追放された令嬢は記憶を失ったまま恋をする……わけにはいかないでしょうか?

ツルカ

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同じ力を持つ女(sideジェイラス)

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 驚いた。
 俺がいない間シオリは、リオンの植物の研究を手伝っていたらしい。

 リオンの研究小屋にたどり着くと、リオンは瞳をきらめかせながら語った。

「見てください、芽が出てきたんですよ!毒素がないんですよ!」

 それは魔の森から持ち帰った植物の種子だったはずだ。不毛になっていく大地に囲まれた世界で、魔の森だけに植物が生い茂りる。少しずつ魔の森自体が広がっているとも聞く。

 リオンはそんな魔の森の植物の生態を調べようとしていた。強靭な生命力を感じさせるあの地の植物ではあるけれど、持ち帰った種子は、魔の地以外では芽吹くことはなかった……今までは。

「土も、種も、ルーシーさんに浄化してもらったんです」
「……」

 確かに、緑色の双葉がそこには芽吹いている。しかし浄化とは。

 リオンはいつになく興奮している。彼が年相応に子どもらしいのは珍しい。
 シオリに視線を移すと、彼女は艶やかな笑みを浮かべた。

(!?)

 その笑みは町娘のようなシオリのものではない。

「……魔力を浄化しきってしまえば、普通の植物に戻るのね」

(……ルシアか)

 いつの間にかシオリがルシアに入れ替わっていたらしい。リオンの表情を探るが、二人の入れ替わりを気にしている様子はなかった。

「凄いですよ!今までずっと分からなかったことが、分かったんですよ」
「……そうね。浄化の魔法を使える者は少ないから、研究に使われることもなかったのでしょうね」

 今回の研究はルシアの協力があってこそなのだろう。

「ねぇ、リオン……くん。それならば魔の森の大地の魔力を浄化したら、いずれ普通の土地に戻ると思う?」
「え……森自体を浄化ですか?」
「えぇ」
「そうですね……。しかしあれほどの土地を浄化出来るような能力を持つ者がいるとは思えません」
「直ぐにじゃなくてもいいの。100年、1000年、どれだけ時間が掛かるかも分からないけど、この先はやっていくことが出来るかもしれないと思わない?」
「そうですね。長い時間が必要になりますし、それだけの間、人々の力を注ぎ続けることが出来れば」
「そうよね……」

 ルシアは彼女にしては珍しく、とても幸福そうに微笑んだ。

「もっと早くやっておけば見守れたのに……」

 小さく呟かれたそんな彼女の言葉を拾っていたのは、きっと俺だけだ。






 夜になっても彼女はルシアのままで、夕食後俺の部屋に押し掛けてきた。

「……あら、不機嫌そうな顔ね」
「そんなことはないが……」

 シオリと違い、ルシアは得体の知れないところがあり、俺に対してもそう好意的ではない。

 ルシアはベッドの上に腰かけるとじっと俺を見上げた。

 透き通るような水色の瞳はシオリと変わらない。
 不思議なのだが……ルシアからも、俺に対しての嫌悪感は感じなかった。好意もないのだが、悪魔の証を背負っていることを知っている者がこんな風に俺を見つめることは珍しく思えた。

「別に、嫌いではないのよ」
「……は?」
「それに証のことだけなら、今は私が背負っているのだから、お互い様でしょう?」
「……何を……」

 まるで俺の心を読んでいるかのようにルシアが語りかけてくる。そんなはずはない、そう思いながらも、もしや、と目まぐるしく思考が回転する。

「……ふふっ」
「……」
「私は……『ルシア』は、あなたと同じ。人の心の声も、感情も読み込める。そして人の思考に影響を与えて、動かせる。まぁ、あなたにはそこまで出来ないみたいだけど」
「……なに?」

 ならばこの女は、俺の身に起きていることを知るはじめての人間だと言うことだ。

「本当なのか!?」
「大きな声出さないで。本当よ」
「教えろ、いや、教えてくれ。俺はずっと、この身に起きていることを調べていたんだ。だが、何も分からない」
「分かるわけないわよ。私だって分からなかったもの」
「……?」

 彼女も答えを知らないと言うのか?それにしては思わせぶりに語る。

「……ジェイラス」
「ああ」
「あなたはまだ……足りないわ」
「足りない?」

 彼女は俺の胸に人差し指を向けると挑発するような笑顔を浮かべる。

「なにもかもよ。若造であることも、人間を知らないことも、逃げるように自分に向き合わなかった人生も、全部よ」
「……」

 若造……。

「それより何より、あなたは……」

 そこまで言ってからルシアは口をつぐんだ。

「……まぁ、人のことは言えないしいいわ。でも、たった一つ譲れないものがあるわ。あなたが変わったと思ったら、教えてあげる。悪魔の証のこともね」
「俺が、変わる?」

 突然何を言い出したのか分からない。けれど、俺自身に足りないものがあるだろうことは自覚している。

 ルシアは視線を泳がせるようにしてからポツリと言った。

「……お父様に会って欲しいの」

 お父様だと。

「父親に?」
「そうよ。調べてきたのでしょう?フォスター家の領地に、魔力研究所があるの。そこに行けばお父様に会えるわ。シオリを連れて向かいなさい。知りたいことを教えてくれるわ」
「……しかし。お前の身に危険はないのか?」
「聞いた限り大丈夫そうに思えたわ。たぶんこの子は姿変えの魔法が使えると思うから、試してみて」

 姿変え?また聞いたこともない魔法のようだが。

「また会いましょう、ジェイラス……」

 そう言うとルシアは意識を失うようにベッドに倒れ込んだ。

 呆気に取られる。

(気を許すにもほどがあると思うが……)

 男の前でこうも気安く意識を失う女の気持ちが計り知れない。

 彼女の体を持ち上げベッドの上に寝かし直すと、布団を掛けた。

(それにしても……俺と同じ能力を持ち、何かを知っている女か)

 こんな出来過ぎた偶然の出会いがあるのだろうか。

 瞼を閉じ、安らかに眠る顔は、シオリなのかルシアなのか分からない。

 けれど――。

(愛しいと、思う)

 そしてシオリは、俺のことが世界で一番好きなのだと言う。同じ能力を持つもの同士が偶然に出会い惹かれ合うなど、まるで仕組まれたことのようではないか。

 しかし……。

 『お父様に会って欲しいの』

 リンメルの、フォスター領にある魔力研究へ行けと言う。そこには欲しい答えがあるのだろうか。

(シオリ……)

 そこに行けば、君のことが分かるのだろうか。

 俺はもう、この女に対する好意を、隠そうとは思わなかった。
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