守宮の会談絵草紙

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守宮の会談絵草紙 第五話「棺桶の棲家」

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ふふふ、皆様、ようこそおいでくださいました。

このヤモリ、世の隙間を這いずり集めた物語をお届けするストーリーテラーでございます。

さて、今宵は第五話「棺桶の棲家」。

山の斜面に夢を追い求めた男が、知らず知らずのうちに自らを閉ざした闇の住処とは――。

このヤモリ、百話の物語を語り終えれば成仏できる身。

さぁ、皆様、奇妙な世の隙間への幕開けでございます。




【棺桶の棲家】



室町公平、32歳。仮想通貨の波に乗り、一財産を築いた男は、都会の喧騒を捨て、郊外の山の斜面に広大な土地を手に入れた。

早期退職を決めたのは、自由を追い求めるためだった。

キャンプでも、別荘でもない。

彼の夢は、自給自足の生活――山の静寂に抱かれ、己の手で未来を切り開くことだった。

まだ家は建っていない。

山の半分を所有する公平だったが、残りの半分は地元の古老たちに固く守られていた。

「あの斜面は古くからの墓地だ。誰も手放す気はない」と地主は語った。

確かに、山の麓には苔むした墓石が無数に並び、まるでドミノのように傾き、互いに重なり合って倒れているものが五十以上も見えた。

不気味な光景だったが、公平の土地からは離れた場所。

墓地に足を踏み入れる気は毛頭なかった。

彼の心は、未来の住処を想像することで満たされていた。小さな小屋、せいぜい三畳ほどの空間。

木の上に建てるというアイデアも一時は頭をよぎったが、一人で作業するリスクを考え、断念した。

夏の炎天下では、場所選びが肝心だ。

日陰になる場所、風が通り抜ける場所――それがなければ、住まいなど地獄と化すだろう。

だからこそ、公平は時間をかけて土地を歩き回った。

車中泊をしながら、理想の場所を探す日々。それは彼にとって、人生で最も幸福な時間だった。

その日、公平はまだ見ぬ北側斜面を散策していた。

陽光が木々の隙間を縫い、柔らかな光が地面にまだら模様を描く。

空は澄み渡り、鳥の声が遠く響く。完璧な一日だった。

だが、突然、空がどす黒く染まり雨が降り出した。

晴天が一変した急な雨に、公平は雨具を持っていなかった。

木々の葉を叩く雨音が強まる中、彼は雨宿りに適した大木を見つけた。

太い幹と広がる枝葉が、まるで自然の傘のように雨を防いでくれる。

ほっと息をついた瞬間、公平の視線は足元に落ちた。

そこに、異様なものが横たわっていた。

細長く、かまぼこ型の蓋に観音開きの小窓がついた――棺桶だった。

一瞬、箪笥か何かかと目を疑ったが、その不自然な形状と不気味な存在感は、誤解の余地を許さない。

この山の斜面が墓地であることを思えば、棺桶があっても不思議ではないのかもしれない。

だが、なぜこんな場所に、忘れ去られたように放置されているのか。

公平の胸に、好奇心と恐怖が同時に湧き上がった。

中に何が入っているのか。土葬の風習がこの地に残っているとは思えないが、確かめずにはいられなかった。

彼は無作法にも、足で棺桶を軽く蹴ってみた。

乾いた音が響く。空っぽのようだ。

意を決し、足で蓋を少し持ち上げてみた。

隙間から覗く内部は、暗闇に沈む空虚な空間だった。

完全に開けて確認すると、やはり中は空。埃と古木の匂いが鼻をついた。

安堵したのも束の間、公平の心に奇妙な衝動が芽生えた。

最初は、棺桶の大きさを小屋の設計と無意識に比べていただけだった。

だが、次第に別の考えが頭を支配し始めた。

「これも、ある意味では小屋ではないか」

狭く、閉ざされた空間。外界から隔絶された、完全な孤独の棲家。

彼は自分でも驚くほど自然に、棺桶の中に身を滑り込ませた。

蓋を閉めると、闇が彼を包み込んだ。驚くほど心地良い空間だった。

木の匂い、冷たい感触、静寂――まるで世界から切り離された聖域。

公平は目を閉じ、深い安堵に身を委ねた。

どれほどの時間が過ぎたのか。公平は眠りに落ちていたらしい。

ふと、かすかな物音に目を覚ました。外に何かいる。

観音開きの小窓をそっと開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

幼い頃の自分がいた。

母の手を握り、夕暮れの道を歩く少年。雪が初めて降った日の興奮が、胸に蘇る。

祖父母の家で過ごした夏、牛舎の匂い。学校の帰り道、傘を差し出してくれた少女の笑顔――あの時、声をかけていれば。

会社を辞めた朝の静寂。最後に両親と囲んだ食卓の温もり。そして、誰かに投げかけた「さよなら」という言葉。

記憶が走馬灯のように流れ、だがどこか歪んでいる。

鏡に映る自分の顔が、ゆっくりと崩れていく。

土の匂いが鼻腔を満たし、口の中にざらつく感触が広がる。

両親の泣き声が遠くから聞こえてくる。

「どうして、公平…」

突然、聞き覚えのある声が現実のものとして響いた。

「今日は息子・公平の葬儀に来てくれてありがとうございます。」

葬儀? 俺の? 馬鹿な、俺はここにいる! 公平は叫ぼうとしたが、声は出なかった。

代わりに、別の声が聞こえてくる。

「横穴を掘って、住居にするつもりだったらしいぜ。YouTubeでそんな動画、よく見てたよな。」

「俺も知ってる。危ないってあれだけ言ったのに。横穴が崩れたら助からないって…公平、本当にバカだったよ。」

記憶が一気に蘇った。

あの日、公平は北側の斜面で横穴を掘っていた。

小屋の代わりに、地下に住処を作ろうと。

土を掘り、夢中で作業を進める中、突然の崩落。

土砂が彼を飲み込み、息を奪った。

あの棺桶は――彼自身のものだった。

闇の中で、公平は気づいた。自分はもうこの世にいない。

走馬灯は終わり、棺桶の蓋は再び閉じられた。永遠の静寂が、彼を飲み込んだ。






ふふふ、皆様、いかがでございましたでしょうか。

棺桶の闇に抱かれ、男が見たのは過ぎ去りし日々の幻。

世の隙間は、時に人の心を映す鏡となるもの。

このヤモリ、世の隙間を這いずり集めた第五の物語の幕を、そっと閉じさせていただきます。

百話の物語を終え成仏するまで、残りは九十五話。

また、次の隙間でお会いいたしましょう。






『ケツメド!!毒味役長屋絵草紙』、カクヨムにて本編完結済み。現在は外伝を連載中です。 時代劇×毒味役×人情ドラマに興味がある方、ぜひ覗いてみてください。





https://kakuyomu.jp/works/16818792437372915626



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