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幼いイアンが王宮に初めて御呼ばれした日。
今思えばアレは王家のご子息達の友人、もとい側近になる者達を選別、或いは婚約者を探す為の会だったに違いない。
ともかく何も知らない子供達は、まだ身分等関係なく複数人で無邪気に遊んでいた。
だが楽しく遊んでいた筈のその会で、イアンはなんと、王家の広大な裏庭にある小さな池で溺れたのだ。
誰かに体がぶつかった気がしたが、その子が無事だったのかすらも記憶が曖昧でよく分からない。
はしゃぎ過ぎていたらしい。

ともかくその夜から幾ら見た目は綺麗とは言え、不衛生であろう池に溺れ水を飲んだイアンは当然の様に熱を出し、そのまま体調不良で一か月近く苦しんだ。
そこから断片的どころかこの膨大な前世の記憶を次々に思い出し始めたのだ。体調不良が長引いたのは絶対に知恵熱もあったとイアンは確信している。

そんなこんなで熱が治まり、徐々に体調が良くなり、膨大な記憶を少しずつ整理していたイアンは気づいた。
この世界は前世の妹が一時期嵌っていた鬼畜で肌色の多い、18禁のBLゲーム”君の隣で誰が笑う”略して”キミ誰”の舞台と似通っていると。

そもそもこの世界に女性はいない。
これも記憶が落ち着き、ゲームの事を思い出してからそう言えば、とやっと疑問を覚えた事だ。自身の母が男である事に全く違和感がなかったので、何処から驚けばいいのか分からず随分混乱した気がする。

「ごちそうさまでした!料理長に今日も最高においしかったって伝えて」
「はい、確かに」

給仕係がニコリと笑い頭を下げる。
それを目にすると、急ぎ足でサンルームに向かった。

噎せ返るような香りが鼻腔を擽り、目には眩しい色とりどりの花。そんな空間の中で、一人の男性がにこやかに微笑みながら編み物をしていた。

美しい黒髪が艶めき、その白肌は太陽の光を浴びて透けてしまいそうだ。
薄っすらと聞こえる鼻歌は男にしては高く、女声というには低い。彼の唇が柔らかく動く度、邪魔にならない様に控えている従者がほぅっとうっとり感嘆の息を漏らしていた。

「母様!体は平気ですか?」
「イアン、おはよう。もう朝食は食べましたか?」
「おはようございます。朝食は頂きましたよ」
「昨日は疲れたでしょう?もう少しゆっくりしても良いのですよ」
「ありがとうございます。でも、もうすぐ社交も増えてきますからこれくらいじゃ怠けていられません」

フフフと控えめに微笑むこの絶世の美青年が、何を隠そうイアンの母親である。
母と父はいつまで経っても見てられないくらいにラブラブなのだが、それを体現するように再び教会へ出向き子供を宿した。結婚する時に、子供は3人欲しいねって話していたらしい。
誠に良き事である。

この世界には女性が居ない。ならばどうするか。
そう、当然男同士で子供を、ということになる。

元々ご都合主義のゲームの世界とはいえ、まさか現実に反映されているとは恐れ入る。
物語が男だけで完結するので、ゲーム上では存在しない方が良いのだろう。それが当たり前の世界なので特に嫌悪感はない。

ただ、前世の記憶の中にいる柔らかな曲線を描く女体を思い浮かべると、異性愛者であった前世の人格と、男同士で好き合う事に何の躊躇もない今世の人格が鬩ぎ合って心の中が大混乱するのは致し方のない事だ。この何とも言えない感情に心の中でのた打ち回ったのは一度や二度ではない。

ちなみにゲームをしていた頃から思っていたが、教会に祈ると小さな光がふよふよと何故か必ず受け側の腹に入って、そこから突然命宮と呼ばれる器官ができ、両親がやりまくると妊娠し、十月十日で腹から大きくなった光が再び現れ、そこから子供が生まれるというのはかなり無理のある設定だと思う。

勉強中に何度も頭に浮かぶリバカップルの時はどうなるのですか、という質問はなんとか控えたが英断だったに違いない。
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