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悪魔
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地面に手を付いたまま、ジェイラスは動かなかった。
少しだけ肩が震えている。泣いているのかもしれない。そっと隣にしゃがみ込むと、彼の肩に手を添える。
私には彼の感情は分からない。だけど、分かれたらいいのにな、と思う。
彼が私を支えてくれようとするように、私も、弱々しい添木だとしても、少しでも寄り掛かってもらえる存在でありたい。
少しするとジェイラスは顔を上げた。
泣いてはいなかった。私を瞳に映すと、そのまま私を抱きしめた。
「ここで、ラミアンと分かれたんだ」
「……うん」
聞かせてもらったばかりのその話を覚えている。
監禁されていた幼いジェイラスに、言葉と勉強を教えたと言うラミアン・リーフ。
王都の魔法使いだったけれど、その身に呪いを受け、この地にやってきた。そしてここで、呪いのため亡くなったのだ。
ジェイラスの……お父さんみたいな人だ。
「会ってみたかったな」
そうポツリと言うと、ジェイラスは少しだけ笑った。
その後は、彼が育った小屋を見た。
とても、小さいな、と思った。
ジェイラスの背丈より、ほんの少し高いだけの天井。テーブルとベッドが置かれた狭い部屋。
こんな空間が、ジェイラスには世界の全てだったのだと言う。
いろんな想いが溢れて、私はずっとジェイラスの手を握っていた。
他のみんなは外を見回ったりして、バラバラに行動していたけど、気を遣って二人きりにしてくれていたのかもしれない。
「おかしい話なのだが」
「うん?」
「幼い頃に、辛かったと言う記憶がないんだ」
驚いて彼を見上げる。
ジェイラスはテーブルを指でなぞりながら言った。
「寂しさも孤独もなかった。それを知ったのは、街に出てからだった。多くの人の波に飲まれ、そこに染まれない自分を感じて初めて、俺は独りなのだと思った。そして、死ぬまでそうなのだろうと」
ジェイラスの手を強く握ると、彼が私に微笑む。
「分かってる。今は、違う」
「うん……」
「最近、良く思い出すんだ」
「うん」
「毎日熱心に俺に学ばせ続けたラミアンとの日々は、ただ楽しいだけだった。厳しすぎることはあったが嫌だと思ったことはない……」
ジェイラスはじっと私を見つめた。
「きっと君といるから思い出したんだ」
「……私?」
「楽しいと、ずっと一緒に過ごしたいと思う。彼に感じた想いと似ている」
「私も楽しいし、ずっと一緒に居たいよ」
「……そうか」
だけど、少し考えてしまった。
もしかしてジェイラスの私への気持ちは、異性に対しての特別なものじゃなかったりして……。ラミアンさんと同じなら、親愛の愛情だったりするのだろうか。
ジェイラスが急に笑った。
「シオリ」
「う、うん」
「俺はお前と居るといつも、心地良さと、居心地の悪さも感じている」
「え……?」
居心地の悪さ!?
「……俺のものにしたいという欲求が抑えられない」
「……へ」
ジェイラスは私を抱きしめると片腕でがっちり腰をホールドし、おもむろに私の頭から手を滑らし首の後ろを撫でた。
「う、ひっ!?」
「いつも抑えている。それは少し居心地が悪い」
「ひゃひゃひゃい」
ジェイラスはなぜだか楽しそうに笑っている。
「ラミアンと同じではない」
ああ、そのこと!?
「同じではないが……俺の方が同じ気持ちになるのは不思議だな……」
「うん?」
「どんなことでも、相手の代わりに自分が引き受けたいとおもう」
「引き受けるの?」
「そうだな……シオリが悲しむような不幸があるなら、俺の方が引き受けたいと思う」
「でも……そうしたら、もっと悲しむと思うよ」
「……」
「ジェイラスが不幸になる方が、ずっと嫌だよ」
「……そうか」
「だけど私も同じ気持ちになるから、分かるな……」
ジェイラスが悲しむくらいなら私が引き受けたいと思う。
「そんな時には、共に考えよう」
「うん」
そうだ。相談して決めて行くしかない。
「大好きジェイラス」
「俺もだシオリ」
そうして夕方近くまで村を見回って、今日は村の近くにキャンプすることになった。
夕食の時には、ジェイラスを気遣うように、皆は明るい会話を弾ませていた。
翌朝、ジェイラスはもう一度村を見てから帰ると言った。
私たちは黙って彼の後ろを着いて行く。
ジェイラスはラミアンさんの住んでいた小屋に入ると、しばらく一人にしてくれと言った。
私たちは近くに固まって座って待っていた。
「ジェイラスの様子はどうですか?」
「え?」
「……寡黙にならないことが、逆に心配です」
「そうだよな、気を遣ってんのか、よー喋るよな」
言われて見れば、ジェイラスはこんなところまでやって来ても、不安的になってる様子もなく、良く笑っていた。
「そう言えば……すごく普通です」
「大丈夫でしょうか」
「溜め込むやつほど急に爆発するんだよなぁ」
段々と心配になってきた。
暫くするとジェイラスが小屋から出てくる。私はジェイラスの元に駆け寄った。
「もういい。帰ろう」
「そーなんか?用事があったんじゃねーの?」
「もう、思い出せたんだ」
思い出したいことがあったんだね。
ラミアンさんのことを思い出したかったんだろうな。
そう思いながら、ラミアンさんの小屋を覗き込むと、何かが動くのを感じた。
あれ?誰もいない小屋の中に、何が動くの?動物とか……?
そう思いもう少し覗き込むと、動いているのは何か黒い影のようなものだった。
黒い影……?
地面から少しだけ這い上るように揺らぐ、モヤのような影。
……何あれ。
「ねぇ、ジェイラス……」
彼を振り返った瞬間だった。
視界が黒く染まった。
私の体の全身が、黒いモヤで覆われている。
体が引き裂かれそうに痛い。気持ちが悪くて耐えられない。
「――シオリ!!」
ジェイラスの声が聞こえた。
「浄化だ!シオリ!!」
ああ……これが、魔の森の、魔の力……。
浄化魔法を発動させる。
一瞬、ほんの少し影が薄れるけれど、それだけだ。息が吸えないほどの黒い影が私を襲う。
パリン、パリン、と、身に付けていた装飾品が割れる音がする。
――これはなんだった?
そうだ、お父様がくれた、魔の力を吸収出来るはずの魔道具……。
浄化が追いつかなくて、魔道具も耐えられなかったの?
そうなったとき、器は――
――悪魔になる。
ぞくりと体が震える。
背中に激しい痛みを感じる。
肉が引き裂かれる。体の中から何かが盛り上がっていく。
ああ、羽が生えて行く――……
少しだけ肩が震えている。泣いているのかもしれない。そっと隣にしゃがみ込むと、彼の肩に手を添える。
私には彼の感情は分からない。だけど、分かれたらいいのにな、と思う。
彼が私を支えてくれようとするように、私も、弱々しい添木だとしても、少しでも寄り掛かってもらえる存在でありたい。
少しするとジェイラスは顔を上げた。
泣いてはいなかった。私を瞳に映すと、そのまま私を抱きしめた。
「ここで、ラミアンと分かれたんだ」
「……うん」
聞かせてもらったばかりのその話を覚えている。
監禁されていた幼いジェイラスに、言葉と勉強を教えたと言うラミアン・リーフ。
王都の魔法使いだったけれど、その身に呪いを受け、この地にやってきた。そしてここで、呪いのため亡くなったのだ。
ジェイラスの……お父さんみたいな人だ。
「会ってみたかったな」
そうポツリと言うと、ジェイラスは少しだけ笑った。
その後は、彼が育った小屋を見た。
とても、小さいな、と思った。
ジェイラスの背丈より、ほんの少し高いだけの天井。テーブルとベッドが置かれた狭い部屋。
こんな空間が、ジェイラスには世界の全てだったのだと言う。
いろんな想いが溢れて、私はずっとジェイラスの手を握っていた。
他のみんなは外を見回ったりして、バラバラに行動していたけど、気を遣って二人きりにしてくれていたのかもしれない。
「おかしい話なのだが」
「うん?」
「幼い頃に、辛かったと言う記憶がないんだ」
驚いて彼を見上げる。
ジェイラスはテーブルを指でなぞりながら言った。
「寂しさも孤独もなかった。それを知ったのは、街に出てからだった。多くの人の波に飲まれ、そこに染まれない自分を感じて初めて、俺は独りなのだと思った。そして、死ぬまでそうなのだろうと」
ジェイラスの手を強く握ると、彼が私に微笑む。
「分かってる。今は、違う」
「うん……」
「最近、良く思い出すんだ」
「うん」
「毎日熱心に俺に学ばせ続けたラミアンとの日々は、ただ楽しいだけだった。厳しすぎることはあったが嫌だと思ったことはない……」
ジェイラスはじっと私を見つめた。
「きっと君といるから思い出したんだ」
「……私?」
「楽しいと、ずっと一緒に過ごしたいと思う。彼に感じた想いと似ている」
「私も楽しいし、ずっと一緒に居たいよ」
「……そうか」
だけど、少し考えてしまった。
もしかしてジェイラスの私への気持ちは、異性に対しての特別なものじゃなかったりして……。ラミアンさんと同じなら、親愛の愛情だったりするのだろうか。
ジェイラスが急に笑った。
「シオリ」
「う、うん」
「俺はお前と居るといつも、心地良さと、居心地の悪さも感じている」
「え……?」
居心地の悪さ!?
「……俺のものにしたいという欲求が抑えられない」
「……へ」
ジェイラスは私を抱きしめると片腕でがっちり腰をホールドし、おもむろに私の頭から手を滑らし首の後ろを撫でた。
「う、ひっ!?」
「いつも抑えている。それは少し居心地が悪い」
「ひゃひゃひゃい」
ジェイラスはなぜだか楽しそうに笑っている。
「ラミアンと同じではない」
ああ、そのこと!?
「同じではないが……俺の方が同じ気持ちになるのは不思議だな……」
「うん?」
「どんなことでも、相手の代わりに自分が引き受けたいとおもう」
「引き受けるの?」
「そうだな……シオリが悲しむような不幸があるなら、俺の方が引き受けたいと思う」
「でも……そうしたら、もっと悲しむと思うよ」
「……」
「ジェイラスが不幸になる方が、ずっと嫌だよ」
「……そうか」
「だけど私も同じ気持ちになるから、分かるな……」
ジェイラスが悲しむくらいなら私が引き受けたいと思う。
「そんな時には、共に考えよう」
「うん」
そうだ。相談して決めて行くしかない。
「大好きジェイラス」
「俺もだシオリ」
そうして夕方近くまで村を見回って、今日は村の近くにキャンプすることになった。
夕食の時には、ジェイラスを気遣うように、皆は明るい会話を弾ませていた。
翌朝、ジェイラスはもう一度村を見てから帰ると言った。
私たちは黙って彼の後ろを着いて行く。
ジェイラスはラミアンさんの住んでいた小屋に入ると、しばらく一人にしてくれと言った。
私たちは近くに固まって座って待っていた。
「ジェイラスの様子はどうですか?」
「え?」
「……寡黙にならないことが、逆に心配です」
「そうだよな、気を遣ってんのか、よー喋るよな」
言われて見れば、ジェイラスはこんなところまでやって来ても、不安的になってる様子もなく、良く笑っていた。
「そう言えば……すごく普通です」
「大丈夫でしょうか」
「溜め込むやつほど急に爆発するんだよなぁ」
段々と心配になってきた。
暫くするとジェイラスが小屋から出てくる。私はジェイラスの元に駆け寄った。
「もういい。帰ろう」
「そーなんか?用事があったんじゃねーの?」
「もう、思い出せたんだ」
思い出したいことがあったんだね。
ラミアンさんのことを思い出したかったんだろうな。
そう思いながら、ラミアンさんの小屋を覗き込むと、何かが動くのを感じた。
あれ?誰もいない小屋の中に、何が動くの?動物とか……?
そう思いもう少し覗き込むと、動いているのは何か黒い影のようなものだった。
黒い影……?
地面から少しだけ這い上るように揺らぐ、モヤのような影。
……何あれ。
「ねぇ、ジェイラス……」
彼を振り返った瞬間だった。
視界が黒く染まった。
私の体の全身が、黒いモヤで覆われている。
体が引き裂かれそうに痛い。気持ちが悪くて耐えられない。
「――シオリ!!」
ジェイラスの声が聞こえた。
「浄化だ!シオリ!!」
ああ……これが、魔の森の、魔の力……。
浄化魔法を発動させる。
一瞬、ほんの少し影が薄れるけれど、それだけだ。息が吸えないほどの黒い影が私を襲う。
パリン、パリン、と、身に付けていた装飾品が割れる音がする。
――これはなんだった?
そうだ、お父様がくれた、魔の力を吸収出来るはずの魔道具……。
浄化が追いつかなくて、魔道具も耐えられなかったの?
そうなったとき、器は――
――悪魔になる。
ぞくりと体が震える。
背中に激しい痛みを感じる。
肉が引き裂かれる。体の中から何かが盛り上がっていく。
ああ、羽が生えて行く――……
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