歳未満は入店禁止にしているし、悪い客層が来ないようイメージ作りも徹底しているから、店員の数もそれほど必要ないのよ」

「……そうですか」

 私はショックを受けながらも、抗うことができない状況なので、しぶしぶ店をあとにした。

 そして失業した私は、生活もあるので就職活動を頑張った。昔からドールなどが好きなので、やはりオモチャ屋さんが良いと思い、あちこちのオモチャ屋さんにアタックしてみた。だけど、少子化もあって、オモチャ屋さんの新規雇用はなかなか見つからず、時間だけが過ぎていった。
 そんな時だった。

「正社員雇用? いいよ。うちで働きなよ」

 絶対に無理だと思っていた、老舗オモチャ屋さんで雇ってもらえることになった。店長のおじいさんは人の好さそうな顔で、まさかの即答だった。
 老舗オモチャ屋さんといっても、改装をかさねて綺麗な外観だし、もうすぐクリスマスということで店内には大きなツリーが飾ってある。そこらじゅうで子供が泣いているようなお店だけど、嬉しくて私は「ぜひお願いします!」と叫んでしまった。

「以前は『ヤマトナデシコ』で働いていたんだよね?」

「はい。三年ほど」

「そっか。全く別の空間だと思って、楽しんで働いてね」

「はい!」

 それから私の新しい生活は始まった。
 高級なドールやブリキのオモチャなんかも置いているのに、子供がそこらじゅうを走り回っているのはちょっと衝撃だった。ブランドの積み木を誰でも遊べるスペースに置いてあるのにもビックリだったけど、何よりどんな客でも入れるようにしているから、警備員の数も半端ない。いっそ、前のお店みたく年齢制限してしまえばいいと思ったけど——店長はこの状態をよしとしているようだった。
 人件費もかかるだろうに、どうして店長は誰でも受け入れてしまうのだろう。そんなことを思いながら、店内の飾りつけをしていると、ふいに店長がやってくる。

「何か気になることでもありますか? さっきからお客さんばかり見ているようですが」

「いえ……」

「人が多いことに慣れませんか? 『ヤマトナデシコ』は入店制限していたと聞きました」

「ええ。どうしてこの店は制限しないんですか? 高価なオモチャばかりなのに。それに、購買層はほとんど大人ですよね?」

「それはですねぇ。子供のうちに慣れ親しんでもらうことで、大人になっても来たいと思ってもらうためですよ」

「子供のうちに慣れ親しむ? 幼少期のことって、大人になっても覚えているでしょうか?」

「ええ、意外と覚えているものですよ」

 そんなことを話していると、ふいにお客さんの一人がやってくる。十代後半くらいの女の子だった。大きなクマのぬいぐるみを抱えた女の子を見て、私は慌ててレジまで一緒に運ぶのを手伝った。

「ありがとうございます。重くて一人では運べなくて……これって、配達も可能ですか?」

「ええ。一律千五百円でお送りすることができますよ」

「じゃ、配達をお願いします」

「では、送り状に記入をお願いします」

 彼女は嬉しそうな顔をして、送り状に記入する。その間、私はくまのぬいぐるみを検品するけど——汚れや傷を見つけて、慌てて指摘する。

「これ汚れているので、新しいものを発注しますね」

「それでいいんです!」 

「え? でも、これ五年ほど飾っていたものなので……」

「私、その子を買うためにお金を貯めたんです。何か悲しいことがある度、このお店に来てたんですが……その子に会うとすごく穏やかな気持ちになれたから。その子がいいんです」

「……わかりました。じゃあ、この子をお送りしますね。ついでにぬいぐるみクリーニングの半額券をおつけします」

「ありがとうございます!」

 それからお客さんは、幸せそうな顔をして帰っていった。
 なんだか私まで嬉しくなるような笑顔だった。
 すると、そこに店長が再びやってくる。

「おやおや、うちの店の看板が売れちゃいましたか。また入荷しないといけませんね」

「はい……でも、こういうのっていいですね。さっきのお客さん、五年もずっとここに通っていたんです」

「このお店が絆を提供できて良かったです」

 そういって、店長はさっきのお客さんと同じくらい幸せそうな顔をして、バックヤードに入っていった。
 ちなみに、私が以前勤めていたお店は、私が辞めてから五年後に閉店したらしい。商売って難しいものである。
 あの時、解雇してくれたおかげで、このお店に巡り会えたのだから、私は運が良かったのかもしれない。
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