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君が好きだから
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二十九歳になって、そろそろ結婚しなければならない年齢になって。
そして思うのは、早く手を打たないと、子どもだって三十過ぎにしかできないから、という変な心配。
誰もが焦る年齢になって、美佳も本当に焦った。
けれど手を打つのは簡単ではない。
だから待っていたって仕方ない、と思い安易にお見合いを引き受けた。
お見合い会場にあらわれた相手は、自分にはとてもとても不釣合いな方で、即行断られるものだと思っていた。
「僕と結婚しませんか?」
断られなくて、こちらも断らなくて。そして何度か会って、自然と話せるようになった頃には、縁談が進んでいた。
棚からぼた餅? それとも、待てば海路の日和あり?
「どうしてですか?」
自分が質問し返した言葉に対して、にこりと笑った相手に、ドキリとする。どこか高貴さが漂う、黒い髪と黒い目。凛とした感じで、立ち姿も絵になる人。育ちが良さそうな雰囲気と、程よく筋肉のついたスタイルのいい身体で、美佳は直感的にこの人きっとモテる、と思った。
「君が好きだからに決まってるでしょう」
照れたように崩れる表情。口元に当てた大きな手。
じっと見ていたら、彼は穏やかに笑ってこちらを見た。
すごく好きとか、この人でなくてはならないとか、そういう考えはなかった。ただこの人だったらいいかな、という思いで承諾した。
先のことなんてあまり考えずに、首を縦に振って、そして結婚式を挙げたのは、その四ヶ月後。
スピード婚なんて、流行にのるつもりはなかったけれど「君が好きだからに決まってる」という言葉が胸に響いた。
「おはよう」
新聞片手に寝癖頭で起きてくるのは当たり前。それを直しながらテーブルについて、腕時計をはめるのが日課らしい。寝癖はすぐに直る髪質らしく、羨ましいと美佳は思う。
「おはよう」
ご飯を茶碗に盛って、味噌汁をよそって、卵焼きを皿にのせる。今日はジャコ入りの卵焼き。新聞をテーブルに置いたままボーッとしているその人の前に、その三つを置くと、ようやく顔を上げた。シャツにスラックス、ネクタイはまだしていない。コンタクトを入れていないその目には、眼鏡が装着されている。
普段はコンタクト。眼鏡は嫌いだと言うが、休日は大抵眼鏡で過ごしている。そこまで目が悪いわけではない、と言っているが、右目が1.0で左目が0.2。差がありすぎるため、コンタクトや眼鏡をしていると、初めてのデートのとき言っていた。右目は乱視が強く、コンタクトはその矯正のためであることも、同じ日に聞いた。
「紫峰さん、コンタクトは?」
「今、入れる」
眠そうに目をこすって眼鏡を外すと、小さなケースから、洗浄液に入ったコンタクトを取り出す。
前の席に座って味噌汁を飲みながら、ごく小さいコンタクトを入れる様子を見る。直径一センチにも満たないようなそれが、目の中に入るということにすごさを感じる。周りの友達も、今まで付き合った人も、視力がよかった。だから、美佳にとってこの仕草は新鮮だ。
「よく入るよね、コンタクト」
「そうかな。慣れてるから、難しいことじゃないけど。美佳も入れてみる?」
意地悪そうに笑ったその顔を見て、冗談だと気づく。
「痛そうだもん」
「痛くないけどな」
両方の目に入れ終わると、何度か瞬きをする。自分を見る目が変わったことで、今はクリアに見えているのだと感じる。
「美佳の今日の予定は?」
「今日? 出版社に行って、原稿を出してくるだけ。打ち合わせをして、すぐ帰ってくると思う」
堤美佳から三ヶ嶋美佳になって三週間。語呂のよさが、どうにも笑える名前になった。三週間前に夫となった人は、三ヶ嶋紫峰。美佳の仕事は、翻訳家兼小説家。翻訳はフランス語と英語が専門。小説は遊びで書いたのがまぁ売れて、翻訳家という肩書きもあったせいか、注目を集めた。小説家としての仕事量をあまり多くしないようにしているので、契約しているのは一社だけだ。印税はそこそこ入ってくるし、あまり外にも出ない。こういう職業のせいか結婚なんてものは縁遠かった。父は早世していないが、娘を心配する母親がいる。その大切な母が初めて持ってきた見合いの話。普通は写真くらいあるものだ、と思ったけれど、それすら見せずにゴリ押ししてきた相手。それが、三ヶ嶋紫峰だった。
『見なくていいって。きっと、気に入るから』
相手もこっちを気に入らないといけないんだよ、というのは言わないでおいて、母に勧められるまま見合い相手と会った。二十九歳にもなるのに、赤い振袖を着せられて、恥ずかしい思いをしながら席に座ったのを覚えている。
「今日、僕も早く帰ってくると思う」
「え、本当? じゃあなにが食べたい?」
「美佳が作ってくれるものなら、なんでも」
美佳が作るものならなんでも食べる、といつも言う。かえって悩む、ということを紫峰は知らないのだろう。しかもそれが、言われたこちらが、照れてしまうような台詞だということにも気づいていないようだ。
昨日の帰りはちょっと、というか、ものすごく遅かった。ベッドが揺れたなぁ、と思って目を少し開けて時計を見ると、午前三時だった。気遣うような紫峰の視線を感じて、そのまま寝たふりをしていたら、サイドランプが消えて横になる気配を感じた。すぐに聞こえてきた寝息に、日々の疲れを感じる。きつそうだな、と思いながら眠りに落ちた。
そして、今は午前七時半。いつも紫峰は七時に起きて身支度をする。四時間くらいしか寝てない。
「早く帰ってくるなら、ゆっくり寝れるね」
「そう、美佳とゆっくり寝れる。明日は非番だし」
一瞬、箸がとまる。おいおい、と思う。
そんな台詞はベタな恋愛小説とか、少女漫画とか、そういうものでしか聞かないもの。本の中では、ヒロインがかなり愛されてて、そしてお前が食べたい的な台詞を言われることがある。今まさに同じようなことを紫峰から言われている自分は、愛されヒロインじゃないか、と思った。
「結婚式のあとから、三週間近く美佳と寝てない。君も仕事、僕も仕事。君も不規則、僕も不規則。今日はできるでしょ」
淡々と言われて、そうでしたね、と思うしかない。しかし、今日はできるでしょ、は露骨だ。結婚前後に一度ずつ夜を過ごしたけれど、それ以来していない。結婚前に初めてしたときは、こんな風にされたことあったっけ? と驚くくらいだった。男の人にこんなに愛されたのは初めてだ。
優しく、ときに激しく愛されながら、ここまでしてもらえるほど美人でもないし、スタイルもよくないですよ、と途切れ途切れの意識の中考える冷静な自分がいた。ややふくよかな身体つきが美佳のコンプレックスで、結婚前にダイエットして、ウエディングドレスを着た。少しきつめのサイズを選んでいたからちょうどよかったのだが、結婚式後、紫峰からは文句を言われた。
『美佳、ダイエットは禁止』
『はぁ?』
美佳の柔らかい身体が好きだから、と翌日紫峰は言った。それを聞いて、かなり恥ずかしかったというか、照れたというか。痩せた女性が好きだ、という人が多い中で、自分の身体を好きだと言ってくれてよかったけれど。
「紫峰さん、私とそんなにしたいの?」
「したいよ」
「どうして?」
どうしてって、と少し照れたように次の言葉を続けた。
「君が好きだから」
他の人が聞いたら顔が引きつるよ、と美佳は思う。
なにがどうしてこんなに愛されているのかわからないけれど、紫峰と結婚してよかったと思う。美佳は本気で紫峰を好きだとか、そういう気持ちで結婚を決めていない。だがここまで言われると、心も引きずられてくる。
紫峰は、魅力のある人だし、きっとモテる。男三人兄弟の次男で、父親は警視総監も務めたことのある人。兄も弟も警察官。同じく紫峰も警察官で、今は警備部警護課、というところにいる。それがいわゆるSPと呼ばれる人達だということを、結婚直前まで美佳は知らなかった。
そんな堅い職業一家なのに、三ヶ嶋家はみんな気さくで大らかで、逆に美佳が驚くほどだった。これまで通り仕事を続けなさい、と紫峰の父親は言ってくれ、母親はサインがほしいとねだり、兄にいたっては本が全部ほしい、と言った。警察の階級はよくわからないけれど、紫峰の兄は警察官の中でもかなり上のポジションにいるらしい。紫峰は警部という階級らしいが、今でも美佳にはどんなものかわからない。
「そろそろ行かないと」
紫峰が立ち上がり、食べ終わった茶碗をもって台所へ行った。
「そのまま置いてて。私、片づけてから行く」
「うん。いつもありがとう」
紫峰は自室へ行き、ジャケットを着てネクタイを首にかけてリビングに戻ってきた。警察手帳をテーブルにおいて、ネクタイをなれた動作で締める。最後に警察手帳の中身を確認して、ジャケットの内ポケットに入れた。
「美佳、出版社まで気をつけて。僕は行ってくるから」
自分が先に出かけるというのに、紫峰は美佳の心配をする。結婚前からそうだ。紫峰と会った翌日に遠出をするのだと言ったら、気をつけて、と二回も言われた。
「うん、行ってらっしゃい」
見送りをと思い、玄関までついて行く。朝はなるべく見送りをしたいと思っている美佳だったが、最近はそれもままならなかった。原稿の締め切りが近く、すれ違いの生活が続いていたが、今日は久しぶりに見送りができた。
「美佳」
靴を履いた紫峰が美佳の頬に手をやった。大きな手は、美佳の丸い頬を完全に包み込む。そのまま顔が近づいてきて、唇を重ねられる。軽く唇を挟むようなキスを二回されて、唇が離れた。
「早く帰ってくるから」
そのままドアを開けて出て行く背中を見送って、ドアに鍵をかける。
「どんだけー」
某メイクアップアーティストのまねをしながら、顔が熱くなる。
本当に、自分はどれだけ愛されヒロインなんだ、と思う。まさか自分がこんなに愛されるとは思っていなかった。でもなんだかこれはすごく嬉しい。
「結婚してから本気で好きになるって、どうなんだろう」
そのまましゃがみ込んで、熱い頬をパシパシと叩く。おまけに今夜のことを考えるだけで、悶える感じ。そして、悶えていると、急に冷静になるのは毎度のこと。
「紫峰さん、どうして私のこと好きなんだろう。どうして結婚したのかな」
普通の家の、普通の人間。首を捻っても、わからない。
どうしてですか、と聞くたびに、いつも返ってくる答えは決まっているのだ。
『君が好きだからに決まってる』
それだけで満足しないのが女の性なのか、どうにも納得できない自分がいた。
どうして、という気持ちが消えないのは、平凡な自分が愛されヒロインになったからだろう。
2
「よう、新婚さん」
「やぁ、離婚さん」
「お前、相変わらず性格悪いな」
「お前に言われたくないね」
拳銃を片手に持ち、ガチッという音を立てて、拳銃にセーフティーロックがかかったことを確認する。そのままホルダーへ入れると、相手も同じくホルダーへ拳銃をしまうところだった。
「三ヶ嶋、お前奥さんとうまくやってんのか? 最近毒吐いてばっかじゃねえか。結婚したんだから、ちったぁ丸くなれよ」
思い当たることはあった。けれど、いつも毒づいているわけじゃない。最近毒を吐いてばかり、というのは訂正して欲しいと紫峰は思う。だが昨日のことを相手はよく覚えていた。
「丸く? なったと思うけど」
「まぁなぁ、確かに前よりは……いや、だからさぁ」
「だったら、松方が言えばいい。新人の松井はお前に懐いているじゃないか」
「俺が言う前に、係長のお前が呼び出したじゃないか。君にできることは、要人の壁になるだけか? なんて言うから、マジにビビッてたぞ。お前に慣れてないんだから、少し柔らかく言ってやれよ」
同期で同じ警備部警護課に配属された松方裕之は、最近離婚したばかりだった。円満離婚だったので、深刻な問題を抱えているわけではない。松方は大きな身体と、優しそうな垂れ目が印象的な人の良い男だ。容姿に似合った面倒見のいい性格で、後輩からの信頼もあつい。
「ふくよかで可愛い美佳ちゃんに、慰めてもらえ。独り身じゃできないことだぜ。夜の営みは忙しい勤務のストレスにも効く……って、おい、やめろよ」
口を閉じろという意味で、紫峰は銃口を松方に向けた。が、ふりだけで、すぐに拳銃をホルダーにしまう。
「美佳のどこを見てるんだ、お前」
「胸? デカイよなぁ。ああいう感じの胸に抱かれてみたいぜ、どんなんだよ? 独り身は寂しいからな……って、痛ぇよ、拳固かよ」
力加減をしつつも、拳固で頭を殴った。悪気はないのだが、松方はたまにこうやって美佳のことを揶揄する。
「独り身で溜まってるからって、人の妻の胸を見るからだ。腰掛け婦人警官なら、喜んでお前についてくると思うけど。美佳と同じ名前の、あの腰のデカイ婦人警官、なんて言ったかな? 本人はスタイルがいいって、思ってるらしいけど。デカイだけに、まさに腰掛けって感じ?」
「……お前、本当に溜まってるな、三ヶ嶋。毒が効いてるぜ、とくに今日は」
言われてうんざりしたため息を漏らす。当たり前だ、とどれだけ言いたいか。
「結婚して約三週間。新婚旅行は要人警護でまだお預け、それに当直と美佳の仕事が重なって、すれ違い。溜まるに決まってるだろう。それなのに、松井は宮田大臣にクレームつけられるし。なんでクレームつけられたか知ってるか?」
「いや」
「秘書が電話を渡そうとしたのを、ナイフと勘違いしてねじ伏せたんだ。SPは要人を守ることも大切だが、それ以外にも状況判断能力が求められる。大臣はかなり立腹していて、なだめるのに苦労した。その上、岡野課長に松井と一緒に呼ばれて説教。松井に始末書を書くよう指示したら、なんで自分が始末書を書かなきゃならないんですか、とほざく」
松方は、それは災難だったな、と途中相槌を打ちながら同情するような顔つきで頷く。
「だから言ったんだよ。始末書を書くのは要人警護についてまわる仕事だ。それができなくてこれからここでやっていけるのか? 始末書も書けないような体力だけのSPが、って。僕が言い過ぎているのか? 松方が新人の松井のほうをかばいたいなら、僕の文句でも一緒に言っていればいい」
わかったよ、と松方は、髪をかき上げながら引き下がる。百七十九センチの紫峰よりも、十センチ背の高い松方に怒っていると、まるで、大きな犬をしつけているみたいだった。
「今日は誰の警護だ?」
気を取り直した松方に聞かれて、それに答える。
「大岩元総理。お忍びで病院へ診察」
「へぇ、年だしなぁ。長くないんじゃねぇの?」
「知らないね。とにかく今日は早く帰る。面倒なことも起きないだろう。相手は老いた爺だ」
松方に背を向けながら紫峰は悪態をついた。
「お前、本当に口が悪い……美佳ちゃんの前でもその調子なのか?」
「そんなわけないだろう。だいたい、美佳にこんなことを言う機会がないね」
大事にしてんだな、と言われて、当たり前だと心の中で呟く。
「しかし、なんで俺は要人警護になんてなったんだろうなぁ。毎日疲れるぜ」
「憧れていたんだろう?」
訓練生の頃、松方はSPへの憧れを熱く語っていた。あの頃、松方は結婚していて、とても幸せそうだった。結婚はいいぞ、と言っていたのに、紫峰の結婚が決まった頃には、やめておけ、に変わっていた。それに対して苦笑を返しただけだが、その目は真剣だったことを思い出す。
「三ヶ嶋は、どうしてSPになったんだ? 家は警察一家だし、東大出なのに、どうしてノンキャリアだ?」
別に、どうして、ということはなかった。まだ世間に普及していないSPをやってみたかった、それだけだ。
「前に言っただろう? SPをやってみたかったんだ」
まぁなぁ、と同意する松方に、紫峰は笑ってみせた。
「それよりなにより三ヶ嶋が結婚したことのほうが驚きだったよ。お前ってなんか、生活の匂いがしないっていうか、女はいるだろうけど、結婚はしないと思ってた。クールで、おまけに毒舌家だし? ついてこれる女っているのかな、って感じでさ」
松方とこんなに話すのは久しぶりで、そして紫峰が結婚するとは思わなかった、と聞くのは初めてだった。
確かにそうかもしれない、と紫峰は思う。外見だけでなく、職業を明かしたりしても、自然と女はやってきた。結婚まで女関係がなかったとか、そういうことは一切ない。美佳と見合いをしたときだって、付き合っている彼女がいた。背が高くて上昇志向の強い、警察のキャリア組。洗練された美しさが気に入っていた。
その彼女と結婚も考えていた。付き合って二年。相手から催促されたのもあるが、好きという気持ちももちろんあって、そろそろプロポーズでも、と思っていた。プロポーズの言葉も用意していて、いつ言うかということも考えていた。
そんなときに、父から、世話になった人の娘と見合いをしろ、と言われた。その人は父がまだ独身の頃に、初めて配属された場所での先輩、ということだった。そのノンキャリアの先輩という人は早世して、妻と嫁にいっていない末娘が二人で暮らしているということだった。一度会えばうるさくないだろうという気持ちから、その娘と会うことにした。
見合い前日に、紫峰は付き合っている彼女に会って、抱き合いながらことの次第を話した。今でも、最後に抱いたときの腰の細さと、よがる声を覚えている。その彼女に、しょうがないよ、一度会ってくれば? と言われて翌日、見合い相手、美佳に会ったのだ。
「警視の中村瞳子を振ってまで美佳ちゃんと、とはね。中村瞳子って美人で才女だろ? おまけにスタイル抜群。どこが悪かったんだ? 見合いの前日、会ってたって聞いたぜ?」
よく知っているな、とそのニヤついた顔を少しだけ睨みつける。
「瞳子は結婚してもいい人だった。けど、美佳は結婚したい人だった。それだけの違いだ」
「なんでそう思ったんだよ」
食い下がる松方に苛立ちを覚えた。
ただでさえ、溜まっているというのに。
「松方、さっき溜まってるんだろう、って聞いただろ?」
「ああ」
「実際、美佳と会えなかったり、してなくて溜まってることは事実だ」
顔つきが変わったのは自分でもわかる。松方の引いたような表情を見ても明らかだ。
「そんな僕を苛立たせるなよ。ミスしたらどうする」
松方は、わかった、と言ってそのまま口を閉じた。その横を通り過ぎると、松方はもう追いかけてこなかった。
松方は気のいい奴だが、ときどき余計なことを言う。
「係長、今日もよろしくお願いします」
昨日、指導した松井が丁寧に頭を下げた。
「昨日みたいなこと、するなよ」
その肩を叩いて、フロアを出る。警護対象者宅へ行く時間は迫っていた。足早に進むと、そのうしろを松井がついてくる。
「昨日は言いすぎた、悪かった」
松井は焦ったように返事をする。
「いえ、そんなことは」
それを聞いて、小さくため息をつく。
ふと美佳の顔が思い浮かぶ。少しだけモヤモヤしたものが晴れた。美佳と結婚をした理由は、なぜかこの人と結婚するだろうと直感的に思ったからだった。
警護対象者宅へ行くための車に乗り込むと、仕事に対するストレスを紛わせるために、初めて美佳に会った日のことを思い出した。見合いをした日、付き合っていた瞳子にも、これまでの恋人達にも感じなかったものを彼女に感じた。それは、運命というもの。
美佳は今まで自分が付き合ってきた女と比べれば見た目は平凡だ。けれど会った瞬間に惹かれた。小説家だと聞いて、その日のうちにすべての本を買って、そしてそのすべてを読んだ。平凡な外見とは違う、深みを感じる小説だった。紫峰は、外見とその人の本質は違うのだと、このとき強く感じたのだ。文章表現の美しさは、自分にはまったくない感性だった。そんな美佳に感じたのはたったひとつ。もしかしたら気づかないで通り過ぎるような、そんな第六感的なもの。
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