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友人の距離
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しおりを挟むあれは、告白というやつだよな……。
……久しぶりに人から好きだと言われた……。
いや、そんなことよりもそれを言ったのは親友だった。
僕が何も告げられずにいるまま、彰は水族館を出て行ってしまった。僕はその後ろ姿を見ていた。
後ろ姿は涙を拭いているように見えた。
僕は今、一人混雑する街の中を歩いている。視界の中では誰もが早歩きで、僕は一人おいて行かれているような気がした。
(ずっとって……?)
まさか高校の頃から?
彰が、僕を?
彰が僕に恋していたって?
嘘だ……。
どうして僕?
何故?
不思議なのは告白された後だというのに、喪失感があるということだ。
僕は今、大事なものを失ってしまったんじゃないだろうか……。
何故か彰にはもう二度と会えない気がするんだ。
彰はきっとそのつもりで僕に告白したんだ。
僕が恋人が欲しいなんて言ったから、彰は不安になったのかもしれない。
そう思った途端、目から涙が出てきた。
手で拭った涙を見る。
これはなんの涙だろう?
彰の告白には応えられないのに。
でも彰に会えなくなるのは寂しい。彰を失うことなど考えられない。
……僕はどうしたらいいんだろう?
家に戻り書斎の椅子に座るがパソコンを前にしても何も書けない。書いては消し、書いては消していたものがついにそれさえできなくなってしまった。
不思議なのは僕には彰に告白された衝撃よりも彰を失う喪失感の方が大きいということだった。
彰は僕にどんな気持ちで告白したんだろう。それを思うと涙が出るんだ。彰の泣き顔を見たことがなかった。彰の優しい笑顔が好きだった。
今頃、彰は一人で泣いているかもしれない。
そう思うと胸が苦しくなる。
なんとかしてやりたくなるんだ。
でも僕に何ができるんだろう。
机に置いていた携帯電話に手をやる。
彰は僕からの連絡を待っているだろうか? いっそもう連絡をしない方がいいんだろうか?
だけど彰が遠くに行ってしまうかもしれない、そう思うととても我慢できなかった。
僕は彰以上の親友の作り方を知らない。
彰に電話をかける。でも胸が高鳴りなかなかボタンが押せなかった。
出てくれなかったらどうしようと不安で仕方がない。彰はいつもどんな気持ちで何も気付かない僕の側にいてくれたんだろう。
連続するコールを聞きながら僕はずっと彰のことを考えていた。
『……もしもし?』
彰の声にホッとした。
まだ細い糸が繋がっている気がした。
何て言えば良いんだろう。何て言えば前のように戻れるんだろう? 考えていると彰の静かな声が聞こえた。
『……悪いけど、しばらく電話もメールもしないでくれるか? 少し時間が欲しいんだ』
僕は彰の声を遮るように話した。
「僕はお前にこれからも会いたいよ。……お前が僕から離れるのは絶対に嫌だ……」
結局僕は思っていることをそのまま言ってしまう。小説家のくせに。
でも彰にはずっとそうしてきたんだ。それしかできない。
『……それは……、お前を……好きでいても良いのか?』
彰の泣き声に苦しいほど胸が締め付けられる。
僕は何も考えることなく自然と返事をした。
「……いいよ」
あれから僕は、彰に電話する時もメールをする時も緊張するようになってしまった。『これから焼き鳥でも食べに行かないか?』この一文を送るのに何故こんなにも動悸がするのか。
彰から僕を誘うことはもうないかもしれないから、だから僕が誘わなくてはいけないんだ。
どうしてこんなに細い一本の糸が大事なんだろう? 絶対に切れてはいけないと感じる。これはもう恐怖に近い。
他の友人とは違うんだ。彰は。
彰からの返信が来た。
『いいよ。どこの店?』
僕は心からホッとした。
「結構混んでるな」
「うん。そういえば週末だったね」
金曜の夜の八時という絶妙な時間に来てしまった。お互いフリーなためつい曜日が怪しくなってしまう。サラリーマンで混雑した中を店員に案内されたカウンター席に並んで座る。
「久しぶりだな、この店」
「うん……」
誘ったくせに僕は会話の仕方が分からなくなってしまった。目が合ってもつい逸らしてしまう。おしぼりで手を拭きながら彰は静かに言う。
「……無理するなよ」
「違うよ」
本当に無理なんかしていない。ただこの目は僕をどんな風にずっと見ていたんだろうとつい想像してしまったのだ。
自分が高校生だった頃を思い出す。僕は好きな子をどんな目で見ていたか。
恐ろしいほど蘇る生々しい記憶の連続……。
……いやいやいや、彰が僕をそんな目で見ていたはずがない。そんなわけがない。僕は首を横に振り、やって来たビールジョッキを半分ほど一気に煽った。
「俺のことは気にしなくて良いから。こうしてまたお前に会えただけで嬉しいから」
そう言いながら枝豆を摘まむ横顔は普通に見える。
あの時の彰の泣き顔を思い出した。あんなに感情を表に出す彰を初めて見たんだ。
でももう忘れた方がいいんだろう……。
僕たちは二人で静かにビールを飲み、焼き鳥を食べた。
「あーっだいぶ涼しくなってきたなー」
焼き鳥屋の帰り道、僕たちは二人で歩いた。
夏の終わりの風を浴びながらほろ酔いで歩くのは気持ちが良い。駅までもう少しある。それまで彰と歩きたい。昔はよく終電がなくなっても飲み歩いた。その頃のことを思い出しながら僕は下を向いて街灯の下で伸びる二人の影を見て歩いた。
「最近小説の方はどうだ?」
「んーぼちぼち」
「そうか」
本当は全く進んでいない。プライベートに気を取られ過ぎてしまっているのかもしれない。
店の中でも帰り道でも僕らはあまり喋らなかった。前はもっと話をした気がするが、だがこんな時間も悪くはないだろう。
きっとこうやって何事もなく時間は過ぎて僕らはまた前のように元に戻るのだ。
古びた駅の手前には小さな赤い欄干の橋があり、下には小さな川が流れている。
橋を渡ってしまえば僕らは駅に向かい別々の電車に乗らなくてはならなくなる。なんとなく帰るのを先伸ばしにしたくて橋の上で下を覗いてみた。
しかし暗くて何も見えなかった。
ふと振り返ると彰がいない。よく見れば彰は既に駅の方に向かっていた。
「え?」
しかし彰は駅を逸れてそのまま脇道を歩き続ける。
「彰?」
僕は走って追い付き、そのまま彰の後ろを歩いた。
駅はとっくに通り過ぎ、もうすぐ電車も来るかもしれない。柵の向こうの線路を見ながら歩いていると彰が急に立ち止まった。
「彰?」
「やっぱり駄目だな……」
彰が振り向いた。
暗がりの中、彰が近づいてくる。手が延びてきて腕を強引に捕まれそうになり、僕は即座にその手を振り払ってしまった。手に彰の感触が残った。
「…………」
沈黙が僕らの間を占める。
近くで見た彰の顔はすごく悲しそうだった。
「やっぱり俺にはもう無理だ……。俺はもう我慢できない……」
「彰……」
「もう会いたくない……」
そう言って彰はまた僕を置いて歩き出してしまった。
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