闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

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栄養って大事

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 ある日気づいた。
 彼女の誕生日が二ヶ月後に控えていることを。
 普段はおねだりなどもしない、優しい彼女だからこそ、何かしてあげたいと俺は思っているのだが。年末のボーナスはまだ先なので、タイミングが合わないだろう。
 しかも最近、友達の結婚ラッシュなどで何かと物入りの季節だった。
 こうなったら仕方ない。生活費を切り詰めてプレゼントの費用にあてるしかない。
 そう考えた俺は、さっそく安い飯ばかりを食うようになった。

「誠也さん、最近ファーストフード多くない」

 彼女——早苗さなえさんは同じ会社ということで、ランチも一緒に食うことが多いのだが、わりと気が付く彼女は、休憩室で俺の食事に注目した。そりゃそうだろう。昨今の健康志向ブームに反して、毎日のようにファーストフードを食べているのだから。なぜならこれが一番安いんだよ。だがそんなことを早苗さんに言えるはずもなく、その時は「ちょっとマイブームで」と言うしかなかった。
 
 だが、それからも俺のファーストフード生活は続いた。心配した早苗さんが「お弁当作ろうか?」と言ってくれたが、彼女に負担を強いては、せっかくのプレゼントも台無しになるというものである。だから丁重に断ったのはいいが、彼女は俺の腹ばかり見るようになった気がした。
 それもそのはず、ファーストフードを毎日食べているせいか、腹が出るようになった気がする。だからこそ彼女も心配して弁当を作ってくれると言うのだが、どうしても彼女に頼ることができなかった。

 そして、そんなある日のことだった。
 休憩室で俺の同期である棚元たなもとと彼女が話している様子を目撃してしまった。その時の彼女の楽しそうな顔といったら、表現のしようがない。しかも棚元はアイドル顔負けのイケメンなので、あいつの方が彼女に似合っているような気がして、俺は逃げるようにしてその場を去ったのだった。
 それからだった。ことあるごとに彼女が棚元と一緒にいる姿を見るようになったのは。何か事情があるのだろうとは思いながらも、気が気じゃなかった。
 しかも社内では早苗さんと棚元が付き合っている噂まで広がって、俺はいつの間にかプレゼントのことなどどうでもよくなっていた。それでも一度決めたからには、早苗さんにプレゼントを渡すつもりでいた俺だが、受け取ってくれなかったらどうしよう、などと考えるようになり、しまいには彼女と顔を合わせることすら苦痛になっていた。

 そんな風にすれ違う日々が続くようになって、二ヶ月が過ぎた頃。彼女の誕生日がやってきた。俺は彼女を飯に誘うのも緊張してしまい、結局プレゼントを渡すことができなかった。
 きっと俺なんかのプレゼントなんて待っていないだろう、そんなことを思っていた矢先。噂で棚元が早苗さんにプロポーズしたと聞いた。トドメを刺された気分だった。
 
 そんな風に嫌な噂ばかり聞く中、ある日、共通の友人である、三枝さえぐささんが声をかけてきた。

「ねぇ、伊藤くん。あなた、早苗のことをどう思ってるの?」

 食堂で単刀直入にそう問われて、俺は俯いてしまう。

「早苗さんに伝えてください。棚元とお幸せにって」

「はあ⁉︎ 何言ってるのよ、あなた」

「俺なんかより、棚元みたいなスパダリの方がお似合いですから」

「それ、本気で言ってるの?」

「本気も何も、早苗さんの人生は早苗さんのものですから」 

 そう言って、立ち上がると、なぜか背後には棚元がいた。しかもものすごく怒っている顔をしている。
 俺はその場を静かに通り過ぎようとするが、そこで棚元に腕を掴まれた。

「おい、お前。何を勘違いしてるんだ」

「勘違いも何も、思ったことを言っただけだ」

「おい、ちょっと来い」 

「な、なんだよ。離せよ」

 なぜか怒っている棚元に連れて行かれたのは、給湯室だった。そこには早苗さんがいて、何か料理を作っている最中だった。

「あ、誠也さん。ど、どうしてここに」

 彼女は慌てて何かを背中に隠した。でも知っている、それは料理のレシピ本だった。

「早苗さんこそ……どうしてこんなところで料理を?」

「そ、それは——誠也さんに栄養のあるものを食べてもらいたくて。でも、私……実は料理が大の苦手で。だから棚元さんに教えてもらっていたの」

「……え? 棚元に料理を? 俺のために?」

「ほら、だからお前の勘違いだって言っただろ」

 棚元に背中を叩かれて、俺は思いっきり前につんのめる。だがそれよりも、噂が噂でしかなかったことに、泣きそうになった。棚元と早苗さんは付き合っているわけじゃなかったんだ。そう、知った時、俺はその場で嗚咽してしまった。

「どうしたの? 誠也さん」

「こいつ、バカだよ。俺と早苗さんが付き合ってると思っていたみたいで」

 棚元の言葉に、早苗さんはぎょっとした顔をする。

「そうなの? そんなはずないのに。だって棚元さんには最愛の彼女がいるんだから」

「え? そうなのか?」

「あんまり彼女のことは言いたくなかったんだけどな。尻に敷かれてるから」

「棚元さん、面白いんだよ。彼女のために料理を覚えさせられたり、パシらされたり——」

「早苗さん、やめてくれる? 悲しくなるから」

「そっか……そうだったのか」

 それから俺は、マイナス思考になっていたのが、ファーストフードのせいだったことに気づく。栄養が偏っているせいか、いつもよりネガティブになっていたらしい。そして気まずい思いをしながらも、結局俺は彼女にファーストフードを食べていた理由を話さざるを得なくなり——その理由を知った時、初めて彼女は激怒したのだった。
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