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第十一章 亡霊の砦、嗤う亜人、暴食の覇道
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パチパチと、暖炉の薪がはぜる音がした。
帝都シュタールグラード郊外にある、ガルド・アイゼンの屋敷。
出立の前夜、ヴァレンティンは一人、この引退した武人の元を訪れていた。
「……殿下。あの森は、墓場です」
揺らめく炎を見つめながら、ガルドはポツリと語りだした。
「五年前、我々は慢心しておりました。
最強の重騎兵がいれば、木々の怪物など蹂躙できると。
ですが、森は鉄を許さなかった」
ガルドの隻眼が、炎の奥に当時の地獄を見ているように揺れる。
「泥に足を取られ、動けなくなった馬は、ただの肉塊となり果てました。
四方八方から飛んでくる見えない矢。
仲間の悲鳴と、馬の断末魔……。
生き残ったのは、馬を捨て、泥を這いずり回った者だけでした」
ガルドは炭になった薪を火掻き棒で崩すと、ヴァレンティンに向き直り、深く頭を下げた。
「殿下。もしあの森へ行かれるのなら、どうか……『鉄の誇り』をお捨て下さい。
馬を降り、泥にまみれる覚悟無き者は、森の餌食となるだけでございます」
その言葉は、重く、痛切な遺言のようにヴァレンティンの胸に刻まれた。
*
「……ねえ、兄上。まだなの?」
不機嫌そうな妹の声で、ヴァレンティンは現実に引き戻された。
暖炉の温もりは消え失せ、そこにあるのは肌にまとわりつく冷たい濃霧と、腐葉土の臭気だけだ。
『灰色の森』の深淵。
太陽の光すら届かぬ、永遠の薄闇に支配された世界。
「歩きにくいし、ジメジメするし、おまけにカビ臭い。最悪だわ」
先頭を歩くルスラーナは、鉄靴についた泥を蹴り飛ばしながら不満を漏らす。
その手には、妹シルヴィア皇女から貰ったクッキーの包みがあった。
貴重な糖分を口に運び、カリリと齧ることで、かろうじて機嫌を保っている状態だ。
「我慢しろ。獲物は逃げはせん」
ヴァレンティンは、ガルドの言葉を反芻しながら、泥濘を踏みしめる。
彼の後ろには、下馬して重歩兵となった親衛隊騎士たちや、デュランダールを始めとする騎士たち、ガストンとハンス率いる歩兵部隊が続いている。
ランスローネ率いる工兵隊は、それらより先に先行し、本隊が進軍する『道』を作っていた。
ミハイル隊は輜重兵たちとともに『枯れ木砦』に残り、ミハイル千人長と彼の部下『ミハイル四天王』は親衛隊騎士たちの中に混じっていた。
本来ならば、現地の地理に明るいミハイル隊を「捨て石」として先頭に立たせ、罠や伏兵をあぶり出すのが帝国貴族の常套手段だ。
だからこそ、ミハイルは覚悟を決めていた。
どうせ俺たちが先頭だ。矢面に立たされ、罠にかかって死ぬ……それが左遷組の末路だと。
だが『枯れ木砦』から出発時──。
「ミハイル千人長。何をしている?
貴殿の場所はそこではない。私の横だ」
ヴァレンティンが、当然のように声をかけた。
「……は?」
ミハイルは耳を疑う。
見れば、隊列の最前線には、巨大な斧槍を担いだルスラーナ皇女と親衛隊騎士たちが配置されている。
最も危険な場所を、総大将の妹と精鋭たちが固めているのだ。
「貴殿はこの森での戦闘経験が豊富だ。
敵がどこに潜み、どんな罠を仕掛けてくるか、肌感覚で熟知しているはず。
案内役ではなく『軍師』として、私の傍らで知恵を貸してほしい」
「ぐ、軍師……俺が、ですか?」
ミハイルの声が裏返る。
薄汚れた千人長である自分を、皇子が対等の──いや、知恵袋として扱おうとしている。
「そうだ。私は五年前の『泥の行軍』の悲劇を繰り返すつもりはない。
先達の教訓と、貴殿の現場経験。それが勝利への鍵だ」
ミハイルは、背筋に電流が走るような衝撃を受けた。
この皇子は、帝都の安楽椅子に座っていただけの貴族ではない。
現場の声を聞き、過去の失敗を学び、それを実践する度量を持っている。
(この人は……今までの貴族どもとは、違う……!)
ミハイルの中にあった不信の壁が、音を立てて崩れ去った。
「……僭越ながら、進言いたします!
この先の苔の色が濃い場所は『底なし沼』の可能性があります!
工兵隊に足場を固めさせるか、迂回ルートを!」
「よし、採用だ。ランスローネ!」
「了解や、大将!」
ミハイルの的確な助言により、部隊は次々と自然の罠を回避していく。
だが、森の住人たちが、それを黙って見ているはずもなかった。
ヒュオオオオオ……。
不気味な風鳴りと共に、周囲の霧が急速に毒々しい紫色へと染まっていく。
「毒霧だッ! 口と鼻を覆えッ!」
ミハイルが叫ぶが、それよりも早く、森全体が牙を剥いた。
シュパパパパッ!
樹上から降り注ぐ無数の「魔法の矢」。
地面に口を開ける落とし穴。
精神を蝕む幻術。
そして霧の中から襲いかかる狼人族ウェアウルフの群れ。
「くそっ、これが『灰色の森』の洗礼かよッ!」
『ミハイル四天王』が一人の盾戦士ベオウルフィンが、大盾で狼人の爪を受け止めるが、数が多すぎる。
これぞ、森の利を知り尽くした亜人連合による、必殺の包囲殲滅陣であった──はず、だった。
「……うっさいわね、食事の邪魔よ!」
不機嫌そうな声と共に、轟音が響いた。
襲いかかろうとしていた狼人の一匹が、真横から吹き飛び、巨木にめり込んで絶命したのだ。
そこには、骸骨面頬のねじれ山羊角の兜を被り、毛皮付き黒マントを羽織った黒甲冑を着て、狼人すら持つのが困難そうな長大な斧槍を片手で担いだルスラーナが立っていた。
「可愛い妹から貰った美味しいクッキーの味が、お前たちの獣臭さで台無しじゃんか!
償ってもらうわよ、お前たちの筋張った肉でね!」
ルスラーナが、地面を蹴る。
甲冑や斧槍の重さを感じさせぬその速度は、森の王者である狼人すらも置き去りにするほどだった。
ズバンッ!
一閃。
斧槍が銀色の弧を描き、三匹の狼人がまとめて胴体を両断される。
「木の上からチマチマと……鬱陶しいわッ!」
彼女は樹上生物たちが隠れている巨木へ向かって斧槍をフルスイングした。
メキメキメキッ、ズドォォォン!
幹周り数メートルはある巨木が根元からへし折れ、上にいた亜人たちが悲鳴を上げて落下してくる。
さらに、地中から現れた木の怪物『トレント』が腕を振り下ろすが、ルスラーナはそれを左手一本で受け止め、右手の斧槍で粉砕した。
「……ば、化け物ぢゃあ……!」
亜人たちが戦慄し、攻撃の手が止まる。
圧倒的な暴力の前に、森の有利など無意味だった。
「ランスローネ、出番だ」
ヴァレンティンの命を受け、工兵隊長のランスローネが進み出る。
「森の同胞たちよ! うちはランスローネ!
無益な戦いはやめや! 話を聞いてくれ!」
だが、返ってきたのは罵声だった。
『黙れッ! 穢れた血の娘が!
貴様のような薄汚いハーフエルフなど、同胞ではない! 恥を知れ!』
「っ……!」
ランスローネが唇を噛む。
亜人種族社会においてもハーフエルフへの差別は強く根深く、交渉の余地を断ち切ったのだ。
「……だ、そうですわ。ヴァレンティン殿下」
ランスローネは少し涙目で声を微かに震わせながら、作り笑いをする。
「そうか。ならば仕方がない」
ヴァレンティンは冷淡に頷き、妹に合図を送った。
「ルスラーナ! 交渉決裂だ!
奴らは会話よりも、痛みを求めているらしい!」
「りょーかーい!」
ルスラーナは兜の骸骨面頬の下で嗜虐の笑みを浮かべる。
「へえ……『穢れた血』ねぇ」
彼女自身、亜人種族オーガの血を引く身。
穢れた血などという言葉は、耳に胼胝が出来るほど聞いてきた。
力なき頃は鬱屈した思いを抱いていたが、今は違う。
「よく言ったわ、森の猿ども。
その減らず口ごと、すり潰してあげるわ。
全軍、殺っちまいなさい!」
「「「おおおおおお!」」」
彼女の号令で、帝国軍将兵たちは亜人たちの防衛網を怒涛の如く食い破り、一気に突破した。
そして──霧の向こうに、目的の「集落」が姿を現した。
「……へえ。これが『集落』?」
先頭に立つルスラーナは、目の前の光景を見て口元を歪めた。
それは粗末な小屋などではなく、吊り橋や逆茂木、監視塔を備えた立派な「要塞」だった。
「かつては集落だったのでしょう。
ですが、奴らも学習し、ここを対帝国用の『前線基地』へと作り変えたのです」
ミハイルが悔しげに言う。
要塞から無数の矢が放たれ、一つ目巨人の亜人種族サイクロプスが率いる亜人兵たちが躍り出てきた。
「よく来たな、鉄の蝗どもぉ! ここが貴様らの墓場だあ!」
一つ目巨人指揮官が、巨大な金砕棒を振り上げて叫ぶ。
「墓場? 違うわね」
ルスラーナは飛来する矢を叩き落とし、兜の下で獰猛に笑った。
「ここは『食堂』よ。
ガストン! ハンス!
あそこの木陰と岩場へ移動しろ! そこから矢弾をありったけ撃ちまくれ!」
彼女の指示で歩兵たちが散開し、遮蔽物のたる場所から制圧射撃を開始する。
デュランダールたち騎士たちは盾を構えて歩兵たちを守る『鉄の壁』となり、亜人たち突撃を受け止める。
有機的な連携の前に、亜人たちの攻勢が崩れる。
「お前の相手は私よ、単眼野郎!」
ルスラーナが要塞の壁を駆け上がり、サイクロプス指揮官の懐へ飛び込んだ。
交差の一瞬。
太い腕が宙を舞い、膝を砕かれた巨体が崩れ落ちる。
「動くな。動けば首と胴体がサヨナラよ」
首筋に刃を突きつけられ、指揮官は降伏した。
*
戦闘終了後。
亜人たちは武器を取り上げられ、広場に集められていた。
彼らの目には、恐怖と困惑の色が浮かんでいる。
「お見事です、ヴァレンティン殿下、ルスラーナ殿下」
ミハイルが、心からの敬意を込めて敬礼する。
「まさか、この難攻不落の拠点を、半日で落とすとは……。
下馬戦術と歩兵の運用、そして殿下たちの武勇。私の常識が覆されました」
「貴殿の道案内があったからこそだ、ミハイル」
ヴァレンティンは労うようにミハイルの肩を叩く。
「さて……場所は確保した。
次はいよいよ、こいつらの『処分』だな」
ヴァレンティンの視線が、捕虜となった亜人たちに向けられる。
その瞳には、単なる殺戮者ではない、冷徹な支配者の色が宿っていた。
帝都シュタールグラード郊外にある、ガルド・アイゼンの屋敷。
出立の前夜、ヴァレンティンは一人、この引退した武人の元を訪れていた。
「……殿下。あの森は、墓場です」
揺らめく炎を見つめながら、ガルドはポツリと語りだした。
「五年前、我々は慢心しておりました。
最強の重騎兵がいれば、木々の怪物など蹂躙できると。
ですが、森は鉄を許さなかった」
ガルドの隻眼が、炎の奥に当時の地獄を見ているように揺れる。
「泥に足を取られ、動けなくなった馬は、ただの肉塊となり果てました。
四方八方から飛んでくる見えない矢。
仲間の悲鳴と、馬の断末魔……。
生き残ったのは、馬を捨て、泥を這いずり回った者だけでした」
ガルドは炭になった薪を火掻き棒で崩すと、ヴァレンティンに向き直り、深く頭を下げた。
「殿下。もしあの森へ行かれるのなら、どうか……『鉄の誇り』をお捨て下さい。
馬を降り、泥にまみれる覚悟無き者は、森の餌食となるだけでございます」
その言葉は、重く、痛切な遺言のようにヴァレンティンの胸に刻まれた。
*
「……ねえ、兄上。まだなの?」
不機嫌そうな妹の声で、ヴァレンティンは現実に引き戻された。
暖炉の温もりは消え失せ、そこにあるのは肌にまとわりつく冷たい濃霧と、腐葉土の臭気だけだ。
『灰色の森』の深淵。
太陽の光すら届かぬ、永遠の薄闇に支配された世界。
「歩きにくいし、ジメジメするし、おまけにカビ臭い。最悪だわ」
先頭を歩くルスラーナは、鉄靴についた泥を蹴り飛ばしながら不満を漏らす。
その手には、妹シルヴィア皇女から貰ったクッキーの包みがあった。
貴重な糖分を口に運び、カリリと齧ることで、かろうじて機嫌を保っている状態だ。
「我慢しろ。獲物は逃げはせん」
ヴァレンティンは、ガルドの言葉を反芻しながら、泥濘を踏みしめる。
彼の後ろには、下馬して重歩兵となった親衛隊騎士たちや、デュランダールを始めとする騎士たち、ガストンとハンス率いる歩兵部隊が続いている。
ランスローネ率いる工兵隊は、それらより先に先行し、本隊が進軍する『道』を作っていた。
ミハイル隊は輜重兵たちとともに『枯れ木砦』に残り、ミハイル千人長と彼の部下『ミハイル四天王』は親衛隊騎士たちの中に混じっていた。
本来ならば、現地の地理に明るいミハイル隊を「捨て石」として先頭に立たせ、罠や伏兵をあぶり出すのが帝国貴族の常套手段だ。
だからこそ、ミハイルは覚悟を決めていた。
どうせ俺たちが先頭だ。矢面に立たされ、罠にかかって死ぬ……それが左遷組の末路だと。
だが『枯れ木砦』から出発時──。
「ミハイル千人長。何をしている?
貴殿の場所はそこではない。私の横だ」
ヴァレンティンが、当然のように声をかけた。
「……は?」
ミハイルは耳を疑う。
見れば、隊列の最前線には、巨大な斧槍を担いだルスラーナ皇女と親衛隊騎士たちが配置されている。
最も危険な場所を、総大将の妹と精鋭たちが固めているのだ。
「貴殿はこの森での戦闘経験が豊富だ。
敵がどこに潜み、どんな罠を仕掛けてくるか、肌感覚で熟知しているはず。
案内役ではなく『軍師』として、私の傍らで知恵を貸してほしい」
「ぐ、軍師……俺が、ですか?」
ミハイルの声が裏返る。
薄汚れた千人長である自分を、皇子が対等の──いや、知恵袋として扱おうとしている。
「そうだ。私は五年前の『泥の行軍』の悲劇を繰り返すつもりはない。
先達の教訓と、貴殿の現場経験。それが勝利への鍵だ」
ミハイルは、背筋に電流が走るような衝撃を受けた。
この皇子は、帝都の安楽椅子に座っていただけの貴族ではない。
現場の声を聞き、過去の失敗を学び、それを実践する度量を持っている。
(この人は……今までの貴族どもとは、違う……!)
ミハイルの中にあった不信の壁が、音を立てて崩れ去った。
「……僭越ながら、進言いたします!
この先の苔の色が濃い場所は『底なし沼』の可能性があります!
工兵隊に足場を固めさせるか、迂回ルートを!」
「よし、採用だ。ランスローネ!」
「了解や、大将!」
ミハイルの的確な助言により、部隊は次々と自然の罠を回避していく。
だが、森の住人たちが、それを黙って見ているはずもなかった。
ヒュオオオオオ……。
不気味な風鳴りと共に、周囲の霧が急速に毒々しい紫色へと染まっていく。
「毒霧だッ! 口と鼻を覆えッ!」
ミハイルが叫ぶが、それよりも早く、森全体が牙を剥いた。
シュパパパパッ!
樹上から降り注ぐ無数の「魔法の矢」。
地面に口を開ける落とし穴。
精神を蝕む幻術。
そして霧の中から襲いかかる狼人族ウェアウルフの群れ。
「くそっ、これが『灰色の森』の洗礼かよッ!」
『ミハイル四天王』が一人の盾戦士ベオウルフィンが、大盾で狼人の爪を受け止めるが、数が多すぎる。
これぞ、森の利を知り尽くした亜人連合による、必殺の包囲殲滅陣であった──はず、だった。
「……うっさいわね、食事の邪魔よ!」
不機嫌そうな声と共に、轟音が響いた。
襲いかかろうとしていた狼人の一匹が、真横から吹き飛び、巨木にめり込んで絶命したのだ。
そこには、骸骨面頬のねじれ山羊角の兜を被り、毛皮付き黒マントを羽織った黒甲冑を着て、狼人すら持つのが困難そうな長大な斧槍を片手で担いだルスラーナが立っていた。
「可愛い妹から貰った美味しいクッキーの味が、お前たちの獣臭さで台無しじゃんか!
償ってもらうわよ、お前たちの筋張った肉でね!」
ルスラーナが、地面を蹴る。
甲冑や斧槍の重さを感じさせぬその速度は、森の王者である狼人すらも置き去りにするほどだった。
ズバンッ!
一閃。
斧槍が銀色の弧を描き、三匹の狼人がまとめて胴体を両断される。
「木の上からチマチマと……鬱陶しいわッ!」
彼女は樹上生物たちが隠れている巨木へ向かって斧槍をフルスイングした。
メキメキメキッ、ズドォォォン!
幹周り数メートルはある巨木が根元からへし折れ、上にいた亜人たちが悲鳴を上げて落下してくる。
さらに、地中から現れた木の怪物『トレント』が腕を振り下ろすが、ルスラーナはそれを左手一本で受け止め、右手の斧槍で粉砕した。
「……ば、化け物ぢゃあ……!」
亜人たちが戦慄し、攻撃の手が止まる。
圧倒的な暴力の前に、森の有利など無意味だった。
「ランスローネ、出番だ」
ヴァレンティンの命を受け、工兵隊長のランスローネが進み出る。
「森の同胞たちよ! うちはランスローネ!
無益な戦いはやめや! 話を聞いてくれ!」
だが、返ってきたのは罵声だった。
『黙れッ! 穢れた血の娘が!
貴様のような薄汚いハーフエルフなど、同胞ではない! 恥を知れ!』
「っ……!」
ランスローネが唇を噛む。
亜人種族社会においてもハーフエルフへの差別は強く根深く、交渉の余地を断ち切ったのだ。
「……だ、そうですわ。ヴァレンティン殿下」
ランスローネは少し涙目で声を微かに震わせながら、作り笑いをする。
「そうか。ならば仕方がない」
ヴァレンティンは冷淡に頷き、妹に合図を送った。
「ルスラーナ! 交渉決裂だ!
奴らは会話よりも、痛みを求めているらしい!」
「りょーかーい!」
ルスラーナは兜の骸骨面頬の下で嗜虐の笑みを浮かべる。
「へえ……『穢れた血』ねぇ」
彼女自身、亜人種族オーガの血を引く身。
穢れた血などという言葉は、耳に胼胝が出来るほど聞いてきた。
力なき頃は鬱屈した思いを抱いていたが、今は違う。
「よく言ったわ、森の猿ども。
その減らず口ごと、すり潰してあげるわ。
全軍、殺っちまいなさい!」
「「「おおおおおお!」」」
彼女の号令で、帝国軍将兵たちは亜人たちの防衛網を怒涛の如く食い破り、一気に突破した。
そして──霧の向こうに、目的の「集落」が姿を現した。
「……へえ。これが『集落』?」
先頭に立つルスラーナは、目の前の光景を見て口元を歪めた。
それは粗末な小屋などではなく、吊り橋や逆茂木、監視塔を備えた立派な「要塞」だった。
「かつては集落だったのでしょう。
ですが、奴らも学習し、ここを対帝国用の『前線基地』へと作り変えたのです」
ミハイルが悔しげに言う。
要塞から無数の矢が放たれ、一つ目巨人の亜人種族サイクロプスが率いる亜人兵たちが躍り出てきた。
「よく来たな、鉄の蝗どもぉ! ここが貴様らの墓場だあ!」
一つ目巨人指揮官が、巨大な金砕棒を振り上げて叫ぶ。
「墓場? 違うわね」
ルスラーナは飛来する矢を叩き落とし、兜の下で獰猛に笑った。
「ここは『食堂』よ。
ガストン! ハンス!
あそこの木陰と岩場へ移動しろ! そこから矢弾をありったけ撃ちまくれ!」
彼女の指示で歩兵たちが散開し、遮蔽物のたる場所から制圧射撃を開始する。
デュランダールたち騎士たちは盾を構えて歩兵たちを守る『鉄の壁』となり、亜人たち突撃を受け止める。
有機的な連携の前に、亜人たちの攻勢が崩れる。
「お前の相手は私よ、単眼野郎!」
ルスラーナが要塞の壁を駆け上がり、サイクロプス指揮官の懐へ飛び込んだ。
交差の一瞬。
太い腕が宙を舞い、膝を砕かれた巨体が崩れ落ちる。
「動くな。動けば首と胴体がサヨナラよ」
首筋に刃を突きつけられ、指揮官は降伏した。
*
戦闘終了後。
亜人たちは武器を取り上げられ、広場に集められていた。
彼らの目には、恐怖と困惑の色が浮かんでいる。
「お見事です、ヴァレンティン殿下、ルスラーナ殿下」
ミハイルが、心からの敬意を込めて敬礼する。
「まさか、この難攻不落の拠点を、半日で落とすとは……。
下馬戦術と歩兵の運用、そして殿下たちの武勇。私の常識が覆されました」
「貴殿の道案内があったからこそだ、ミハイル」
ヴァレンティンは労うようにミハイルの肩を叩く。
「さて……場所は確保した。
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