鉄騎の破城槌 死神の黒姫は戦場に紅華を咲かす

米ちゃん

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第十章 腐った豚、下馬する鉄騎

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 ヴァレンティンとルスラーナが、帝都シュタールグラードに帰還してから、ちょうど一週間後。

​ 鉛色の空の下、シュタールグラードの東門は、かつてない喧騒に包まれていた。

​ 東の『灰色の森』へと向かうヴァレンティン皇子率いる遠征軍が出立の時を迎えていたのだ。

 総兵力は、五千。

 内訳は、重騎兵千七百、歩兵二千、工兵五百、輜重兵八百だ。
 
​ 軍列の先頭に立つのはルスラーナ皇女。

 銀灰色の骸骨面頬を下ろして黒甲冑と毛皮付き黒マントを纏い、青毛の馬デトゥーフに跨り、長大な斧槍を携えたその姿は、『漆黒の死神チョルニボフの再来』『チョルニボフの黒姫』などと称されるに相応しい威容だ。

 だが、見送りの兵たちや門番が度肝を抜かれたのは、ルスラーナの勇姿でも、将兵たちの勇壮さでもない。

​ 軍列の中央に配置された多数の輜重車の、車軸が軋んで悲鳴を上げるほどの「重さ」であった。

​「おい、慎重に運べよ! その荷車には、ルスラーナ殿下の精神安定剤である骨付き肉が積まれてるんだ!」

「知ってるよ! 転ばせて中身をダメにしたら、俺たちが代わりに食われるんだろ!?」

​ 輜重車を運ぶ兵士たちは、まだ見ぬ敵よりも強悍無比な姫君の空腹を恐れ、冷や汗を流しながら車輪を押していた。

「ヴァレンティン殿下ぁ!」

 ルスラーナの後ろで白馬に跨る銀髪の貴公子──ヴァレンティン皇子に、一人の文官が駆け寄って声をかける。

 ヴァレンティンの兄である第一皇子マクシミリアンの派閥に属する兵站管理官ロギース伯爵だ。

​「ちょ、ちょっとお待ちください、ヴァレンティン殿下!
 これはあまりにも……規定量を超過しておりますぞ!
 これでは、帝都の予備兵装と備蓄食料が空になってしまいます!」

​ ロギース伯爵は、青ざめた顔で馬上のヴァレンティンにすがりつく。

​ 輜重の荷馬車に満載されているのは、帝都の工廠で造られたばかりの最新鋭の武具、最高級の防寒具、そして貴族用倉庫から持ち出された極上のワインや保存食の山だ。

 父である皇帝より東方遠征を命ぜられてから準備をして出立の日までの一週間。

 ヴァレンティンとルスラーナの兄妹は、与えられた短い滞在期間を、休息ではなく「帝都の物資を根こそぎ奪う」ことに費やしたのである。

​「何を言う、ロギース伯爵。
 我が軍が向かうのは、補給もままならぬ未開の『灰色の森』だぞ?
 そこで陛下より賜った『魔族殲滅』という崇高な任務を遂行するのだ。
 万全の備えをするのは、指揮官として当然の義務ではないか」

​ ヴァレンティンは涼しい顔で、しかし絶対零度の威圧感を込めて見下ろす。

​「それとも何か?
 貴殿は、物資を出し渋ることで我々の足を引っ張り、陛下の勅命を妨害しようというのか?
 それは即ち、陛下への反逆と同義だが……その首、繋がっているのが不思議なくらいだな」

​「ひぃっ……! め、滅相もございません……!」

​ 「反逆」という言葉を出されれば、ロギース伯爵は引き下がるしかない。

 彼は涙目で、自らの出世と管理責任が荷馬車と共に去っていくのを見送るしかなかった。

​「あーあ、泣かしちゃった。兄上も人が悪いわね」

​ ルスラーナは馬上で振り返り、骸骨面頬を開いて目を細める。

​「はははは。人聞きが悪いな。
 これは『正当な徴発』だ。
 どうせ帝都に置いておいても、ズヴィーどもが肥え太るだけだ。有効活用してやるのが慈悲というものさ」

​ ヴァレンティンは闊達に笑い、馬を進めた。

        *

​ 帝都シュタールグラードを出立してから数日。

 一行は東方防衛の要衝、城塞都市『アイゼン・トーア』を目指して進軍していた。

​ 既に製鉄所の煤煙に覆われた灰色の空は背後に遠ざかり、頭上には透き通るような青空が広がっている。

 だが、ルスラーナの気分は少しだけ落ち着かなかった。

 山のような巨躯を見せていた鉄の古強者が、グレイヴェリアの重騎兵を象徴する人物がいないからだ。

​「……それにしても、『鉄騎の親父殿』が引退を申し出たのは、意外だったわね」

​ 馬上で揺られながら、ルスラーナはふと、背後の重騎兵隊を振り返って呟いた。

 彼女の視線の先には、ガルド・アイゼンという精神的支柱を失い、どこか緊張した面持ちの重騎兵たちが続いている。

​「そうか? 私は遅すぎたと思うくらいだがな」

​ ヴァレンティンは前を見据えたまま、涼しげに答える。

​「あやつの体は、長年の酷使でガタがきている。東方の湿気は古傷に毒だ。
 痛みを堪えて馬に乗るよりは、帝都で愛妻と茶でも啜っている方が、よほど彼のためだろう」

​「ふふっ、違いないわ。
 四十二歳にして、遅すぎた『新婚生活』だものね」
 
 ガルドは、二十四歳年下の下女ミナを妻に迎えたのだ。

 元々、エルバニアへの南征から戻ったら、ミナを娶って引退しようと考えていたようだ。

 挙式は、ガルドらしく慎ましやかであった。

「親父殿、張り切りすぎて腰をやらなきゃいいけど」

​ ルスラーナは意地悪く笑うが、その声には共に死線をくぐった歴戦の騎士への、彼女なりの労いが込められていた。

​「そうだな……」

 ヴァレンティンはふと、ルスラーナを妻に迎えることが出来たら、と考えるが、腹違いとはいえ兄妹の自分たちでは公的には難しい。

 既に近親相姦という禁忌を犯しているが、これは愛する妹と二人だけの秘密である。

「……それに、ガルドには別の任務を与えてある」

「別の任務?」

​「ああ。帝都に残した『留守番』だよ。
 私たちがいない間、マクシミリアン兄上やベアトリス姉上といったズヴィーどもが何を画策するか分からん。
 ガルドのような『誠実な古狸』が睨みをきかせてくれていると思えば、背中の心配をせずに済むというものさ」

​「なるほどね。相変わらず人使いが荒いこと」

​ ルスラーナは肩をすくめる。

 最強の矛が前線に出る代わりに、最強の盾を帝都に置いてきた。

 それは、兄妹が帰るべき場所を守るための布石でもあったのだ。

​ それから数日後。

 一行は、『灰色の森』の手前約五十キロに位置する、城塞都市『アイゼン・トーア』に到着した。

​ 巨大な石造りの城壁に囲まれたこの都市は、本来ならば対亜人戦の補給拠点であり、前線への支援を行う心臓部だ。

 だが、門をくぐったヴァレンティンたちの目に飛び込んできたのは、緊張感とは程遠い光景だった。

​ 街路には、昼間から酒の匂いが漂い、兵士たちは賭博に興じている。

 娼館の前には長い列ができ、市場には横流しされた軍需物資が堂々と並べられていた。
​「……へえ。随分と賑やかじゃない。
 ここが最前線の街とは思えないわね」

​ ルスラーナが呆れたように呟く。

 彼女の鋭い嗅覚は、街全体を覆う澱んだ空気──堕落と停滞の臭いを嗅ぎ取っていた。

​「ようこそお越しくださいました!
 ヴァレンティン殿下、ルスラーナ殿下!」

​ アイゼン・トーア総督府の前で出迎えたのは、煌びやかな軍服を着た、肥満体の男だった。

 アイゼン・トーアの総督であり、グレイヴェリア帝国東部方面軍総司令官であるボリス・ボロゾフ中将だ。

 伯爵位を持つ彼は、酒焼けした赤い鼻と、突き出た太鼓腹をしている。

 その顔には、皇族への追従笑いと、自身の保身しか頭にない卑屈さが張り付いていた。

​「遠路はるばる、このような僻地までご苦労様でございます!
 ささ、旅の疲れを癒やすべく、歓迎の宴を用意しておりますぞ。
 極上のワインと、柔らかい子羊の肉がございます!」

​ ボロゾフは揉み手をして、ヴァレンティンの馬の轡を取ろうと手を伸ばす。

​「……ひィッ!?」

​ だが次の瞬間、ボロゾフは裏返った悲鳴を上げて飛び退いた。

 その眼前に、長大な斧槍の刃先が、ぬっと翳されたからだ。

​ 突きつけたのは、ルスラーナだ。

 彼女は銀灰色の骸骨面頬の奥から、汚物を見るような冷え切った視線でボロゾフを見下ろしている。

 その殺気は雄弁に語っていた。『その汚い手で兄上に触れるな』と。

​「お、お戯れを……ルスラーナ殿下……」

​ 脂汗を流して震えるボロゾフ。

​「……よしなさい、ルスラーナ。ボロゾフ伯爵が怯えているではないか」

​ ヴァレンティンに嗜められ、ルスラーナは面頬の下で「チッ」と舌打ちし、斧槍を引いた。

​「出迎え大儀である、ボロゾフ伯爵。
 だが、我々は宴をしに来たのではない。
 『灰色の森』の戦況はどうなっている?」

​ ヴァレンティンはボロゾフを冷淡に見下ろしながら問うが、ボロゾフはヘラヘラと笑って手を振った。

​「はっはっは、ご心配には及びません!
 魔族どもなど、我が軍の堅牢な防衛線の前には無力です。
 前哨基地の『枯れ木砦』には、精鋭部隊一千名を張り付かせておりますゆえ、殿下の手を煩わせるような事態にはなっておりませんよ」

​(……一千名、か)

​ ヴァレンティンは眉一つ動かさず、ボロゾフの嘘を見抜く。

 事前に、ヴァレンティンが幕僚たちに集めさせた情報では、『枯れ木砦』の兵力は四百人を切っているはずだ。

 つまり、差分の六百人分の給与と食料は、ボロゾフが着服しているということだ。

​「……ねえ、兄上。
 このズヴィー野郎、今すぐミンチにしていい?」

​ ルスラーナが小声で、しかし殺気たっぷりに囁く。

 彼女にとって、部下が餓死しかけているのに自分だけ肥え太る指揮官は、最も嫌悪すべき「餌以下のゴミ」だ。

​「待て、ルスラーナ。
 ゴミ掃除は後だ。まずは現状を見に行くぞ」

​ ヴァレンティンは危険な妹を制し、ボロゾフに向き直る。

​「ボロゾフ伯爵。
 貴殿の云う精鋭たちの働きぶり、ぜひこの目で見たいものだ。
 これより直ちに前線の『枯れ木砦』へ向かう」
​「は? い、今からでありますか!?
 ですが、あそこは湿気ていて汚い場所ですし、何より危険が……」

​「危険? 魔族どもは無力なのではなかったか?」

​「あ、いや、その……万が一ということも……」

​ しどろもどろになるボロゾフを無視し、ヴァレンティンは全軍に進軍を命じた。

​「行くぞ。
 ここにあるのは腐った酒と肉だけだ。
 我々が求める獲物は、森の中にしかない」

​ 呆気にとられるボロゾフを残し、五千の軍勢は城塞都市を素通りしていく。

 背後で「し、しかし宴の準備がぁ……!」という情けない声が響いたが、ルスラーナは振り返りもせずに中指を立てた。

 アイゼン・トーアを出て更に東へ進み、その先に見えてきたのは、地平線を埋め尽くす巨大な「壁」だった。

​ 『灰色の森』。

​ 太古より続く広大な原生林であり、その木々の樹皮や葉が独特の灰緑色をしていることから、その名がついた。

 一年中霧が立ち込め、一度入れば方向感覚を失う天然の迷宮。

 そこは、グレイヴェリア帝国から魔族とされる亜人種族たちの領域だ。

​「……うわぁ。遠くから見るとホントに壁ね、あれ」

​ ルスラーナは骸骨面頬を開いて森を見る。

 巨木の一本一本が塔のように高く、それが密生して視界を遮断している。

​「あそこが、うちの故郷みたいなもんですわ」

​ 工兵隊長のランスローネが、どこか懐かしそうに、しかし複雑な表情で呟く。

​「へえ、ローネはあそこの出身なの?」

​「正確には、もっと奥の『深緑の領域』ですけどな。
 こっから先は、人間の常識は通用しまへんで。
 木が歩いたり、花が毒を吐いたり、空から岩が降ってきたり……まあ、賑やかなとこですわ」
​「へえ……美味しそうな獣はいる?」

​「そこですか、大将。
 ま、魔獣肉は硬いけど精がつきますえ。ただ、調理法間違えると腹壊しますけどな」

​ 呑気な会話を交わしながら、一行は森の縁に築かれた、帝国軍の前線基地『枯れ木砦』へと到着した。

​ 砦の門が、重々しい音を立てて開かれる。

 そこには、泥と錆にまみれた兵士たちが整列していた。

​ 彼らの前に進み出たのは、右目に眼帯をした隻眼の指揮官──ミハイル千人長だ。

 彼は、帝都から来た煌びやかな軍勢を、どこか冷めた目で見上げていた。

​(……ケッ。絵に描いたようなパレード軍だな)

​ ミハイルは内心で毒づく。

 彼らの鎧は、帝都の職人が磨き上げたばかりのようにピカピカだ。この湿気た森の泥など、一度も踏んだことがないのだろう。

 特に、先頭を行く白馬の貴公子──ヴァレンティン皇子と、その横の黒騎士──ルスラーナ皇女。

 ミハイルには、噂の「死神」とやらも、所詮はお膳立てされた戦場でしか戦えない温室育ちだと見える。

​「ご到着、お待ちしておりました。ヴァレンティン殿下、ルスラーナ殿下」

​ ミハイルは片膝をつき、形式通りの礼をとる。

 だが、その声には隠しきれない棘があった。

​「この『枯れ木砦』を司る千人長、ミハイルであります。
 ……ご覧の通り、当砦は物資も人員も欠乏し、歓迎の宴など用意できませんが」

​「構わんよ、千人長」

​ ヴァレンティンは馬上から涼しげに答える。

​「我々は宴をしに来たのではない。
 それに、歓迎なら森の住人たちが既にしてくれているようではないか」

​ 皇子は、砦のあちこちに残る戦闘の爪痕──血痕や、突き刺さったままの矢──を一瞥する。

 その目は、ミハイルが偏見する「温室育ちの怯え」ではなく、獲物を品定めするような冷徹な光を帯びていた。

​「報告によれば、敵は森の地形を利用したゲリラ戦術と、魔法攻撃を多用するとか」

​「はっ。奴らは木の上や霧の中から一方的に攻撃してきます。
 殿下自慢の重騎兵も、この森ではただの的に──」

​「ならば、降りればいい」

​ ヴァレンティンは事もなげに言った。

​「……は?」

​ ミハイルが耳を疑う中、ヴァレンティンは全軍に向けて声を張り上げた。

​「全軍、通達する!
 これより我々は森へ入り、亜人の拠点を強襲する!
 ただし、森に馬は不要だ!
 重騎兵は全騎、下馬せよ! これより貴様らは厚き鉄の鎧を着た『重歩兵』として、森を蹂躙せよ!」

 その命令に、砦内がざわめいた。

 グレイヴェリアの重騎兵にとって、馬は魂であり相棒だ。

 人馬一体の『鉄の塊』である事が誉れ。

 それを捨てて、泥まみれの歩兵になれというのは、誇りを踏みにじる暴挙に等しい。

​「ヴァレンティン殿下! 正気ですか!?」

​ 真っ先に声を上げたのは、ルスラーナ隊の副将デュランダールだ。

​「我らは誇り高きグレイヴェリアの鉄騎です!
 馬を降りて戦うなど、矜持が許しません!
 それに、重装甲のまま徒歩で森に入れば、機動力が落ちて格好の餌食に……!」

​ デュランダールの抗議は当然のものといえば当然だった。

 だが──。

​ ガシャッ。

 一斉に、金属音が響いた。

​ デュランダールが振り返ると、ヴァレンティン直属の親衛隊三百名が、一言の不平も漏らさず、機械のような正確さで下馬していたのだ。

 彼らは無言で手綱を係留柱に結びつけ、騎槍を置いて、帯剣と盾を構え直す。

​「なっ……貴公ら、誇りはないのか!?」

​「うるさいわね、ドゥラーク!」

​ デュランダールの頭に、ゴスッという鈍い音が響いた。

 ルスラーナの拳骨だ。

​「誇りだの矜持だのは、エルバニア相手にしか通じないわよ。
 郷に入っては郷に従え。森に入ってはゴリラに従えよ。
 こんなところに馬なんて連れてったら、枝に引っかかって邪魔なだけでしょうが」

​「ご、ゴリラ……!? しかし、ルスラーナ殿下……!」

​「問答無用。
 さっさと降りなさい。それとも、私が馬ごと担いで運んであげましょうか?」

​ ルスラーナが殺気を込めて微笑むと、デュランダールは「ひっ!」と悲鳴を上げ、慌てて馬から飛び降りた。

​ その光景を見ていたミハイルと、彼の部下であるヴェルダンディーナたち『ミハイル四天王』は、ぽかんと口を開けていた。

​(……なんだ、この連中は。
 皇帝の親衛隊よりも規律が取れているというか……異常だ。
 それに、あの皇女……今、如何にも誇り高き帝国騎士って感じの男を、論理ではなく物理で黙らせなかったか?)

​ ミハイルの中にあった皇族に対する偏見に、小さなヒビが入った瞬間だった。

​「準備はいいな。
 ミハイル千人長、案内を頼む。
 まずは手近な集落を一つ、血祭りにあげるとしよう」

​ ヴァレンティンもまた、優雅に馬を降り、泥土をその足で踏みしめた。

 重騎兵たちは渋々と馬を降りて、徐ろに整列する。

 ルスラーナはその動きを見て鼻を鳴らした。

​「……ま、やっぱり鈍いわ。甲冑の音聞いてたら分かる」

​ 彼女の戦士としての冷徹な観察眼は、デュランダールたち重騎兵らの欠点を見抜いていた。

 人馬一体でこそ最強の重騎兵も、降りてしまえば、ただの「重すぎる鎧を着た人」だ。

 平地ならともかく、足場の悪い森の中では、彼らの歩みは亀のように鈍重だった。

​「ガストン、ハンス、来なさい!」

​ ルスラーナは、後方に控えていた歩兵部隊の指揮官たちを手招きした。

​「「は、はいッ!」」

​ 呼ばれた二人の男──筋肉質の巨漢ガストンと、神経質そうな長身のハンスが、急ぎ足で駆け寄ってくる。

((我らが何かしでかしたのか?))

 彼らはルスラーナに呼ばれた恐怖で、顔を引きつらせていた。

 だが、ルスラーナがかけた言葉は、処刑の宣告ではなく、意外なものだった。

​「見てみなさい、あのザマを」

​ ルスラーナは顎で、下馬した騎士たちを指す。

​「馬を降りた重騎兵なんて、陸に上がった河童……いや、甲羅が重すぎて動けない亀ね。
 防御力はあるでしょうけど、この森で敵を追い回すには向いてないわ」

​「は、はあ……」

 ガストンとハンスは顔を見合わせる。

​「だから──この森での『主役』は、お前たちよ」

​「えっ……?」

​ 二人の歩兵千人長が目を丸くする。

 戦闘において、花形は常に騎兵。

 歩兵はいつだって、その引き立て役か、盾としての消耗品でしかなかったからだ。

​「お前たちの装備は、走って、撃って、突くためにあるんでしょう?
 この森でアタシの手足となって動けるのは、あの鉄屑どもじゃない。お前たち歩兵だけよ」

 グレイヴェリア帝国軍の歩兵は、槍、剣、短弓を標準装備にしており、距離に応じて柔軟に戦う。

 他国の軍隊みたいに槍兵、弓兵と分類分けされていない。

 全員が弓を持っていれば、一斉射撃の「矢の雨」の密度が桁違いになる。

 矢を​撃ち尽くしたら全員で槍を構えて「鉄壁」となり、乱戦になれば剣で戦うのだ。

 普通の人間なら、重装鎧と槍と剣と弓を持って行軍したら体力を消耗してすぐに動けなくなるが、グレイヴェリア兵は騎兵も歩兵も日常的に鍛えられた屈強揃いなので、このような重装備を運用できるのだ。

 ルスラーナは、ニヤリと不敵に笑い、二人の肩をバンと叩いた。

​「期待してるわよ。
 私が暴れ回るための露払い……お前たちなら出来るわよね?」

​ その言葉を聞いた瞬間、ガストンとハンスの目に、恐怖とは違う熱い火が灯った。

 皇女殿下に、帝国の花形の重騎兵よりも「頼りになる」と言われたのだ。

 武人として、これ以上の名誉はない。

​「ッ……おおおオオオッ!!
 お任せください、ルスラーナ殿下ッ!!」

​「我が歩兵二千の命に代えても、殿下の覇道を切り開いてみせます!!」

​ 二人は感涙し、鼻息を荒くして敬礼した。

 その背中からは、「やってやるぞ」という凄まじい熱気が立ち昇っている。

​(……ほう。人心掌握もお手の物か)

​ その様子を見ていたミハイルは、眼帯の下の目を細めた。

 ただの暴力女ではない。

 彼女は、戦場の空気を読み、兵の適材適所を瞬時に判断する、天性の「将軍」なのだ。

​「さて、と。それじゃあ……」

 ルスラーナは騎士や兵士たちの前に立つ。

「グレイヴェリアの勇敢なる戦士たちよ!
 灰色の森の魔族たちは、あらゆる攻撃を仕掛けてくるだろう。
 だが、お前たちの強悍さの前ではただの路傍の害虫に過ぎない!
 鉄の意志と武勇で、踏み潰してやれ!
 行くぞ、『害虫駆除』の時間だ!」

 斧槍を振り上げて叫ぶ。

「「「おおおおおおッ!」」」

 騎士や歩兵たちは雄叫びを上げて拳を突き上げた。

「「「ルスラーナ! ルスラーナ! ルスラーナ!」」」

 デュランダール、馬を降りた重騎兵、歩兵たち、ランスローネたち工兵隊、輜重兵たち、更にはヴァレンティン親衛隊の騎士たちまでもが、ルスラーナの名を連呼する。

​ 地響きのような歓声が、枯れ木砦の空気を震わせた。

 その熱狂は、単なる上官への敬意ではない。

 もっと根源的な、絶対的な捕食者への崇拝──あるいは「信仰」に近いものだった。

​「……おいおい、嘘だろ」

​ ミハイルは、その光景に唖然とした。

 彼が知るグレイヴェリア帝国軍において、兵士が個人の名をこれほど熱狂的に叫ぶことなどありえない。

 叫ぶなら「皇帝陛下万歳」か「帝国万歳」だ。

 だが彼らは、皇帝でも国家でもなく、目の前の皇女に魂を捧げていた。

​(こいつらの士気……いや、『信仰心』は、皇帝陛下以上じゃねえか……)

​ 背筋に冷たいものが走る。

 もし彼女が「皇帝を殺せ」と命じれば、この兵士たちは迷わず帝都へ進軍するだろう。

 それほどの危うさと、圧倒的なカリスマがそこにあった。

​「……信じられませんわ」

​ ミハイルの背後で、部下の一人──『ミハイル四天王』のヴェルダンディーナが震える声で呟く。

​「たった一言……あの方のたった一言で、あの堅物な中央の兵士たちが、死を恐れぬ狂戦士に変わってしまいました。
 ……あの方が、噂の『チョルニボフの黒姫』……なんて美しくて、恐ろしい……」

​ 他の四天王たちも、青ざめた顔で頷くしかない。

 彼らは理解したのだ。

 自分たちが相手にしているのは、温室育ちの皇族などではない。

 人の形をした、生きた「戦神」なのだと。

​「ふっ。驚くには値しないさ」

​ 呆気にとられるミハイルたちに、ヴァレンティンが涼しげに声をかける。

 彼は妹に向けられる狂信的な歓声を、嫉妬するどころか、自慢げに眺めていた。

​「ルスラーナは、戦場における『勝利』そのものだ。
 兵士とは現金なものでね。
 高尚な理屈よりも、確実に敵を殺し、勝利を運んでくれる存在を崇めるのさ」

​ ヴァレンティンは口元を歪め、愉快そうに笑う。

​「さあ、行くぞミハイル千人長。
 私の可愛い妹という名の戦女神が、供物を欲しがっている」
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【第2章 完 約13万字】&【第1章 完 約12万字】  たまたま運よく掴んだ功績で第7騎士団の団長になってしまった女性騎士のラモン。そんなラモンの中身は地球から転生した『鈴木ゆり』だった。女神様に転生するに当たってギフトを授かったのだが、これがとっても役立った。ありがとう女神さま! と言う訳で、小娘団長が汗臭い騎士団をどうにか立て直す為、ドーン副団長や団員達とキレイにしたり、旨〜いしたり、キュンキュンしたりするほのぼの物語です。 【第1章 ようこそ第7騎士団へ】 騎士団の中で窓際? 島流し先? と囁かれる第7騎士団を立て直すべく、前世の知識で働き方改革を強行するモラン。 第7は改善されるのか? 副団長のドーンと共にあれこれと毎日大忙しです。   【第2章 王城と私】 第7騎士団での功績が認められて、次は第3騎士団へ行く事になったラモン。勤務地である王城では毎日誰かと何かやらかしてます。第3騎士団には馴染めるかな? って、またまた異動? 果たしてラモンの行き着く先はどこに?  ※誤字脱字マジですみません。懲りずに読んで下さい。

転生調理令嬢は諦めることを知らない!

eggy
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リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。

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