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犀河原慧十郎の初恋(13)
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目を開けるとそこはさっきまで居た体育館。
青色の光に満ちたこの場所の床には大勢の生徒たちが倒れている。
異様なはずの光景なのに――私はすぐに気付いてしまう。
(若君様が守ってくださってる……)
青色の光から守るように、私自身や生徒たちの体を覆うよう輝く白い光。どうしてなんだろう。私はこれが若君様のサイキだと分かってしまった。
だって……とても気持ちがいい。
この光を感じ取るだけで、心地良くて、息を吸えるように思えてしまう。怖くてたまらない状況なのに、安心できてしまう。
温かな若君様の心に包まれているようで、たまらなく切なくなる。そう、温かいのだ。彼は決して心無い人なんかじゃない。
思わず両手で掬い取るようにして、若君様のサイキを感じとる。
温かくて気持ちがいい。幸せな場所に辿り着けたような気持ちになって……こんな時なのに眠くなる。
……あれ、なんだっけ、こんな台詞を前に聞いたことがあるような。思い出せないな。
(大好きです。若君様)
心の底からそう感じる。このサイキの中に包まれて、永遠に過ごしたいと願えるほど、愛おしくてたまらない。
溶け合って、混じり合って、一つになりたい。
こんな本能から湧き上がってくるような想いが偽りなんてありえないんだ。
もしかしたら彼のサイキにかかってしまったのだって、この気持ちの良いものを手放したくなかったからなのかもしれない。
ふと顔を上げると、体育館で唯一立ち上がっていた若君様が驚愕するような表情で私を見つめている。
(……?)
若君様へと一歩近付くと、彼は一歩下がった。
なんだろうと首を傾げて問いかける。
「あの、若君様、お手伝いをします。私は妖鬼を消したことがなくて、うまく出来るか分からないのですが」
若君様はたっぷり考える間を置いてから答えた。
「……君なら出来るだろう。失敗しても大丈夫だ。彼らの身体が傷つかないように保護している」
「はい」
「こちらへ、美月」
若君様から差し出された手の平に私の手を乗せる。
ふんわりと伝わってくる体温に、彼のサイキと同じものを感じる。
(ああ、好きだなぁ……とても気持ちがいい)
こんな時なのにそんなことを考えてしまう恋愛脳。
すると若君様の体がピクリと震えた。
顔を上げるとすっと視線が逸らされる。……さっきから何か、若君様の様子が変な気がする。
「君の身体を俺が守っている。君はただ、膨れ上がった妖鬼を、サイキを感じとるのと同じように感じ取れれば……きっとあいつを消し去れるだろう」
「はい。分かりました」
若君様が守って下さってるなら、安心だ。
私にとってはこの世界に、彼ほど信頼出来る人はいない。
たしかに少し神様みたいに思ってるところがあるんだろうな。
だけどそれは彼が強いからでも強大な能力者だからでもなくて、彼も子供だったのに、小さな頃に私を全力で守ろうとしてくれたあの時間があったからなんだ。
私を救ってくれたのは、ほんの少しだけだったとしても、確かにあったと思える……彼から私に向けてくれていた想いなんだから。
「俺は何もしていない。君を追い詰めただけだった」
なぜか若君様が私の思考を読んだような返事をして来た。
「若君様、私何も言っていません」
「……」
「若君様のサイキは……もしかして……」
「俺のサイキの中にいる人間の思念はなんとなく、伝わっている」
なんですと。
いや待って、何考えてたっけ。
伝わったらまずいことしか考えていなかったような。
しかもなんとなくってなんだ。なんとなくにしてはピンポイントな返事が返ってきたよね!?
「いつから……?」
「目を覚ましてからだな」
オウマイガッ。
気持ちいいとか溶け合いたいとかセクハラで訴えられてもおかしくないよ!
息が止まるような思いで立ち尽くすと、若君様は困ったような表情でわたしを見下ろす。
「……すまない。伝えない方がいいかと思ったが。しかし……」
「いえいえ、教えてください!知っておきたいです」
だけど今は色々それどころじゃないですよ。
「ひい、ふう、みい、よお……」
精神安定が必要です。
心がザワザワとして落ち着かない。
十数えても混乱してる。
妖鬼。かつて鬼だったご先祖さまの力が暴走して生まれたもの。人間のサキと鬼のミズナが愛し合い、紡いだ子供たちが苦しんで生み出してしまったもの。
とても哀しい存在。
人間に殺されたサキを見つけた時に、ミズナが流した一粒の涙。苦しみながら、人を害さないことを選んだミズナ。
彼らの想いを、子孫である私は受け継いでいる。
『力を貸すわ』
『我らの子』
『どうか、助けてあげて』
気のせいだったのかもしれない、どこかから男女の声が聞こえた気がした。
目を開けて、妖鬼に向けて手を伸ばすと、触れた先から妖鬼は溶けるように消えて行った。
何もした気はしなかった。
「ありがとう……君のおかげで退治が出来た」
若君様を見上げると、どこかから女性のちいさな声が聞こえる。今度ははっきりと。
『助けてあげて……』
それは若君様のことを言っている気がした。
少しずつ生徒たちが目を覚まして行く。部活のメンバーは目を覚ますのがとても早く、妖鬼が消えたとたん目を覚ました。
「わざとじゃないよな……いや、愚問か」
累先輩が頭を振りながら呟くと、若君様は答えるように軽く微笑んだ。
え、なんの話?
「意外と腹黒系でしたか。いいと思います」
陽奈もなにかを言っている。どう言う意味?
沙羅姫は別室に保護し、他の全ての生徒たちが無事に目を覚ましたことを確認すると、再び若君様は壇上に上り言った。
「小石美月さんは、我らを陥れた妖鬼をたった1人で退治した。犀河原の決定に意義を唱えるものは、まだいるか?」
若君様の美声が響き渡ってもそれに答える声は上がらなかった。
……まさか。
『わざとじゃないよな』『意外と腹黒』
ま、まさか、若君様の思惑通りなんてことは、ないよね……?
青色の光に満ちたこの場所の床には大勢の生徒たちが倒れている。
異様なはずの光景なのに――私はすぐに気付いてしまう。
(若君様が守ってくださってる……)
青色の光から守るように、私自身や生徒たちの体を覆うよう輝く白い光。どうしてなんだろう。私はこれが若君様のサイキだと分かってしまった。
だって……とても気持ちがいい。
この光を感じ取るだけで、心地良くて、息を吸えるように思えてしまう。怖くてたまらない状況なのに、安心できてしまう。
温かな若君様の心に包まれているようで、たまらなく切なくなる。そう、温かいのだ。彼は決して心無い人なんかじゃない。
思わず両手で掬い取るようにして、若君様のサイキを感じとる。
温かくて気持ちがいい。幸せな場所に辿り着けたような気持ちになって……こんな時なのに眠くなる。
……あれ、なんだっけ、こんな台詞を前に聞いたことがあるような。思い出せないな。
(大好きです。若君様)
心の底からそう感じる。このサイキの中に包まれて、永遠に過ごしたいと願えるほど、愛おしくてたまらない。
溶け合って、混じり合って、一つになりたい。
こんな本能から湧き上がってくるような想いが偽りなんてありえないんだ。
もしかしたら彼のサイキにかかってしまったのだって、この気持ちの良いものを手放したくなかったからなのかもしれない。
ふと顔を上げると、体育館で唯一立ち上がっていた若君様が驚愕するような表情で私を見つめている。
(……?)
若君様へと一歩近付くと、彼は一歩下がった。
なんだろうと首を傾げて問いかける。
「あの、若君様、お手伝いをします。私は妖鬼を消したことがなくて、うまく出来るか分からないのですが」
若君様はたっぷり考える間を置いてから答えた。
「……君なら出来るだろう。失敗しても大丈夫だ。彼らの身体が傷つかないように保護している」
「はい」
「こちらへ、美月」
若君様から差し出された手の平に私の手を乗せる。
ふんわりと伝わってくる体温に、彼のサイキと同じものを感じる。
(ああ、好きだなぁ……とても気持ちがいい)
こんな時なのにそんなことを考えてしまう恋愛脳。
すると若君様の体がピクリと震えた。
顔を上げるとすっと視線が逸らされる。……さっきから何か、若君様の様子が変な気がする。
「君の身体を俺が守っている。君はただ、膨れ上がった妖鬼を、サイキを感じとるのと同じように感じ取れれば……きっとあいつを消し去れるだろう」
「はい。分かりました」
若君様が守って下さってるなら、安心だ。
私にとってはこの世界に、彼ほど信頼出来る人はいない。
たしかに少し神様みたいに思ってるところがあるんだろうな。
だけどそれは彼が強いからでも強大な能力者だからでもなくて、彼も子供だったのに、小さな頃に私を全力で守ろうとしてくれたあの時間があったからなんだ。
私を救ってくれたのは、ほんの少しだけだったとしても、確かにあったと思える……彼から私に向けてくれていた想いなんだから。
「俺は何もしていない。君を追い詰めただけだった」
なぜか若君様が私の思考を読んだような返事をして来た。
「若君様、私何も言っていません」
「……」
「若君様のサイキは……もしかして……」
「俺のサイキの中にいる人間の思念はなんとなく、伝わっている」
なんですと。
いや待って、何考えてたっけ。
伝わったらまずいことしか考えていなかったような。
しかもなんとなくってなんだ。なんとなくにしてはピンポイントな返事が返ってきたよね!?
「いつから……?」
「目を覚ましてからだな」
オウマイガッ。
気持ちいいとか溶け合いたいとかセクハラで訴えられてもおかしくないよ!
息が止まるような思いで立ち尽くすと、若君様は困ったような表情でわたしを見下ろす。
「……すまない。伝えない方がいいかと思ったが。しかし……」
「いえいえ、教えてください!知っておきたいです」
だけど今は色々それどころじゃないですよ。
「ひい、ふう、みい、よお……」
精神安定が必要です。
心がザワザワとして落ち着かない。
十数えても混乱してる。
妖鬼。かつて鬼だったご先祖さまの力が暴走して生まれたもの。人間のサキと鬼のミズナが愛し合い、紡いだ子供たちが苦しんで生み出してしまったもの。
とても哀しい存在。
人間に殺されたサキを見つけた時に、ミズナが流した一粒の涙。苦しみながら、人を害さないことを選んだミズナ。
彼らの想いを、子孫である私は受け継いでいる。
『力を貸すわ』
『我らの子』
『どうか、助けてあげて』
気のせいだったのかもしれない、どこかから男女の声が聞こえた気がした。
目を開けて、妖鬼に向けて手を伸ばすと、触れた先から妖鬼は溶けるように消えて行った。
何もした気はしなかった。
「ありがとう……君のおかげで退治が出来た」
若君様を見上げると、どこかから女性のちいさな声が聞こえる。今度ははっきりと。
『助けてあげて……』
それは若君様のことを言っている気がした。
少しずつ生徒たちが目を覚まして行く。部活のメンバーは目を覚ますのがとても早く、妖鬼が消えたとたん目を覚ました。
「わざとじゃないよな……いや、愚問か」
累先輩が頭を振りながら呟くと、若君様は答えるように軽く微笑んだ。
え、なんの話?
「意外と腹黒系でしたか。いいと思います」
陽奈もなにかを言っている。どう言う意味?
沙羅姫は別室に保護し、他の全ての生徒たちが無事に目を覚ましたことを確認すると、再び若君様は壇上に上り言った。
「小石美月さんは、我らを陥れた妖鬼をたった1人で退治した。犀河原の決定に意義を唱えるものは、まだいるか?」
若君様の美声が響き渡ってもそれに答える声は上がらなかった。
……まさか。
『わざとじゃないよな』『意外と腹黒』
ま、まさか、若君様の思惑通りなんてことは、ないよね……?
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