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ツルカ

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犀河原慧十郎の初恋(10)

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 目を覚ましたら病院で、体のあちこちが痛かったけど、私は無事だった。

 陽奈曰く、剣くんが私を抱きかかえて階段を転がり落ちたそうだ。私たちは二人とも大した怪我はなかったけれど、念のため一日検査入院していたらしい。

「剣くんはどこにいるの?」
「隣の病室だよ」

 早速起きて剣くんのところに向かうと、彼は私服に着替えて帰り支度をしていた。

 私に気付くと、なんでもないように言った。

「俺は先に帰る。お前はもう少し検査していくんだろう」
「剣くん……大丈夫なの?なんともないの?」
「ああ。帰って、日課の鍛錬と、明日の用意をしないと」

 カバンに制服と小物を詰めて、チャックをしめた。

「お前も大丈夫か?」
「うん。私は大丈夫……」
「そっか。じゃあな」

 剣くんはそう言い捨てて出て行こうとするから、慌てて腕を掴む。

「剣くん……ありがとう。庇ってくれて、助けてくれて、本当にありがとう……!」

 幸い大きな怪我をしていなかったとはいえ、私がこれだけ体が痛いんだから、剣くんがなんともないはずない。それでも、何も言わずに、気にさせないようにしてくれてる。彼は、思っていた以上に良い人だ。

 剣くんは、掴んでいる私の手をじっと見ていた。
 考えるようにしてから、私の顔を見つめた。

「お前のせいじゃない。気にすんな」
「剣くん……」

 普段は口が悪いのに、こんな時はとても優しい人になる。

「とても感謝してます。ありがとう剣くん」

 まっすぐに彼の目を見つめて言うと、剣くんは瞼を少し伏せた。

「俺さ」

 剣くんが、ポツリと言う。

「うん」
「お前のこと嫌いじゃないんだよ」
「……うん?」

 最近はもう、嫌われてるとは思ってないよ。

「私も嫌いじゃないよ」
「そういうのと……違くて」

 言いづらそうにしてから、顔を上げた。

「たぶんだけど、結構好きなんだと思う」
「私も、たぶん結構好きだよ」
「まぁ……違うんだけど、いいか」

 剣くんは力なく笑った。

「それで俺は若君様のことを尊敬してるし、お慕いしている」
「私もだよ」
「知ってる」

 ははっと剣くんは笑う。

「お前のことも、ちょっと尊敬してる」
「え?」
「頑張ってるし、若君様のことを想ってる。諦めないし、すごいやつだなと思うこともある」
「……」
「そう言うことだから」
「うん?」
「お前に怪我をさせたら、俺の大失態だろう。俺は若君様のためにも、お前を守らないといけない。それは俺の仕事だ。何も気にしなくて良い」
「……」

 剣くんにしては珍しいくらいの、清々しい笑顔で語る。

「お前は、勝手に守られてろ。そして、自分のできることをしろ」
「……うん」
「気に病んでる暇があったら、若君様を幸せにする手段でも考えてろ」

 手段……。

「突き落とされたんだろう?誰にだ?一人の犯人を見つけて、それで解決するのか?どうしたらいい?」

 どうしたら――。

「お前にしか、きっと決められないことがある。自分のするべきことだけしてろ。小石妹と離れるなよ。俺は先に行く」

 そう言うと、私の手を引き離して「じゃあな」といった。

「ありがとう剣くん……!また学校でね」
「ああ」

 夜にはご当主様も病室に来てくれた。

 とても心配してくれて、私が望むなら本家で保護し、学校にも行く必要はないことを伝えてくれた。

 私は首を横に振った。
 それではきっと意味がない。
 私は守られるために本家に戻るのではなく、若君様のお力になりたいのだ。

 彼は重荷になるだけの私にきっと同情してくれるだろうけど、頼ってくれることなんてないだろう。

 お義父さまは私の断りの返事を聞くと言った。

「関わっていたのは、慧十郎のいとこにあたる沙羅の友人たちのうち、数人だ。知ってるかい?」
「……はい」
「彼らには一族から厳重な処罰が下される。退学し、生涯一族の見守りと言う名の監視がある。子供だからこそ、今後の人生への自由な選択肢は無くなったと言える」
「お義父さま。重い処罰は必要ありません。私たちは無事でしたし、気持ちも分かるんです」
「ああ、その辺は……任せてくれればいい」

 お義父さまはにこりと笑うと、私を抱きしめてから帰っていった。






 それから週末を挟んで四日後、学校に登校しようとすると、家の前には陽奈と剣くんが迎えに来てくれていた。

「美月ちゃん、体大丈夫?」
「うん、もう平気。剣くんは?」
「なんともねーよ」

 車で学校に向かい学校の敷地に入ると、いつも以上の視線に晒されている気がした。生徒たちに注目されている中教室の席に着くと、校内放送が流れる。

「全校集会があります。体育館に集まってください」

 ……全校集会?

 入学してからはじめてのことだ。はてな、と思いながら陽奈と剣くんを振り返ると、二人は顔を見合わせていた。

「累先輩かもしれない」
「累先輩?」
「昨日、明日を待ってて、って言ってたの」

 何を待つんだ?
 累先輩が何かをしてくれたの?

 私は守られるようにしながら、体育館に向かった。








 体育館に生徒たちが集まると、先生たちもやって来て不安そうに顔を見合わせていた。それを見ていた生徒たちから「何の集会?」と疑問の声が上がっていく。

 壇上に若君様と累先輩が現れると、次第に声は止んだ。

 久しぶりにお姿を拝見する。背の高い体躯に、長めの黒髪が揺れている。
 若君様は机の前に立つと、ゆっくりと生徒たちを見下ろした。漆黒の射るような眼差しに、心の全部が持っていかれそうになる。もう誰も喋っていなかった。

「本来卒業式前に行う一族の心構えの講義を、本日、全校生徒に対して行わせてもらう」

 心構えの講義?

「なぜ、我らは一族で結託しなければならないのか、一族の学舎で何を学んでいかなければならないのか、早急に理解してもらう必要があると、犀河原家当主が判断された。講義は、息子である俺が、代理で行わせてもらう」

 ご当主様の代理で若君様が講義をするの……?

 講義って……あれかな。
 学生の間は不安定なサイキに飲まれやすいって。
 猪瀬くんの身に起きたようなことを起こさせないために、学生の間は一族が守って、力を身につけさせるって言ってた。

 私は能力の訓練をしていくうちに、それがどう言うことなのか段々と理解出来ていく気がしていた。

 私は心を落ち着かせることで、どんなサイキも受け止めて消すことが出来るのだけど、他の人には出来ないのだ。

 それが私の特殊な能力。
 かつて鬼だったというご先祖さまの血と人間の血が混ざり合い、鬼の力に苦しめられることのない子供がやっと生まれた。

 念願の、一族の望んでいた存在なのだと言う。

 能力の訓練をするうちに、自分と他の人との違いが少し分かるようになった。若君様は私のサイキを万華鏡のように様々な光の色に満ちていると言っていたけれど、実際に感じ取ってみると、みんな何かの色に偏っている。私のように満遍なくいろんな色が満ちている人はいない。

 猪瀬くんのことを思い出して考えたのだけど、きっとその色の偏りが進むと、心と身体を不安定にさせて、暴走することもあるんだ。

 学生時代に学ぶことは、自分を知り、コントロール出来るようになること。多分そう言うことなんだと思う。

 考え込んでいると、ふと視線を感じた。
 顔を上げると、若君様が私を真っ直ぐに見つめている。

 な、なに……?

 不自然なほどに直視され、次第にまわりも私を振り返り出した。

「小石美月さん、壇上に上がって欲しい」

 突然の自分の名前に息を呑む。ざわめきが広がる。

「小石さん――壇上へ」

 もう一度、若君様は繰り返す。

 躊躇していると、剣くんが私の手を引く。

「行くぞ、小石姉」
「……う、うん」

 ぐんぐんと、腕を引っ張られて壇上に登らされる。目の前に立つと、若君様は真面目な表情で私を見下ろした。視線が腕のあざに注がれている。

「こちらへ」

 そっと腕が差し出され、若君様はエスコートするように私の手を取った。

 そうして机の横の椅子に座らせてくれる。

 すると彼は私の前に跪いた。驚いてただただ目を見開く。

 呆然とする私の手を再び取ると、誓いを立てるように、彼の頭の上に掲げた。

「我ら犀河原の者は、貴方に生涯変わらぬ忠誠を誓う」

 ……なんですと?

 若君様の低い声は、生徒たちに衝撃をもたらしながら響いて行った。
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