鉄騎の破城槌 死神の黒姫は戦場に紅華を咲かす

米ちゃん

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第五章 燃える輜重、飢える死神。鉄の蝗は愚者を喰らう

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​「では、叔父上。この地をお任せします」

​ 出立の時、ヴァレンティン皇子はゴーマン公爵の手を握り、誠意のこもった微笑みを装う。

 ヴァレンティンは残存兵力一万八百のうち、六千百の兵をゴーマン公爵に残し、四千七百の兵を連れて帰国する。

​ 帰還組四千七百は、ヴァレンティンの本隊三千と、ルスラーナの独立遊撃部隊千二百、そして輜重兵五百だ。

 細かな内訳は、ヴァレンティン本隊は重騎兵一千と歩兵二千。重騎兵には、ヴァレンティンの親衛隊三百騎が含まれている。

 ルスラーナ独立遊撃部隊は、重騎兵七百と工兵隊五百で構成されている。
 輜重兵五百は、ヴァレンティン本隊とルスラーナ独立遊撃部隊が別行動を取った際には必要に応じてそれぞれに振分けられる。

​ 一方、ゴーマン公爵の残留組六千百の内訳は、軽騎兵九百、歩兵三千七百、そして輜重兵一千五百だ。

「うむ、任せろ!
 ……と言いたいが、ヴァレンティンよ。
 重騎兵を全て連れ帰らなくても良いのではないか?
 我らグレイヴェリアの武威の象徴だしな。
 エルバニアを畏怖させるためにも、千騎くらいは残しておいてくれないか?」

(ほう、気づいたのか?
 それとも、アイザックあたりの入れ知恵か──)

 ヴァレンティンは微かに眉を顰めるが、笑みを崩さない。
 
​「……グレイヴェリアの鉄騎、即ち我が軍の重騎兵の強みは、突進による破壊力です。
 それは野戦で最大の効果を発揮します。
 ですが、叔父上にお任せするのはこの地を守備すること。拠点の防衛戦であります。
 そして重騎兵は、拠点防衛に最も不向きな兵種です。
 役に立たない鉄の塊など、叔父上の足を引っ張るだけです」

​「そ、そうか! さすがは賢い甥だ! 配慮に感謝するぞ!」

​ ゴーマン公爵は安堵の笑みをこぼすが、ヴァレンティンの真意に気づいておらず、まんまと誤魔化されている。

 質の高い鉄だけ回収し、脆くなった鉄の塊は使い捨てるつもりで置いていくということを。
​          
​ こうして、ゴーマン公爵の残留組に見送られながら、ヴァレンティンの帰還組は帰国の途につくのであった。

 最終的な目的地は、グレイヴェリア帝国の首都『シュタールグラード』である。

 帝都へと続く街道を、ヴァレンティン本隊が先行し、輜重隊が続き、ルスラーナ独立遊撃部隊が後衛を務める。

​ やがて一行は、『死神の背骨』と呼ばれる険しい山道に差し掛かった。

 右手は切り立った崖、左手は深い谷。

 一列縦隊で進まざるを得ないこの難所は、大軍の移動には不向きだが、近道であるためヴァレンティンはここを選んだ。

​「もぐもぐ……ねえ、ドゥラーク。
 ルスラーナ独立遊撃部隊って、長くない?
 舌噛みそうなんだけど」

​ 雪の積もった山間の景色を眺めつつ、馬上で骨付き肉を咀嚼しながら、ルスラーナは轡を並べる騎士デュランダールに話しかける。

​「拙者の名前はデュランダール・ロランドですぞ。
 伝説の英雄シャルマーニに仕えし十三勇将が一人、ロランドの正統なる血筋。
 デュランダール卿と呼び敬うならまだしも、ドゥラークなどと、馬鹿を意味する古語を渾名にしないで下さい」

​ 伝説の英雄シャルマーニ。

 それは、グレイヴェリアより西のガルマニアという地にかつて存在した大ガルマニア王国を一代で築いた偉大なる英雄王だ。

 彼には武勇に優れた十三人の武将が仕えていた。

 デュランダールはその一人、ロランドの子孫である事を誇りに思っている。

 が──

​「趣味で盆栽弄りしてる黴臭い騎士を敬えと?」

​ ルスラーナは血統ではなくデュランダール個人の趣味に言及して一蹴する。

​「──ぼ、盆栽は崇高な趣味ですぞ!
 よりによって黴臭いなどどは何事ですか!」

​「ああ、あんたが寒い戦地にまで持ち込んでた大切な盆栽、野営地で焼けて無くなったわね確か?
 可哀想に、帝都に帰ったら新しいの買いなさいな。
 お小遣いに銀貨一枚恵んでやるわ。
 そんなことより部隊の名前、何かいいのない?
 一応、お前副将だから意見を求めてあげるわ」

​「ぐぬぬ、貴女という方は……。
 正式名称ですから、軍の書類上はルスラーナ独立遊撃部隊で通っていますぞ」

​「書類なんてどうでもいいのよ。呼びやすさが大事なの」

「はあ……」

​ デュランダールは真面目腐った顔で顎に手を当ててブツブツと呟きながら考え込む。

​「──皇族の私兵部隊としての格式、そしてルスラーナの異名である『チョルニボフの黒姫』を考慮した、勇ましくも高貴な名前……。
 そうですな……では、『黒百合の鉄騎士団』というのはいかがでしょう?
 殿下の可憐さと、我が軍の鉄の強さを兼ね備えた──」

​「うぐっ……っ……鳥肌立ったわ」

​ ルスラーナは蔑むような目をデュランダールに向ける。
​「おお、鳥肌立つとは、拙者の教養高い感性に感銘して──」

「違うわよっ、なによその軽娯楽小説的表現。
 設定中毒病?
 自分に酔ってるの? キモチワルイ。
 やっぱお前はドゥラークよ」

​「き、聞いてきたのはそちらでしょうに……!」

​ 心外だと言わんばかりに抗議するデュランダールを無視し、ルスラーナは骨付き肉を噛み砕いて飲み込むと、決定を下した。

​「もう『ルスラーナ隊』でいいわ。
 私の部隊なんだから、それが一番わかりやすいでしょ」

「……結局そうなるのであれば、最初からそう仰ればよろしいのでは?」

「ん? 何か言った?」

「いえ……『ルスラーナ隊』、素晴らしい名称です。
 簡潔明瞭で実に覚えやすいです、はい」

​ デュランダールは遠い目をして棒読みする。

​「あっそ……帝都に帰ったら、買ったばかりの盆栽叩き割ってやるわね」

「なっ、なんと慈悲なき……! 貴女の血は何色ですか!?」

​ ルスラーナとデュランダールのやり取りは、端から見たら夫婦漫才だ。

​「あははは。あの二人は、見てて飽きへんなあ」

​ 幌馬車の御者台で手綱を握るエルフ耳の女騎士ランスローネは朗らかに笑う。

​「ルスラーナ殿下も、何だかんだ言ってデュランダール卿と話すのは楽しそうですね」

​ 隣に座る魔法術士エーリカは、瓶底眼鏡を押して相槌を打つ。

​「そう思うやろ。あの二人は付き合い長いしな。
 もしかして、ルスラーナ殿下とデュラやん、ヴァレンティン殿下が仲人して結婚するんちゃうか?」

「もしそうなったら、壮絶な結婚生活になりそうですね。
 デュランダール卿は絶対、ルスラーナ殿下の尻に敷かれるでしょうし……む?
 何やら魔力の反応が……」

​ エーリカが気づいたその時だった。

​ ドォォォンッ!!

​ 前方を進む輜重隊の方角から、腹に響く爆発音と、黒煙が上がった。

 風に乗って、焦げ臭い匂いが漂ってくる。

 それは、魔法による火炎の匂いと──肉が焼ける匂いだった。

​「敵襲ーッ! 輜重車がやられたぞッ!!」

「消火だ! 食料を守れェッ!」

​ 前方の混乱は明らかだった。

​「ルスラーナ殿下の食料を積んだ輜重車が燃えているぞー!」

「……あ?」

​ その叫び声を聞いたルスラーナの手から、食べかけの骨付き肉がポロリと雪の上に落ちる。

​(私の、食料が──お肉が!?)

​ 彼女の動きが停止した。

 デュランダールの背筋に、盆栽を割られると脅された以上の、かつてないほどの悪寒が走る。

 そして崖上の茂みから、思い思いの装備を纏った一団が姿を現した。

​「へっ……見たかよリリィ。
 あの鉄蝗たち、お前の爆発魔法で右往左往してやがるぜ!」

​ 崖上から眼下のグレイヴェリア軍を見下ろしながら、派手に逆立った豊かな赤茶色の髪をした青年が鬢を撫でる。

 身の丈ほどもある長大な剣を背負った彼の名はアルヴィンという。

 エルバニア王国の冒険者組合に所属する冒険者クラン『赤錆の風』のリーダーだ。

​「ふふふ、アルヴィン様。
 グラハム将軍が云っていた通りですね。
 グレイヴェリア軍の兵站線を断つのに最適な場所が此処。
 たとえ鉄蝗たちの誇る重騎兵が護衛についていたとしても、此処ならば小回りが利かず突進力も活かせない。
 嗚呼、これから一方的に虐められるなんて、ゾクゾクしてきますわ!」

​ アルヴィンの隣に侍る魔法使い風の美女リリィは、防寒着の上からでも分かる胸の膨らみを揺らして身を捩る。

​「油断は禁物だぞ」

​ 板金鎧を着た戦士アルマが、戒めるように言う。

​「この先は、通行止めだ、他を当たれって、決め台詞を、言ってやりたいぜ!」

​ 重そうな甲冑を鎧った重戦士アッシュは、両手に握った斧槍を一振りして構える。

​「新品の刀の切れ味を試す、良い機会だぜ」

​ 髪を茶筅髷に結った着物袴姿の軽戦士ラムは、腰に差した刀を鞘から抜き放つ。

​「父上……!」

​ 革鎧姿の召喚術師ピックは、敬愛する父に祈りを捧げてから、宙空に描いた魔法陣で、三つの頭を持つ犬の魔物ケルベロスを召喚する。

​「あたいの妙技、見せてやるよ!」

​ 右目に眼帯をして、布面積が少ない服を着た軽業師シャーナは、軽やかにとんぼ返りをしてから、両手に小剣を構える。

​「奴らの屍を、暴虐の女神ルクシアに捧げよう」

​ 黒いローブを纏った魔法使いマルトーは、魔法の杖を振りかざす。

​「私の魔弾で、皆殺しだ!」

​ 弓使いギャルドが、大弓に矢をつがえる。

​ エルバニアの将グラハム・レノックス伯爵は、侵攻軍グレイヴェリアとの戦い際して二重三重の策を巡らせていた。

 夜闇のうちに騎兵隊を回り込ませておいて、後方野営地を襲わせたのもその一つだが、もう一つが、アルヴィンの『赤錆の風』だ。

​ グレイヴェリア帝国の冒険者組合には、国家間の争い、即ち戦争には加担しないという不文律がある。

 だが、エルバニア王国の冒険者組合は違った。

 依頼に見合う報酬であれば、冒険者としての実力を駆使して戦争に手を貸すのだ。

 グラハムは、グレイヴェリア軍の兵站線を断ち切る為に、私財を投じて冒険者組合に依頼して『赤錆の風』を雇い、グレイヴェリア国内に潜入させていた。

 後は、戦を長引かせれば、敵地に侵攻したグレイヴェリア軍は干上がり撤退を余儀なくされる。

 そして、アルヴィンたち『赤錆の風』が退却する行く手を阻み、更にグラハム率いるエルバニア軍が追撃し、『死神の背骨』街道で挟撃という、恐るべき軍略だ。

​ が、惜しむらくは、グラハムはルスラーナの活躍で撤退したことだ。

 アルヴィンたちは、それを知らない。

 彼らが頼みとするグラハム本隊は既に敗走し、この挟撃作戦がもはや成立していないことを。

 そして何より、自分たちが燃やした輜重車に積まれていたのが、ただの食料ではなく「猛獣の女王への供物」であったことを。

​「さあ、派手にやってやろうぜリリィ!
 今度はあの辺りに、デカい爆発魔法を一発ぶち込んでやれ!」

​ アルヴィンが指差したのは、輜重隊の隊列の後方、即ち『ルスラーナ隊』の最前列だ。

​「──おい、ドゥラーク」

​ ルスラーナの声は、地獄の底から響くように低く、冷たかった。

 その灰色の双眸に、燃えたぎるような殺気を宿らせて崖上を見上げる。

​「は、はっ!」

​ 最早慣れたのか、それとも今は反駁すべきでないと悟っているのか、デュランダールは背筋を伸ばす。

​「アレ、殺していいわよね?」

「……許可します。と言うより、止めても無駄でしょう」

​ デュランダールの言葉を聞くや否や、ルスラーナは兜の骸骨面頬を音を立てて下ろした。

 次の瞬間、デュランダールの隣から、青毛の馬の鞍上からルスラーナの姿が掻き消えた。

​「──私の、お肉を、返せェェェェッ!!!」

​ 愛馬から飛び降りたルスラーナは、自らの剛脚で大地を蹴り、長大な斧槍を片手に、黒い砲弾と化して崖上へと一足飛びに跳躍する。

 その姿はまさしく伝説の死神チョルニボフ──漆黒の死神だ。

​ ドォォォォォンッ!!

​ 崖の縁が爆発したかのような轟音と衝撃。

 アルヴィンたちの眼前を雪煙が壁となる。

 その中からぬっと現れたのは、黒甲冑に身を包んだ死神──ルスラーナだ。

​「──あ?」

​ 最前列で斧槍を構えていた重戦士アッシュの目の前に、銀灰色の骸骨面頬が迫る。

 彼は反射的に、両手の斧槍を構えて防御体勢を取った。

​「ど、止まれ! この先は通行止めだ、他を──」

​ アッシュは、その言葉を最後まで紡ぐことはできなかった。

​ グシャアッ!!

​ 湿った音が響いた。

 アッシュの自慢の重厚な甲冑は、ルスラーナの体当たり一発でアルミ缶のようにひしゃげ、中身ごとひき肉となって弾け飛んだ。

 彼は自分が何に轢かれたのか理解することなく、通行止めの看板になるどころか、路傍のシミとなって絶命した。

​「なっ、アッシュが一撃で!?」

「くそっ、化け物め! 我が秘剣、受けてみよ!」

​ 仲間の死に動揺するどころか、功名心に逸る軽戦士ラムが、神速の抜刀術を繰り出す。

 名工が鍛えた新品の刀が、ルスラーナの首筋──甲冑の隙間の柔肌を正確に捉えた。

​ ──キンッ!!

​ だが、響いたのは硬質な金属音だった。

 刃はルスラーナの肌に触れた瞬間、飴細工のように砕け散った。

​「ば、馬鹿な!? 鋼より硬いだと……強化魔法か!?」

​ 彼は知らない。

 実はオーガの血を引くルスラーナの肌は、そう易々と刃を通さない事を。

​「……邪魔」

​ ルスラーナが斧槍を無造作に横薙ぎにする。

 ラムの上半身と下半身が、永遠に泣き別れとなり、雪原に鮮血の華を咲かせた。

​「ヒッ、ヒイイッ! 行けっ、ケルベロス! 食い殺せ!」

​ 召喚術師ピックが悲鳴を上げ、三つ首の魔犬をけしかける。

 地獄の番犬であるケルベロスは、獰猛に牙を剥いてルスラーナに飛びかかろうとし──

​「キャウンッ!」

​ 骸骨面頬の奥の双眸と目が合った瞬間、ケルベロスは子犬のような悲鳴を上げてその場に裏返り、腹を見せて服従のポーズを取った。

 魔獣の本能が悟ったのだ。

 目の前の存在は、自分より遥かに上位の「捕食者」であると。

​「なっ……役立たずぅぅッ! 父上ェェェッ!」

「餌が……喋るな」

​ ルスラーナの蹴りがピックの胸板を陥没させ、彼は愛する父上の元へと旅立った。

​「こ、こいつ動きがデタラメだよ! あたしのスピードなら!」

​ 軽業師シャーナがバック転で距離を取り、攪乱しようと飛び跳ねる。

​「……待て、シャーナ! 飛び退くな!」

​ 板金鎧の戦士アルマが叫ぶが、遅かった。

 空中に身を晒した瞬間、ヒュンッという風切り音がして、シャーナの眉間を矢弾が貫いた。

​「あきまへんなあ。軽業師が空中で止まったら、ただの的ですわ」

​ 崖下からの狙撃。

 幌馬車の御者台に立つランスローネは弩弓を下ろして薄く笑う。

 シャーナは糸が切れた人形のように地面へ落下する。

​(……駄目だ。こいつらでは、時間稼ぎにもならん)

​ アルマは冷徹に判断を下した。

 目の前の怪物は、正面から戦って勝てる相手ではない。

 冒険者レベルの武技や魔法など、巨象に爪楊枝を刺すようなものだ。

​(逃げるが勝ち……いや、この状況で生身での逃走は不可能か)

​ アルマは懐から紫色の魔石を取り出し、強く握りしめる。

​(さらばだ、『赤錆の風』よ。
 短い間だったが、世話になったな。
 精々、奴の胃袋を満たす役には立ってくれ)

​ アルマは音もなく、その場に崩れ落ちた。

 その直後、

​ 次なる獲物を求めて斧槍を振るったルスラーナが、アルマの鎧を兜ごと叩き潰した。

 派手な音が鳴るが、そこには手応えがなかった。

​「……あれ? 中身がない?」

​ 潰れた鎧の中は空洞だった。

 肉も骨も血もない。

 まるで最初から幽霊が入っていたかのように。

​「チッ、逃げたか。得体のしれぬ技を……まあいいわ、肉じゃないなら食べる価値もないし」

​ ルスラーナは興味を失い、逃げ遅れた魔法使いマルトーたちへと視線を移した。

 アルマの気配は、戦場の混乱の中に完全に消え失せていたのである。

​「おのれッ! 暴虐の女神ルクシアよ、我に力を!」

「くらえ魔弾!」

​ 後衛のマルトーとギャルドが、魔法と弓で反撃を試みる。

 しかし、彼らの頭上に、巨大な火球が突如として出現した。

​「……焼却せよ、シャール・プラミャ!」

​ いつの間にか崖上に位置取っていたエーリカが、瓶底眼鏡のレンズを光らせ、手にした杖を振り下ろす。

 極大の火球が炸裂し、二人は悲鳴を上げる間もなく炭化して崩れ落ちた。

​「う、嘘……嘘よ……」

​ 一瞬。

 ほんの数十秒の間に、仲間たちがゴミのように処理された。

 リリィは杖を取り落とし、腰を抜かす。

 リーダーのアルヴィンも、背中の長大な剣を抜くことすら忘れ、ガチガチと歯を鳴らして震えている。

​「な、なんだよコイツ……!
 レベルが違いすぎる……!
 こ、こんなの冒険者の戦いじゃねえ……!」

​「おい、そこの肉」

​ ルスラーナが、骸骨面頬を持ち上げ、素顔を晒した。

 だがその美しい顔は、灰色の瞳は飢餓感でギラギラと輝いている。

 彼女はアルヴィンの襟首を片手で掴み上げ、軽々と吊るし上げた。

​「私の……お肉を燃やしたのは、お前か?」

​「ひ、ひぃぃぃッ! 助け──」

​ アルヴィンの命乞いは、首の骨がへし折れる音によって遮られた。

 ボロ雑巾のようになったアルヴィンを投げ捨て、ルスラーナは残る最後の一人──リリィを見下ろす。

​「あ、ああ……あ……」

​ リリィの股間から、じわりと温かいものが広がり、雪を黄色く染める。

 一方的に虐めるはずだった彼女は、今や絶対的強者の前で震えるだけの獲物と化していた。

​「──逃げるなよ。お前たちは、燃えた肉の代わりなんだから」

​ ルスラーナは斧槍を振り上げ、そして無慈悲に振り下ろす。

​ 最早、戦記でも冒険譚でもない。

 ただの、怪物恐怖絵巻だ。

​ こうして、冒険者クラン『赤錆の風』は、グレイヴェリア帝国最強の『ルスラーナ独立遊撃部隊』こと『ルスラーナ隊』の初陣の生贄となり、誰一人として故郷エルバニアに生きて帰ることは出来なくなった。
​          
​ 戦闘という虐殺の終了後──。

 燃えカスとなった輜重車の前で、ルスラーナが亡霊のように立ち尽くしていた。

​「……お肉。私の、お肉……」

「ル、ルスラーナ殿下、元気を出してください。まだ予備の食料はありますから」
 
​ デュランダールは健気にも慰めようとする。

​「うるさいわねドゥラーク!
 暴れたから余計にお腹空いたじゃない!
 何とかしなさいよ!」

「そんな理不尽な……」

​ まさしく理不尽な矛先を向けられたデュランダールが胃のあたりを押さえる。

 すると前方から、数名の親衛隊騎士を伴ってヴァレンティンがやって来た。

​「見事な働きだ、ルスラーナ。
 予定より少し早いが、次の宿場町で休息としよう」

​ ヴァレンティンは懐から取り出した地図を開き、すぐ先にある地名を指差した。

​「湯治場『ユノハナ』。
 そこで失った食料の補給と、戦の汚れを落とすといい。
 お前の好物の骨付き肉を、沢山用意させるぞ」

​「……ご飯! お肉! お風呂! 大好き、兄上!」

​ ルスラーナの機嫌が、現金なほど劇的に回復した。

​「……拙者は、肉に負けたのか……!」

​ デュランダールは頭を垂れて意気消沈する。

​「さすがはヴァレンティン殿下やな。
 ルスラーナ殿下の扱い方を一番分かってはるわ」

「デュランダール卿は気の毒ですけどね」

​ ランスローネとエーリカは笑い合う。

 こうして一行は、湯煙の待つ宿場町へと歩を進めるのだった。
​          
​ 同時刻。

 エルバニア王国、王都ゼルノグラードの暗部。

 薄暗い地下室にある寝台の上で、一人の男がガバッと跳ね起きた。

​「はぁっ……はぁっ……!」

​ 脂汗を流し、激しく呼吸をする男。

 彼こそがアルマの正体であり、エルバニア冒険者組合の暗部を担う暗殺者、ムギトである。

 ムギトは彼の一族に伝わる秘術『魂縛転移』を使った。

 肉体を捨て、魂のみをあらかじめ用意した別の器──予備の肉体へ飛ばす緊急回避術だ。

 ムギトは大陸中の国々に予備の肉体を隠し置いていて、名を変え姿を変えてあらゆる場所で暗躍していた。

 そして今、彼は予備の肉体へと魂を定着させ、意識を取り戻したのだ。

​「……化け物め。まさかアルヴィンたち『赤錆の風』が一分も持たずに全滅するとはな。
 エルバニアでも最高ランクの冒険者クランたぞ」

​ ムギトは自身の首を撫でる。

 転移が数秒遅れていれば、今頃はアルヴィンたちと同じ末路を辿っていただろう。

​「グレイヴェリアの『死神の黒姫ルスラーナ』。
 噂以上の怪物だ。物理的な戦闘力においては、間違いなく大陸最強クラスだろう。
 だが、殺し合いは腕力だけで決まるものではない」

​ ムギトは寝台の傍らに置いた酒瓶に口を付けて一息つく。

 その時、部屋の扉が開き、一人の男が入ってきた。

​「戻ったか、ムギト。
 これほど早い帰還ということは、やはり『赤錆の風』は全滅か」

​「……」

​ ムギトは、何も言わずに肯定した。

 男は驚く様子もなく、懐から一通の羊皮紙を取り出し、ムギトに手渡す。

​「グラハム様は、こうなることを見越しておられた。
 これが『プランB』──次なる指令だ」

​「……あの方の深慮遠謀は、相変わらず底が知れないな」

​ ムギトは、禿頭の老将の顔を思い出して薄ら寒い思いがした。

 そこには、グレイヴェリア帝国内にある湯治場『ユノハナ』の地図と、ある薬品のリストが記されていた。

​「奴らはユノハナへ向かいそこで休息を取るはずだとグラハム伯爵は仰せだ。
 戦場では無敵の死神も、湯に浸かり、武具を解けばただの女。
 その隙を突き、確実に息の根を止めろ」

​「……承知した。
 私の『毒』と『体術』の真髄、見せてやろう」

​ ムギトはニヤリと笑う。

 正面突破が無理なら、寝首をかけばいい。それが暗殺者の流儀だ。

 彼は即座に装備を整え、再びグレイヴェリアへの潜入を開始する。

​ 戦場での借りを、湯煙の中で返すために。
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【第2章 完 約13万字】&【第1章 完 約12万字】  たまたま運よく掴んだ功績で第7騎士団の団長になってしまった女性騎士のラモン。そんなラモンの中身は地球から転生した『鈴木ゆり』だった。女神様に転生するに当たってギフトを授かったのだが、これがとっても役立った。ありがとう女神さま! と言う訳で、小娘団長が汗臭い騎士団をどうにか立て直す為、ドーン副団長や団員達とキレイにしたり、旨〜いしたり、キュンキュンしたりするほのぼの物語です。 【第1章 ようこそ第7騎士団へ】 騎士団の中で窓際? 島流し先? と囁かれる第7騎士団を立て直すべく、前世の知識で働き方改革を強行するモラン。 第7は改善されるのか? 副団長のドーンと共にあれこれと毎日大忙しです。   【第2章 王城と私】 第7騎士団での功績が認められて、次は第3騎士団へ行く事になったラモン。勤務地である王城では毎日誰かと何かやらかしてます。第3騎士団には馴染めるかな? って、またまた異動? 果たしてラモンの行き着く先はどこに?  ※誤字脱字マジですみません。懲りずに読んで下さい。

転生調理令嬢は諦めることを知らない!

eggy
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リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。

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