84 / 88
カタチがなくても
しおりを挟む
私には大好きな人がいる。彼も私のことが好き。それがわかっているから、いつも彼は私に特別なプレゼントをくれる。
「羽美、コラバのチョコレートケーキ買ってきたよ」
彼——生田橙里は、こうやって私の家に来るたびに、美味しいお菓子や花を持ってきてくれる。どれも私の好物ばかり。彼は私のことをよくわかっているから、何を贈れば喜ぶかも心得ている。
「じゃあ、コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「コーヒー、かな」
私の部屋で少し落ち着かない橙里は、決まってコーヒーを選ぶ。眠気を飛ばした方が落ち着くんだって。
それから彼は他愛ない話をして、一緒に映画を見て、何もないまま帰ってしまう。恋人じゃないから、仕方ないかもしれないけど。でもちょっと物足りない感じがする。キスくらいしてくれればいいのに、なんて思ったり。
ただ、それよりも気になることがあった。彼は確かに私の好きなものばかり買ってくる。けど、それは全部カタチの残らないものばかりだった。
そのせいか、彼がいくら美味しいものを買ってきても、綺麗な花を持ってきても、いつかは消えてしまうから、なんとなく虚しい感じがした。
だから私はある日、何気なく聞いてみた。どうして彼がカタチを残していかないのか、ということを。すると、意外な答えが返ってきた。
「カタチが残らないものばかり選んでいるのは確かかもしれないな。だって、君に嫌われた時、何か残っていたら嫌だろう?」
「どういうこと?」
いつものようにうちのソファに座る彼にコーヒーを渡そうとした時だった。彼は相変わらず落ち着かない様子で、頭の後ろを掻いていた。
「以前……知人の女性に、嫌がられたんだよ。ネックレスとか指輪とかプレゼントすると、そういうの気持ち悪いって」
「プレゼントを贈るような人が他にいたの?」
「ああ、僕は人にプレゼントをするのが好きだから、ついあげてしまうんだよ」
「プレゼントを贈るのが好きだから、私にもプレゼントをくれるの?」
「ああ、そうだよ」
「……そうだったんだ」
私はどうやら勘違いをしていたようだった。こうやって私の好物を贈ってくれるのは、てっきりそこに気持ちがあるからだと思っていたけど。彼はなんとも思っていなかったのである。
だから、聞いて良かったと思った。
それから彼は、いつの間にかうちに来なくなった。ずっと一緒にいたせいか、もう恋人のような気持ちでいたけど、それもきっと私の思い込みだったんだ。だから、もう忘れようとした。
本当は彼のことがまだ好きだったけど、想うだけ不毛な気がしたのだ。
だけど、そんな矢先だった。
「あれ? 羽美じゃない?」
「あ、よっちゃん」
街中を歩いていると、元同級生に会った。その子は橙里の共通の知人でもあった。
「久しぶりねぇ、羽美。元気してた?」
「うん。 茜ちゃんも元気そうだね」
「羽美……明るく振る舞わなくてもいいよ」
「え? 何が?」
「何がって、橙里のやつが大変な時に、一番仲の良いアンタが、苦しまないわけないわよね」
「ごめん、茜ちゃん、どういうこと?」
「もしかして羽美、知らないの?」
それから茜ちゃんは教えてくれた。橙里が大きな手術を控えていること。とても難しい手術らしくて、アメリカに渡らないといけないとか。
私はその言葉を聞いて、愕然とした。
橙里がカタチを残さない本当の意味がわかった。彼はきっと生きて帰れると思っていないのだ。
それから私は橙里の家に向かった。橙里の家は遠くて、なのにいつもわざわざ私の家まで来てくれたのだ。大変な病気をしていたのに、本当は辛かったはずなのに、平気なふりをして私の傍にいてくれた。
だから決めた。今度は私が橙里の元に行くことを。そしてカタチはなくても、愛情をたくさんくれたあの人に、私は誠意をプレゼントしよう。
小高い坂をのぼって、見えた出窓のある二階建て。走って彼の家までやってくると、彼が慌てて玄関に出てきた。
「な、なんで君がここに……」
「私、あなたのことが好きなの」
「え……でも僕は」
「知ってる。大変な病気なんでしょう? そんなの関係ないよ。だって、私はあなたが好きなの。あなたがたとえ、カタチのあるものをプレゼントしてくれなくても、しっかり心にカタチを刻みつけられているの——だから手術、頑張って」
「何言ってるんだよ」
私が彼を抱きしめると、彼はゆっくりと私を抱き返して——泣いた。
「羽美、コラバのチョコレートケーキ買ってきたよ」
彼——生田橙里は、こうやって私の家に来るたびに、美味しいお菓子や花を持ってきてくれる。どれも私の好物ばかり。彼は私のことをよくわかっているから、何を贈れば喜ぶかも心得ている。
「じゃあ、コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「コーヒー、かな」
私の部屋で少し落ち着かない橙里は、決まってコーヒーを選ぶ。眠気を飛ばした方が落ち着くんだって。
それから彼は他愛ない話をして、一緒に映画を見て、何もないまま帰ってしまう。恋人じゃないから、仕方ないかもしれないけど。でもちょっと物足りない感じがする。キスくらいしてくれればいいのに、なんて思ったり。
ただ、それよりも気になることがあった。彼は確かに私の好きなものばかり買ってくる。けど、それは全部カタチの残らないものばかりだった。
そのせいか、彼がいくら美味しいものを買ってきても、綺麗な花を持ってきても、いつかは消えてしまうから、なんとなく虚しい感じがした。
だから私はある日、何気なく聞いてみた。どうして彼がカタチを残していかないのか、ということを。すると、意外な答えが返ってきた。
「カタチが残らないものばかり選んでいるのは確かかもしれないな。だって、君に嫌われた時、何か残っていたら嫌だろう?」
「どういうこと?」
いつものようにうちのソファに座る彼にコーヒーを渡そうとした時だった。彼は相変わらず落ち着かない様子で、頭の後ろを掻いていた。
「以前……知人の女性に、嫌がられたんだよ。ネックレスとか指輪とかプレゼントすると、そういうの気持ち悪いって」
「プレゼントを贈るような人が他にいたの?」
「ああ、僕は人にプレゼントをするのが好きだから、ついあげてしまうんだよ」
「プレゼントを贈るのが好きだから、私にもプレゼントをくれるの?」
「ああ、そうだよ」
「……そうだったんだ」
私はどうやら勘違いをしていたようだった。こうやって私の好物を贈ってくれるのは、てっきりそこに気持ちがあるからだと思っていたけど。彼はなんとも思っていなかったのである。
だから、聞いて良かったと思った。
それから彼は、いつの間にかうちに来なくなった。ずっと一緒にいたせいか、もう恋人のような気持ちでいたけど、それもきっと私の思い込みだったんだ。だから、もう忘れようとした。
本当は彼のことがまだ好きだったけど、想うだけ不毛な気がしたのだ。
だけど、そんな矢先だった。
「あれ? 羽美じゃない?」
「あ、よっちゃん」
街中を歩いていると、元同級生に会った。その子は橙里の共通の知人でもあった。
「久しぶりねぇ、羽美。元気してた?」
「うん。 茜ちゃんも元気そうだね」
「羽美……明るく振る舞わなくてもいいよ」
「え? 何が?」
「何がって、橙里のやつが大変な時に、一番仲の良いアンタが、苦しまないわけないわよね」
「ごめん、茜ちゃん、どういうこと?」
「もしかして羽美、知らないの?」
それから茜ちゃんは教えてくれた。橙里が大きな手術を控えていること。とても難しい手術らしくて、アメリカに渡らないといけないとか。
私はその言葉を聞いて、愕然とした。
橙里がカタチを残さない本当の意味がわかった。彼はきっと生きて帰れると思っていないのだ。
それから私は橙里の家に向かった。橙里の家は遠くて、なのにいつもわざわざ私の家まで来てくれたのだ。大変な病気をしていたのに、本当は辛かったはずなのに、平気なふりをして私の傍にいてくれた。
だから決めた。今度は私が橙里の元に行くことを。そしてカタチはなくても、愛情をたくさんくれたあの人に、私は誠意をプレゼントしよう。
小高い坂をのぼって、見えた出窓のある二階建て。走って彼の家までやってくると、彼が慌てて玄関に出てきた。
「な、なんで君がここに……」
「私、あなたのことが好きなの」
「え……でも僕は」
「知ってる。大変な病気なんでしょう? そんなの関係ないよ。だって、私はあなたが好きなの。あなたがたとえ、カタチのあるものをプレゼントしてくれなくても、しっかり心にカタチを刻みつけられているの——だから手術、頑張って」
「何言ってるんだよ」
私が彼を抱きしめると、彼はゆっくりと私を抱き返して——泣いた。
20
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる