鉄騎の破城槌 死神の黒姫は戦場に紅華を咲かす

米ちゃん

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第十二章 崩れる南の壁、嗤う北の狼

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 制圧された亜人の要塞集落。

​ 広場には、武装解除された数百名の亜人捕虜たちが、縄で縛られて座り込んでいた。

​ オーク、ゴブリン、コボルト、そして指揮官クラスのサイクロプスやダークエルフたち。

​ 彼らを取り囲むのは、弓と槍を向けるグレイヴェリア兵たちだ。

​ 広場の中央には、即席の玉座──鹵獲した物資箱を積み上げたもの──が設けられ、ヴァレンティンが脚を組んで座っていた。

​ その傍らには、返り血を拭おうともせず、奪ったばかりの干し肉を齧るルスラーナが、処刑人のように斧槍を立てて立っている。

​「さて、森の住人諸君」

​ ヴァレンティンは、怯える捕虜たちを見回し、穏やかな口調で切り出した。

​「単刀直入に言おう。
 貴様らの命は、今この瞬間、私の掌の上にある。
 通常の手順であれば、見せしめに全員処刑し、その首を街道に並べるところだが……私は慈悲深いのでな。選択肢を与えよう」

​ 彼は指を一本立てる。

​「一。このまま『帝国の敵』として、ここで土に還るか」

​ そして、二本目の指を立てる。

​「二。私の『剣』となり、共に戦うかだ」

​ その提案に、広場がざわめいた。

​ 捕虜の中にいた、先ほどランスローネを罵った者──その灰色の肌と赤い瞳を怒りに燃やすダークエルフの族長が、血を吐くように叫んだ

​「ふざけるなッ!
 誰が貴様ら人間如きの手先になどなるか!
 我らは誇り高き森の民! 鉄の蝗の奴隷になるくらいなら、死を選ぶ!」

​「……だ、そうだぞ。ランスローネ」

​ ヴァレンティンは視線を横に流す。

​ そこには、工兵隊長のランスローネが、複雑な表情で立っていた。

​「お前の同胞は、随分と頑固らしい。説得は無理か?」

​「……やってみますわ」

​ ランスローネは歩み出ると、族長の前に立った。

​ かつて自分を「穢れた血」と罵った相手を見下ろす。

​「久しぶりやな、族長はん。
 あんたがうちらを『穢れた血』と呼んで村から追い出した時の顔、今でもよう覚えとるで」

​「ふん! 薄汚いハーフエルフが!
 人間の威を借る狐め! 貴様の顔など見たくもない、殺せ!」

​ 族長は唾を吐きかける。

​ ランスローネはそれを頬で受け止めると、静かに拭い、悲しげに微笑んだ。

​「……せやな。あんたはそういう人や。
 純血こそ正義。混血は悪。
 その古臭い誇りのせいで、今、あんたの仲間たちが死にかけてるんやで?」

​「誇りを捨てて生き延びるくらいなら、死んだほうがマシだ!」

​「そうか……残念やわ」

​ ランスローネが下がろうとした、その時だった。

​「──申し上げますッ!!」

​ 森の静寂を切り裂くように、一人の伝令兵が広場へと駆け込んできた。

​ 泥だらけの軍服。憔悴しきった表情。

​ その背中には、皇帝直属の伝令であることを示す旗指物が刺さっている。

​「て、帝都より急報! ヴァレンティン殿下!
 一大事でございます!」

​ 伝令兵は馬から転がり落ちるように下りると、ヴァレンティンの前で跪いた。

​「報告せよ」

​「は、はいッ!
 南の戦線、崩壊いたしました!
 エルバニア軍総大将グラハム・レノックス率いる二十万の大軍が、怒濤の如く逆侵攻を開始!
 砦を守っていたゴーマン公爵軍は……ぜ、全滅ですッ!」

​ その報告に、ミハイルたち帝国兵のみならず、捕虜の亜人たちまでもが息を呑んだ。

​ 二十万。

​ それは、この小競り合いのような森の戦いとは次元の違う、国家存亡の危機を意味する数字だ。

​「ゴーマン公爵は、乱戦の中で討ち死に!
 敵軍は勢いに乗り、既に国境を越え、帝都へ向けて進軍中とのこと!
 皇帝陛下よりの勅命です!
 ヴァレンティン殿下は直ちに軍を返し、迎撃に向かわれたし!
 帝国の危機です、至急救援をッ!」

​ 伝令兵は悲痛な叫びを上げ、額を地面に擦り付ける。
​ 誰もが、ヴァレンティンが顔色を変え、「全軍撤退、帝都へ戻るぞ!」と号令すると思った。

​ だが──。

​「……ふむ。それで?」

​ ヴァレンティンから返ってきたのは、あまりにも素っ気ない、欠伸交じりの一言だった。

​「は……? で、殿下?」

​「ゴーマン公爵が死んだ? それは残念だ。
 だが、それがどうしたと言うのだ?」

​「ど、どうしたとは……!
 帝都が! 皇帝陛下が危ないのですぞ!
 直ちにお戻りください!」

​「断る」

​ ヴァレンティンは冷たく言い放った。

​「私は陛下より『灰色の森の魔族を殲滅せよ』という厳命を受けている。
 その勅命を果たさずして、おめおめと帰れるわけがなかろう?
 軍規に厳しい陛下のことだ。任務を放棄して戻れば、それこそ処刑されかねん」

​「そ、そんな馬鹿な!
 今は非常事態です! 陛下も許可なさいます!」

​「知らんよ。私は私の任務を遂行する。
 二十万の敵? 帝都にはマクシミリアン兄上の六万や、中央軍がいるだろう。
 彼らに任せておけばいい」

​ ヴァレンティンは煩わしそうに手を振る。

​「帰れ。そして陛下に伝えろ。
 『ヴァレンティンは忠義の士ゆえ、死んでも森の任務を全うします』とな」

​「なッ……正気ですか!? 国を見捨てるおつもりかッ!?」

​「見捨てる? とんでもない。
 私は帝国の未来のために、ここで新たな力を手に入れようとしているのだからな」

​ ヴァレンティンは伝令兵を一瞥もしない。

​ その冷徹な態度は、雄弁に語っていた。

​ 『ゴーマン公爵など、最初から死ぬ予定だった』と。

​ そして、『今の帝国など、守る価値もない』と。

​「ひ、ひぃぃ……! あ、悪魔だ……!」

​ 伝令兵は恐怖に顔を引きつらせ、逃げるように去っていった。

​ 広場に、重苦しい沈黙が落ちる。

​ だが、その空気を破ったのは、ルスラーナの笑い声だった。

​「あはははは! 傑作ね!
 あの腐れゴーマメ、やっとくたばったの?
 グラハムのハゲもやるじゃない!
 あーあ、お祝いに骨付き肉もう一本食べちゃおっと!」

​ 彼女にとって、叔父の死など今日の晩飯のメニューよりもどうでもいいことなのだ。

​ その常軌を逸した兄妹の姿を見て、捕虜の亜人たちは戦慄した。

​ こいつらは、自分たちが知っている「人間」の枠を超えている。

 国すらも見捨て、身内すらも切り捨てる、冷酷で強大な捕食者だ。

​「……さて、話を戻そうか」

​ ヴァレンティンは、凍りついた亜人たちに向き直る。

​「聞いた通りだ。帝国は今、南からの侵攻で手一杯だ。
 つまり、この森に援軍は来ないし、逆に言えば、私がここをどう支配しようと、帝都から文句を言う奴もいないということだ」

​ 彼は立ち上がり、両手を広げる。

​「お前たちが信じていた『誇り』や『伝統』とやらを守って、ここで朽ち果てるのもいいだろう。
 だが、私に従えば、未来がある。
 私は純血主義者ではない。能力ある者は、種族を問わず重用する」

​ 彼はランスローネを指差す。
​「見ろ。かつてお前たちが追放した『穢れた血』は、今や私の軍の幹部だ。
 彼女は実力でその地位を勝ち取った。
 ……族長、お前はどうだ?
 あくまで誇りに殉じて、部下全員を道連れにするか?
 それとも、新しい『強き王』の下で、種族の繁栄を選ぶか?」

 族長は、ギリリと歯を噛み締めた。

 恐怖はある。ヴァレンティンの器の大きさも感じる。

 だが──。

​「……断るッ!!」

​ 族長は血を吐くように叫んだ。

​「我らは森の民! 風と土と共に生きる自由な魂だ!
 いかに貴様が強かろうと、人間の『家畜』になるくらいなら死を選ぶ!
 支配などされてたまるかッ!」

​「我らは屈しないぞ!」

「殺せ! 誇りと共に死んでやる!」

​ 他の亜人たちも呼応して叫ぶ。

 彼らの反骨精神は、死の恐怖さえも凌駕していた。

 これまでの帝国による迫害の歴史が、彼らに「人間=侵略者・支配者」という図式を骨の髄まで植え付けているのだ。

​「……そうか。残念だ」

​ ヴァレンティンの瞳から、一切の温度が消えた。

​「使えぬ道具に用はない。
 ルスラーナ。全員、処分しろ」

​「へいへい。勿体ないけど、ミンチにして肥料にするしかないわね……」

​ ルスラーナが斧槍を振り上げ、族長の首を刎ねようとした、その時。

​「……あー、ちょっと待った」

​ ルスラーナの手がピタリと止まる。

​「なんだ、ルスラーナ。まだ何か?」

​「いや、こいつらの言い分聞いてて思ったんだけどさ。
 『家畜』とか『支配』とか言ってるけど、勘違いしてない?」

​ ルスラーナは斧槍の石突を地面にドンと突き立て、呆れたように族長を見下ろした。

​「おい、エルフの爺さん。
 あんた、人間の下につくのは嫌なんだろ? 奴隷みたいで」

​「と、当然だ! 誰が貴様らの靴を舐めるものか!」

​「じゃあさ、舐めなきゃいいじゃない」

​「……は?」

​ ルスラーナは、ポリポリと頬をかきながら、至極真っ当な提案を口にした。

​「『傭兵』として契約すればいいでしょ」

​「よ、傭兵……だと?」

​「そうよ。
 あそこのランスローネたちを見なさいよ。
 あいつら、兄上のことを『大将』って呼んでるけど、別に奴隷じゃないわよ。
 金と待遇で契約してる、対等のビジネスパートナーよ」

​ ルスラーナは、ぽかんとするヴァレンティンやランスローネを指差す。

​「私だってそうよ。
 私は皇女だけど、兄上のために戦うのは、兄上が美味しいお肉と、楽しい戦場を用意してくれるからよ。
 言ってみれば、報酬のために働いてるだけ。
 これって、あんたらの言う『支配』とは違うんじゃない?」

 本当は、兄ヴァレンティンへの無償の愛だが、照れ臭くて口が裂けても言えない。

​ 族長は言葉を失った。

 支配か、死か。その二択しか頭になかった彼らに、第三の道が示されたのだ。

​「契約内容はシンプルよ。
 あんたたちは、その魔法や腕力を兄上に貸す。
 その代わり、兄上はあんたたちに『森の自治権』と『帝国の物資・食料』を報酬として支払う。
 これなら、対等でしょ?
 誇りも守れるし、腹も膨れる。最高じゃない」

​「……!」

​ 族長の目が揺れる。

 隷属ではない。契約。

 それならば──我らは「誇り高き戦士」として、雇い主のために剣を振るうことになる。

 それは恥ではない。むしろ、部族を豊かにするための「仕事」だ。

​「……ヴァレンティン殿下。
 妹君の仰ることは、真実か?」

​ 族長が、縋るような目でヴァレンティンを見る。

​ ヴァレンティンは一瞬、虚を突かれた顔をしたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。

​(……ははっ。やってくれるな、ルスラーナ。
 『支配』という言葉にアレルギーがある連中に、『契約』という餌をぶら下げるとは。
 野生の勘か?
 それとも、お前自身が私の『最強の傭兵』だからか?)

​ 彼は鷹揚に頷いた。

​「ああ、誓おう。
 私は有能な者には敬意を払う。
 貴様らが私の『戦力』として契約するならば、私は雇い主として、相応の報酬と敬意を払おう。
 森はお前たちのものだ。誰も踏み荒らせはしない」

​ その言葉が、決定打となった。

​「……良かろう!」

​ 族長は立ち上がり、ヴァレンティンの前に進み出ると、対等の証として右手を差し出した。

​「我ら森の民、本日よりヴァレンティン殿下と『傭兵契約』を結ぶ!
 我らの力、報酬分はきっちりと働いて見せよう!」

​「交渉成立だ」

​ ヴァレンティンはその手を力強く握り返す。

​ 広場の亜人たちが、安堵と、新たな役割への高揚感に沸き立った。

​「一件落着めでたしめでたし」

 ルスラーナは兜を脱いで髪を掻き上げて息をつく。

「ふざけるなーッ!」

 それは、一人のエルフ男の叫びだった。

「何が契約だあ! 俺は認めないぞ!」

 そのエルフは隠し持っていた短剣を、提案者のルスラーナに向けて投げつけた。

 空気を裂いて飛ぶ刃。

 誰もが虚を突かれ、そして息を呑む。

 しかし──

 ガチッと音が響く。

 ルスラーナはなんと、凶刃を歯で噛んで受け止めたのだ。

 バキンッと音がして、短剣が噛み折られる。

「不味くてとても食えないわよ」

 ルスラーナはべっと短剣の刃を吐き捨てて睨みつける。

 エルフは唖然として、その場にへたり込んで項垂れた。

 完全に抵抗する気力を失ったのだ。
 
「ル、ルスラーナ殿下、お手柄ですわ」

​ ランスローネは苦笑しながらルスラーナに近づく。

​「ふん、当然でしょ。
 タダ働きなんて、私でも嫌だもの」

​ ルスラーナは鼻を鳴らし、残っていたクッキーを口に放り込む。

​ こうして、南の防壁が崩れ去り、帝国が混乱の渦に飲み込まれようとしている中、北の果てで新たな「魔王軍」とも呼べる勢力が──鉄の結束ではなく、黄金と肉の契約によって──産声を上げたのだった。

​「ねえ兄上。こいつらと契約したってことは、南のエルバニアに行くのよね?」

​「ああ、そうだ。
 南には二十万の『エルバニア肉』が、向こうから歩いて来ているそうだぞ」

​「! ……そっか! 楽しみね!」

​ 死神の黒姫は、舌なめずりをして南の方角の空を見上げるのだった。
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