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2-3※微

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「は?」
「なんだ?」
「いや、あの、この体勢はとても良くないと思います。誤解されます。殿下の名誉が傷つきますので早急に私の上から降りられた方が良いかと」

早口でそう言ったイアンに、無表情だった王子の顔が凶悪に歪む。思わずサッと目を反らしたと同時に、頭上から掠れた声が降ってきた。

「あぁ……やっぱりいいな」
「はい?」
「俺が怖いか?」
「……は?あ、い、いえ、そんな、怖くなど……っ」
「震えてるぞ」

(なにその凶悪な笑顔。そうだよ怖いよ、怖いけどそれが何か!?)

睨みつけようと見上げた先の顔に、やはり思わず目を反らす。信じがたく受け入れたくない事であるが、何故か唐突に興味を持たれてしまったらしい事が見て取れた。流石にそこまで鈍感ではない為、その滲み出る興奮がどういう意味かなんとなく察してしまう。汗を掻きながら怖くない怖くないと暗示をかけ、平静を装って微笑んだ。

「殿下、お戯れを。私などではなく、えっと、えー……っと、確か、あの、ピンクの……」
「あー……ローズリー?」
「あ、はい!そうです、その、ローズ殿との時間を作った方が!」

名案だ!と王子の顔を見上げれば、王子はニヤリと笑い、何故か既に勃起しているらしい下半身を押し付けてきた。

「ひっ……!?」

ゴリッと大きくて硬いナニが自身のナニに擦り付けられて、イアンは恐怖に体を固くした。一気に顔色を青くしたイアンに王子は凶悪に笑ったまま顔を近づけてくる。

コイツこのまま!?と頑張って顔を反らすのに、いつの間にか片手で両腕をまとめられ、両足の間には王子の下半身が挟まれ、体重をかけられて身動きが取れなくなっていた。イアンは細身だがこれでも鍛えている。それなのにこの力差。悲しくて泣けてくる。総じて攻略対象者は無駄に高スペックなのだ。

押し上げられた両足は望まぬ開脚をさせられており、バタバタ動かしても意味がない。背中を強くかかとで蹴っているのに全く気にならないと言った風に、更にゴリッと腰を擦り付けられる。

ひぃぃっと涙目になりながらも反抗していると、王子が余った片手でかなり強めにイアンの顎を掴んで顔を正面に戻す。

(痛い!顔が変形したらどうしてくれんだ!?)

言いたくても言えない罵倒を飲み込んで、王子を睨みつけた。涙目で睨んでも全く無意味で、どちらかと言えば火をつけてしまうのだと気づくのはずっとずっと後の事である。

「で、殿下、落ち着いてください!」
「あぁ……確かに。落ち着かないとな」
「えぇ!えぇ、そうで……っん!?」

唇と唇がくっついて、イアンは目を見開く。
信じられない。
前世では子供もいたが、今世ではファーストキスだ。別にこだわりがあるわけではないが、同意すら求められないこの行為はかなり不愉快である。

咄嗟に閉じた唇を湿った舌が撫でる。口を開けろと言いたいのだろうが、意地でもこれ以上好き勝手される気はない。頑として口を開かず唇を思い切り閉じていると、なんと王子はイアンの鼻を摘まみ息を吸えない様にした。顎から手が離れたので瞬時に顔を動かそうとしたのに、鼻を力いっぱい摘ままれた痛みから満足な抵抗も出来ない。さすが鬼畜クソ野郎である。

殺す気か!?と正気を疑いつつ息を止めていたが、まぁ続かない。
ヤバイ、と思ったと同時にまたグリッと下半身を押し付けられ思わず口を開いた。

「んあっ……ぁぅう!」

しまったと思った時にはもう遅く王子の舌がイアンの口内を嘗め回した。絡まる舌に逃げる様に舌を動かしていたが、いつの間にか絡み合い上顎を舌で撫でられると肩がピクリと震える。

舌を噛み切ろうとする本能的な苛立ちと、そんなことをしたら牢屋行きだと訴える理性がせめぎ合っていた。

「ん、やめっ……ふぅ」

酸素が薄い。
余りの猛攻にクラクラと目の前がぼんやりしてきたところで、チュッと音を立てて王子の顔が離れた。その間もゴリゴリと腰がイアンの大事な部分を当てこすり、生理現象で少しだけ固くなってしまった。半泣きになりながらイアンはゆるゆると力の入らない体を動かし、拒絶を示す。

「お戯れを、おやめください。もう、これいじょう、は、本当に……」
「あぁ……かわいいな」
「気のせいです。もう、はなしてください」

うっとりとしたような、それでいて獲物を見る様な目で、乱れたイアンを王子が食い入るように見つめてくる。ぞぞぞっと背筋に怖気が走り、また近づいてくる顔と体を弄る手に限界が訪れた。

イアンは、王子の顔に思い切り頭突きをかましたのだ。

「ぐあ゛っ!?」

鼻か顎に当たったのか、顔を抑えて怯んだ王子の下から無理矢理這い出る。捲れ上がった衣服を適当に整え、息を吸って未だ衝撃から立ち直れない王子へいつもの無表情で宣言した。

「俺は特にピンクの方と戯れるのに苦言もありません。ご自身の性欲は好きな方と同意の元で解消してください。俺を不敬罪で訴えるのであれば受け入れます。ただし、家族を巻き込まないでいただきたい。それでは失礼します」

頭に血が上ったまま早口でそういうと礼をして部屋を飛び出した。部屋を出た瞬間にショーンが目に入り、ギロリと睨む。

「ちんこ腐ってもげろ!」
「は?」

ショーンの家格はイアンより下である。王子に暴言を吐けなかったので、思い切り八つ当たりをして家路を急いだ。イアンの迎えは既に来ている筈だ。王家への出入りはかなり制限されており、イアン付きの従者は何かイベントがある時以外は結婚するまでおいそれと中まで連れて行けない。
そのせいでこんな事になってしまった。忌々しい、と唇をゴシゴシ擦りながら城から速足で抜け出したイアンは、自身を待つニールに声をかけた。

「イアン様!?どうされたのです?」
「いや、ちょっと早く帰りたくって走っちゃった」
「何かあったのですか……?」
「ううん、なんか腹の調子が悪くて」
「それは大変です!急ぎましょう」

ニールが慌ててイアンを馬車の中へ導き、自身は御者の隣へ飛び乗る。ガタゴトと動き出した馬車の中で、イアンはやっと息を吐いた。

たかがキスだ。その行為に嫌悪感はない。特に男同士にどうこうと思う事はないし、そもそもそういった概念がない世界だ。
いずれ嫁がされる身でもあるし自分から進んでしたいとは思わないが、別に何が何でも拒絶するつもりでもない。だが気持ちを無視された嫌悪感が酷い。なんというか前世の異性愛者の記憶があるからこそなのか、溢れる性欲を抑える為に体だけでも、という感覚が沸かない。
乙女チックではあるがせめて互いに好ましい相手と、と思っている。

それなのに、とイアンは舌を打った。自身の事を好きでもない癖に勝手に体を暴こうとされたのだ。やはり下半身に脳みそがある様な男とは近づかないに限る。苛々して思う事は色々あるが、いつも通りすまし顔でイアンは明日の計画を練った。いや、練る程の事など何もない。

ただ、明日必ずあの集まりに参加しようと息荒く心の中で決意したのだった。
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