次期ご当主様の花嫁選び

ツルカ

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犀河原慧十郎の初恋(8)

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 翌日の放課後。
 お手上げ状態の私は、恥も外聞もかなぐり捨てて部員の皆様に相談させてもらった。

 今までだって相談に乗ってもらっていたけど、今回はっきりと私と慧くんの個人的なすれ違いだと自覚して、相談するのも気が引けてしまった。

 だけど、それでも、私一人では手に負えなかった。
 そうして私の話を聞いてくれたみんなは、難しい顔をして黙り込んでいる。

 憮然とした表情の剣くん。心配そうに顔を見つめ合う陽奈と猪瀬くん。考えるように腕を組む累先輩。顔を伏せて肩を震わせている瑠璃先輩。え……笑ってない?

「洗脳ねぇ……」
「すごいパワーワードが来たな」
「……あ、あははっ……慧十郎が洗脳……あは……ははっ」
「瑠璃……気持ちは分かるが、笑いすぎだよ」

 あれ……あれ?
 深刻な表情で聞いてくれていたのに、聞いた後にはなんだか空気が明るい……。

 猪瀬くんが気まずげに言った。

「あー……俺たちは美月さんと、多少の記憶を共有させてもらっている訳だが」
「ああ」
「うん」
「その上で、幼いときの美月さんの様子を見て、洗脳されているように見えたやつはいるか?」

 シン……と部室が静まり返る。

「見えなかったよな?」

 みんなは顔を見合わせたり、肩をすくめたりしている。

 あれ……誰もいないと言うこと?
 それなら本当に、私が感じているとおりで間違ってないのかな。若君様の方が勘違いしているのだって。

「恋愛をしたら、普通にあることでしょう」
「ほう?」

 瑠璃先輩の言葉に猪瀬くんが相槌を打つ。

「自分を好きになって欲しいとか、他の人のことを考えて欲しくないとか。ごく普通のことを、小さな男の子が思っただけでしょう?」
「俺も瑠璃と同意見だな。二人のやり取りの記憶を垣間見ても、不自然な点は特に目につかないよ」

 累先輩も同意する。

「うーん、でも確かに、恋愛的な思考って、歪んでたり欲望に忠実だったり、ちょっと変わってるものにも思えますよね」

 陽奈が考えるようにして言った。

「そうねぇ……だからあの馬鹿真面目が、変な思いつきをしてしまったのかしらね」

 若君様を馬鹿真面目と言ってしまえる瑠璃先輩が凄い。

「剣、ずっと黙ってるが、どう思ったんだ?」

 猪瀬くんが言う。
 そう言えば剣くんは怒ったような顔で黙り込んでいた。

「……別に」
「なんだよ?」
「わかんねーんだよ」
「何がだよ」
「若君様の役に立ちたいのに、何をしたらいいのか分かんねえよ」
「……」

 剣くんは、小さな頃から若君様を崇拝しているようなところがあると思う。

「小石姉の味方をすることが、若君様の希望とは逆のことになるなら、どうしたらいいんだよ……」

 ああ、葛藤があるのか、とやっと気付く。

「何言ってるのよ。お子ちゃまね。本当に分からないの?」
「なんだよ!」

 瑠璃先輩の言葉に剣くんがカッと顔を上げる。

「洗脳って笑っちゃったけど……それだけ、好きだって伝わる態度を取っていたってことよ。でも今は相手のために突き放してる。そんな慧十郎の本当の望みはどこにあると思うの?」
「……」

 瑠璃先輩の台詞に剣くんは黙り込んでしまう。そして私も考えてしまう。

 あの慧くんに、好きだと言う感情があるんだろうか。私は、本当に好きな子なんだろうか。彼の本当の望みは何だろう。私が一番に分からない気がした。

「時間が解決したりしないものかな」

 猪瀬くんが言う。

「このまま、卒業まで共に過ごせば、自然に慧十郎と和解しないだろうか」
「そうねぇ」
「なくはないと思うが」
「うーん」

 和解と言ってもそもそも喧嘩しているわけでもないのだけど。

「なあ、美月ちゃんの能力を伸ばさないか?」

 累先輩が言った。

「本人の意思次第だけど」

 え、わたし?

「能力……?伸ばせるんですか?」

 能力……ってサイキを打ち消せる力のことだよね。

「うん。僕たちは訓練で伸ばして来たし、コントロールする力も身に付けてきている。だけど美月ちゃんはそういうのはやったことがないみたいだったから」
「はい……」

 使えるようになったの最近だったし。
 出来ることならやってみたい。

「ちゃんと使えるようになりたいです。教えてください!」
「うん。任せて。これから、放課後は訓練しよう」

 累先輩がにっこりと笑うと、その笑顔を瑠璃先輩と猪瀬君が訝しげに見つめた。

「ねぇ、累。もしかして、外堀から埋めていこう作戦?」

 外堀?

「いい考えだな。先に力を身に付け、本家の皆を納得させていくのか」

 な、なんですと。本家を納得!?

「だったら、私は作法と知識を教えるわ。任せて!」
「私も力になるよ!美月ちゃん」

 瑠璃先輩と陽奈が抱きついてくる。

「先日、ご当主様は味方してくれると言ってました」
「それは力強いな」
「じゃあ、ご当主様にも連絡とって、本家の人たちへの紹介の手順を整えるわ」

 ぽんぽんと話が決まっていく。なんて力強い。

「ありがとうございます……本当に」

 お礼を言うと、みんなから笑顔が返される。

「慧十郎は俺たちを頼らないし、なかなか手助けすることも難しいけど、美月ちゃんを通して役に立てるのは嬉しいよ」
「あなたと慧十郎が幸せになれれば、私たちも幸せなの。放ってはおけないのよ」
「俺は役に立ちたい、少しでも、若君様のために」

 陽奈たちも少し遠くで頷いている。

 累先輩が言う。

「俺は……いやたぶん、俺らの世代のやつらはみんなそうだと思うけど、慧十郎の力になりたいし、出来るなら彼に当主になってもらいたいんだ。手助けと言うのもあるけど、俺にも思惑もある」
「私もそうよ、だから気にしなくていいのよ」
「たしかにそうだな。慧十郎に継いでもらうための作戦になるんだな、これは」

 作戦か……。
 彼の意思を無視しての、私たちの作戦だ。

 そう考えると胸が痛むけれど、それでも、彼が私の言葉を聞いてくれるようになってからじゃないと、話し合うことも出来ないんだ。

 まだ、先のことも何も分からないけれど。みんながしてくれることに報いるように、私は今は、出来るだけの事を頑張ってみよう。






 それから日々は慌ただしく過ぎて行った。

 放課後は部室で毎日、累先輩と猪瀬くんが先生となって、力の使い方を教えてくれた。誰かに能力をぶつけてもらい、それを消していきながらコントロールを身に付けていくのだ。

 部活の後は瑠璃先輩のお屋敷に陽奈と一緒にお邪魔して、犀河原家の歴史や、サイキの能力について学んだ。
 そして着物の着付けも礼儀作法も、知識以外に必要になりそうなものも瑠璃先輩は私に教え込んでくれる。

「いずれ役に立つわ」

 そう言いながら、自分の卒業まで勉強会を続けましょうと言ってくれた。

 休みの日はおばあちゃんの家に通った。
 おばあちゃんに、今再び一族の者として学んでいることや、小石家からも学びたいと伝えると、おばあちゃんは快諾してくれた。そして少し考えるようにしてからおばあちゃんは言った。

「……十(とお)、数えなさい」
「十?」
「あなたにはきっと、それがいいわ」

 ……十数える?

「力に触れるとき、力を使おうとするとき、思い悩んだとき、上手くできなかったとき、数えられる時は数えてみなさい」

 おばあちゃんは、私の小さかった時とは違い、穏やかな表情で能力のことを語る。

「一数えるごとに、心を削ぎ落としていきなさい」

 心を削ぎ落とす?

「望んでいること。こうあったらいいという願望。動き回る思考。体に刻まれた記憶。本能的な欲求。あなたを取り巻くものを削っていきなさい」

 私を取り巻くものを削る。

「そうして、最後に残った力の片鱗に、ただ真っ直ぐに触れなさい」
「……はい」

 私には難しかったけれど、おばあちゃんはきっと、大切なことを教えてくれたんだと思う。







 慌ただしく日々が過ぎていくのに、学校では若君様は私を避けているみたいに、姿を現さない。

 しばらくして瑠璃先輩が本家の初夏の催し物に私を呼んでくれた。
 ご当主様に譲って頂いた着物を着て、どこかの令嬢のように着飾った私を、ご当主様は「我らが一族の望んだ子」として紹介してくれた。

 瑠璃先輩が私にこっそりと言った。「これが初めての、一族への正式な紹介よ」と。

 若君様は少し遠くから、私から目を離さず見ていた。ずっと黙り込んだままだったけれど。

「大丈夫。自信を持って。あなたは誰よりも、この場にいるのが相応しい人よ」
「ありがとうございます。瑠璃先輩」






 幾度か催しに顔を出した後、学校で噂になっているのを知った。花嫁候補として、私が名乗りを上げていると。

『色なしだったくせに、図々しい女』

 そんな内容の噂だと言う。
 学校で女生徒たちからの視線が厳しくなり、クラスでも私を見つめていつも誰かがひそひそ話をしていた。








「美月ちゃん……大丈夫?」
「え……?」

 放課後、部室でサイキの力の訓練をしているときに、累先輩が言った。

「力……消せてないよ」
「あっ!!」

 ぼんやりとしていて、折角掛けてもらったサイキに取り囲まれたままだった。

「その状態のまま平常心でいられるだけでもすごいんだけどさ」
「ああ……すいません!」

 慌てて、サイキの力を感じ取って消していく。

「どうか、した?」
「いえ……集中してなくてごめんなさい」
「それはいいんだけど……」

 累先輩はニッコリと笑ってから、お茶を持ってきてくれた。

「心配だからさ。気になることあるなら、言ってよ」

 気を使わせてしまっているのに気付く。

「俺たち、教えるのペース早すぎたかな?」
「いえいえ!大丈夫です!そうじゃないんです」
「うん?」

 気になること……。

「何かされた?学校の人に」
「いえ、何も……そうじゃなくて……っ」
「うん」

 ずっと気になっているのは、一つのことだけだ。

「若君様は、眠れていらっしゃいますか?」
「……」

 もう長い間話してもいない。
 遠くから見かけるときは、少しだけやつれているようにも見える。

 再会した時に、累先輩は若君様はもう何年もよく眠れていないのだと言っていた。少しずつ一緒に過ごして、眠るための時間を取ってもらっていたのに。いまはそれも無くなってしまった。

「何も知らずにいた方が良かったのかもしれないと考えてしまって」

 そうすれば、今も彼の個室で眠ってもらえていたのかもしれないのに。もう近づく方法もわからない。

「うーん、ほどほどじゃないかな」
「……」
「大丈夫。もう少しだよ。まだ先が見えなくて不安かもしれないけど」
「……はい。頑張ります。累先輩お願いします」
「うん」

 累先輩にサイキをぶつけてもらう。

『十、数えなさい』

 不安なこと。
 悲しかったこと。
 苦しいこと。

 瞼を閉じて、心に溶かしていく。

 ひい、ふう、みい……。

 肩が触れて嬉しかったこと。
 大好きな人の役に立てたこと。
 また身体を壊しそうなほどにやつれていること。
 不思議なくらい、考え出すと思考は止まらない。一つ一つを消していく。

 ……やあ、この……。

 若君様のお身体が健やかでありますように。
 その想いもやがて消えて。

 ――とお。

 瞼を開けて累先輩のサイキに触れる。
 明るく自由な心を持った、賑やかな累先輩の力だ。

 まるで先輩の生命力みたい。

 そんなことを思いながら、私のサイキの中に、溶かして消した。








 女生徒たちとの間に事件が起きたのは、夏休みの直前だった。
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