君と出逢って

美珠

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1巻

1-1





   1


 やたら整った顔のイケメンがいるなぁ、と思った。
 全員真っ黒な服装をしている中、黒い礼服がひときわ似合っている。
 今日は、じゅんの母の伯父に当たる人のお葬式だ。
 親族席に座っているということは、あのイケメンは純奈の親戚ということになる。
 でも、あんな人いたっけ?
 純奈は隣にいる母にそっと声をかけた。

「お母さん、あれ、誰? あの、眼鏡かけてて黒いスーツがバシッと決まった、無駄にイケメンな人……美人と美青年の間にいる」

 母は見るなり、ああ、という風に頷いた。

たか君ね。亡くなった伯父さんの息子の子供。にい貴嶺君、あんたの二従兄はとこに当たる人よ。ちなみに、右隣が姉のゆきちゃんで、左隣が弟のあき君。初めて会ったかしら?」

 母が首をかしげながら言うので、うん、と頷く。

「ハトコ? えーっと……お母さんの従兄弟いとこの子供、ってことかな?」
「そう。貴嶺君、頭が良くてね、T大卒業して外務省にお勤めしているエリートさんよ」
「……ガイムショウ?」

 純奈は視線の先のイケメンを見た。

「外交官なんですって。ずっと海外と日本を行き来していて、凄く忙しいらしいの。キャリア、とか言うらしいわよ。この前までは、フランスにいたみたい。詳しいことは知らないけど」

 外交官と言えば、なんだかお偉いさんのように聞こえる。
 収入も半端なさそうだな、と勝手な想像をしながら貴嶺から目が離せない。
 一応、純奈も女なのだ。やっぱりイケメンには目が行くわけで。
 でも、純奈の場合はそこまで。
 彼氏とか、そういうものは苦手だ。というか、お付き合いも恋愛も今までまったくしたことがない。
 男の人が苦手なわけではないが、純奈にとって異性は空想や想像の中だけの存在でいいのだ。

「ふーん。たかね、って変な名前」
「純奈、聞こえるわよ。……まったく、あなたが貴嶺君みたいな男を落としてくれたら、めてあげるのにねぇ」

 母はちくりと嫌みを言う。
 つい一ヶ月前、純奈は約五年間のOL生活にピリオドを打った。
 二十七歳で無職になり、家でゴロゴロしている純奈は、母に何も言い返せない。
 だが貯金は充分にあるし、今のところ、親に金銭的負担はかけていない。だから、別にいいじゃんと思う。OL時代はいろいろ疲れることもあったので、せめて一年はゴロゴロしていたい。

「もう、あなた、結婚したほうがいいんじゃないの?」

 二言目にはこれだよ、と純奈はうんざりする。年齢も年齢だけに、彼氏やら恋愛やら結婚やら、周りのプレッシャーがきつくなってきた。

「だったら、お見合いでもなんでも持ってきてくれてイイケド?」

 自棄やけになって、思わずそう言ってしまった。

「あら、言ったわね?」
「……あー……できれば、専業主婦でもOKな人にしてね。次の就職先なんて、まだ決めてないし。しばらく仕事する気ないから」

 とはいえ、自分は結婚なんてしないんじゃないかな、と思う。二十七年間彼氏がいなかったわけだし、もうここまで一人で自由に暮らしてきたのなら、ずっと一人でもいいか、と。
 でも、もし結婚するんなら、あんな人がいいな、イケメンだし、と心の中で思う。純奈はハトコだというイケメンに、じっと見入ってしまった。
 眼鏡越しに見える目は切れ長だけど、瞳は大きい。鼻筋はスッと通っていて高め。唇の形も魅力的で、女の子が好きそうな整った顔だ。どちらかと言えば綺麗系で、スーツがとても似合う。
 まじまじと見つめていたら、そのイケメン貴嶺君と目が合った。
 とっさに笑みを浮かべて会釈えしゃくすると、相手も会釈を返してくれる。にこりともしなかったけど、冷たい感じはしなかった。
 なんとなく、感じが良さそう。
 それが、初めて会った彼の印象だった。


   ☆ ★ ☆


 お葬式の後、喪主である母の従兄弟いとこから、よかったらと精進落としの席に誘われて、純奈は母と二人でお付き合いすることになった。

「さぁ、座って。やあ、純奈ちゃん、綺麗になったねぇ」

 純奈はゆるく笑って会釈をする。

「いくつになったのかな?」

 純奈が母の従兄弟と会ったのは今日が初めて。でも、相手は純奈のことを知っているようだった。
 もしかしたら小さい頃に会っていたのかもしれないが、とんと覚えていない。
 ちなみに母の従兄弟も結構かっこいいオジサマだ。そして、オジサマの奥様も美人。

「二十七、です」
「おお、そうか……貴嶺、純奈ちゃんの隣、空いてるぞ」

 え? と思って母の従兄弟の視線を辿たどると、貴嶺が携帯で電話をしていた。彼の携帯はスマホではなくガラケーで、純奈はいまどき珍しいものを見たような気分になる。
 電話を終えた貴嶺が、純奈の隣に座った。

「みなさん、どうぞ召し上がってください」

 母の従兄弟が言うと、みんなはしを取った。
 純奈も改めて目の前に並べられた料理を見る。まるでコース料理のような豪華さだ。
 一口食べた煮物は、文句なく美味おいしい。でも肉料理はさらに絶品だった。噛んだらすぐに切れるくらいトロトロに柔らかい肉は、純奈を感動させた。

「なにこれ、うまっ」

 思わず口から出た言葉が聞こえたらしく、隣に座ってた貴嶺が口元だけで笑う。
 どうせ、庶民。これくらいの言葉しか出てこないもん、と思った。
 そう思っていたら、隣の母が肘をつつく。

「あんた、食べてばっかりいないで貴嶺君にビールぎなさいよ」

 こそこそと言われて、隣のグラスを見るとからだった。
 確かに母の言う通りだな、と思ったので、純奈はビール瓶を持ち上げる。

「あの、ビールお注ぎしますね」

 純奈が言うと、貴嶺は手でグラスにふたをする。

「いえ、食べたら仕事に行くので」

 仕事? と思いながら首をかしげると、母の従兄弟がため息まじりに声を出した。

「貴嶺、お前、また仕事か? 今日はじいさんの葬式だったんだぞ?」
「わかってるけど、他にロシア語ができる人がいないらしくてね」
「この前も、帰ってきたと思ったらすぐ、って感じだったじゃないか……」
「仕事だから」
「今度はどこだ?」
「ウズベキスタン」

 純奈はビール瓶を持ったまま、パチパチ、とまばたきをする。
 ウズベキスタンってどこ? しかもロシア語ができる、とか言っていた。
 なんだか純奈とは次元の違う話をしていて、これは確かにエリートだわ、と思う。

「ビール、冷たくないですか?」

 ぼーっと話を聞いていると、隣からそう声をかけられた。

「は? ……っああ! 置きます」

 純奈はビール瓶をテーブルに置いた。すると代わりに貴嶺がそれを持ち上げ、こちらを見る。

「あなたは? ビールを飲みますか?」
「えっ? あ、ああ、はい、いただきます」

 イケメンがにこりと笑うと、めっちゃ威力がある。内心ドキドキしながら、純奈はグラスを傾けた。ビールをがれる間も目線が顔にいってしまう。

「コップ、元に戻してくれます?」
「え、ああ! すみませんっ!」

 あわてて傾けたグラスを元に戻す。我ながら、さっきから挙動不審だな。
 すると母が貴嶺に、ごめんなさいねぇ、と声をかけた。

「もう、気が利かないし、ぼーっとしてる娘で……」

 母からバシンと肩を叩かれる。痛いよ、と思いながらビールを一口飲んだ。
 イケメンにおしゃくしてもらったら、普通、緊張するだろう。

「いえ」

 貴嶺は、母に一言そう答えると、はしを取って食事を始める。
 見るともなしに見ていると、煮物の椎茸しいたけを微妙によけているのに気が付いた。自分の煮物を見ると人参にんじんばかりが残っている。
 純奈は、こっそり隣の貴嶺に話しかけた。

「私、椎茸が好きなんですよね。でも人参は嫌いで」

 純奈は椎茸が好物。大きな椎茸を焼いて醤油をかけて食べるのが好きだ。

「……食べます?」

 一瞬、驚いたような顔をした貴嶺は、そう言って煮物の皿を差し出す。

「いいんですか?」
「……どうぞ。俺、人参食べましょうか」
「き、嫌いじゃないですか?」
「人参は好きでも嫌いでもないです」

 じゃあ、と純奈は貴嶺の皿から椎茸を取る。代わりに、貴嶺は純奈の皿から人参を取った。

「何やってるんだ? 二人とも」

 貴嶺の父がそう言ったので、純奈はピタッとはしを止める。

「互いに嫌いなものを交換してるだけ」

 貴嶺がさらりと言うと、父親が笑った。

「まるで勝手知ったる夫婦みたいなことをするなぁ」

 フウフ!?
 箸を持ったまま固まった純奈は、顔が熱くなるのを感じた。

「す、すみません!」
「……何か謝ることでも?」

 貴嶺は涼しい顔でそう言った。彼はなんとも思ってないらしいが、純奈はどうにもいたたまれない。

「お互い独身だし、純奈ちゃん、貴嶺なんかどうだい?」

 こんなにイケメンなのに、まだ結婚していないのか。
 でも、こういう人には、きっと彼女がいると思う。というか、いないほうがおかしい。

「純奈さんに迷惑だよ、お父さん」

 当たりさわりなく流してしまうのが、上手うまいなぁと感じた。無表情ではないが、淡々とした感じ。あまり物事に動じないタイプかもしれない。
 貴嶺は落ち着いて見えるし、純奈より一歳か二歳くらい年上だろう。落ち着いて見えるのは、眼鏡のせいもあるだろうが。
 一応、形だけ迷惑ってところを否定しておこうと、純奈は貴嶺を見て首を振る。

「そんなことないですよ……あはは」
「純奈ちゃん、悪い気しないのかぁ。だったら、貴嶺、結婚してもらえよ」

 純奈は内心ないないと首を振った。貴嶺はといえば、まるで意にも介していないように、平然と返事をする。

「はいはい」

 なんというか、親戚同士の集まりで結婚していない男女がいると、こういう話の流れになるのだなと実感した。
 若干じゃっかんの面倒くささを感じながら、純奈はビールをゴクゴク飲んで、美味おいしい料理を食べる。

「細いのに、いい食べっぷりですね」

 そう声をかけられて、純奈は隣へ視線を向ける。

「美味しいです。きっといい仕出しなんでしょうね」

 料理を口いっぱいに頬張りながら言うと、貴嶺は小さく笑った。

「普通です」

 あっさり言われて、ああ、そう、と思う。イケメンだけど、基本、素っ気ない感じだ。
 貴嶺はちらりと腕時計を見ると、持っていた箸を置いた。そして黒い縁の眼鏡のブリッジを押し上げて、一つまばたきをする。
 その眼鏡を押し上げる仕草は、いかにもエリートっぽい感じがした。しかも、眼鏡のテンプルには芸能人御用達ごようたしのブランド名が刻まれている。
 結構なお値段のしそうな眼鏡フレーム。この手のシンプルでスタイリッシュな眼鏡フレームは、顔が小さい人のほうが似合う気がする。貴嶺は顔が小さく綺麗系なので、かなり似合っていた。
 こんなイケメン、女が放って置くわけがない。しかも国家公務員だ。
 絶対に、純奈と、なんてことはないだろう。

「俺、失礼します。すみません、中座して」

 貴嶺はそう言って立ち上がる。思ったより背が高い。見上げるほどの長身、というのはこういう人のことを言うのだろう。しかし、座っている時はそんなに高いようには思わなかったが……
 座高が低い、イコール足が長い。
 思わず足元からウエストまで確認すると、ビックリするほど足が長かった。

「うっそー……」

 純奈のつぶやきが聞こえたらしい貴嶺は首をかしげた。だが、すぐに気を取り直したのか、椅子の横に置いてあったブリーフケースを手に持つ。
 その時、先ほど貴嶺の姉だと教えてもらった雪嶺も席から立ち上がった。

「あ、じゃあ私も帰ります」
「雪嶺!」

 貴嶺たちの母親がたしなめるように声を上げると、ごめんなさい、と少し高めの綺麗な声がそう言った。美人は声まで綺麗らしい。もちろん貴嶺もイケメンらしく、低い美声だ。

「実は、旦那が熱出して寝込んでるの。子供も一緒にダウン中。早く帰ってあげないと……ごめんね、お母さん」

 家族が二人も熱を出しているなら、大変だろう。

「貴嶺、私も一緒にタクシー乗るから!」

 そう言って小走りに出て行く雪嶺はスタイルのいい美人だ。とても子持ちには見えない。
 ふと、貴嶺の皿を見ると半分くらい残っている。でも、純奈の人参にんじんだけはしっかり食べてくれていた。思わず出て行く貴嶺の後ろ姿を目で追う。
 新生貴嶺。
 イケメンで、学歴も職業もハイレベルで、背が高くて、足も長い。一昔前なら、三高と言うのだろう。いまどきあんな人もいるんだなと思った。
 淡々としてはいたけれど、なんとなく優しい人な気がした。人参も食べてくれたし、と心の中でつぶやく。
 思わず、じっと見つめていたくなる人。
 純奈がここまで男の人のことを思うのは、生まれて初めてのことだった。


   ☆ ★ ☆


 それから数日後、純奈は中学の同窓会に来ていた。
 会場の隅でビールを飲みながら、周囲を眺める。
 この年になると、さすがにお母さん、お父さんになっている人も多い。中には子供連れで来ている人もいた。
 早生まれの純奈は二十七歳になったばかりだが、同級生のほとんどは今年二十八歳になる。その同級生が五歳くらいの子供を連れているのを見ると、いくつで結婚したんだ、と目を丸くしてしまう。
 つくづく、時の流れは早いもんだと思った。
 そういえば先月、退職する時にも寿ことぶき退社かと聞かれたっけ。
 OL時代、純奈はそこそこ、いや結構仕事ができた。
 苦労して一流企業と言われる会社に入って、バリバリ仕事をしていた。女性の多い職場では、純奈以外にも独身の女性が多くいた。
 純奈は基本、年上とも年下とも仲良くするのがモットーなので、結構く立ち回っていたと思う。
 でもある日、それがとても面倒になってしまった。みんなにいい顔をして、ニコニコしている自分が嫌になった。
 だから二十五歳の時、お金を貯めるだけ貯めて会社を退職しようと決意した。
 そして一ヶ月前、ついにそれを実行したのだ。もちろん上司にも同僚にも引き留められた。引き継ぎをどうすればいいんですか、と泣きついてくる後輩もいた。でも、その辺はきっちりやって行くのが純奈の心意気。
 すべての引き継ぎを終え、めでたく退職と相成あいなった。
 そんなことを思い出しながら黙々とビールを飲んでいると、隣に座っていた男友達が笑った。

「純奈、相変わらずイイ飲みっぷり」

 彼、まつりゅうすけは中学時代から仲のいい友人だ。もう一人仲のいい女友達と三人で、よくバカをやったり、遊びに行ったりした。今日、その女友達は仕事で来られないらしい。
 お互い社会人になると忙しくなり、ほとんど会う機会がなかった。

「そんなに強くないけどね。隆介は、そろそろ帰んないでいいの?」

 隆介が結婚したのは知っているが、奥さんにはまだ会ったことがない。

「うん。今日は嫁さんも遊びに行ってるから」

 隆介はにこーっと笑う。そして、これから別の場所で飲まないかと純奈を誘った。

「え? どこに?」
「行きつけの店。こうして会うのは久しぶりだから、ちゃんと話したいじゃん」
「それもそうだね、行こうか」
「あ、でも純奈、明日は仕事、大丈夫?」
「大丈夫、だって今無職だし」
「は? 無職!?」

 隆介が驚くのは当然だろう。この間まで普通に働いていたし、辞めたことを彼に言うのは初めてだ。
 だが、隆介のいいところは深く聞いてこないところ。話したくなったら話せよ、という感じである。
 驚いていたけど、今日もいつも通り「そっか」で済ませてくれた。
 二人で同窓会の会場を出ると、純奈はタクシーへ押し込まれる。

「え、どこまで行くの?」
かすみせきの近く? 実は、そこで約束してるんだ。同じ職場の上司のような人なんだけど……まぁ、とにかく、一緒に飲もうよ」
「ええっ!?」

 知らない人と飲むなんて聞いてないよ。それに、職場の上司なら、きっと男の人だろう。

「まさか紹介したい人、とか言わないでよ? 私そういうの興味ないって知ってるよね?」

 純奈が警戒していると、隆介はカラッと笑った。

「知ってるって! 全然、紹介とかじゃないから」
「私を結婚させようとか、思ってない?」

 以前から隆介は、結婚には興味がない純奈に、「そんなの、この先はわからないよ」とよく言っていたのだ。でも、今日は違うようだ。

「っていうか、もったいない」
「は?」
「これから会う人は、純奈にはもったいないってこと」

 なんじゃそりゃ、と心の中で突っ込む。

「エリート官僚だったのに、上司の娘との結婚話をって、ウチの部署に飛ばされて来たっていう噂なんだけど、めに鶴って感じ。性格いいし、仕事はできるし、七ヶ国語を流暢りゅうちょうに話せて、しかも超絶イケメン」

 イケメンをかなり強調したあたり、本当にそうなのだろう。隆介もルックスは悪くない。むしろ、カッコイイほうだと思う。そんな隆介が、〝超絶イケメン〟と言うのだから、よっぽどだ。

「とにかく尊敬できるんだよね。俺より年上で大人なのに、凄くフランクに接してくれて、その人と話してると勉強になるっていうか」

 エリート官僚で、七ヶ国語を流暢に話せる、超絶イケメン。
 それを聞いただけで、なんだか会いたくない。そういう人は、だいたい高学歴でプライドが高く、自分を特別だと思っている人だと思う。純奈なんか相手にしないだろう。
 純奈は、普通。
 人より特別優れているようなものは何もない。容姿も十人並みだ。
 気が重いなぁと思っていると、隆介はニコニコしながら言った。

「ただ、久しぶりに会ったんだし、純奈ともっと飲みたいだろ。だから、三人一緒に飲もう。楽しいよ、きっと」

 大らかで、単純で、誰からも好かれる隆介らしい考えだった。

「ウチの部署忙しいのに、その人、嫌な顔ひとつせずに仕事するような良い人なんだよ。あ、俺、一応、外務省勤務なんだけど」
「ガイムショウ?」

 隆介が公務員なのは知っていたが、外務省勤務だったとは知らなかった。いつ電話しても、忙しくて会う暇が、と言っていたような気がする。

「うん、まあ、ノンキャリアだけどな。これから会う人は総合職試験パスした、キャリアなんだぜ。今朝、ウズベキスタンから帰国したところを、無理言って誘ったんだ」

 ウズベキスタンってどこ?
 そういえば最近、その国名をどこかで聞いた気がする。

「私、あんまりお金持ってきてないよ?」

 純奈は、同窓会の会費プラス五千円くらいしか持ってきていなかった。今は無職なので、できれば出費は抑えたい。

「俺がおごる。そのつもりで誘ってるし……ほら、着いた。降りて、降りて」

 そうしてタクシーから押し出された。タクシー代も隆介が払ってくれる。知らない人と飲むのはやっぱり気が進まないが、奢ってもらえるならまあいいか、と目の前の店を眺める。
 そこにはどう見ても高そうなバーがあった。バーなんて初めて来たよと思いながら、迷いなくドアを押す隆介について行く。店の中にはカウンターしかなくて、ぱっと見る限り客は一人しかいなかった。

「新生さん、先にいらしてたんですね。待たせてすみません」

 ニイオさん、という言葉を聞いて隆介の後ろから顔を出した純奈は、思わず目を見開いてしまった。
 相手も驚いたような顔をしていたが、にっこりと笑う。

「お疲れ様。中学時代の友達?」
「そうです。友達のたかはし純奈。サッパリしたいいやつなんですよ」
「そう」

 貴嶺は純奈に視線を移すと、一つ息を吐いてまばたきをする。そうして隣の椅子を引いて、どうぞと言った。

「先日はどうも、純奈さん」

 隆介は驚いたように、えっ? と大きな声を出した。

「新生さん、純奈と知り合いなんですか?」
二従妹はとこらしくてね。この前、祖父の葬式で初めて会ったんだ」

 そう隆介に向かって言うと、貴嶺は純奈に視線を戻す。その目は切れ長で、瞳が大きくて、綺麗な形。

「えっ!? はとこ?」

 隆介は、貴嶺と純奈を見比べている。
 外交官で、何ヶ国語も話せて、エリートで、超絶イケメン。そして性格もいい。
 純奈は、さっきタクシーの中で隆介が言っていたことを思い出し、今さらながらに納得した。
 確かにそれは、葬式で会った新生貴嶺そのものだ。
 しかし……まさか、こんなに世界が狭いとは思わなかった。

「ど、どうも」
「お互い、驚きましたね」

 彼は口元だけで笑い、おだやかに言う。

「純奈、とりあえず座れよ。新生さん、椅子引いてくれてるだろ?」

 隆介から言われ、まだ椅子の背に置かれたままの貴嶺の手を見る。大きいが、綺麗な手だ。爪の形まで美しい。
 貴嶺の顔を見ると、こちらをじっと見ていて、純奈はまばたきを繰り返した。

「あ、あり、ありがとうござます」

 純奈はてっきり、貴嶺の隣に隆介が座り、隆介の隣に純奈が座るのだと考えていた。
 この席順はまったくの想定外。
 とはいえ、このまま立っているわけにもいかず、貴嶺が引いてくれた椅子に座ろうとした。だが、ショルダーバッグが邪魔をして上手うまく座れない。
 すると、貴嶺がさりげなくバッグの下を持ち上げてくれた。おかげで純奈は、スムーズに座ることができた。
 持ち上げていたバッグを純奈の膝の上にスッと置いたその仕草は、凄く手慣れている気がして、今度は純奈が貴嶺をじっと見てしまう。

「どうかしましたか?」
「いいえ……」

 純奈がヘラッと笑っていると、貴嶺の反対隣の席に隆介が座った。
 隆介! 遠いよ! と、心の中で叫ぶが、純奈の前にはすぐにコースターが置かれ、おしぼりを渡されてしまった。

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