届かない恋に手を伸ばす君は

まこと

文字の大きさ
4 / 4

届かない恋

しおりを挟む
「私…どーしたらいいの…」
俺が友達の追試の課題を手伝っていると、なづきが近付いてきて、急にそんなことを言ってきた。
「え?なにが?」
当然俺は意味が分からず聞き返した。
「ここじゃ話せない…」
と俺にだけ聞こえる声で言う。
周りには大勢のクラスメイトがいるからか。
その時点で俺は気付くべきだった。
今日が、離任式だということに。

今日は三学期最後の登校日。
終業式、大掃除、そして離任式がある。
今は終業式を終え、大掃除の時間だ。
しかし担任の先生は忙しいらしく、教室には生徒しかいない。
そのため掃除もほどほどに、みんな携帯をいじったり話したり、思い思いに今学期最後の日を過ごしていた。
なので、俺となづきが教室を抜け出すのはそう難しいことではなかった。
俺たちはとにかく人がいない場所、それでいて人に見つかっても怪しまれない場所を探した。
「パソコン室に行こう。あそこは年中開いてるし、誰かに見つかっても調べものをしてたで通るのと思う」
「うん…」
なづきは俯いて、とぼとぼと後ろを付いてきている。
パソコン室に着くと、やはりドアの鍵は開いていた。
この学校のセキュリティを案じつつ、中に入る。
中には誰もいない。
適当な椅子を選んで座った。
なづきも同じように、隣の席に座る。
既に俺は、なんとなくわかっていた。
なづきがなぜこんなに落ち込んでいるのかを。
「保延先生、離任するの?」
「うん…」
ボブカットの横髪が顔を隠し、表情を窺うことはできない。
しかし声の震えから少しだけ、感情を読むことができる。
途切れ途切れではあるが、なづきは少しずつ話始めた。
「朝、スーツ着てて…。いつも作業服なのに…ちゃんとしてて…。先生なんでスーツなの?って聞いたら、笑ってて…。それで…それで…うぅ…離任するってぇ…」
そこまで言うと、ついに泣き出してしまった。
ぽたぽたと滴る涙に、俺は胸が締め付けられる思いがした。
なんて声をかけてあげればいいのかわからなかった。
ハンカチもティッシュも、俺は持っていない。
「そっか…」
かけてあげるべき言葉を、結局見つけられないまま俺は、相づちだけを口に出す。
「会えなぐなっぢゃうー…」
抱きしめることも、慰めることも、俺にはできない。
だってなづきがそれをして欲しい人は、俺じゃないから。
それとも俺は、するべきだったのか?
叶わない恋に、手を伸ばす君に。
一時的にでもその切なさから、逃がしてあげるべきだったのか?
どうするのが正解なのか。
俺にはわからない。
恋愛に、教科書はない。

チャイムが鳴った。
時計を確認すると、かなり時間が過ぎていた。
「あ、なづき、そろそろ式始まる」
だいぶ落ち着いた様子のなづき。
「…行かない」
「先生に怒られちゃうよ?」
「行ったらたぶん、みんなの前で泣いちゃうもん…」
「あぁ、たしかに」
鼻をすすりながら袖で目を擦る姿は、弱りきっていて今にも崩れそうだ。
「ねぇ、まこと」
なづきが俺の名前を呼ぶ。
「珍しいじゃん。名前で呼ぶなんて」
俯いたまま立ち上がる。
行く気になったのだろうか。
「抱きしめて」
そう呟くなづきの声は、震えていた。
「なづき…それは…」
「今だけでいいから、一番にして。一番になってよ。忘れさせて…」
そうか。
今にも崩れそうって思ったけど、違った。
すでに壊れていたんだ。
なづきの心は。
「まこと…おねがい…」
そっと抱きしめた。
これ以上、壊れないように。
ふんわりと頭を撫でてあげた。
少しでも幸せを感じてほしくて。
耳元で呟いた愛の言葉は、決して嘘ではなく同情でもなく、俺の本心から出たものだ。
「今はお前が一番だよ」
なづきが上を向く。
目を閉じると、目尻から涙が一筋流れた。
重ねた唇は、背徳的な罪悪の味がした。
しかしとても柔らかく甘い香りのする、ともすれば病みつきになりそうな、そんな味もした。
このまま時間が止まってしまえばいいと、そんなことを考えてしまうほどに。

別れと出会いの季節。
それは誰にでも平等に訪れる。
大好きを言えなかった人たちは、さよならに想いを乗せるけど。
さよならにはさよらな以外の意味はないから。
もちろん伝わるはずもなく。
届かなかった恋愛は、涙になって頬を伝う。
「はぁ…。さよならなんて、消えちゃえばいいのに」
誰が言ったかわからないが、そんな言葉を思い出した。
その言葉は、全くその通りだと思った。
咲かない桜に憂いを残し、去っていく大人たちは。
最後には今日の日の空みたいな、晴れやかな笑顔を見せて消えてしまった。
俺の知った罪の味も、壊れてしまったなづきの心も、
なにも知らない顔をして。
「ねぇ、まこと」
「キスならもうしないよ」
「違うわあほ!」
赤くなった頬を誤魔化すように俺を殴るなづきは、すこしだけ笑っていた。
「なに?」
「名前で呼んでいい…?」
俺は笑ってしまった。
「今さらだね」
「笑わないでよー」
よかった、いつもの感じに戻ってる、と思った。
「いいよ、名前で呼んで」
俺たちは、大好きもさよならも言えない仲だから。
ならせめて、名前で呼ぶくらい、
許してもらえるだろうか。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。 夫と婚姻してから三年という長い時間。 その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

奏でる甘い日々に溺れてほしい

恋文春奈
恋愛
私は真夜中にお屋敷を抜け出した 奏音と執事の律に溺愛される日々 抜け出さなかったら出会えなかった運命の人に… あなたと秘密で真夜中に出会えた関係から始まる…! 「俺は有咲の王子様」 「有咲、大好きだよ…結婚を前提に俺と付き合ってください」 二階堂奏音 イケメン隠れピアニスト×藤原有咲 素直な美人お嬢様

王の影姫は真実を言えない

柴田はつみ
恋愛
社交界で“国王の妾”と陰口を叩かれる謎の公爵夫人リュミエール。彼女は王命により、絶世の美貌を誇る英雄アラン公爵の妻となったが、その結婚は「公爵が哀れ」「妻は汚名の女」と同情と嘲笑の的だった。 けれど真実は――リュミエールは国王シオンの“妾”ではなく、異母妹。王家の血筋を巡る闇と政争から守るため、彼女は真実を口にできない。夫アランにさえ、打ち明ければ彼を巻き込んでしまうから。 一方アランもまた、王命と王宮の思惑の中で彼女を守るため、あえて距離を取り冷たく振る舞う。

追放された王女は、冷徹公爵に甘く囲われる

vllam40591
恋愛
第三王女エリシアは、魔力も才覚もない「出来損ない」として、 婚約破棄と同時に国外追放を言い渡された。 王家に不要とされ、すべてを失った彼女を保護したのは、 王家と距離を置く冷徹無比の公爵――ルシアン・ヴァルグレイヴ。 「返すつもりだった。最初は」 そう告げられながら、公爵邸で始まったのは 優しいが自由のない、“保護”という名の生活だった。 外出は許可制。 面会も制限され、 夜ごと注がれるのは、触れない視線と逃げ場のない距離。 一方、エリシアを追放した王家は、 彼女の価値に気づき始め、奪い返そうと動き出す。 ――出来損ないだったはずの王女を、 誰よりも手放せなくなったのは、冷徹公爵だった。 これは、捨てられた王女が 檻ごと選ばれ、甘く囲われていく物語。

堅物御曹司は真面目女子に秘密の恋をしている

花野未季
恋愛
真面目女子が、やはり真面目で堅物な御曹司と知り合う純愛もの。 サラッと読める短編です♪

処理中です...