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「明日は久しぶりの王城でしょう。イアン……あなたはこの婚約に……」
「母様、僕はとても良くして頂いています。順風満帆ですよ」
二人で偶に会話したり黙って手元を動かしたりしていると、ふと母が言葉を詰まらせた。サラリと母の言葉を途中で止めニッコリと微笑む。
母はイアンが乗り気でない事を知っていて心配していた。もちろん父と兄も。だが臣下として国に忠誠を誓っている貴族として、イアンの家族にこの婚約に否を唱える事など出来ないのである。
「……そうですか……そうですね。少し心配しすぎましたね」
「えぇ。僕はとても恵まれています」
ゲームの中のイアンと違って、殿下に恋慕がないのだから。
その言葉をグッと飲み込む。
そもそもゲームの中の殿下は人が悪い。好きな人が出来たならさっさと婚約破棄すればよいのだ。中途半端に婚約したままだからイアンは変に希望に縋って、自分の元に帰ってきてくれる筈だ、なんて信じて結果的に心を壊したのだ。
「殿下はいつも最新の流行りの菓子を出してくれるんですよ」
「まぁ、イアンったら。あまりお菓子ばかりに気を取られてはいけませんよ」
「僕はそんなヘマしませんよ」
イアンは母の膨れたお腹を見て目を細める。
バッドエンドだけは絶対に回避しなければ。
ゲームの中のイアンを憐れんでいる場合ではない。何故ならイアンとしてこの世界に生を受けイアンとして生きているからだ。憑依したわけでも入れ替わったわけでもなく、まさに自分自身がイアンなのだ。
▶
「父様、兄様、お帰りなさい」
「あぁただいまイアン。何か困った事はないか?」
「いいえ全く。母がサンルームで編み物してましたけど」
「なに!?だ、大丈夫なのか!?」
「早く顔を見に行ってはいかがですか?」
父は三人目だというのに全くいつもいつも母の事になるとオロオロしていて頼りない。母は父に出迎えを禁じられていて不満を口にしているのだが、そういうところは全然引かない男である。普段は眼光の鋭い厳つい強面イケメンなのだが、如何せん母が好きすぎて母の事となると直ぐに仮面が剥がれてデロデロだ。
まぁ、そんなところが可愛いのだと母も父にデロデロなのだが。
「イアン……また暫く父上が煩いぞ」
「両親が仲が良いのは良い事です」
「そうだけどなぁ。何故父上は母上の事になるとこんなにポンコツになるんだか」
はぁ、と困り顔で溜息を吐く、父と瓜二つと言っても過言ではない兄がイアンの頭を撫でた。クローンレベルで父に似た兄が何か言っているが、この兄も自身の婚約者にはメロメロだ。父と大差ないと気づいていないのは本人ばかりである。
生温かい視線を送りつつ、今宵は母の体調も良いので皆で食事をとった。ニールが無駄に入浴の時に気を張って体をピカピカにしてくれた。明日、殿下の元に向かわなければならないからだろう。
ホカホカの体でベッドに転がり込めば、ニールがクスクス笑いつつシーツをかけてくれた。
「おやすみなさいませ」
「おやすみ」
明日を憂鬱に思いながらも、イアンはいずれゲームの舞台から抜け出してやる、と今までと同じく無難に婚約者との義務的な面会をやり過ごすつもりだった。
それがまさか、ガラガラと平穏な日常が崩れていく始まりの日になるとは、想像すらしていなかったのだ。
「母様、僕はとても良くして頂いています。順風満帆ですよ」
二人で偶に会話したり黙って手元を動かしたりしていると、ふと母が言葉を詰まらせた。サラリと母の言葉を途中で止めニッコリと微笑む。
母はイアンが乗り気でない事を知っていて心配していた。もちろん父と兄も。だが臣下として国に忠誠を誓っている貴族として、イアンの家族にこの婚約に否を唱える事など出来ないのである。
「……そうですか……そうですね。少し心配しすぎましたね」
「えぇ。僕はとても恵まれています」
ゲームの中のイアンと違って、殿下に恋慕がないのだから。
その言葉をグッと飲み込む。
そもそもゲームの中の殿下は人が悪い。好きな人が出来たならさっさと婚約破棄すればよいのだ。中途半端に婚約したままだからイアンは変に希望に縋って、自分の元に帰ってきてくれる筈だ、なんて信じて結果的に心を壊したのだ。
「殿下はいつも最新の流行りの菓子を出してくれるんですよ」
「まぁ、イアンったら。あまりお菓子ばかりに気を取られてはいけませんよ」
「僕はそんなヘマしませんよ」
イアンは母の膨れたお腹を見て目を細める。
バッドエンドだけは絶対に回避しなければ。
ゲームの中のイアンを憐れんでいる場合ではない。何故ならイアンとしてこの世界に生を受けイアンとして生きているからだ。憑依したわけでも入れ替わったわけでもなく、まさに自分自身がイアンなのだ。
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「父様、兄様、お帰りなさい」
「あぁただいまイアン。何か困った事はないか?」
「いいえ全く。母がサンルームで編み物してましたけど」
「なに!?だ、大丈夫なのか!?」
「早く顔を見に行ってはいかがですか?」
父は三人目だというのに全くいつもいつも母の事になるとオロオロしていて頼りない。母は父に出迎えを禁じられていて不満を口にしているのだが、そういうところは全然引かない男である。普段は眼光の鋭い厳つい強面イケメンなのだが、如何せん母が好きすぎて母の事となると直ぐに仮面が剥がれてデロデロだ。
まぁ、そんなところが可愛いのだと母も父にデロデロなのだが。
「イアン……また暫く父上が煩いぞ」
「両親が仲が良いのは良い事です」
「そうだけどなぁ。何故父上は母上の事になるとこんなにポンコツになるんだか」
はぁ、と困り顔で溜息を吐く、父と瓜二つと言っても過言ではない兄がイアンの頭を撫でた。クローンレベルで父に似た兄が何か言っているが、この兄も自身の婚約者にはメロメロだ。父と大差ないと気づいていないのは本人ばかりである。
生温かい視線を送りつつ、今宵は母の体調も良いので皆で食事をとった。ニールが無駄に入浴の時に気を張って体をピカピカにしてくれた。明日、殿下の元に向かわなければならないからだろう。
ホカホカの体でベッドに転がり込めば、ニールがクスクス笑いつつシーツをかけてくれた。
「おやすみなさいませ」
「おやすみ」
明日を憂鬱に思いながらも、イアンはいずれゲームの舞台から抜け出してやる、と今までと同じく無難に婚約者との義務的な面会をやり過ごすつもりだった。
それがまさか、ガラガラと平穏な日常が崩れていく始まりの日になるとは、想像すらしていなかったのだ。
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