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ツルカ

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犀河原慧十郎の初恋(14)

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 若君様は生徒たちを見下ろし言った。

「この中に……不安の芽を植え付けられ、感情の制御が出来なくなったことを、今も自覚出来ていない者はいるか?」

 体育館はシン……と静まりかえる。

「悪夢を見せられる中、自力で目覚められた者は居たか?」

 威圧的な、若君様の声が響く。
 彼は人を支配することに慣れている。

 生まれながらに、先祖返りのような莫大なサイキの力をその身に抱え持っていた、現当主の息子。誰もが彼を崇拝し、またそれに応えて来た人。

 若君様の言葉に誰も答えられない。
 体育館を一瞥すると、若君様は再び、私の前にうやうやしく跪いた。

「あなたは誰よりも早くに目覚め、我らを救ってくださった。我らにない尊き力を持ち、我らに幸福を与えてくださる方。それを知らぬ者は、もうここにはおりません」

(はて……困った)

 どうにもこうにも芝居がかっている。
 学園の中で生徒たちの神様のような彼が、誰にも反論を許さない状況でここまで言っている。

 体育館を見回すと、生徒たちは先ほどまでと違い、なんだかキラキラとした瞳で壇上を見上げている。

「我ら犀河原の者は、貴方に生涯変わらぬ忠誠を誓う」

 若君様が頭を下げると、生徒たちも一斉に首を垂れた。

(本当に、困った……)

 振り出しに戻ったような、戻ってないような。

 たぶん、若君様の私を崇めたてまつろう作戦が成功してしまったんだ。

 もう二度と私を傷付けないために、私のことを一族が敬うように仕向けた。きっと。

 沙羅姫が現れた時は驚いているように見えた。けれど彼はみんなを守りながら、私に自発的に妖鬼を退治させた。どの瞬間からそんな結末に持っていこうと思ったんだろう。

 ここまでおおげさな小芝居をする必要はあったのかな。これではまるで彼が私のしもべのように見えてしまう。

 ……しもべ?
 あれ、今までとは一転してしまったこの状況、上手く使えない……?

 どうしよう。望んだわけじゃないけど、こうなってしまったら腹をくくって考えよう。どうするのが一番良い?

 色んなことを思い出す。

 『お前にしか、きっと決められないことがある』

 剣くんが言っていた。確かにそうだ。私は何を望んでいて、どうしたかった?

 ちょっとだけ考える。

 やつれた顔をしていた若君様のお姿。独りで耐えるように生きているように見えて、手を貸したかった。側にいて優しくしたかった。眠れないと言っていた若君様に、ほっと息を吸ってもらって、安らかに眠って貰いたかった。

(……笑ってほしかった)

 私に向けてでなくてもいい、最低限健康で、幸せそうに笑っていて貰いたかった。

 子供の頃の慧くんのように。
 あの頃、天使のような寝顔をしていた。感情の薄い瞳だったけれど、それでも子供の頃は穏やかに笑っていた。孤独を煮詰めたような瞳などしていなかった。

 彼はこのままだと、一族を弟に任せて、私たちから離れ、海外を1人回るのだろう。きっと、眠れぬ夜をこれまでと同じように過ごして、張り詰めた空気を纏ったまま、一族のために、先祖返りの自分の力を絞り切るまで使い続けるのだろう。

 鬼そのもののような自分がこの世界から消えるのを待っているように。たった独りで。

 ――『助けてあげて……』

 つい先ほど、どこかから聞こえてきた不思議な声。

(でも誰も……彼を助けてくれない)

 助けなど求めてないのかもしれない。それでも彼は自分のことなんて少しもかえりみないで一族に尽くして生きている。

(私しか居ない)

 私の恋は叶わない。彼は誰も好きにはならないのだから。それでも感じてる。彼を、一番に気に掛けて、一番に幸せになって貰いたいと思ってるのは私だ。幼い日々を家族のように過ごした私だけは、彼を犀河原もサイキも関係なく、鬼でも人でもなく愛したのだ。

「……頭を上げてください。慧十郎様」

 声が震える。演技などしたことない。芝居がかった台詞を言うのは初めてだ。

 若君様の漆黒の瞳と、視線が交わる。彼の瞳が揺れている。

(……好きだな。この人が好き。うん。私は、彼のためなら何でもできる)

 すうっと息を吸い、私は言った。

「高校に入学したある日、私は、裏庭で恋に落ちました。貴方にです」

 ざわっと、静かだった体育館に生徒たちの声が広がる。

 全校生徒を前にしての告白になってしまったな、と思う。恥ずかしいなんてものじゃない。だけど、たぶん機会は今しかない。

 若君様は表情を固めている。

「お姿をお見かけし、初めて声を交わしたあの日に、私は貴方に心を奪われました」
「……」

 しかもこれ本当のことだしね。すらすら語れるよ。

「毎日貴方のお姿を探し、一眼でもお目にかかれる日は幸福でした。お人柄を知るほどに惹かれ、心から尊敬致しました。少しでも役に立ちたくて、私は初めて一族と能力について学びました。学べば学ぶほど、貴方が私たちのためにどれほど尽くしてくれたかを知りました。もしも私の力がお役に立てるのものになれたなら、それは、貴方のおかげです。私は、貴方と貴方の大事な一族のためならば、いくらでも力になりましょう」

 出来るだけ大仰に言おうとすると舌を噛みそう。
 けれど言ってる内容はだいたい本心だ。

「私にとってこれは、生涯を捧げたいと思うほどの恋なのです」

 若君様。今はあなたのサイキには包まれていないから伝わってはいないだろうけど、だけどもう、私が心からあなたを好きなことを感じてくれていたはずだ。

「愛しています。慧十郎様。どうか私を貴方のお側においてください」

 私は卑怯だ。
 彼を跪かせているこの状況で、彼が私を愛していないことを知っていて、決断をさせようとしている。

 それでも私の気持ちは本心だ。
 この人の隣で、優しさを与えたい。
 決して近寄らせてくれないこの人の、一番の近くに居たい。

 一族の希望として生まれた私に忠誠を誓うという彼に、みんなの前で断りにくい願いを請う。

 だけど……それでも彼は本意でなければ断れるのだ。その時には私はやっと、初恋も愛も、幼い時の想いも全てを終わらせることが出来る。

 それでもいいんだ。小さな頃に家族になろうと誓った人の幸せを、ただ遠くから願えるのだから。

 若君様はゆっくりと腕を動かすと、そっと私の片手を取った。私はぼんやりとそれを見つめていた。

 彼はじっと私の手を見つめてから、今度は強い眼差しを持って私を見つめた。

「美月さん」
「はい」
「先祖返りの血を持ったものの命は、二十歳を越えるのは難しいと言われていた」
「……」

 ――二十歳を越えるのは難しいと言われていた――

 頭の中で何十回も言葉をリフレインさせて、やっと意味を理解する。

 短命であるということ……?

 驚いて若君様の手をぎゅっと握ると、彼は少しだけ微笑んだ。

「それほど生まれる訳ではないその存在については、文献に残されている程度のことしか分からない。けれど私は、年々失われる命の力を感じていた。残り数年のこの身を、一族に捧げて生きるつもりだった」

 けれど……と、低い声で彼はつぶやく。

「私は、この学園で貴方に出逢った」
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