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気づかない男
しおりを挟む「それで、なんの用なんだ?」
祝日で街が人でごった返す中、そのレトロな喫茶店は比較的穏やかな雰囲気を醸していた。
突然友人に呼び出された宮野和寿は、四人掛けのソファ席を半分陣取って座っていた。向かいには、呼び出した当事者である今野ユウタがお通夜のような顔をしている。
何か事情があるようだが、なかなか本題を言わなかった。
「用がないなら、俺は帰るぞ」
「ま、待ってくれ! 用はあるんだ! ……ただ、あまり親しくもない君にこんなことをお願いするのが気が引けるだけで」
ユウタが狼狽えるのを見て、和寿はため息を吐く。気が引けるなら、最初から別の人間を選べば良いのだが、理由があるのだろう。和寿は言葉を慎重に選んで、先を促した。
「俺でよければ、相談に乗るから言ってみろ。同じサークルの仲間だろ」
「宮野……なるほど。だからモテるんだな」
「なんの話だ」
「実は俺、モテたいんだ」
「帰ってもいいか?」
ユウタのどうしようもない相談に、和寿は呆れて立ち上がるが、そんな和寿にユウタが縋りついた。
「頼む! 帰らないでくれ!」
「モテたいなら、モテるやつに秘訣を聞けば良いだろう?」
「うちのサークルで一番モテているのは君だろう⁉︎ まさか、気づいていないのか? それとも、当たり前のことなのか⁉︎」
「いや、知らんが……それで、モテたい理由でもあるのか?」
「実は……」
それからユウタは説明した。これまで自分が愛の言葉を告げると、女子が青ざめて逃げていくことを。幼馴染の真似をしているだけなのに、幼馴染のように上手くいかないらしい。その幼馴染は女性だが、女子にモテるという。だから真似をするようになったらしいが、それが上手くいかず。大学生になっても彼女の一人もできない現状に、ユウタは不満を抱いているらしい。
「愛の言葉……か。俺はそんなもん、言ったことはないが」
「イケメンには言葉なんていらないってやつか⁉︎ ずるい奴だな」
「そんなことを言われてもな……じゃあ、言ってみろよ。その愛の言葉とやらを」
「……え。悪いが、俺は女子が好きなんだが」
「違うわ! 俺が問題点を指摘してやるっていうんだよ」
「ああ、そうか。わかった」
それからユウタは咳払いをして、真剣な顔になる。黙っていれば、それなりに綺麗な顔をしているが、何が問題なのだろうか……などと思っていると、ユウタは告げた。
「君の瞳はあの高層ビルに反射する月よりも美しいよ」
「ぐはっ」
「君のその肌はまるで漆のようになめらかではないか」
「ちょ、ちょっと待て」
思わずコーヒーを吹き出した俺は、愛の言葉を告げるユウタを止める。ネタとしか思えない言葉の数々に、さすがに聞いていられなかった。
「それ、本当に幼馴染が言ったのか?」
「ああ。幼馴染は、これで女子を落としていると言ったんだ」
「と、いうことは、実際にその幼馴染が言ったかどうかは定かではないということか——」
と、その時だった。
カランカランとドアについた鈴が鳴って、女子高生の軍団が喫茶店に入ってくる。一気に華やかな雰囲気になったのを見て、ユウタが明るい顔をする。てっきり、女子高生にのぼせたのかと思えば、そうではないらしい。ユウタは手を上げて、知り合いらしき女子を招き寄せた。
「いのり」
「ああ、ユウタ。何してんの? こんなところで」
「あ、ああ。友人に愛の言葉を添削してもらっていたんだ」
「なんですって⁉︎」
いのりと呼ばれた少女は、例の幼馴染のようだった。すらりと背が高く、ショートカットなせいか、王子様的な雰囲気を醸していた。
「まさか、あの言葉を言ったの? そこのイケメンに?」
「ああ。君が教えてくれた愛の言葉はどれも通用しないから——」
「だって、あれは……」
と、その時。いのりの周囲にいる女子たちが騒ぎ始める。どうやら、和寿やユウタを紹介してほしい様子だった。煩わしいことが嫌いな和寿がその場をどう切り上げようか悩んでいると——いのりが手を広げて壁を作った。
「だ、だめよ! この人は私の幼馴染だけど……ちょっと変な人だから紹介できないわ」
ちらちらとユウタを見るいのり。
そこで和寿はピンとくる。
どうやら、使い物にならない愛の言葉を教えていたのは、いのりの意図的なものだったらしい。彼女がユウタに思いを寄せているのは明らかだった。
普通にしていれば、それなりにモテるユウタを女子から遠ざけたかったのだろう。
全てを察した和寿は、ソファから立ち上がると、置き土産のように告げる。
「君たち、ごめんね。俺の友達はそこの女の子といい感じみたいだから、邪魔しないであげて?」
その言葉で、真っ赤になって狼狽えるいのり。
と同時に、大きな悲鳴があがる。それはいのりの取り巻きたちの声だったが——それでも気づかないユウタに、呆れた和寿は何も言わずに帰ったのだった。
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いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
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