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3巻
3-2
そこで純奈は、ストッキングの色からヘアアレンジに至るまで古橋に指摘された。髪の毛はどうして美容室へ行かなかったのかと言われ、ドイツ語が上手く話せないので、と答えると早く覚えるよう叱咤される。
その間、真綾は黙々と純奈の髪の毛にヘアアイロンとホットカーラーを巻いていた。
きっと貴嶺は、なぜ大使館へ寄るように言われたのか知らなかったのだろう。打ち合わせ的なものだと思っていたのかもしれない。
でも、実際は純奈の仕上がりを見るためだったのだ。いろんな準備がされていることから、まったく信用されていなかったのだとわかりガックリする。
古橋は純奈を椅子に座らせ、メイクを足していく。ちょっと垂れ目気味な純奈の目にくっきりとアイラインを引いてネコ目に仕上げた後、唇にキラキラ光るラメ入りのグロスをのせた。チークの色も少し足されて、キュートかつ色気のある純奈が出来上がる。
さらにガッツリ開いた胸元にもラメをつけられ、やたらと胸が強調される感じになった。
情けないやら居たたまれないやら、複雑な気持ちで貴嶺のもとに戻ると、そこには先程はいなかった真綾の夫・仲野桐瑚がいた。
彼は純奈を見るなり、えっろ、と呟く。すぐに真綾に肩をドツかれていたが、純奈は超恥ずかしかった。まさに、穴があったら入りたいという心境だ。
しかし貴嶺は、何も言わずに手を差し出しただけ。それはそれで不安になる。
ホテルの一室を借りきったパーティー会場に着いても何も言ってくれないので、つい何度も自分の恰好を見てしまう。それに気付いたのか、ようやく貴嶺が口を開いた。
「そんなに見なくても、とても綺麗です。キラキラしてます」
キラキラしているのはラメのせいじゃないだろうか。
しかし、キレイと言ってもらえたので、どうにか少し自信が持てた。口下手な旦那様らしいが、もっと早く言ってくれたらいいのにと思ってしまう。
今日のパーティーは、どうやらドイツの有力者の誕生日を祝うものらしい。古橋たちも、その有力者と面識があるらしく、笑顔で談笑している。
純奈はといえば、その談笑の輪の中でただ笑っているだけ。時々わかる会話もあるが、わからない方が多い。そうしているうちに、貴嶺が純奈に声をかけてきた。
「純奈さん、少しここで待っていてください。真綾がいるから、大丈夫です」
パーティー会場に来てから、真綾はずっと純奈の傍にいてくれた。二人で話したり、パーティー主催者の奥様と話したりした。外国人との会話はほとんどが真綾の英語力によるもので、純奈はいちいち通訳をしてもらっていたのだが。
純奈が頷くと、貴嶺は会場の端にあるピアノの傍へ歩いて行く。
「貴ちゃんのピアノ、久しぶり」
真綾がそう言って目を輝かせる。
「えっと……貴嶺さん、今からピアノ弾くんですか? どうして?」
「このパーティーの主催者で主役の方、クラシック好きでね。中でもピアノ音楽が一番好きなんですって。貴ちゃん、ピアノはプロ級でしょ? だからリクエストに応えて今から弾くの」
「貴嶺さん、ピアノ上手ですよね」
純奈が言うと、うん、と真綾は満面の笑みを浮かべる。
「貴ちゃん、大学時代はスタジオミュージシャンのアルバイトやってて、よく聞かせてもらったなぁ」
真綾と貴嶺と桐瑚の三人は、大学の頃からの友人と聞いている。だから当然、真綾が純奈の知らない貴嶺を知っていてもおかしくない。
純奈はまだ、貴嶺と出会って半年も経っていないし、これから知っていく部分の方が多いのだ。そうは思っても、なんとなくモヤモヤしながらピアノの前に座る貴嶺を見る。
ピアノの前に座りペダルの位置を確認する貴嶺は、絵になるほどカッコイイ。でも、なぜか、凄く遠い存在に思えた。
もしかしたら、ここにいる人たちの方が自分より貴嶺のことを知っているんじゃないか。そんなバカみたいなことを考えてしまうくらい、今の自分がひどく場違いなように思えてくる。
貴嶺についても、彼の仕事についても、何も知らない純奈は、なんだか一人取り残されたみたいな気分だった。
2
滑らかに鍵盤の上を動く長くてキレイな指。ピアノを弾けない純奈は、あんなふうに両手で違う動作ができることに感心してしまう。
十八歳まで貴嶺にピアノを教えていたという人に先日会ったけれど、いつからピアノを習っていたかは聞いてない。隣の真綾は、胸の前で軽く指を交差して曲に聞き入っている。彼女はその辺りのことも知ってそうだ。
貴嶺のピアノは、なんというか音にブレがないように思える。それに、楽譜なしでも凄く弾き慣れている感じがした。
音楽のことはよくわからない純奈でも、そう感じるくらい貴嶺のピアノは素晴らしかった。
「Wunderbar!!」
曲が終わった瞬間、周りから盛大な拍手が沸き起こる。「Wunderbar」はドイツ語で素晴らしい、という意味だ。
確かに素晴らしい演奏だったので、純奈も手を叩いた。
椅子から立ち上がった貴嶺は手を軽くピアノにのせて頭を下げた後、パーティー主催者の方を見る。主催者の男性は、貴嶺に近づき満面の笑みでハグをした。
しばらく何か話していた二人だが、やがて貴嶺が少し困ったような顔をしだす。不思議に思って見ていると、近くから声をかけられた。
「もう一曲何か、日本の曲を弾いてほしいって頼まれたみたいね」
見ると、いつの間にか古橋が傍に来ていた。
「新生、素晴らしいでしょう?」
そう言ってニコリと笑う。
「そう、ですね」
七ヶ国語を流暢に話すくらい語学に堪能で、日本最高学府を卒業するくらい頭もいい。ピアノもプロ級の腕前だし、外国人に引けを取らない身長とスタイル、そして整った顔立ち。おまけに職業は外務省勤務のキャリア外交官だ。
「でもね、新生のちょっと出来るところを見たくらいで、すごーい、なんて思われてちゃ困る。あなたは奥さんなんだから。これからもっと、自分の立場を考えて振る舞ってもらわないと。新生のお祖父様からも、よろしく頼むって言われていたしね」
たしか、お祖父さんも省庁にお勤めだったと聞いた。同じ国家公務員同士、何か繋がりがあるのだろう。
「あなた新生のこと、何も知らないのね。結婚して知ることも多くあるけれど、せめて一年は付き合ってから結婚してほしかったわ」
古橋の言葉を聞きながら、純奈は視線を落とした。なんだか今日は、ずっとダメ出しをされている気がする。
貴嶺は外務省でも若くして役職付きになるくらい出世が早く、まさにエリートというやつなのだ。だからこそ、奥さんである純奈は貴嶺を支えて頑張らなくてはならない。なのに純奈は、そんな現実をまったく考えてこなかった。だから今、こんなことを言われているのだろう。
「古橋事務次官、もうそれくらいに。純奈さんは、まだ新生さんの奥さんになったばかりです」
横から真綾が擁護するように言って、純奈の肩に触れる。
「誰しも最初は、わからないこと、知らないことがあります。事務次官もそうだったのではないですか? 外交官なんて特殊な世界は、普通に暮らしていたら知らないことばかりです」
真綾の言葉と、肩に触れている手が温かいと思った。
こうやって、純奈のことを思いやってくれる人もいるから、きっと大丈夫。
「ありがとうございます。私、頑張ります」
苦手な語学も、今よりもっと関心を持とう。これからも貴嶺に寄り添っていくならば、語学は絶対に必要だ。それと、周りに目を配るのも忘れないでおこう。OL時代は、それを努力してやっていたのだから。
「そうね。あなたには頑張って欲しい。日本に帰ったら、またいろいろ教えるから」
そうして古橋がニコリと笑うのを見て、純奈もどうにか笑みを浮かべる。
でも、笑うのがなんだかきつい。
なんでもないみたいに笑いながら内心ため息をついていると、ピアノの演奏が始まった。
常々、貴嶺の指は長くてキレイだと思っていた。その指が鍵盤の上を滑らかに動く。本当に弾き慣れているように、余裕すら感じさせて。
素晴らしい演奏を終えた貴嶺が立ち上がり、先程と同様に軽く頭を下げるのを見ていた。
あちこちからかけられる声に返事をしながら、こちらに歩いてくる人は、確かに純奈の旦那様だ。なのに、なんだか違う世界の人のように思えて、気が引けてしまう。
「新生、よくやった。ありがとう」
古橋が笑顔で貴嶺に声をかける。
「いえ」
「じゃあ、私、交渉してくるから」
貴嶺と、いつの間にか近くに立っていた桐瑚の肩をポンと叩いて、古橋はまっすぐパーティーの主催者へ向かって行く。背中が大きく開いたドレスは、古橋によく似合っていて本当にキレイだ。
なんの交渉か知らないけれど、貴嶺のピアノはそのきっかけを作ったらしい。古橋のよくやった、という言葉でなんとなくわかった。
「純奈さん、一人にしてすみませんでした」
そう言って正面に立つ背の高い彼を見上げる。そこにいるのは、表情のあまり変わらないいつも通りの旦那様。でも、先程までピアノを弾いていた人と同じと思うと、なんだか遠い人みたいだ。
「純奈さん、スイーツ食べる? 私取ってくる」
笑顔で声をかけてくれる真綾に、ありがとうございます、と返事をした。きっと先程のことで、気を遣ってくれたのだろう。
「純奈ちゃん、ワインは?」
笑みを浮かべた桐瑚が純奈にワイングラスを差し出す。もしかしたら、彼もどこかで聞いていたのかもしれない。礼を言って受け取り、一口飲んでから近くのテーブルへ置いた。すぐに戻って来た真綾からいくつかスイーツの載った皿を手渡され、微笑んで礼を言う。
純奈は可愛いケーキの中から小さいシュークリームを選び、フォークで刺した。口へ入れると、優しい甘さが広がる。美味しくて幸せで――涙が一筋頬を伝った。
「う――……」
何事もなかったように古橋の前で振る舞っても、その実、かなり悔しかった。そして、同じくらい、何もわかっていなかった自分に落ち込む。
パーティーに参加し、ただ笑って話をするのも、頼まれてピアノを弾くことも、全ては外務省にとって必要な仕事なのだ。
『俺が結婚したと知っての招待です。あなたがいないと、支障をきたします』
貴嶺に言われた言葉を思い出し、どんなに気軽に見えてもビジネスライクなパーティーなのだと痛感した。
確かに、ここに純奈がいなければ貴嶺の仕事に支障をきたしていた。こういう場で、招待された奥さんが来ていないなんてことがあってはならない。真綾もそれをわかっているから、ベビーシッターを付けてまでこの場にいるのだろう。
古橋に指摘されるまで、そんなことにも気付けなかった純奈が悪いのだ。
だから、こんなところで泣いてはいけない。純奈はサッと頬を手で押さえ、涙を拭った。
そして、テーブルに置いたワインをごくごく飲んで、持ってきてもらったスイーツを黙々と食べる。最後に残っていたワインを飲み干した。
桐瑚と真綾は明らかに困惑した表情を浮かべている。そんな二人に軽く頭を下げて、純奈はテーブルにお皿とフォークを置いた。
「純奈さん? どうしました?」
あまり表情の変わらない貴嶺の声にも、困惑の色が混じる。言葉は端的だし表情も動いていないように見えるが、声音がちょっと違うのが純奈にはわかった。いきなり奥さんが泣いたら、困惑するのも当然だろう。
「大丈夫です。すみません」
もう一度、大丈夫ですと言う純奈の頬に、貴嶺の手が伸ばされる。しかし、ちょうど古橋が戻って来るのが見えて、純奈は慌てて自分で頬を押さえて涙の跡を拭った。
「交渉は上々だった。これも新生のおかげ。仲野、早速明日、書類まとめて……って? まぁ」
純奈の顔を見て、古橋は笑う。
「泣いてるの、子猫ちゃん?」
その言い方に、ムカッ腹が立った。先程の悔しさがぶり返してきて、思わず言い返してしまう。
「私は子猫じゃなくて、目ダヌキです。語学くらい、すぐに身に着けてやりますよ。それに、旦那様の出来るところ見て、凄いって思うのは、妻として普通の感情ですから。っていうか、この前から思ってたけど、旦那様の上司だからって、どれだけ偉いって言うんですか!」
そう一気にまくし立てた後、近くを通りかかったボーイのトレイからワイングラスを取る。それを一気に飲み干して、テーブルに置いた。
冷静にと思うのに、そうできない自分がいる。子猫ちゃん、なんて言われてしまう自分が悔しい。
純奈は一度息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、再度古橋に向かって口を開く。
ここはパーティーの場だ。雰囲気を壊さないように声を抑えつつも、言いたいことを言った。
「私がどんなに役に立たなかろうが、放っといてください。貴嶺さんの妻は私です。たとえ紙切れ一枚の契約だろうが、私は絶対に別れたりしませんから」
はぁ、と悔しさとともに息を吐き出し、古橋をキッと睨む。
「もう、本当に、クソババァですよ、あなたは!」
そう言って、純奈は踵を返した。
久しぶりに履いたハイヒールのパンプスのせいで足が痛い。でも我慢してカツカツ音を立てて歩いた。しばらく歩いたところに一人掛けのソファーを見つけ、純奈はそこに座る。周りに誰もいないのを確かめると思い切ってヒールを脱いだ。そのまま純奈は、ソファーの上で膝を抱える。
「貴嶺さんの上司に、クソババァって……なんてこと言っちゃったんだろう。もう……本当に別れさせられるかも」
ドレスをレンタルした日に、古橋に言われた言葉が脳裏をよぎる。
『新生の妻であることを怠ったり、仕事の障害になるようだったら、私は迷わず離婚させる』
離婚させる、という言葉がこんなにも胸に刺さっていたのだと思い知る。
簡単に離婚なんてさせられるわけないにしても、純奈が妻としてもっと努力しないといけないのは本当だ。考えれば考えるほど、自分が貴嶺の妻としてふさわしくない人間のように思えてきて、泣きそうになる。しかし、ここで泣いてはダメなのだ。というか、さっきちょっぴり泣いてしまった純奈は、もうすでに古橋に負けている。
「くっそ! バカ純奈!」
バチンと思い切り自分の頬を叩いた。化粧室へ行きたいと思う。きっと、猫目に仕上げられたメイクが、おかしくなっていることだろう。でも、メイク直しのための化粧品は会場に置いてきたクラッチバッグの中だ。
もう、本当にバカ、と思いながら自分に腹が立つ。
純奈の中の、小さな負けず嫌いが顔を出す。そう、その負けず嫌いがあったから、OL時代もなんとかやってこれたのだ。どんなに理不尽な嫌味や陰口を言われたりしても、仕事と割り切ってコツコツ頑張ってきたじゃないか。
貴嶺の仕事を支えるのが妻の仕事なら、同じように頑張ればいい。英語は凄く苦手だし、以前みたいにいろいろなものに気を配らなきゃいけないだろうけど。それが必要だというのなら……
「妻の仕事、か。貴嶺さんの奥さんを仕事に?」
「仕事にしなさいよ。新生貴嶺の傍にいる間は」
顔を上げると、目の前に古橋がいた。彼女は、近くからソファーを引っ張ってきて、小さいテーブルを挟んで純奈の正面に座る。
「ハイヒールは楽じゃないわね。私も脱ぐわ」
そうして、古橋は靴を脱いだ足を小さなテーブルの上にのせた。その足は華奢でキレイだが、親指の形が歪んでいる。
「見て、この親指。ハイヒールを履いて仕事をし続けた結果、外反母趾よ。私の身長はあなたより小さいくらいでね。外国人を相手に仕事するのに、あまり背が低いのもダメじゃない? だから仕事の時は、低くて九センチ、高くて十五センチヒールを履いていた。痛くて血が出ても、娘がお腹にいる時だって、私はそれを履き続けたわ」
ニコリと笑う古橋は、テーブルから足を下ろした。
「あなた、根性あるじゃない。私にクソババァって言ったのは、あなたで三人目よ。一人目は新生。あなたみたいなクソババァは初めてですって静かにキレた。二人目は仲野で、覚えてろよクソババァって結構怒り気味にキレたわね。あの二人は本当に仕事ができるし、外務省でも抜きん出て出世が早いエリート。そして、三人目があなた。仕事ができる人って、私にキレるのかしらね?」
古橋からそんなことを言われて、純奈は首を振る。
「…………私は、仕事のできる人じゃないです」
「あなた、以前は有名な会社で主任だったそうじゃない。老人ホームのデザインから、家具や食器のデザインまで、幅広く手がけていたようね。あなたが企画提案したカフェのショッピングバッグ、私も持ってるんだけど、あれ、大好きよ」
貴嶺も知らないようなことを、なんでこの人が知ってるんだ。驚いて目を丸くする純奈に、古橋は髪の毛をかき上げながら艶然と笑った。
「諜報活動は得意なのよ。だてに外務省で出世してないわ」
ヒールを脱いだ足を組む姿が、なんとも色っぽい。古橋は純奈より二十歳以上は年上のはずなのに、若々しくキレイでカッコイイ。誰もが憧れるキャリアウーマンだ。でも、先程の言葉から、彼女にもいろんなことがあったのが想像できる。
「あなたは、交渉上手だと思うのね。手がけた仕事の内容を見れば、そのことがよくわかる。外務省に来てれば出世できたかもしれないのに」
「……そんなに頭はよくありません」
純奈は、膝を抱く手にぎゅっと力を込める。
「新生の奥さんとして、頭を使わないとダメな時もあるわよ?」
そんなことを言われたって、と純奈は俯いた。
「どんなに仕事ができても、誰かに支えてもらわないときつい時もある。夜遅く帰ってきて、癒やしてほしい時もある。そういう時は、ただの奥さんに戻って。でもその他は、頭を使って一緒に考えて、新生の力になってあげて。周囲への気配りは、あなたの専売特許でしょ?」
そう言って古橋は脱いでいたパンプスを再び履いた。
彼女のパンプスは、確かに純奈のものよりヒールが高い。高いヒールは足の細さを際立たせ美しく見せるだろうが、履く方はかなりの我慢をしているのだろう。あの外反母趾は痛そうだった。
「じゃあね。新生が怒ってたから、そろそろ戻るわ。あいつ怒らせると怖いのよ」
来た時同様、あっさり背を向けて古橋が去って行く。
立ち上がった純奈は、ぴんと伸びたその背に宣言した。
「私、努力しますよ! 貴嶺さんが好きですから。頑張ります!」
古橋は振り返らないまま、クラッチバッグを持った手を上げて軽く振る。その姿を見て、純奈はまた泣きそうになってしまった。
古橋がいろいろと純奈に言うのには、理由があるのだとわかってしまったから。
離婚させようだなんて、きっと最初から思っていない。
貴嶺の奥さんは純奈であり、純奈以外にはいない。じゃあ、どうする? という話なのだ。
やっぱり落ち込むことは落ち込むけれど、頑張ろうと思うわけで。
純奈は足下に転がるパンプスを履いた。
足が痛い。
でもこれが、今の純奈にできる仕事なのだろう。
ひとつ息を吐いて、化粧室に行こうと歩き出したところで、低い美声に名を呼ばれる。
「純奈さん」
振り向くと、貴嶺がいた。
貴嶺は早足に、純奈の傍までやって来る。その手には純奈のクラッチバッグ。
純奈は貴嶺の手からクラッチバッグを受け取った。メイク直しをどうしようと思っていたので、持ってきてもらって助かった。
「パーティーは終わりましたか? まだなら戻ります」
だが、貴嶺は大丈夫ですと言って首を振る。
「先程終わりました。桐瑚も真綾も、もうすぐ出てきます」
それを聞いて、無意識に肩の力が抜けた。
「……古橋さんから何を言われたのかわかりませんが、気にしないでください」
その貴嶺の言葉に、カッチーンときた。
「もう、貴嶺さんのバカ! 気にしないわけないでしょう? 私は古橋さんに言われたこと、めっちゃ悔しいし腹も立ちました。でもそれは自分に対してだし、きちんと受け止めないといけないことなんです。なのに、気にしないでなんて言わないでください。だいたい、貴嶺さんはいっつも言葉が少な過ぎるんですよ。人から私が知らない貴嶺さんのことを聞かされる、どうしようもなく悔しい気持ちなんて、貴嶺さんにはわからないでしょう」
一気にまくし立てて、はぁ、と息を吐く。貴嶺を睨んで純奈はさらに言った。
「貴嶺さんは私に、して欲しいこととか、こういう時は傍にいて欲しいみたいなこと何ひとつ話してくれない。気にしないでと言うのは、私の力なんて必要としてないからですか?」
感情のままに思いをぶつけるが、貴嶺は瞬きを繰り返すばかりで何も言わない。こんな時まで普段と変わらない旦那様に、このヤロウな気持ちになってくる。
「わぁ、すっごい。貴ちゃんが怒られてる」
貴嶺の向こうから、桐瑚と真綾がやって来るのが見えた。さすがに言い過ぎたかと、純奈は唇を噛んで俯く。
というか、いつも、キレてしまう純奈のことを、貴嶺はどう思っているのだろう。もしかしたら、呆れ返っているかもしれない。だって、半分以上は八つ当たりのようなものだから。
「にゃお、何か言ったら?」
近くまで来た桐瑚が、貴嶺に声をかける。「にゃお」というのは、桐瑚が貴嶺を呼ぶ時の愛称だ。彼のニヤニヤした表情を見て、面白がっているのがわかった。
対して貴嶺はといえば、やっぱり何も言わない。
「何も言わないのは、いつものことですよね。それでいて、毎回先に謝っちゃうから、私は反省してばかりです。いつもいつも、本当に至らなくて……」
自分で自分を責めながら、涙をぐっと堪える。これ以上泣いたら、目ダヌキならぬパンダになってしまう。
「純奈さん、面白いよねぇ。でも、貴ちゃんも口下手過ぎよね。まぁ、昔からだけど?」
「真綾、黙ってくれないか」
ようやく貴嶺が言葉を発したかと思ったら、真綾に対してでつい下唇を噛む。
「せっかくイイものあげようと思ったのに。貴ちゃん酷いねぇ、桐瑚?」
「まったくだな。聞きしに勝るダメ男だねぇ、にゃお」
そう言って、桐瑚が純奈と貴嶺の間に一枚のカードを差し出した。
「ここのホテルの鍵。お節介とは思ったけど部屋を取ったから。仲直りも夫婦の愛を深めるのも、セックスでどうぞ」
純奈はカァッと頬が熱くなるのを感じた。
「し、しませんよ、そんなこと」
「えー。純奈ちゃん、しないの?」
桐瑚にニヤニヤ笑いながら言われて、もうそれだけで恥ずかしい。真綾も同じように笑っていて、この夫婦そっくりだと思ってしまう。
「し、しませんよ! そんな気分じゃないし。いろいろ考えることがあって頭もいっぱいだし」
「そんな時こそ、すればいいのに。純奈さんしない? 楽しいのに」
さらにアダルトなことを言われて、純奈は恥ずかしさに首を振る。
「も、下ネタやめてください! 私、そういうの本当に慣れてないんです!」
純奈が焦れば焦るほど、真綾と桐瑚は声に出して笑っている。
だいたい、こんなお膳立てされた状況でお泊まりなんてできるわけない。純奈が真っ赤になっていると、横からスッと手が伸びてきた。
「確かにお節介だけど、ここは感謝して泊まらせてもらう」
えっ、と思った時には、貴嶺が桐瑚からカードを受け取っていた。それを見た純奈は目を丸くして、思わず一歩後ろに下がる。
そんな純奈の背中を、真綾が貴嶺に向かって押した。一瞬こけそうになり、純奈は咄嗟に貴嶺の腕に掴まる。
「ほらほら、行ってらっしゃい。仲良くね」
にこりと笑った真綾は、ウィンクをして手を振った。そのまま桐瑚と腕を組んで、行ってしまう。
「純奈さん」
名を呼ばれて純奈は貴嶺を見上げる。高いヒールを履いてもなお見上げる貴嶺は、やっぱり素敵だと思った。でもこの素敵さに流されてはダメだと、純奈は貴嶺を睨む。
「なんですか?」
「そんなに、怒らないでください」
「不満を口にしただけで、怒ってないです」
怒ってないという言葉に説得力はないかもしれない。貴嶺にイラついているのは確かだし。それに、考えなきゃいけないことがいっぱいなのだ。これからも貴嶺の傍にいたいし、そのための努力をすると決めたから。
「話がしたいんですが、部屋に行きませんか?」
カードキーを見せ、貴嶺が純奈を見つめる。
「……何もしませんよ?」
「そういうことは後で考えましょう」
貴嶺に手を取られ、少し引っ張られるともうダメで。ああ、もう本当に、この人には敵わない。純奈は手を引かれるまま、エレベーターに乗り込んだ。
「私のこと、凄く面倒くさい女だって思ってませんか?」
「思ってません」
端的に即答されて、なんだかその言い方が冷たく感じた。それ以上に、わざわざそんなことを聞いてしまう自分に落ち込んでしまう。
「純奈さん」
呼ばれたけど、顔を上げられなかった。いい大人が何をやっているのか。貴嶺と出会ってから、自分でも驚くほど子供っぽくなっている気がする。
いつの間にかエレベーターが目的の階に着いたらしく、貴嶺からそっと背を押された。
「何号室ですか?」
エレベーターから降りたところで貴嶺に聞くと、何も言わずにカードキーを手渡される。
「古橋さんに、何を言われたんですか?」
「貴嶺さんには関係ありません。私の問題なので」
その間、真綾は黙々と純奈の髪の毛にヘアアイロンとホットカーラーを巻いていた。
きっと貴嶺は、なぜ大使館へ寄るように言われたのか知らなかったのだろう。打ち合わせ的なものだと思っていたのかもしれない。
でも、実際は純奈の仕上がりを見るためだったのだ。いろんな準備がされていることから、まったく信用されていなかったのだとわかりガックリする。
古橋は純奈を椅子に座らせ、メイクを足していく。ちょっと垂れ目気味な純奈の目にくっきりとアイラインを引いてネコ目に仕上げた後、唇にキラキラ光るラメ入りのグロスをのせた。チークの色も少し足されて、キュートかつ色気のある純奈が出来上がる。
さらにガッツリ開いた胸元にもラメをつけられ、やたらと胸が強調される感じになった。
情けないやら居たたまれないやら、複雑な気持ちで貴嶺のもとに戻ると、そこには先程はいなかった真綾の夫・仲野桐瑚がいた。
彼は純奈を見るなり、えっろ、と呟く。すぐに真綾に肩をドツかれていたが、純奈は超恥ずかしかった。まさに、穴があったら入りたいという心境だ。
しかし貴嶺は、何も言わずに手を差し出しただけ。それはそれで不安になる。
ホテルの一室を借りきったパーティー会場に着いても何も言ってくれないので、つい何度も自分の恰好を見てしまう。それに気付いたのか、ようやく貴嶺が口を開いた。
「そんなに見なくても、とても綺麗です。キラキラしてます」
キラキラしているのはラメのせいじゃないだろうか。
しかし、キレイと言ってもらえたので、どうにか少し自信が持てた。口下手な旦那様らしいが、もっと早く言ってくれたらいいのにと思ってしまう。
今日のパーティーは、どうやらドイツの有力者の誕生日を祝うものらしい。古橋たちも、その有力者と面識があるらしく、笑顔で談笑している。
純奈はといえば、その談笑の輪の中でただ笑っているだけ。時々わかる会話もあるが、わからない方が多い。そうしているうちに、貴嶺が純奈に声をかけてきた。
「純奈さん、少しここで待っていてください。真綾がいるから、大丈夫です」
パーティー会場に来てから、真綾はずっと純奈の傍にいてくれた。二人で話したり、パーティー主催者の奥様と話したりした。外国人との会話はほとんどが真綾の英語力によるもので、純奈はいちいち通訳をしてもらっていたのだが。
純奈が頷くと、貴嶺は会場の端にあるピアノの傍へ歩いて行く。
「貴ちゃんのピアノ、久しぶり」
真綾がそう言って目を輝かせる。
「えっと……貴嶺さん、今からピアノ弾くんですか? どうして?」
「このパーティーの主催者で主役の方、クラシック好きでね。中でもピアノ音楽が一番好きなんですって。貴ちゃん、ピアノはプロ級でしょ? だからリクエストに応えて今から弾くの」
「貴嶺さん、ピアノ上手ですよね」
純奈が言うと、うん、と真綾は満面の笑みを浮かべる。
「貴ちゃん、大学時代はスタジオミュージシャンのアルバイトやってて、よく聞かせてもらったなぁ」
真綾と貴嶺と桐瑚の三人は、大学の頃からの友人と聞いている。だから当然、真綾が純奈の知らない貴嶺を知っていてもおかしくない。
純奈はまだ、貴嶺と出会って半年も経っていないし、これから知っていく部分の方が多いのだ。そうは思っても、なんとなくモヤモヤしながらピアノの前に座る貴嶺を見る。
ピアノの前に座りペダルの位置を確認する貴嶺は、絵になるほどカッコイイ。でも、なぜか、凄く遠い存在に思えた。
もしかしたら、ここにいる人たちの方が自分より貴嶺のことを知っているんじゃないか。そんなバカみたいなことを考えてしまうくらい、今の自分がひどく場違いなように思えてくる。
貴嶺についても、彼の仕事についても、何も知らない純奈は、なんだか一人取り残されたみたいな気分だった。
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滑らかに鍵盤の上を動く長くてキレイな指。ピアノを弾けない純奈は、あんなふうに両手で違う動作ができることに感心してしまう。
十八歳まで貴嶺にピアノを教えていたという人に先日会ったけれど、いつからピアノを習っていたかは聞いてない。隣の真綾は、胸の前で軽く指を交差して曲に聞き入っている。彼女はその辺りのことも知ってそうだ。
貴嶺のピアノは、なんというか音にブレがないように思える。それに、楽譜なしでも凄く弾き慣れている感じがした。
音楽のことはよくわからない純奈でも、そう感じるくらい貴嶺のピアノは素晴らしかった。
「Wunderbar!!」
曲が終わった瞬間、周りから盛大な拍手が沸き起こる。「Wunderbar」はドイツ語で素晴らしい、という意味だ。
確かに素晴らしい演奏だったので、純奈も手を叩いた。
椅子から立ち上がった貴嶺は手を軽くピアノにのせて頭を下げた後、パーティー主催者の方を見る。主催者の男性は、貴嶺に近づき満面の笑みでハグをした。
しばらく何か話していた二人だが、やがて貴嶺が少し困ったような顔をしだす。不思議に思って見ていると、近くから声をかけられた。
「もう一曲何か、日本の曲を弾いてほしいって頼まれたみたいね」
見ると、いつの間にか古橋が傍に来ていた。
「新生、素晴らしいでしょう?」
そう言ってニコリと笑う。
「そう、ですね」
七ヶ国語を流暢に話すくらい語学に堪能で、日本最高学府を卒業するくらい頭もいい。ピアノもプロ級の腕前だし、外国人に引けを取らない身長とスタイル、そして整った顔立ち。おまけに職業は外務省勤務のキャリア外交官だ。
「でもね、新生のちょっと出来るところを見たくらいで、すごーい、なんて思われてちゃ困る。あなたは奥さんなんだから。これからもっと、自分の立場を考えて振る舞ってもらわないと。新生のお祖父様からも、よろしく頼むって言われていたしね」
たしか、お祖父さんも省庁にお勤めだったと聞いた。同じ国家公務員同士、何か繋がりがあるのだろう。
「あなた新生のこと、何も知らないのね。結婚して知ることも多くあるけれど、せめて一年は付き合ってから結婚してほしかったわ」
古橋の言葉を聞きながら、純奈は視線を落とした。なんだか今日は、ずっとダメ出しをされている気がする。
貴嶺は外務省でも若くして役職付きになるくらい出世が早く、まさにエリートというやつなのだ。だからこそ、奥さんである純奈は貴嶺を支えて頑張らなくてはならない。なのに純奈は、そんな現実をまったく考えてこなかった。だから今、こんなことを言われているのだろう。
「古橋事務次官、もうそれくらいに。純奈さんは、まだ新生さんの奥さんになったばかりです」
横から真綾が擁護するように言って、純奈の肩に触れる。
「誰しも最初は、わからないこと、知らないことがあります。事務次官もそうだったのではないですか? 外交官なんて特殊な世界は、普通に暮らしていたら知らないことばかりです」
真綾の言葉と、肩に触れている手が温かいと思った。
こうやって、純奈のことを思いやってくれる人もいるから、きっと大丈夫。
「ありがとうございます。私、頑張ります」
苦手な語学も、今よりもっと関心を持とう。これからも貴嶺に寄り添っていくならば、語学は絶対に必要だ。それと、周りに目を配るのも忘れないでおこう。OL時代は、それを努力してやっていたのだから。
「そうね。あなたには頑張って欲しい。日本に帰ったら、またいろいろ教えるから」
そうして古橋がニコリと笑うのを見て、純奈もどうにか笑みを浮かべる。
でも、笑うのがなんだかきつい。
なんでもないみたいに笑いながら内心ため息をついていると、ピアノの演奏が始まった。
常々、貴嶺の指は長くてキレイだと思っていた。その指が鍵盤の上を滑らかに動く。本当に弾き慣れているように、余裕すら感じさせて。
素晴らしい演奏を終えた貴嶺が立ち上がり、先程と同様に軽く頭を下げるのを見ていた。
あちこちからかけられる声に返事をしながら、こちらに歩いてくる人は、確かに純奈の旦那様だ。なのに、なんだか違う世界の人のように思えて、気が引けてしまう。
「新生、よくやった。ありがとう」
古橋が笑顔で貴嶺に声をかける。
「いえ」
「じゃあ、私、交渉してくるから」
貴嶺と、いつの間にか近くに立っていた桐瑚の肩をポンと叩いて、古橋はまっすぐパーティーの主催者へ向かって行く。背中が大きく開いたドレスは、古橋によく似合っていて本当にキレイだ。
なんの交渉か知らないけれど、貴嶺のピアノはそのきっかけを作ったらしい。古橋のよくやった、という言葉でなんとなくわかった。
「純奈さん、一人にしてすみませんでした」
そう言って正面に立つ背の高い彼を見上げる。そこにいるのは、表情のあまり変わらないいつも通りの旦那様。でも、先程までピアノを弾いていた人と同じと思うと、なんだか遠い人みたいだ。
「純奈さん、スイーツ食べる? 私取ってくる」
笑顔で声をかけてくれる真綾に、ありがとうございます、と返事をした。きっと先程のことで、気を遣ってくれたのだろう。
「純奈ちゃん、ワインは?」
笑みを浮かべた桐瑚が純奈にワイングラスを差し出す。もしかしたら、彼もどこかで聞いていたのかもしれない。礼を言って受け取り、一口飲んでから近くのテーブルへ置いた。すぐに戻って来た真綾からいくつかスイーツの載った皿を手渡され、微笑んで礼を言う。
純奈は可愛いケーキの中から小さいシュークリームを選び、フォークで刺した。口へ入れると、優しい甘さが広がる。美味しくて幸せで――涙が一筋頬を伝った。
「う――……」
何事もなかったように古橋の前で振る舞っても、その実、かなり悔しかった。そして、同じくらい、何もわかっていなかった自分に落ち込む。
パーティーに参加し、ただ笑って話をするのも、頼まれてピアノを弾くことも、全ては外務省にとって必要な仕事なのだ。
『俺が結婚したと知っての招待です。あなたがいないと、支障をきたします』
貴嶺に言われた言葉を思い出し、どんなに気軽に見えてもビジネスライクなパーティーなのだと痛感した。
確かに、ここに純奈がいなければ貴嶺の仕事に支障をきたしていた。こういう場で、招待された奥さんが来ていないなんてことがあってはならない。真綾もそれをわかっているから、ベビーシッターを付けてまでこの場にいるのだろう。
古橋に指摘されるまで、そんなことにも気付けなかった純奈が悪いのだ。
だから、こんなところで泣いてはいけない。純奈はサッと頬を手で押さえ、涙を拭った。
そして、テーブルに置いたワインをごくごく飲んで、持ってきてもらったスイーツを黙々と食べる。最後に残っていたワインを飲み干した。
桐瑚と真綾は明らかに困惑した表情を浮かべている。そんな二人に軽く頭を下げて、純奈はテーブルにお皿とフォークを置いた。
「純奈さん? どうしました?」
あまり表情の変わらない貴嶺の声にも、困惑の色が混じる。言葉は端的だし表情も動いていないように見えるが、声音がちょっと違うのが純奈にはわかった。いきなり奥さんが泣いたら、困惑するのも当然だろう。
「大丈夫です。すみません」
もう一度、大丈夫ですと言う純奈の頬に、貴嶺の手が伸ばされる。しかし、ちょうど古橋が戻って来るのが見えて、純奈は慌てて自分で頬を押さえて涙の跡を拭った。
「交渉は上々だった。これも新生のおかげ。仲野、早速明日、書類まとめて……って? まぁ」
純奈の顔を見て、古橋は笑う。
「泣いてるの、子猫ちゃん?」
その言い方に、ムカッ腹が立った。先程の悔しさがぶり返してきて、思わず言い返してしまう。
「私は子猫じゃなくて、目ダヌキです。語学くらい、すぐに身に着けてやりますよ。それに、旦那様の出来るところ見て、凄いって思うのは、妻として普通の感情ですから。っていうか、この前から思ってたけど、旦那様の上司だからって、どれだけ偉いって言うんですか!」
そう一気にまくし立てた後、近くを通りかかったボーイのトレイからワイングラスを取る。それを一気に飲み干して、テーブルに置いた。
冷静にと思うのに、そうできない自分がいる。子猫ちゃん、なんて言われてしまう自分が悔しい。
純奈は一度息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、再度古橋に向かって口を開く。
ここはパーティーの場だ。雰囲気を壊さないように声を抑えつつも、言いたいことを言った。
「私がどんなに役に立たなかろうが、放っといてください。貴嶺さんの妻は私です。たとえ紙切れ一枚の契約だろうが、私は絶対に別れたりしませんから」
はぁ、と悔しさとともに息を吐き出し、古橋をキッと睨む。
「もう、本当に、クソババァですよ、あなたは!」
そう言って、純奈は踵を返した。
久しぶりに履いたハイヒールのパンプスのせいで足が痛い。でも我慢してカツカツ音を立てて歩いた。しばらく歩いたところに一人掛けのソファーを見つけ、純奈はそこに座る。周りに誰もいないのを確かめると思い切ってヒールを脱いだ。そのまま純奈は、ソファーの上で膝を抱える。
「貴嶺さんの上司に、クソババァって……なんてこと言っちゃったんだろう。もう……本当に別れさせられるかも」
ドレスをレンタルした日に、古橋に言われた言葉が脳裏をよぎる。
『新生の妻であることを怠ったり、仕事の障害になるようだったら、私は迷わず離婚させる』
離婚させる、という言葉がこんなにも胸に刺さっていたのだと思い知る。
簡単に離婚なんてさせられるわけないにしても、純奈が妻としてもっと努力しないといけないのは本当だ。考えれば考えるほど、自分が貴嶺の妻としてふさわしくない人間のように思えてきて、泣きそうになる。しかし、ここで泣いてはダメなのだ。というか、さっきちょっぴり泣いてしまった純奈は、もうすでに古橋に負けている。
「くっそ! バカ純奈!」
バチンと思い切り自分の頬を叩いた。化粧室へ行きたいと思う。きっと、猫目に仕上げられたメイクが、おかしくなっていることだろう。でも、メイク直しのための化粧品は会場に置いてきたクラッチバッグの中だ。
もう、本当にバカ、と思いながら自分に腹が立つ。
純奈の中の、小さな負けず嫌いが顔を出す。そう、その負けず嫌いがあったから、OL時代もなんとかやってこれたのだ。どんなに理不尽な嫌味や陰口を言われたりしても、仕事と割り切ってコツコツ頑張ってきたじゃないか。
貴嶺の仕事を支えるのが妻の仕事なら、同じように頑張ればいい。英語は凄く苦手だし、以前みたいにいろいろなものに気を配らなきゃいけないだろうけど。それが必要だというのなら……
「妻の仕事、か。貴嶺さんの奥さんを仕事に?」
「仕事にしなさいよ。新生貴嶺の傍にいる間は」
顔を上げると、目の前に古橋がいた。彼女は、近くからソファーを引っ張ってきて、小さいテーブルを挟んで純奈の正面に座る。
「ハイヒールは楽じゃないわね。私も脱ぐわ」
そうして、古橋は靴を脱いだ足を小さなテーブルの上にのせた。その足は華奢でキレイだが、親指の形が歪んでいる。
「見て、この親指。ハイヒールを履いて仕事をし続けた結果、外反母趾よ。私の身長はあなたより小さいくらいでね。外国人を相手に仕事するのに、あまり背が低いのもダメじゃない? だから仕事の時は、低くて九センチ、高くて十五センチヒールを履いていた。痛くて血が出ても、娘がお腹にいる時だって、私はそれを履き続けたわ」
ニコリと笑う古橋は、テーブルから足を下ろした。
「あなた、根性あるじゃない。私にクソババァって言ったのは、あなたで三人目よ。一人目は新生。あなたみたいなクソババァは初めてですって静かにキレた。二人目は仲野で、覚えてろよクソババァって結構怒り気味にキレたわね。あの二人は本当に仕事ができるし、外務省でも抜きん出て出世が早いエリート。そして、三人目があなた。仕事ができる人って、私にキレるのかしらね?」
古橋からそんなことを言われて、純奈は首を振る。
「…………私は、仕事のできる人じゃないです」
「あなた、以前は有名な会社で主任だったそうじゃない。老人ホームのデザインから、家具や食器のデザインまで、幅広く手がけていたようね。あなたが企画提案したカフェのショッピングバッグ、私も持ってるんだけど、あれ、大好きよ」
貴嶺も知らないようなことを、なんでこの人が知ってるんだ。驚いて目を丸くする純奈に、古橋は髪の毛をかき上げながら艶然と笑った。
「諜報活動は得意なのよ。だてに外務省で出世してないわ」
ヒールを脱いだ足を組む姿が、なんとも色っぽい。古橋は純奈より二十歳以上は年上のはずなのに、若々しくキレイでカッコイイ。誰もが憧れるキャリアウーマンだ。でも、先程の言葉から、彼女にもいろんなことがあったのが想像できる。
「あなたは、交渉上手だと思うのね。手がけた仕事の内容を見れば、そのことがよくわかる。外務省に来てれば出世できたかもしれないのに」
「……そんなに頭はよくありません」
純奈は、膝を抱く手にぎゅっと力を込める。
「新生の奥さんとして、頭を使わないとダメな時もあるわよ?」
そんなことを言われたって、と純奈は俯いた。
「どんなに仕事ができても、誰かに支えてもらわないときつい時もある。夜遅く帰ってきて、癒やしてほしい時もある。そういう時は、ただの奥さんに戻って。でもその他は、頭を使って一緒に考えて、新生の力になってあげて。周囲への気配りは、あなたの専売特許でしょ?」
そう言って古橋は脱いでいたパンプスを再び履いた。
彼女のパンプスは、確かに純奈のものよりヒールが高い。高いヒールは足の細さを際立たせ美しく見せるだろうが、履く方はかなりの我慢をしているのだろう。あの外反母趾は痛そうだった。
「じゃあね。新生が怒ってたから、そろそろ戻るわ。あいつ怒らせると怖いのよ」
来た時同様、あっさり背を向けて古橋が去って行く。
立ち上がった純奈は、ぴんと伸びたその背に宣言した。
「私、努力しますよ! 貴嶺さんが好きですから。頑張ります!」
古橋は振り返らないまま、クラッチバッグを持った手を上げて軽く振る。その姿を見て、純奈はまた泣きそうになってしまった。
古橋がいろいろと純奈に言うのには、理由があるのだとわかってしまったから。
離婚させようだなんて、きっと最初から思っていない。
貴嶺の奥さんは純奈であり、純奈以外にはいない。じゃあ、どうする? という話なのだ。
やっぱり落ち込むことは落ち込むけれど、頑張ろうと思うわけで。
純奈は足下に転がるパンプスを履いた。
足が痛い。
でもこれが、今の純奈にできる仕事なのだろう。
ひとつ息を吐いて、化粧室に行こうと歩き出したところで、低い美声に名を呼ばれる。
「純奈さん」
振り向くと、貴嶺がいた。
貴嶺は早足に、純奈の傍までやって来る。その手には純奈のクラッチバッグ。
純奈は貴嶺の手からクラッチバッグを受け取った。メイク直しをどうしようと思っていたので、持ってきてもらって助かった。
「パーティーは終わりましたか? まだなら戻ります」
だが、貴嶺は大丈夫ですと言って首を振る。
「先程終わりました。桐瑚も真綾も、もうすぐ出てきます」
それを聞いて、無意識に肩の力が抜けた。
「……古橋さんから何を言われたのかわかりませんが、気にしないでください」
その貴嶺の言葉に、カッチーンときた。
「もう、貴嶺さんのバカ! 気にしないわけないでしょう? 私は古橋さんに言われたこと、めっちゃ悔しいし腹も立ちました。でもそれは自分に対してだし、きちんと受け止めないといけないことなんです。なのに、気にしないでなんて言わないでください。だいたい、貴嶺さんはいっつも言葉が少な過ぎるんですよ。人から私が知らない貴嶺さんのことを聞かされる、どうしようもなく悔しい気持ちなんて、貴嶺さんにはわからないでしょう」
一気にまくし立てて、はぁ、と息を吐く。貴嶺を睨んで純奈はさらに言った。
「貴嶺さんは私に、して欲しいこととか、こういう時は傍にいて欲しいみたいなこと何ひとつ話してくれない。気にしないでと言うのは、私の力なんて必要としてないからですか?」
感情のままに思いをぶつけるが、貴嶺は瞬きを繰り返すばかりで何も言わない。こんな時まで普段と変わらない旦那様に、このヤロウな気持ちになってくる。
「わぁ、すっごい。貴ちゃんが怒られてる」
貴嶺の向こうから、桐瑚と真綾がやって来るのが見えた。さすがに言い過ぎたかと、純奈は唇を噛んで俯く。
というか、いつも、キレてしまう純奈のことを、貴嶺はどう思っているのだろう。もしかしたら、呆れ返っているかもしれない。だって、半分以上は八つ当たりのようなものだから。
「にゃお、何か言ったら?」
近くまで来た桐瑚が、貴嶺に声をかける。「にゃお」というのは、桐瑚が貴嶺を呼ぶ時の愛称だ。彼のニヤニヤした表情を見て、面白がっているのがわかった。
対して貴嶺はといえば、やっぱり何も言わない。
「何も言わないのは、いつものことですよね。それでいて、毎回先に謝っちゃうから、私は反省してばかりです。いつもいつも、本当に至らなくて……」
自分で自分を責めながら、涙をぐっと堪える。これ以上泣いたら、目ダヌキならぬパンダになってしまう。
「純奈さん、面白いよねぇ。でも、貴ちゃんも口下手過ぎよね。まぁ、昔からだけど?」
「真綾、黙ってくれないか」
ようやく貴嶺が言葉を発したかと思ったら、真綾に対してでつい下唇を噛む。
「せっかくイイものあげようと思ったのに。貴ちゃん酷いねぇ、桐瑚?」
「まったくだな。聞きしに勝るダメ男だねぇ、にゃお」
そう言って、桐瑚が純奈と貴嶺の間に一枚のカードを差し出した。
「ここのホテルの鍵。お節介とは思ったけど部屋を取ったから。仲直りも夫婦の愛を深めるのも、セックスでどうぞ」
純奈はカァッと頬が熱くなるのを感じた。
「し、しませんよ、そんなこと」
「えー。純奈ちゃん、しないの?」
桐瑚にニヤニヤ笑いながら言われて、もうそれだけで恥ずかしい。真綾も同じように笑っていて、この夫婦そっくりだと思ってしまう。
「し、しませんよ! そんな気分じゃないし。いろいろ考えることがあって頭もいっぱいだし」
「そんな時こそ、すればいいのに。純奈さんしない? 楽しいのに」
さらにアダルトなことを言われて、純奈は恥ずかしさに首を振る。
「も、下ネタやめてください! 私、そういうの本当に慣れてないんです!」
純奈が焦れば焦るほど、真綾と桐瑚は声に出して笑っている。
だいたい、こんなお膳立てされた状況でお泊まりなんてできるわけない。純奈が真っ赤になっていると、横からスッと手が伸びてきた。
「確かにお節介だけど、ここは感謝して泊まらせてもらう」
えっ、と思った時には、貴嶺が桐瑚からカードを受け取っていた。それを見た純奈は目を丸くして、思わず一歩後ろに下がる。
そんな純奈の背中を、真綾が貴嶺に向かって押した。一瞬こけそうになり、純奈は咄嗟に貴嶺の腕に掴まる。
「ほらほら、行ってらっしゃい。仲良くね」
にこりと笑った真綾は、ウィンクをして手を振った。そのまま桐瑚と腕を組んで、行ってしまう。
「純奈さん」
名を呼ばれて純奈は貴嶺を見上げる。高いヒールを履いてもなお見上げる貴嶺は、やっぱり素敵だと思った。でもこの素敵さに流されてはダメだと、純奈は貴嶺を睨む。
「なんですか?」
「そんなに、怒らないでください」
「不満を口にしただけで、怒ってないです」
怒ってないという言葉に説得力はないかもしれない。貴嶺にイラついているのは確かだし。それに、考えなきゃいけないことがいっぱいなのだ。これからも貴嶺の傍にいたいし、そのための努力をすると決めたから。
「話がしたいんですが、部屋に行きませんか?」
カードキーを見せ、貴嶺が純奈を見つめる。
「……何もしませんよ?」
「そういうことは後で考えましょう」
貴嶺に手を取られ、少し引っ張られるともうダメで。ああ、もう本当に、この人には敵わない。純奈は手を引かれるまま、エレベーターに乗り込んだ。
「私のこと、凄く面倒くさい女だって思ってませんか?」
「思ってません」
端的に即答されて、なんだかその言い方が冷たく感じた。それ以上に、わざわざそんなことを聞いてしまう自分に落ち込んでしまう。
「純奈さん」
呼ばれたけど、顔を上げられなかった。いい大人が何をやっているのか。貴嶺と出会ってから、自分でも驚くほど子供っぽくなっている気がする。
いつの間にかエレベーターが目的の階に着いたらしく、貴嶺からそっと背を押された。
「何号室ですか?」
エレベーターから降りたところで貴嶺に聞くと、何も言わずにカードキーを手渡される。
「古橋さんに、何を言われたんですか?」
「貴嶺さんには関係ありません。私の問題なので」
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