鉄騎の破城槌 死神の黒姫は戦場に紅華を咲かす

米ちゃん

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第十四章 亜人の宴、叛意と服従の儀式

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​ 『灰色の森』の要塞集落。

 そこは今、奇妙な熱気に包まれていた。

​ 広場では、帝国軍が持ち込んだ大量の食料と酒が振る舞われ、昨日の敵同士が──警戒心を含みつつも──同じ火を囲んでいた。

​ ヴァレンティンが約束した「報酬の前払い」としての宴だ。

 飢えていた森の民にとって、帝都から徴発された極上の葡萄酒や干し肉は、何よりの説得材料だった。

​「……ふん。人間にしては、良い酒を持っておる」

​ 宴の席の端で、ダークエルフの族長──名をザルヴァゴスという──は、銀の杯を傾けながら、赤い瞳を細めた。

 白髪に灰色の肌、そして長い耳。

 森の賢者にして、冷酷な魔法使いである彼は、表面上はヴァレンティンに従う姿勢を見せている。

​ だが、その内心では、煮えたぎるような殺意と計算が渦巻いていた。

​(今は従う振りをしておこう。
 帝国の物資、技術、食料……吸い取れるだけ吸い取る。
 そして、あの若造が隙を見せた時──)

​ ザルヴァゴスの視線が、上座で優雅に葡萄酒を飲むヴァレンティンに向けられる。

​(寝首を掻く。
 所詮は人間。寿命も短く、魔力も持たぬ下等生物だ。
 我ら高貴なるエルフが、真に服従するになど値しない)

​ 彼は懐に忍ばせた、呪毒を塗った短剣の柄を服の上から撫でた。

 機会があれば、いつでも刺す。

 その「叛意」を隠し、彼は恭しく頭を下げて見せた。

​「ヴァレンティン殿下。この美酒、感謝いたします」

​「気に入ってもらえて何よりだ、ザルヴァゴス族長」

​ ヴァレンティンは、ザルヴァゴスの殺意になど気づいていないかのように、涼やかに微笑む。

​「存分に飲んでくれ。これから我々は長い付き合いになるのだからな。
 ……そう、お前がその懐の短剣を使う機会がないほどに、長く、な」

​「──ッ!?」

​ ザルヴァゴスの背筋が凍りついた。

 見透かされている。

 この男は、自分に向けられた殺意を知った上で、あえて泳がせているのだ。

​(……食えぬ男よ。だが、面白い)

​ ザルヴァゴスは冷や汗を拭い、改めて不敵な笑みを返した。

 単純な力関係ではない、ヒリつくような共犯関係がそこに成立していた。

​​ 一方、宴の中央では、もっと単純明快な騒ぎが起きていた。

​「グルゥゥゥ……ッ! 納得いかんッ!!」

​ 巨大な切り株のテーブルをひっくり返し、一匹の巨獣が立ち上がった。

 ウェアウルフの長、ガルオウだ。

 身長二メートル半を超える筋肉の塊。

 全身を覆う鋼のような体毛は、数々の戦いでついた傷跡で白く変色している。

​「あらあら……どうしたのよ、お犬さん。
 お肉が足りないなら、私の食べかけの骨をあげましょうか?」

​ 対面に座っていた鎧下姿のルスラーナが、骨付き肉を片手にキョトンとした顔で首を傾げる。

​「ふざけるなッ! 貴様だ、女ァッ!」

​ ガルオウは鋭い爪をルスラーナに突きつける。

​「我ら狼人族が従うのは『最強の者』のみ!
 あのヴァレンティンという男は、まあいい。頭も回るし金も持っている。群れのボスとしての器はあるだろう。
 だが貴様はなんだ!?
 ただ肉を食ってるだけのメスではないか!
 そんな奴の下になどつけるかッ!」

​ ガルオウにとって、ルスラーナの強さは未知数だった。

 先の戦いでは、ルスラーナの部隊の勢いに押されて撤退しただけで、直接拳を交えたわけではないからだ。

 彼の基準だが、見た目は華奢な人間の女。
 そんなものが自分より上位にいることが、本能的に許せなかったのだ。

​「……あー、なるほどね」

​ ルスラーナは、最後の肉を骨ごと噛み砕いて飲み込むと、鎧下の袖で無造作に口元を拭い、ゆっくりと立ち上がった。

​「つまり、喧嘩売ってるってことね?」

​「決闘だッ! 武器はなし! 魔法もなし!
 己の牙と爪、肉体のみで決める『獣の儀式』だ!
 俺が勝ったら、俺が貴様の上になる!
 貴様の肉も、地位も、全て俺のものだ!」

​ ガルオウが咆哮すると、周りの狼人たちも「やれ! やれ!」と囃し立てる。

​ ミハイルと『ミハイル四天王』以外の帝国兵たちは、ルスラーナの事をよく知っているので、「あーあ……」「死んだな、あの犬……」と、憐れみの目を向けたが、ガルオウは気づかない。

​「ふふ……ふふふっ!」

​ ルスラーナの肩が震え、やがて満面の笑みが弾けた。

 それは、恋する乙女のような、あるいは新しいおもちゃを買ってもらった子供のような、無邪気で残酷な笑顔だった。

​「いいわよ! すっごくいい!
 最近、武器ばっかり使ってて、肌の触れ合いが、拳と拳で語り合うってのが、足りてなかったのよねぇ。
 丁度いい食後の運動だわ!」

​ ルスラーナは両手の拳を鳴らすと、ガルオウを手招きをした。

​「来なさいよ、駄犬。躾の時間よ!」

​「舐めるなァァッ!」

​ ガルオウが爆発的な加速で突っ込む。

 その巨体から繰り出される右フックは、大木すらへし折る威力だ。

​ ドゴォッ!!

​ 鈍い音が響き、地面が揺れた。

 だが、ルスラーナは一歩も動いていなかった。

 ガルオウの剛腕を、左手一本で受け止め、あくびをしていたのだ。

​「……は? な、なぜ……」

​「遅いし、軽い。
 野生動物のくせに、随分と鈍ってるんじゃない?」

​ ルスラーナがニヤリと笑う。

​「じゃあ、次は私の番ね?」

​ ボグゥッ!!

​ ルスラーナの右拳が、ガルオウの腹に深々とめり込んだ。

 内臓が破裂しそうな衝撃に、ガルオウの目が飛び出る。

​「ガ、ハッ……!?」

​「あら、まだ倒れない? 頑丈ねぇ。
 これなら壊れる心配をせずに、思いっきり遊べるわ!」

​ そこからは、一方的な蹂躙だった。

​「うらぁあッ!」

 ドカッ!

「そこ! 脇が甘い!」

 バキッ!

「いい音! 骨がきしむ音、最高!」

 グシャッ!

​ ルスラーナは、サンドバッグのようにガルオウを殴り、蹴り、投げ飛ばした。

 狼人の誇る再生能力が追いつかないほどの破壊力。

 何より恐ろしいのは、彼女が終始「楽しそう」に笑っていることだった。

​「た、助け……降参、降参だッ……!」

​ ボロ雑巾のようになり、地面に這いつくばったガルオウが悲鳴を上げる。

​「えー? もう終わり?
 『獣の儀式』なんでしょ? どっちかが動かなくなるまでやろうよぉ」

​ ルスラーナは不満げに頬を膨らませ、ガルオウの頭を踏みつける。

​「ま、待ってくれ! 俺の負けだ!
 アンタがボスだ! 最強だ! だから命だけは……!」

​ ガルオウは腹を見せ、服従のポーズをとる。

 完全なる敗北。

 野生の本能が、目の前の女を「絶対的捕食者」と刻み込んだのだ。

​「ちぇっ。根性なし」

​ ルスラーナはつまらなそうに足を退けると、しゃがみ込んでガルオウの頭を──ゴワゴワした毛並みを、ワシワシと乱暴に撫で回した。

​「ま、いいわ。
 これからは私の言うことを聞くこと。
 『お手』と言ったら手を出しなさい。
 『噛め』と言ったら敵を噛み殺しなさい。
 分かった?
 返事は?」
​「わ、ワンッ!」

​ 誇り高き狼人の長は、完全に忠犬と化していた。

​「よしよし、いい子ね」

​ ルスラーナは満足げに立ち上がり、呆気に取られている他の狼人たちを見渡す。

​「見たわね?
 今日から私が、あんたたちの群れのボスよ!
 文句がある奴は、かかってきなさい。
 たっぷり可愛がってあげるから!」

​ シーン……と静まり返る広場。

 数秒後、狼人たちは一斉に腹を見せてひれ伏した。

​「「「ボス!! 一生ついていきますッ!!」」」

​          *

​ その様子を眺めていたヴァレンティンは、酒杯を揺らしながら苦笑した。

​「……やれやれ。
 言葉で騙すより、拳で語る方が早いとはな」

​ 隣に控えるランスローネも、肩をすくめる。

​「ほんまですわ。
 あの脳筋ワンちゃんたちには、高尚な契約書より、強烈な一発の方が効くみたいですな。
 ……ま、ダークエルフの古狸──ザルヴァゴスの方は、一筋縄ではいかんやろうけど」

​「構わんさ。
 毒も牙も、使いこなしてこその『魔王軍』だ」

​ ヴァレンティンは立ち上がる。

​「準備は整った。
 これより我々は西進し、帝国に巣食う豚どもを粛清する。
 行くぞ、化け物ども。狩りの時間だ」

​ こうして、ダークエルフの魔法と知略、狼人の凶暴な爪牙、そしてそれを束ねる「最凶の兄妹」による、帝国史上類を見ない混成部隊が完成した。
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