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犀河原慧十郎の初恋(9)
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陽奈のために入学した高校。
中学時代、陽奈は若君様の花嫁候補としてみんなに注目されていたけど、ぼんやりとした内向的な性格をしている陽奈は競うような学校生活は向いてなくて、付いていけなかった。
小さなことも大きなことも、いじめのような数々の出来事を経て、陽奈は疲れ果てて体を壊して学校を休んでしまった。
『大丈夫だよ、美月ちゃん』
弱々しく笑う陽奈を見ていて泣きそうになった。
一族で生きてる限り、彼女に転校という選択肢はなかったのだ。
そんな陽奈が今学校に登校してる。
恋人が出来て幸せそう。今はもう誰も陽奈には注目していない。
伸び伸び笑う彼女を見ていて、本当に良かった、と思う。
だけど……。
色んなことを経て、まさかのまさか。
あの時の陽奈の立場に自分が立ってしまった。
学校のみんなは私に注目しているし、軽い無視やあからさまな悪口が向けられている。
今注目されているのは、私――
「若君様にふさわしいのは沙羅姫なんです」
移動教室の途中で女生徒たちの集団に取り囲まれる。
そして腕を引っ張られて簡単に裏庭に連行されてしまった。
なんてこった。こういうとき助けてもらえる人がいないと困る。教室に友達いないもんなぁ。
謎の沙羅姫。
……と思ったけれど、聞いたことがある気がする。たぶんだけど会ったことあるよね?10歳のお誕生日会のときに居た女の子の名前。
私を囲む6人の女生徒たち、リボンの色から上級生たちなんだろう。
「誰よりも若君様にふさわしく、横に並ぶために絶えまぬ努力をされてきた方です。あなたのようななにも出来ずなにもしてこなかったような人が若君様のおそばをうろつかれるのは大変不快です」
不快を伝えられた。
つまり沙羅姫の代わりに不満を伝えに来てくれたってこと?
気持ちは分かるけど……。
私だって、若君様のお側に誰かが居たら胸が痛む。
「沙羅姫はどちらにいらっしゃるのですか?」
瑠璃先輩が留学してるって言っていたような。
「まもなく日本に帰られます」
帰ってくるんだ?
「お二人は国外で愛を深められて来たのです」
「先に日本にお帰りになられた若君様に、あなたのような虫がつきまとっていることで、若君様が煩わされてないか心配されています」
「これからはわきまえなさい」
煩わされてないか心配――
そのことを考えると胸がズキリと痛む。
本気で心から嫌がられていたらと思うと泣きそうになる。
「若君様からそう伝えられたら、わきまえます」
私のすることで彼を追い込むことになったり、苦しめることになったら、とても生きていけない。
「まぁ、なんて太々しい方」
「何も知らないのでしょう」
「お二人は真実の愛で結ばれているのですよ」
ほほほほ、と中傷するような笑い声に包まれて、困惑する。
もしかしてこれは話が通じない案件?
だって若君様は中1のときは私のところに来ていたと思うし、それに未来に誰かと人生を共にする気がなんてないはずだ。
「……若君様はそんな話をおっしゃっていませんでした」
そんなこと、ありえるはずがない。
「これだから、家柄も育ちも悪い人は、頭が悪いこと」
「どうして他人に大事な人のことをなぜ教える必要があるのです」
女子の集団にまた笑い飛ばされてしまう。
「あなたのような下々のものは、ふさわしい場所で生きなさい」
そう言い捨てると彼女らは満足そうに立ち去っていく。私はしばし呆然とそれを見送った。
(たぶん、当然なんだよね……?)
よく知らないぽっと出の女が、身分もわきまえず若君様に話しかけたり近付こうとしていたら、注意したり、無視したり、そんなことにはなるんだろう。
だからきっと、瑠璃先輩は私を一族に紹介する機会をたくさん設けてくれた。恥ずかしくないように勉強や作法を教えてくれている。大人たちは私の立場を理解して受け入れてくれているけれど、その子供たちの中でも、特に女生徒たちからは反発だって起きるんだろう。
だってお相手はあの、麗しの若君様なんだもの。
私はいずれ、あの人たちのことも納得させることが出来なくてはいけないんだ。
「はぁ……」
難しいな、と思う。
言われたことや沙羅姫のことよりも、私は別のことを考える。
つまりこういうことが、今まで陽奈の身にあったってことなんだ。
陽奈が学校に行けなくなった理由は知っていたけど、はじめてそれを実感出来た気がする。
対話を拒絶されている集団に囲まれるのは、恐ろしいことだ。しかも相手も子供で、サイキに飲まれることだってある、不安定な心と能力の持ち主だ。何があるかも分からない。
「陽奈、頑張ってたんだね……」
何も語らず、誰も責めず、一人抱え込んでいた陽奈。
あの時私は妹を守ってあげることも、助けてあげることも、何も出来なかった。
こういう時に、どうしたらいいんだろう。
今度こそ何か出来るといいのに、と思う。
それから段々と周囲の反応が過激になって行った。
ノートや教科書がなくなっていたり、怪文書が回ってたり机に入ってたり、お茶をわざとかけられたり。
どこからともなく植木鉢やバケツが降ってきたときに、同級生である剣くんが護衛をしてくれることになった。
「お前はもう、一人で行動するな」
「私とINOがずっと一緒にいるよ」
朝から授業が終わるまでは三人がいつも近くにいてくれて、放課後は累先輩や瑠璃先輩が居てくれた。
その様子を見ている人たちからまた陰口が広がる。『自分をお姫様のように勘違いをして、男たちをはべらしている』と。
そんな時に起こった。
昼休み、お弁当を持って中庭に向かう途中の階段で、背中に強い衝撃を感じた。
(え)
私にサイキは効かない。だけど、力を使っていないものは防ぎようもない。
剣くんが私に手を伸ばして、体を抱え込んでくれる。
そのまま二人で階段を転げ落ちる。
「美月ちゃん!!」
陽奈の声が聞こえたのが、その日の最後の記憶だ。
中学時代、陽奈は若君様の花嫁候補としてみんなに注目されていたけど、ぼんやりとした内向的な性格をしている陽奈は競うような学校生活は向いてなくて、付いていけなかった。
小さなことも大きなことも、いじめのような数々の出来事を経て、陽奈は疲れ果てて体を壊して学校を休んでしまった。
『大丈夫だよ、美月ちゃん』
弱々しく笑う陽奈を見ていて泣きそうになった。
一族で生きてる限り、彼女に転校という選択肢はなかったのだ。
そんな陽奈が今学校に登校してる。
恋人が出来て幸せそう。今はもう誰も陽奈には注目していない。
伸び伸び笑う彼女を見ていて、本当に良かった、と思う。
だけど……。
色んなことを経て、まさかのまさか。
あの時の陽奈の立場に自分が立ってしまった。
学校のみんなは私に注目しているし、軽い無視やあからさまな悪口が向けられている。
今注目されているのは、私――
「若君様にふさわしいのは沙羅姫なんです」
移動教室の途中で女生徒たちの集団に取り囲まれる。
そして腕を引っ張られて簡単に裏庭に連行されてしまった。
なんてこった。こういうとき助けてもらえる人がいないと困る。教室に友達いないもんなぁ。
謎の沙羅姫。
……と思ったけれど、聞いたことがある気がする。たぶんだけど会ったことあるよね?10歳のお誕生日会のときに居た女の子の名前。
私を囲む6人の女生徒たち、リボンの色から上級生たちなんだろう。
「誰よりも若君様にふさわしく、横に並ぶために絶えまぬ努力をされてきた方です。あなたのようななにも出来ずなにもしてこなかったような人が若君様のおそばをうろつかれるのは大変不快です」
不快を伝えられた。
つまり沙羅姫の代わりに不満を伝えに来てくれたってこと?
気持ちは分かるけど……。
私だって、若君様のお側に誰かが居たら胸が痛む。
「沙羅姫はどちらにいらっしゃるのですか?」
瑠璃先輩が留学してるって言っていたような。
「まもなく日本に帰られます」
帰ってくるんだ?
「お二人は国外で愛を深められて来たのです」
「先に日本にお帰りになられた若君様に、あなたのような虫がつきまとっていることで、若君様が煩わされてないか心配されています」
「これからはわきまえなさい」
煩わされてないか心配――
そのことを考えると胸がズキリと痛む。
本気で心から嫌がられていたらと思うと泣きそうになる。
「若君様からそう伝えられたら、わきまえます」
私のすることで彼を追い込むことになったり、苦しめることになったら、とても生きていけない。
「まぁ、なんて太々しい方」
「何も知らないのでしょう」
「お二人は真実の愛で結ばれているのですよ」
ほほほほ、と中傷するような笑い声に包まれて、困惑する。
もしかしてこれは話が通じない案件?
だって若君様は中1のときは私のところに来ていたと思うし、それに未来に誰かと人生を共にする気がなんてないはずだ。
「……若君様はそんな話をおっしゃっていませんでした」
そんなこと、ありえるはずがない。
「これだから、家柄も育ちも悪い人は、頭が悪いこと」
「どうして他人に大事な人のことをなぜ教える必要があるのです」
女子の集団にまた笑い飛ばされてしまう。
「あなたのような下々のものは、ふさわしい場所で生きなさい」
そう言い捨てると彼女らは満足そうに立ち去っていく。私はしばし呆然とそれを見送った。
(たぶん、当然なんだよね……?)
よく知らないぽっと出の女が、身分もわきまえず若君様に話しかけたり近付こうとしていたら、注意したり、無視したり、そんなことにはなるんだろう。
だからきっと、瑠璃先輩は私を一族に紹介する機会をたくさん設けてくれた。恥ずかしくないように勉強や作法を教えてくれている。大人たちは私の立場を理解して受け入れてくれているけれど、その子供たちの中でも、特に女生徒たちからは反発だって起きるんだろう。
だってお相手はあの、麗しの若君様なんだもの。
私はいずれ、あの人たちのことも納得させることが出来なくてはいけないんだ。
「はぁ……」
難しいな、と思う。
言われたことや沙羅姫のことよりも、私は別のことを考える。
つまりこういうことが、今まで陽奈の身にあったってことなんだ。
陽奈が学校に行けなくなった理由は知っていたけど、はじめてそれを実感出来た気がする。
対話を拒絶されている集団に囲まれるのは、恐ろしいことだ。しかも相手も子供で、サイキに飲まれることだってある、不安定な心と能力の持ち主だ。何があるかも分からない。
「陽奈、頑張ってたんだね……」
何も語らず、誰も責めず、一人抱え込んでいた陽奈。
あの時私は妹を守ってあげることも、助けてあげることも、何も出来なかった。
こういう時に、どうしたらいいんだろう。
今度こそ何か出来るといいのに、と思う。
それから段々と周囲の反応が過激になって行った。
ノートや教科書がなくなっていたり、怪文書が回ってたり机に入ってたり、お茶をわざとかけられたり。
どこからともなく植木鉢やバケツが降ってきたときに、同級生である剣くんが護衛をしてくれることになった。
「お前はもう、一人で行動するな」
「私とINOがずっと一緒にいるよ」
朝から授業が終わるまでは三人がいつも近くにいてくれて、放課後は累先輩や瑠璃先輩が居てくれた。
その様子を見ている人たちからまた陰口が広がる。『自分をお姫様のように勘違いをして、男たちをはべらしている』と。
そんな時に起こった。
昼休み、お弁当を持って中庭に向かう途中の階段で、背中に強い衝撃を感じた。
(え)
私にサイキは効かない。だけど、力を使っていないものは防ぎようもない。
剣くんが私に手を伸ばして、体を抱え込んでくれる。
そのまま二人で階段を転げ落ちる。
「美月ちゃん!!」
陽奈の声が聞こえたのが、その日の最後の記憶だ。
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