君が好きだから/君が愛しいから

美珠

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君が好きだから

1-2

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『きっと僕は、この人と結婚するために生まれてきた』

 そんなロマンチストみたいな考えを持つのはおかしい、と何度も紫峰は自分に言い聞かせた。たった一度会っただけなのに、バカバカしいとも考えた。しかし、美佳は言ったのだ。互いの親がいないとき、二人きりになったときだった。

『こうやって会ったのもなにかの縁でしょうけど、他の方がいらっしゃるのなら、どうぞそちらへ行ってくださいね』

 丁寧な言葉と、首筋に注がれた視線。苦笑されて、思わず首に手をやった。美佳と見合いをする前日、紫峰は付き合っている彼女と会った。その彼女である、瞳子がキスマークをつけたのはわかっていたが、これくらいなら多分見えないだろう、と油断していた。
 思わず手をやった自分の動作にも、美佳は動じることなく笑みを向けた。
 意外に鋭い女だということに心奪われた。そして嫌味に聞こえない丁寧な言葉で指摘され、美佳の前にいるのが、とても恥ずかしかった。そんな状況にもかかわらず、美佳の言った「なにかの縁」という言葉が紫峰の耳に残っていて――

「あの、係長」

 不意に松井から話しかけられて、顔を向けた。

「奥さんの美佳さんって、どんな人ですか?」
「どうしてだ?」

 そんな質問を受けるとは思わなかった。きっと松方がなにか話したのだろう。

「松方さんが、係長にしては意外な相手だけど可愛い、と言っていたので」

 聞いてみたいと思っていた、と言葉をつなぐ。余計なことを話すな、と思うが可愛いということには紫峰も同意するので、ため息をつき、口を開いた。

「一言で言うと、女らしい人だよ」

 丁寧な言葉と、女らしい胸も腰もある身体つき。おまけに教養深く、小説家だけあって知識も豊富。華道も茶道も一通りこなす。習わされていた、という割にはかなりの腕前だ。しとやかだけれど、きちんと仕事を持って自立している美佳は、女の中でも輝いて見えた。

「従順な感じですか?」
「いや、きちんとした仕事を持って自立している。収入は僕より多い」
「係長よりですか?」
「そう。すごいだろ?」

 松井の反応に紫峰は満足した。
 美佳はすごい、といつも思う。紫峰に運命を感じさせたこともそうだし、小説家としてかなりの収入を得ていながら、誰かにそれを自慢することもない。
 美佳が紫峰のことを好きで結婚したわけじゃないことは、紫峰もよくわかっている。出会って二ヶ月、結婚するまでに二ヶ月。たった四ヶ月の付き合いで、すべてを好きになれとは言わない。美佳が紫峰との結婚を承諾しょうだくしてくれただけでも、紫峰にとっては嬉しいことだった。今はまだ愛されるということになじめていないようだが、それもきっと時間が解決してくれると思う。
 美佳のことを考えているうちに目的地に到着した。知らずため息が出る。
 仕方なく紫峰は、彼女のことを頭から追い出す。美佳のことを考えると、そのことで頭がいっぱいになり、仕事に集中できないからだ。
 車から降り屋敷に入ると、要警護者の大岩元総理は、すでに玄関で待っていた。

「やぁ、三ヶ嶋君、待っていたよ。今日はよろしく頼む」

 七十一歳、今も政界に影響を及ぼす、女好きの政治家。初めて警護したときから、ずっと指名されているのは喜ばしいことなのか。

「こちらこそよろしくお願いします」

 頭を下げると、いつもの笑顔を浮かべる。仕事用の顔は、いつも同じだ。
 仕事中に女の顔が浮かぶことなど、今までなかったのに、つい美佳の笑顔を思い浮かべてしまう。
 美佳と出会って結婚してから、仕事にこれまで以上に専念するようになった。美佳を心配させないためには、集中して職務にあたることが必要だと思ったからだ。

「聞いたよ、三ヶ嶋君。結婚したんだって? 兄弟きょうだいの中で君が最後だったから、父上は嬉しかっただろうねぇ」
「ありがとうございます」

 松井が不思議そうな顔をしていた。紫峰は自分の父が元警視総監であることを、ほとんどの人に言っていない。警備部警護課の中でも知っているのは、課長と松方だけだ。

「どんな人か、今度会わせてほしいもんだねぇ」
「都合が合いましたら」

 当たり障りのない返事。それに満足したのか、大岩元総理は笑顔でうなずいて、警護車に乗り込んだ。紫峰もその車の助手席に乗り込んで、気づかれないようにため息をつく。
 もし美佳に本気で会いたいと言われても、きっと会わせはしない。紫峰は女好きの大岩を、好色爺と心の中でののしりながら、進行方向を見る。
 これが終わったら、美佳と過ごせる。紫峰はそう思いながら、仕事に集中した。



   3


 丁度夕食を作り終えたところで、ドアが開く音がした。紫峰が帰ってきたのだと思い、美佳はコンロの火を消して玄関に出迎えに行く。

「お帰りなさい」

 いつもより帰りが早かった。午後六時半をまわったくらいだから、かなり早い方だ。今日は早く帰ってくるという、予告通りだった。

「ただいま」

 紫峰のカバンをその手から受け取り、美佳はもう一度お帰りなさい、と言った。そうしたら再度、美佳の手からカバンを奪って、紫峰が床に置く。じっと見つめられて、そのまま壁に身体を押しつけられる。いきなりの出来事に、美佳はまばたきをして紫峰を見た。一瞬言葉を忘れて、大きく息を吸い込んだ。紫峰のあまりに性急な動きに、美佳は反応できずなすがままになる。

「紫峰さん?」

 もう一度瞬きをして紫峰を見ると、いきなりキスされた。目を開いたままだったことに気づき、彼の動きに合わせて、ゆっくりと目を閉じる。それを見計らったかのように、紫峰の舌が口の中に入ってきた。
 舌で唇を開かせるようにして、彼の舌がさらに深く侵入する。
 いったん唇を離し、上唇をついばむようにして軽く触れられたかと思うと、今度は下唇を同じようにされた。そしてふたたび、美佳のあごに指をかけて上向かせ、深く唇を合わせてくる。

「ぁ……っんぅ」

 息継ぎとともに甘い声が漏れる。紫峰からは熱くてせわしない呼吸を感じた。
 強く唇を重ねられて、美佳の意識はだんだんと心地よく薄れていく。紫峰の大きな手が美佳の胸を包む。余裕のないキスとは裏腹に、紫峰の手は優しく柔らかに上下する。

「ん……んっ」

 どうにも身体に力が入らず、ズルズルと壁をつたって、腰が地に着いた。それに合わせるように、紫峰もひざをつく。濡れた音を立てて唇が離れると、紫峰が美佳を見つめていた。次の瞬間、唇を唇で挟むような短いキスをされ、ゆっくりと首筋をつたって紫峰の顔が胸に埋められる。

「あの……」

 どうしたの? と言いたかったけれど、息が詰まって言葉が出なかった。紫峰が触れるたびに、翻弄されて言葉がつむげなくなっていく。
 なにかを言う暇もなく、また唇が重ねられて、今度はスカートの中に手が入ってきた。太腿を撫でながら大きな手が身体の中心へ向かう。美佳の足を開かせ、その足の間に紫峰は身体を入れた。ショーツのゴムに手を掛けて、ズルリと下ろされる。片方の足にショーツを残したまま、紫峰がさらに美佳の足を開いた。
 エプロンもつけたまま、下だけ脱がされて、ただ紫峰を出迎えただけなのに、どうしてこんなことになったのか。嫌だとは言わないけれど、玄関じゃなくても、と思う。紫峰はこんなふうに身体を求める人だったのか、と少しだけ意外に思いながら熱いキスを受けた。
 荒々しく胸を揉む仕草に、性急さを感じる。まるで美佳に触れるのを我慢していたようだ。

「美佳……」

 ため息のような切ない声で、紫峰が美佳を呼んだ。それ以外はなにも言わず、美佳の足をさらに開いて、深いキスを続けながら、胸を揉み上げる。内腿に手を這わせて、そこを何度か撫でる。紫峰の息はすでに上がっていた。
 それに同調するように、美佳の息も上がっていたけれど、紫峰の性急さに、まだ心がついていかない。
 キスをされながら、身体の隙間に紫峰の指が入ってきて、下半身だけ愛撫される。初めは浅く突くだけだった指が、中のほうに入り込むと、思わずのけぞってしまった。

「紫峰さん……あ、あっ」

 紫峰の長い指が何度も美佳の中を行き来して、敏感な部分に触れてくる。
 一度指が離れたところで、美佳が一息ついて紫峰を見上げると、彼は上着を脱いでいた。ネクタイを緩めて、シャツをスラックスから引っ張り出す。それから再度深くキスをされて、ゆっくりと床に身体を横たえられる。唇が離れると、スラックスのベルトを外しているような音が聞こえた。美佳からは、身につけているエプロンの陰になってよく見えない。紫峰は手早くカバンを片手で開けて、箱をとり出した。その中身がなんなのかは、美佳にもよくわかっている。

「ここでするの?」

 思った通り、四角いパッケージが箱から出てきて、それを紫峰が口でみ切る。

「ごめん、我慢できない」

 少しだけかすれた低い声が、余裕がないことを示していた。結婚して三週間、紫峰とはたった二度しか抱き合ったことはない。準備ができたのか、紫峰の硬い自身が、美佳の十分にとろけた隙間に軽くあてがわれる。そのままゆっくりと美佳の隙間を埋めていく。結婚前に抱かれたときは、久しぶりの行為とその質量で、少しだけ痛かった。今は痛くないけれど、その質量には思わず腰が引ける。

「腰を引いたら、深く入れない」

 言われて美佳は身体の力をぬく。紫峰の手が美佳の頬を包んで見つめ合う。

「痛い?」

 痛くないので首を振る。それを見て、紫峰はにこりと笑って、美佳の足を抱えた。

「あ、あっ……っ」

 美佳の隙間がすべて紫峰で埋まる。
 玄関の鍵をめたかを、確かめる余裕もなかった。少し不安を感じたが、腰を揺すられて、一番奥へと紫峰が進むと、もうなにも考えられなかった。

「はぁ……」

 満足気に吐き出された紫峰の息が熱い。エプロンをまくり上げて、つながった箇所を指でなぞられる。軽く押すように腰を動かされると、とたんに熱いものが内から込み上げてきた。

「美佳」

 大腿だいたいから腰骨辺りまでを撫でるように、紫峰の手が上ってくる。スカートはもう下半身を一切隠すことなく、すべて捲り上げられていた。美佳には繋がっている場所が見えないけれど、紫峰にはきっと見えていることだろう。美佳は急に恥ずかしくなって、身をよじった。その振動で、どうにもならない快感が腹部から上ってくる。

「美佳、動くよ」
「あぅ……」

 紫峰が美佳の腰を緩やかに揺らし、ときどき強く突き上げる。何度か繰り返すうちに、その動きが速くなる。

「美佳、……っ」
「あ、あ、あっ」

 変な声が出て、恥ずかしくなって口を閉じる。耐えるように、切れ切れに息を吐く。

「声、出して」

 低い声が耳に響いて、美佳は首を横に振った。

「変、な声、だから……っ」

 玄関でこんなことをしたのは初めてで、思わず声が漏れるのをとめられない。いや、それ以前に過去の恋人としているときにこんな声を出したことがあっただろうか? 

「いいっていうんだ。もっと出して、美佳」

 腰を揺らす速度がさらに速くなり、終わりが近いことがわかる。
 終わりが近くなってもこっちがイかないと、イってくれない。
 きっとほんの少しの時間しかつながっていないのに、美佳は早くイきたくてたまらなかった。

「紫峰、さん、も……だめ……っ、あぅ」
「もう?」

 意地悪く言って、腰をまわされる。それだけでももうダメで、美佳は紫峰のシャツをつかむ。

「……ね、がい。イきたい、イかせて……っ」
「しょうがないな……っ。次は、僕のしたいようにさせてね」

 美佳は首だけでうなずいた。それを見て紫峰は満足そうに笑い、美佳にキスをした。
 上半身はほとんど触れられていない。本当に下半身だけ繋がった、動物みたいな行為。だけど、久しぶりの身体はそれを悦んでいた。
 美佳の要望どおり、紫峰の腰のピッチが速くなる。それに伴ってあられもない声が出てしまい、恥ずかしくて目をつむる。キスをしていた唇が離れる。美佳が目を開けるとその唇が唾液の糸を引いていた。

「んっ、あぁ……!」
「美佳、……っ」

 ひときわ強く腰を突き上げられて、動きがとまった。
 快感が強くて、息が整わない。苦しくて、あえぐように息をしていると、そこへ柔らかい唇が軽く当てられる。何度も繰り返される羽のようなキスを、美佳はうつろな目で受けていた。

「美佳、ごめん、こんなところで」

 紫峰が身体を離し、少しだけ腰を揺らしてから、繋がりをいた。
 美佳の額に額をつけて、頬が少しだけ触れ合う。

「ごめん、我慢できなかった」

 謝りながらも、近くにある紫峰の顔は満足そうだった。心も身体も満たされたような、そんな表情をしている。
 美佳の隙間に、あまりにもピッタリと入っていたそれが抜けると、思わず切ないため息が漏れた。紫峰の身体が完全に離れても、美佳は余韻よいんで起き上がれなかった。足を閉じるとか、そういうことさえもできないくらい、快感が続いている。
 紫峰の髪をかき上げる仕草と、スラックスの間から見える、下着とシャツの着崩れた具合が、どうにも情事の後を意識させた。
 どうにか起き上がって、開いたままだった足を閉じる。が、上手く閉じられない。左足のくるぶしに引っかかっているショーツが、とても恥ずかしかった。足の間は少しだけ気持ち悪かったけれど、愛された箇所はまだ、その感触が残っていて不思議と満ち足りた気分だった。

「背中、痛くない?」

 紫峰の大きな手が、背中を優しく撫でる。

「大丈夫」
「……そう、よかった」

 安堵あんどしたような表情を浮かべて紫峰は美佳を見る。そしてスラックスのファスナーだけを上げると、そのまま立ち上がった。どう見ても卑猥な感じがする紫峰の下半身。先ほどまで美佳を愛した場所は、服の中に納まっている。シャツがはだけた部分からは、キレイなくらい筋肉がついた腹部が見えている。
 こんな場所で、帰ってくるなり抱き合うなんて。待ちきれないくらい、美佳としたかったのだろうか。

「立てる? 風呂沸いてるんだろう?」

 いつも紫峰がすぐに風呂に入れるよう、きちんと準備している。帰りが遅いときは温め直しが必要になってしまうが、風呂に入って疲れをとってほしいと思うから。美佳がうなずくと、身体がヒョイッと浮き上がる。

「紫峰さん、なに!?」

 いきなりの出来事に驚く。きっと自分は重いだろうとあせる美佳に対して、難なく抱き上げた紫峰は余裕顔。

「重くない?」
「ぜんぜん。それより風呂、一緒に入ろう」

 夫婦は一緒にお風呂に入るものというけれど、生まれてこのかた、二十九年、男性とお風呂なんて入ったことがない。おまけに、紫峰と抱き合ったのは今日で三回目。身体を見られるのもまだ恥ずかしいのに。

「あの、紫峰さん先に入って。私は後から」
「二人で入ったほうが経済的だろう?」

 確かにそうですが、と美佳は心の中でつぶやいた。浴室に行き着き、腕から降ろされる。これから一緒に入るのだと思うと、恥ずかしい気持ちもあるが、今は濡れたままの下半身をどうにかしたい気持ちのほうが強い。気をとり直して紫峰を見上げる。

「ごめんなさい、重たかったでしょ」

 もう一度、美佳がそう言うと苦笑しながら紫峰は首を振る。

「重くないって」

 美佳のエプロンが素早く外される。紫峰は自分のネクタイをいて、美佳のスカートのファスナーを下ろしながら、自分のシャツのボタンを片手で器用に外していく。紫峰はきっと他の女性とお風呂に入ったことがあるのだろう、と想像した。

「美佳を抱き上げられないほど、非力じゃないよ」

 スカートを取りさられ、紫峰もシャツを脱ぐ。上着を脱がそうとした彼の手をとめて、美佳は自分で脱いだ。紫峰に背を向けると、脱衣所においてあるカゴに入れる。うしろでベルトをはずして、スラックスを脱ぐ気配がある。それを見ないようにしていると、紫峰にブラジャーのホックを外された。慣れた動作で片腕ずつひもをとる。
 裸になった美佳の背中に大きな手が這って、首筋に唇が当てられる。その行為に肩がすくむ。紫峰は浴室のドアを開けて、そのまま美佳を導いた。

「入って、美佳」

 浴室に入ると、まだ沸いたばかりの風呂が湯気を立てていた。フタをするのを忘れていたが、こうなればそのままになっていてよかったと思う。後から紫峰が入ってきて、シャワーのコックをひねる。温度を確認しながら、風呂においてある椅子に腰掛けるよう言われた。
 恥ずかしい思いをしながら美佳が座ると、こっちを向いてと言われ、紫峰の方を向く。紫峰は美佳の前に胡坐あぐらをかいて座っていて、下半身にはタオルがかけられていた。
 タオルを手にとって、ボディシャンプーを泡立てる。なにをするのか、と思ったら美佳の左腕をとって、泡立ったタオルを滑らせた。手を引きたいが、なんとなくそれができない。紫峰は他の誰かもこうやって洗ってやったことがあるのだろうか。慣れた動作が、それを思わせる。

「紫峰さん、あの……」

 居心地の悪さが勝って、声をかけた。恥ずかしさもあるから、美佳は自分で身体を洗いたかった。

「なに?」
「自分で洗うから。こうやってお風呂に入るの、恥ずかしいし」

 美佳は、思わず自分の身体をもう片方の手で隠した。けれど、その手もとられて、両腕を紫峰の大きな手で広げられる。なにも隠せない状態になるのは、心もとない。紫峰は余裕の表情で、にこりと笑って見せた。

「僕も恥ずかしい、美佳ほどじゃないけど」
「うそ」
「本当。だからタオルをかけてる。興奮した自分をじかに見られるのは恥ずかしい」

 言われて美佳は、紫峰の下半身にかけてあるタオルを見る。その下が、興奮しているかは、わからない。

「興奮なんて」

 ウソよ、と言うように美佳が首を振ると、紫峰はため息をついて美佳を見た。

「する。少なくとも、美佳を見て玄関で襲うほどには」

 赤面するような台詞せりふを言った後、たっぷり泡立ったタオルで美佳を再度洗い始める。美佳の左胸をタオルが滑り、脇の下も洗われる。反対側も同じようにされた。洗っていた手がとまり、紫峰が美佳を見る。

「嫌ならやめるけど」

 目の前の紫峰は、引きまった男らしい身体つきをしている。胸板が厚く、腕も腹も贅肉なんてない。美佳のたるんだ腹部や、年齢とともに垂れてくる胸とは大違いだ。

「恥ずかしいのは、私の身体がそんなにキレイじゃないから。胸なんか、垂れてきてるし」

 美佳が自由になった手で胸を隠すと、その手をとって紫峰は微笑んだ。

「僕は美佳の身体が好きだ。下がってくるのが嫌なら、僕が毎日揉み上げてもいい」

 思わず紫峰の腕を叩く。美佳の行動に紫峰は笑って、ひどいな、と返す。叩いた紫峰の腕は、やはり無駄なく引き締まっていて、美佳は自分の身体が恥ずかしくなった。

「揉み上げるなんて、して欲しくない」

 そう? と言って、美佳の足を持ち上げると、丁寧に下腿かたいから大腿だいたいまで洗われる。たくさんの泡で包まれた自身の足を、太いなとながめながら、この人はどうしてこんなに大事に扱ってくれるんだろうと不思議に思う。
 二十九歳だから、後もないから、という気持ちが強くて結婚した。雰囲気に合った紳士的な態度に好感が持てたし、紫峰のことは嫌いじゃなかった。会う度に熱烈に愛をささやかれ、悪い気がしないどころか、その熱い気持ちに引き寄せられた。
 紫峰のことだから、きっと美佳のあせる気持ちを知っていて結婚を決めたのではないだろうか。結婚して一緒に暮らして知ったのだが彼はすごく、勘がいい。だからきっと、美佳の心中を察してくれたに違いない。


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