届かない恋に手を伸ばす君は

まこと

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閉じ込められた俺たちは

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 今日は日曜日だが、俺は学校にいる。
しっかりと制服を着込み、いつものリュックを背負って。
隣には女の子。
つい先日髪を切りに行ったらしい。
もともと短かった髪がさらに短くなっていた。
「髪の長さ、前の方がよかった。ちょっと切りすぎじゃない?」
彼女の名前はなづき。
なづきも制服を着ている。
「やっぱりそー思う?」
「うん。前のがかわいい」
なぜ俺となづきが二人で学校にいるかというと、理由は簡単だ。
テストが近いからである。
金曜日の放課後なづきに呼び止められ、勉強会をしないかと持ちかけられたのだ。
俺は2つ返事で了解し、日程を決めなづきと別れた。
そして今日に至る。
と、言っても既に勉強会を終え、帰るところなのだが。
今いるところは学校の中庭。
小さな池があり、池を囲む岩に腰を掛けている。
日は暮れかけていた。
「今日は保延先生に会った?」
なづきは先生のことが好きな、変わった女の子。
「車はあったんだけど、会ってない」
「保延先生の車知ってるんだね」
恋する乙女と言えばかわいらしいが、その行為はレベルの低いストーカーである。
「最近は毎日学校にいるの」
「誰が?保延先生?」
「うん。忙しいのかな」
寂しそうななづきの横顔。
視線は職員室に向いている。
教師と生徒の恋なんて、ましてや生徒の片想いなんて、絶対に叶うはずないのに。
それでもなづきは、先生を諦めない。
見ているこっちが苦しくなってきてしまう。
なづきの横顔があまりに切なげで見ていられなくなった俺は、視線を池へと移した。
「あれ?こんなちっちゃい鯉いたっけ?」
池の中には色々なサイズの鯉が泳いでいた。
一際小さいこの鯉は見たことがない気がした。
「事務の先生が買ってきたんだって。本当はもっといっぱいいたんだけど、鳥に食べられちゃったらしいよ」
「あー、だからか…」
だからこの鯉は一匹しかいない。
それから、鳥に食べられないように閉じ込められているのか。
格子で囲まれた小さな区画に一匹だけ隔離されているようだ。
「かわいそうだよね。こんな狭いところで、一匹で」
と、視線を小さな鯉に移しながらなづきが言う。
かわいそう、か。
「俺はそうは思わないけどね」
「なんで?だって、広いところで自由に泳げた方がいいじゃん。確かに鳥に食べられちゃうのはもっとかわいそうだけどさ」
「違うよ。この鯉は自分をかわいそうだなんて思ってない。この状況が、この鯉にとって常識なんだよ。狭い囲いの中、以外の状況を知らないから…」
そうか…
そうか、俺は間違ってるんだ。
なづきに対して苦しそうだとか諦めればいいのにとか、そうゆう感情は。
俺が一方的に決めつけているだけで、幸せかどうかなんてなづきにしかわからない。
もしかしたら諦めるという選択肢すらないのかもしれない。
「ねぇ、なづき」
「なに?」
俺はなにを聞こうと思った?
今幸せかどうか、聞くとしたらこれしかない。
けど、それを聞いて俺になにができる。
保延先生を好きだと言うなづきに。
俺を好きだと言ってくれたなづきに。
俺は、いったいなにをしてあげられる…?
救ってあげることなんて、出来るわけない。
だって俺は、なづきのことが好きだから。
保延先生と仲良くしているところなんて、見たくないから。
先生に片想いしている今の状況を幸せだ、と笑うなづきを見たくないから。
だから俺は…
「そろそろ帰らない?」
もう既に日は暮れている。
思った以上にここに長居したらしい。
「あ、もうこんな時間か」
「遅いから近くまで送ってくよ」
「ありがとー」
俺は立ち上がった。
教科書やノートなどが入ったリュックが、やけに重たく感じる。
気のせいか、錯覚か、それとも本当に重くなっているのか。
帰りたくない、と足が言っているようだ。
せっかくの二人きり。
そうそう二人になんか、なれるものじゃない。
でもこれ以上、保延先生を待つなづきを見ていたくない。
「また、二人で勉強会しようね」
その言葉は、俺の口から出たとは思えないほど冷たいように聞こえた。
「いや、もう勉強会はいいや」
となづきが笑いながら言う。
「え?なんで?」
「学校にいたら保延先生のこと考えちゃう。君といるときは、君のこと考えたい」
なづき…
お前は…
「苦しく、ないの?なづきは、苦しくないの…?好きな人に、一途でいられないこと…」
なづきは即答した。
「苦しいよ。当たり前じゃん。だからって、どーしたらいいかなんて、わかんないもん…」
下を向いて、吐き出すように。
その小さな体躯は、簡単に抱き留められそうだ。
今にも泣き出しそうな、伏せられたその瞳は、
右手を伸ばせば容易に届く、それでいていくら伸ばしても届かない、もどかしすぎる距離にある。
ごめんね。
俺には、今を壊すことなんてできない。
なにも、できることはない。

あの小さな鯉から見た俺たちは、いったいどのように見えていたのだろうか。
届かないものに手を伸ばす、愚かな二人組を。
どう見てどう感じ、なにを思ったのだろうか。
あるいは、自分と同じだ、などと思いながら見ていたのかもしれない。
囲いの中で身動きも取れず、けど今以外の状況を知らないために、現状を壊せずにいる。
そういう意味では全くもって俺たちは、あの小さな鯉と大差ない。
鯉に教えられた恋って感じか。
笑えないな。
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