食べ盛りの王女と、魔法の国の呪われた王太子

リカールさん

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12章

王太子の秘密

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 北の国を追われた白の魔法使いと黒の魔法使いたちは、助け合いながら南に下っていきました。
 途中、大きな獣に襲われそうになり、白の魔法使いが食べられそうになりました。
 しかしそこで黒の魔法使いたちが人の前に立ちはだかり、獣を倒しました。それ以降、黒の魔法使いは白の魔法使いたちにあがめられ、同時に恐れられるようになりました。白の魔法使いは、黒の魔法使いの言うことをなんでも聞いたのです。
 黒の魔法使いたちは、田畑も耕さず、魔法も使わず、白の魔法使いに食べさせてもらい、遊んでいるばかりでした。そのことに不満を持った白の魔法使いたちは、あるときついに黒の魔法使いたちを相手に戦いを挑みました。
 するとどうでしょう。黒の魔法使いのひとりが、白の魔法使いの側について、ほかの黒の魔法使い相手に戦ったのです。
 結果、白の側についた魔法使いが勝利し、負けた魔法使いは北に逃げていきました。
 残った魔法使いたちは、さらに豊かな土地を目指し、南に向かっていったそうです。 
 
『ミッテルスラムトの伝承』

◆◆◆‡◆◆◆‡◆◆◆

 失敗した。完全に失敗した。
 ヴァレリウスの後について図書室に向かうアルネリアは、自分を責め続けた。
 うっかり差し伸べられた手に自然に手を重ねてしまったが、あれはまるっきり姫様のしぐさだ。自分から正体をバラしているのと同じである。しかし、ヴァレリウスはおそらく感づいているはずだ。鈍いと思って油断していた自分が悪いのだ。アルネリアはため息をつきながら、ヴァレリウスについて、図書室の中に入っていった。
「それで賢者君。話とは?」
 高い天井まで覆い尽くした図書室の中。ずらりと並んだ背表紙を前に、ヴァレリウスがこちらを向いた。
「以前ソレイヤールの魔法使いの伝承を教えていただきましたが、ミッテルスラムトの伝承が書かれている本を見せていただけますか?」
「いいよ。確かこのあたりにあったはずだ」
 ヴァレリウスは数歩部屋の奥に歩んでいくと、はしごに登り、一冊の本を手に取った。

「ずいぶん、書物に親しんでいるんですね」
「私には友達も少ないし、仕事もないからね。書物が友達だった。もちろんティリアーノは別だけど。ほら、ここだよ。ノルデスラムト、ミッテルスラムト、ソレイヤール。みんな伝承が載っている」
 ヴァレリウスの細い指が、開いた本のページの上をなぞる。
「ああほんとだ。これによると、ノルデスラムトの魔法使いたちは、みんな南に下っていったのですね」
「その子孫がソレイヤールの魔法使いだ」
「殿下。前から不思議だなと思っていました。ノルデスラムトの魔法使い伝説には、黒の魔法使いと、白の魔法使いがいたのに、この国では白の魔法使い――命を司る魔法しかないということが」
 ヴァレリウスは、ただ透き通った目でアルネリアを見ている。
「伝承は荒唐無稽な物語。ですが、その中に事実が隠されていることもあります。死を操れる黒の魔法使いは、白の魔法使いだけでなく、周囲のひとたちにとっても脅威だったのでしょう。だから魔法使いたちにとって、安住の地はなかなか見つからず、南下をつづけたと考えられます。そして脅威の存在である魔法使いがソレイヤールにいることを、ミッテルスラムトの人たちは後世の人たちに伝えていたのでしょう。だから長い間、ミッテルスラムトの人々に恐れられ、両国の間に戦いは起こらなかったのです。この前の戦までは」
「そうなのだろうね」
「そして殿下。あなたがその伝承の中にある、白の側についた黒の魔法使いの末裔。黒の魔法使いなのですね」
 王太子はしばらくの間アルネリアを見つめてから、うなずいた。
「そうだよ、賢者君」
「陛下もあなたも、人の命を奪う魔法、人が病に抗う力を弱める魔法が使えるのですね」
「そうだよ」
「今、黒の魔法を使える直系はあなたの一族だけ。おそらく、王族シャテーニエ家は、神官たち――白の魔法使いたちから、魔法の力をとりあげることもできるのでしょう」
 魔法使いの中の力関係は、圧倒的に生命の力を奪うほうが当然強い。
 だから、黒の魔法使いを王座に据えてちやほやご機嫌をとれば、白の魔法使いは自分たちの保身を図ることができる。一方で王の魔法は、強烈だが行使しすぎると便利な白の魔法使いを失うことになってしまう。
 強い力を持っていながら、人をあやめたり傷つけてはいけない法律に縛られ、魔法の使いどころがない王はただ緊張感をなくしていくだけの存在になっていったのだ。
 そして必然的にこの国の王は、強大な力を持ってはいるが、なにもしないボンクラになっていく。歴代王のあだ名が「怠慢王」や「豚王」になっているのも、そんな事情だったに違いない。
「そうだよ」
「森の中で、監禁されていたガリマーロさんが後ろ手に縛られていたとき。はじめ、彼が自力で切ったのだと思っていました。でもあのときあなたは、なにか低い声でうなっていた。その後で、縄が切れたのです。あれは、殿下が魔法で縄の力を切ったのですね。また、危険な森に入ろうとするあなたを、ティリアーノさんが止めなかったのも謎でした。あれはあなたに強大な力があると知っていたからなのですね。むしろ、殿下がならず者を傷つける方が心配だったのかもしれません」
「その通りだよ。よくわかったね。さすが賢者君だ」
 聞き慣れたヴァレリウスの言葉だったが、いつものような明るさはなく、ただ悲しそうな響きだけがあった。

「黒の魔法使いの件は、国家機密でしょう。だから僕らには言えなかったんですね。でも安心してください。絶対にほかに漏らしませんから」
「それは違うよ」
 仮面の奥で、緑色の美しい目が辛そうに閉じられた。
「私は呪われている。命を簡単に奪える力を持っている人間なんだよ。仮面の呪いをかけられる前に、すでに生まれたときから呪われているのだ。神官たちからも、事実を知っている人たちからも、距離を置かれることが多い、そんな力だ。その中で、唯一の希望だったあなたに、逃げられたくなかった。血の呪いは変えられないけれど、仮面の呪いは変えられる。私は、そこに賭けたかった」
 不自然なほど明るくのんきでとぼけた王太子が、初めて覗かせた心の奥。その先には、絶望的なほどの孤独が続いていた。
 しかし、アルネリアは努めて明るい声で答える。
「逃げる? そんなはずはありません。なぜなら……」
 そこで気合いを入れるように背筋を伸ばし、言葉を続けた。
「先日のあなたの疑問にお答えします。私は、ノルデスラムトの王家、アーレンゲルト家の第3王女。アルネリアだからです」
  その瞬間、彼女の表情から腕白な少年の面影が消え、凜とした王女の風格が戻った。
「やっぱりそうだったのですね……」
 だが、王太子の反応は、極めて穏やかなものだった。
「やっぱり気づいていたんですか?」
「最初は少年だと思いましたが、途中からときどき女の子っぽいなぁ……と。それにしぐさが洗練されすぎていて、毛皮商のご子息には思えませんでした。確信したのは、ビルギッタさんが『姫』と呼んだときですが……」
 がんばって少年になりきったつもりだったが、やっぱりいろいろ無理があったようだ。
「これまで、性別と身分を偽っていたことをお詫びいたします。すべては姉のため、国のためにしたことなのです。元はといえば……」
 アルネリアは、ノルデスラムトに送られてきた3枚の肖像画のことを王太子に伝えた。さらに両国の結びつきを深めたいこと、姉との結婚が望ましいこと、そして姉のフロレーテの美しさと魅力とを力説した。
 だが……ヴァレリウスの口からでたのは、意外な言葉だった。
「ノルデスラムトの姫との結婚話ですか? それは初耳です」
「ええっ!?」
「誰が送ったのでしょうね。呪いも解けていないというのに解せない話です。確かに肖像画のモデルになったことはあります。私の顔が他人にどんなふうに見えるのか、興味があったからで、ほかに目的はなかったのですが。誰かが倉庫から出して、勝手に送ったということになりますね」
 そんなことができるのは、かなりの実力者ということになる。
「それを解明するためにも、そろそろみんなのところに行きましょうか」
「そうですね。あ、ちょっと待って」
 図書室から外に出ようとしたアルネリアを、ヴァレリウスが止めた。
「その前にティリアーノに頑張ってもらいましょう」
 なんだろう、という顔つきのアルネリアに、ヴァレリウスが珍しくもいたずらっぽい顔で、計画を打ち明けた。


◆◆◆‡◆◆◆‡◆◆◆

 ベルヴィール宮の大広間には、すでに人々が集まり、不審そうな顔で辺りを見回していた。
 国王と王妃。
 バレムイーダ大神官、パストレーユ、レオーニス、ティリアーノ。
 メイラル夫人。
 ガリマーロ、ビルギッタ、パウラ。
 お互いが他人の顔を控えめに窺いながら、居心地悪そうに立っていた。
「皆様、お待たせいたしました」
 扉を開けて中に入ったヴァレリウスが、人々の前で一礼した。
「ほう、今日はどんなことがあったのでしょう?」
「本日は、私の友人をご紹介したいと存じます。どうぞ、お入りください」
 ヴァレリウスが差し伸べた手に、アルネリアは自分の手を重ね、優雅な足取りで大広間の中に入っていった。

 おおっ、という歓声がもれる。
 大広間の照明の下に現れたアルネリアは、清楚なドレス姿であった。
「あいつ、なんで女装してるんだ?」
 レオーニスがガリマーロにささやきかけた。
「姫。やはり姫はこうでなくては……」
 感動に震えているのは、騎士のいでたちのビルギッタである。  
「いやあ、苦労したんですよ。元の少年の服をドレスに改変するのは」
 満足そうなのはティリアーノだ。このドレス姿は、彼の魔法の技だからである。
「お静かに。彼女は私がお招きした友人、ノルデスラムトの王女、アルネリア姫です」
 アルネリアは、雅なしぐさで国王の前に歩み出た。
「お目にかかれて光栄でございます、両陛下、皆様」
 初めてアルネリアと対面する王妃は、静かに近づき、笑顔で語りかけた。
「アルネリア姫。いらっしゃっていると存じていれば、もっと歓迎いたしましたのに。ヴァレリウスの秘密主義にも困ったものですわ。ところで我が国にはなぜ?」
「王太子殿下の、呪いを解くお手伝いをさせていただくためにです」
 し……ん、と大広間が静まりかえった。
 いつも蝋細工のような表情の国王ですら、目を見開いている。
 そんな中で、ヴァレリウスが言葉を継いだ。

「なに者かが私に、仮面が取れなくなる呪いをかけたのです。そしてその仮面はほとんどの人には見えません。見えるのは、私本人、陛下、それからアルネリア姫だけです」
 レオーニスは、腕を組んだまま鋭い目でヴァレリウスに視線を合わせた。
「今際の際に父は、『王太子には呪いがかけられている』とだけ言い残しました。なるほど、仮面が外れない呪いだったのですか」
「そうです。他の人には見えない魔法のせいで、誰もが呪いに気づかず、王太子殿下は、10年間も苦しむことになったのです。殿下の顔を覆っている仮面はこれと同じ形です」
 アルネリアは、ティリアーノから受け取った仮面を皆の前にかざした。夜の鳥のようなくちばしを持つ、不気味な仮面。これも、魔法で作った複製である。
「ご存じの方もいらっしゃるはず。これは、戦で亡くなった方々の亡骸を葬るときに使った魔除けの仮面です。バジエの町の皮工房で大量に生産され、配られました。いわば戦いの歴史を今に伝える、負の遺産です。この仮面の製造はいくつかの工房で分担されたようですが、大半のものは名もない工房で製作されました。カエルの看板がかかった工房、持ち主はツニヤーダ氏です。そうですね? レオーニスさん」
 話を振られたレオーニスは、苦々しそうに頷いた。
「その通りだ」
「そのツニヤーダ氏の外見的特徴は、痩せ型で目がギョロリとして、白髪交じりの黒髪で長髪の、妙に迫力ある男でしょうか?」
「全然違う。ヤツの頭はつるつるだ」
 それを聞いたアルネリアは、弾むような足取りでパストレーユの前まで歩いて行った。

「では、パストレーユさん、今の特徴は、オーリヤス元大神官と一致しませんか?」
「どちらかというとそうですが……」
「黒髪と言えば、レオーニスさん兄弟に受け継がれている特徴。ということは、その黒髪に白髪交じりの人、つまりオーリヤス元大神官が、バンドールの武器工房に赴いて、ツニヤーダと名乗って仮面の原型を作らせたと考えられます。そういうわけで、あの皮革工房の人とツニヤーダさんが同一人物だと気がつかなかったんですけどね。つまり、12年前、一方的に罷免されたツニヤーダさんが生活していけるように、オーリヤス元大神官が皮革工房を持たせたようですね。彼に便宜を図ってやれ、とお父上から助言などされませんでしたか? レオーニスさん」
 レオーニスは渋い顔で応じた。
「ああ、その通りだ。ついでに言っておこう。父は同時に秘密裏で、ツニヤーダと協力して魔法を復活させていた。戦局が悪化したときのためにな。予想が外れることを祈っていたが、あいにく悪い予感は的中だ。あとはご存じの通り。11年前に戦いが始まり、見る間に戦局は悪化した。あとがないという段階になって、強権発動したのだ」
「皮の仮面も同時に作られたようですが……」
「その仮面が使われたのは、亡骸を葬るときだけではない。あの作戦は、急な病を誘発させる沼の水を容器に入れて運び、敵国民に吹きかけるものだった。実行させた騎士たちにも仮面を与えたのだが……病を防ぐ力はなかったようだ……。石英騎士団は全滅。敵国民に甚大な被害を与え、国境で守っていた銀狼騎士団の皆まで感染して命を落とすことになった」
 レオーニスは唇をかみ、黙って聞いていた王は、右手でこめかみを押さえた。
「それはそうと、私たちがその工房を訪れた夜、木偶兵に襲われたんですけど。レオーニスさん、なぜ襲ったんですか?」
「違う。その日は、たまたまツニヤーダの様子を見に行っただけだ。偶然その女性が強盗に襲われていたところに居合わせたから、助けようとしたのだ。そうしたら強盗が倒されたから、木偶兵は目標を見失い、防御魔法をかけ損なったあなたと、もともとかからない体質の殿下に向かっていったんだのだろう」
「なるほど。これで、あの夜のいきさつがわかりました。では、話を戻しましょう。ティリアーノさん、彼を連れてきてください」


 アルネリアが指示をすると、ティリアーノが頷き、廊下の木偶兵に合図をした。がしゃんがしゃん、という鎧の音が聞こえ、まもなく、腰縄を打たれたジェロードが連れてこられた。
「なんだなんだ、こんな所に連れてきやがって」
 牢から移動させられたジェロードは、足に鎖と重りをつけたままだったので、とても歩きにくそうだ。
 彼が入室したとき、緊張をみなぎらせたビルギッタが、アルネリアのそばにぴったりと張り付いた。
「少し聞きたいことがあります。あなたに森の番人を命じた神官がこの中にいると思いますが、その人はどの人ですか?」
 アルネリアが語りかけると、ジェロードは目を泳がせる。
「森の番人……、ふん。ものは言い様だな。ボレムに帰ってきたときに、沼のことを思い出したから、いい機会だと思って脅してやったのよ。悪魔はあそこからとったんだろうって。ああ、いた。あいつだ。あの、白い髭のじいさんに向かってな」
 ジェロードが見据えたのは、現大神官・バレムイーダであった。

大神官は、心外だというように、首をゆっくりと左右に振った。
「それになんの問題がありましょう。今、皆様方も耳にしたばかり、あの見えない悪魔の恐ろしい所業。その悪魔が生息している沼は、おいそれと他人を近づけてはいけない場所。私はこの道に迷い、大地の精のお導きを見失った若者に、悪魔の沼を監視させるという仕事を与えただけですが……」
 その言葉で、ジェロードが鼻を鳴らした。
「はん。最初俺はよ、そのじいさんに『黒の魔法ってもんがあるなら、沼の悪魔殺して、浄化させりゃいいじゃねえか』っていったんだけどよ。そしたらじいさん『黒の魔法を使わせるな!』だとよ。それより近づく者を痛い目にあわせろっていったんだよな」
 バレムイーダは悲しげに胸に手を置いた。
「哀れですな。それは私の言葉ではありませぬ。そなたの耳にささやきかけた悪魔の言葉。沼の悪魔と近づきすぎたのであろう」
「彼を元の牢に」
 ヴァレリウスが告げると、木偶兵がジェロードを部屋から連れ出した。ガリマーロは一歩足を踏み出しかけたが、動きを止めた。
「なるほど。聖下は、それほどまでに悪魔の所業を憎んでおられる」
  アルネリアは胸の前で祈るように手を組んだ。
「当然ではありませぬか。生こそが神聖で、大地の精の御心にかなっているのです」
「では、王家に伝わる黒の力、すなわち生を終わらせる死の力は?」
「それは大地の精が我々に与えた試練。清らかな心と愛の力を試されているのです。ですから我々は、いつかその力が本来の生の力に変わることを信じ、心を清め、正しい行いを続けることが肝要なのです」
「ということは、この世界から黒の力が消えることが、大地の精のご意思であり、聖下の願いであらせられる」
「左様」
「ありがとうございました。では、パストレーユ神官。10年前、王太子が呪いを受けた夜のことを思い出してください。あのとき王宮にいたのは誰ですか?」
 パストレーユは前に歩み出た。
「あの夜は戦勝記念の宴が開かれておりまして、大勢の人が集まりましたが、皆疲れて家に戻ったのでございます。殿下の泣き声が聞こえたとき、大広間に残っていたのは、国王陛下ご夫妻、この私、そしてオーリヤス元大神官です」
「それ以外の人たちは?」
「皆帰ったはずです」
「その中で王太子の部屋に出入りできるのは?」
「魔法で守られておりますから、なん人たりとも入ることはできません。誠に奇々怪々な出来事です」
「そうでしょうか?」
 アルネリアの目が光った。
「どういうことです?」
「お世話係の女官を忘れていませんか。彼女なら入れるはずですが。なぜ除外するのですか?」
「彼女は女性ですので、魔法をかけることはできません。呪いを施すなど論外」
「では、その晩にお付きだった方を呼んでいただけませんか? ティリアーノさん」
 戸惑った様子のティリアーノが、大広間から廊下に抜けていった。
「さて、その間にメイラル夫人」
「はいっ!」
 ずっと「なぜこの場に呼ばれたのだろう」という顔つきでいたメイラル夫人は、名を呼ばれて背筋を伸ばした。
「ご主人が大神官を辞任なさった頃のことを教えてください」
「はい、あれは戦勝記念のお祝いがあった翌日です。突然苦渋に満ちた顔で、『大勢の国民を苦しめた責任をとり辞任する』と申しました」
「戦勝記念の宴に参加した後で責任をとられたのですね」
「そうなのです。あの作戦はむごいものですが、敵だって我が国にむごいことをしてきたわけです。戦わなければ死にます! それが戦争というものなんですよ! そう申し上げても、でもあの人には断固として辞任するの一点張りでした」
「辞任をして引退したあとは、解放されてお幸せそうでしたか?」
「とんでもない。いつもいつも、苦しそうな顔つきで、家でくつろぐこともありませんでした」
「でも、実際のところは、作戦を強行した良心の呵責に、王太子の呪いも加わったことで、苦しみ続けていたのですね」
「あの人は、呪いのことを私に告げずに身罷みまかりました。それでも今思うとおそらくその通りだと思います……。あの人は引退後も、調べ物をしては疲れて泥のように眠るような、そんな生活を送っていましたから……」
  メイラル夫人が答えたとき、静かに扉が開いて、おずおずと金髪の女官が入ってきた。
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