守宮の会談絵草紙

をはち

文字の大きさ
4 / 16

守宮の会談絵草紙 第五話「棺桶の棲家」

しおりを挟む





ふふふ、皆様、ようこそおいでくださいました。

このヤモリ、世の隙間を這いずり集めた物語をお届けするストーリーテラーでございます。

さて、今宵は第五話「棺桶の棲家」。

山の斜面に夢を追い求めた男が、知らず知らずのうちに自らを閉ざした闇の住処とは――。

このヤモリ、百話の物語を語り終えれば成仏できる身。

さぁ、皆様、奇妙な世の隙間への幕開けでございます。




【棺桶の棲家】



室町公平、32歳。仮想通貨の波に乗り、一財産を築いた男は、都会の喧騒を捨て、郊外の山の斜面に広大な土地を手に入れた。

早期退職を決めたのは、自由を追い求めるためだった。

キャンプでも、別荘でもない。

彼の夢は、自給自足の生活――山の静寂に抱かれ、己の手で未来を切り開くことだった。

まだ家は建っていない。

山の半分を所有する公平だったが、残りの半分は地元の古老たちに固く守られていた。

「あの斜面は古くからの墓地だ。誰も手放す気はない」と地主は語った。

確かに、山の麓には苔むした墓石が無数に並び、まるでドミノのように傾き、互いに重なり合って倒れているものが五十以上も見えた。

不気味な光景だったが、公平の土地からは離れた場所。

墓地に足を踏み入れる気は毛頭なかった。

彼の心は、未来の住処を想像することで満たされていた。小さな小屋、せいぜい三畳ほどの空間。

木の上に建てるというアイデアも一時は頭をよぎったが、一人で作業するリスクを考え、断念した。

夏の炎天下では、場所選びが肝心だ。

日陰になる場所、風が通り抜ける場所――それがなければ、住まいなど地獄と化すだろう。

だからこそ、公平は時間をかけて土地を歩き回った。

車中泊をしながら、理想の場所を探す日々。それは彼にとって、人生で最も幸福な時間だった。

その日、公平はまだ見ぬ北側斜面を散策していた。

陽光が木々の隙間を縫い、柔らかな光が地面にまだら模様を描く。

空は澄み渡り、鳥の声が遠く響く。完璧な一日だった。

だが、突然、空がどす黒く染まり雨が降り出した。

晴天が一変した急な雨に、公平は雨具を持っていなかった。

木々の葉を叩く雨音が強まる中、彼は雨宿りに適した大木を見つけた。

太い幹と広がる枝葉が、まるで自然の傘のように雨を防いでくれる。

ほっと息をついた瞬間、公平の視線は足元に落ちた。

そこに、異様なものが横たわっていた。

細長く、かまぼこ型の蓋に観音開きの小窓がついた――棺桶だった。

一瞬、箪笥か何かかと目を疑ったが、その不自然な形状と不気味な存在感は、誤解の余地を許さない。

この山の斜面が墓地であることを思えば、棺桶があっても不思議ではないのかもしれない。

だが、なぜこんな場所に、忘れ去られたように放置されているのか。

公平の胸に、好奇心と恐怖が同時に湧き上がった。

中に何が入っているのか。土葬の風習がこの地に残っているとは思えないが、確かめずにはいられなかった。

彼は無作法にも、足で棺桶を軽く蹴ってみた。

乾いた音が響く。空っぽのようだ。

意を決し、足で蓋を少し持ち上げてみた。

隙間から覗く内部は、暗闇に沈む空虚な空間だった。

完全に開けて確認すると、やはり中は空。埃と古木の匂いが鼻をついた。

安堵したのも束の間、公平の心に奇妙な衝動が芽生えた。

最初は、棺桶の大きさを小屋の設計と無意識に比べていただけだった。

だが、次第に別の考えが頭を支配し始めた。

「これも、ある意味では小屋ではないか」

狭く、閉ざされた空間。外界から隔絶された、完全な孤独の棲家。

彼は自分でも驚くほど自然に、棺桶の中に身を滑り込ませた。

蓋を閉めると、闇が彼を包み込んだ。驚くほど心地良い空間だった。

木の匂い、冷たい感触、静寂――まるで世界から切り離された聖域。

公平は目を閉じ、深い安堵に身を委ねた。

どれほどの時間が過ぎたのか。公平は眠りに落ちていたらしい。

ふと、かすかな物音に目を覚ました。外に何かいる。

観音開きの小窓をそっと開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

幼い頃の自分がいた。

母の手を握り、夕暮れの道を歩く少年。雪が初めて降った日の興奮が、胸に蘇る。

祖父母の家で過ごした夏、牛舎の匂い。学校の帰り道、傘を差し出してくれた少女の笑顔――あの時、声をかけていれば。

会社を辞めた朝の静寂。最後に両親と囲んだ食卓の温もり。そして、誰かに投げかけた「さよなら」という言葉。

記憶が走馬灯のように流れ、だがどこか歪んでいる。

鏡に映る自分の顔が、ゆっくりと崩れていく。

土の匂いが鼻腔を満たし、口の中にざらつく感触が広がる。

両親の泣き声が遠くから聞こえてくる。

「どうして、公平…」

突然、聞き覚えのある声が現実のものとして響いた。

「今日は息子・公平の葬儀に来てくれてありがとうございます。」

葬儀? 俺の? 馬鹿な、俺はここにいる! 公平は叫ぼうとしたが、声は出なかった。

代わりに、別の声が聞こえてくる。

「横穴を掘って、住居にするつもりだったらしいぜ。YouTubeでそんな動画、よく見てたよな。」

「俺も知ってる。危ないってあれだけ言ったのに。横穴が崩れたら助からないって…公平、本当にバカだったよ。」

記憶が一気に蘇った。

あの日、公平は北側の斜面で横穴を掘っていた。

小屋の代わりに、地下に住処を作ろうと。

土を掘り、夢中で作業を進める中、突然の崩落。

土砂が彼を飲み込み、息を奪った。

あの棺桶は――彼自身のものだった。

闇の中で、公平は気づいた。自分はもうこの世にいない。

走馬灯は終わり、棺桶の蓋は再び閉じられた。永遠の静寂が、彼を飲み込んだ。






ふふふ、皆様、いかがでございましたでしょうか。

棺桶の闇に抱かれ、男が見たのは過ぎ去りし日々の幻。

世の隙間は、時に人の心を映す鏡となるもの。

このヤモリ、世の隙間を這いずり集めた第五の物語の幕を、そっと閉じさせていただきます。

百話の物語を終え成仏するまで、残りは九十五話。

また、次の隙間でお会いいたしましょう。






『ケツメド!!毒味役長屋絵草紙』、カクヨムにて本編完結済み。現在は外伝を連載中です。 時代劇×毒味役×人情ドラマに興味がある方、ぜひ覗いてみてください。





https://kakuyomu.jp/works/16818792437372915626



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

処理中です...