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10:夜会に向かう前に
しおりを挟む「リリーはまだ準備が出来ないのか!」
アムネシア伯爵が懐中時計を見ながら、イライラと家令に問い掛ける。
「それがどうやら、ドレスのサイズとお体が合わないようでして」
遠慮気味に言っているが、要はドレスがキツくて入らないのだ。
「他のドレスにすれば良いだろうが!これ以上は待てん、先に行く」
妻のマーガレットを伴って、伯爵は邸を後にした。
ローズとフェデリーコは、とっくに出発していた。
当のリリーは、ローズ用に作られたドレスと格闘していた。
「もっと締めないと、ウエストが入りませんお嬢様!」
リリーはローズより、全体的に肉感的だった。
バランスは同じように見えるが、体に添うデザインのドレスでは、かなり違いが出てしまう。
コルセットを締めドレスを着ると、今度は胸が溢れそうになった。
V字になっている胸の部分の生地が必要以上に開き、乳房に食い込んでいる。
「ねぇ、私の方がローズより胸が大きいのね!」
喜ぶリリーを後目に、まるで娼婦のようだとメイドは内心思ってしまった。
「お嬢様、なるべく動かないようにしてくださいね。胸も腰も太腿も、力が加わると破けますからね」
今回のドレスは、よりによってマーメイドラインだった。
ローズが着れば適度な余裕があり、さぞかし綺麗に見えた事だろう。
しかしリリーが無理矢理着た事により、体にピッタリ過ぎて縫目が悲鳴をあげていた。
藤色から青に変化していくマーメイドラインのドレス。
裾には、光が当たった時にだけ見える薔薇が刺繍されていた。
そのようなシックなドレスなのに、金にエメラルドをあしらった派手なネックレスにイヤリング、揃いのブレスレットまでリリーは身に着けた。
髪も派手に盛り、金とエメラルドで出来た蝶を沢山飾った。
この宝飾品は、最近のリリーのお気に入りであり、ここ一番の時に身に着ける物だった。
なのでドレスとのバランスなど一切気にしていなかった。
慎重に気を付けて階段を降りたリリーを待つように、エントランスには不機嫌な顔をしたアンソニーがいた。
「何で貴方がいるのよ!?」
リリーが声を荒げると、アンソニーも顔を大きく歪める。
「俺だって来たくなかったさ!だが馭者が勝手にこっちに来たんだ!俺は王宮を指定したのに!」
どうやらホッパード侯爵に命令された馭者が馬車を回したようだった。
「馬車を用意してちょうだい」
エントランスでアンソニーの相手をしていた家令にリリーが命令する。どんな経緯であれ、自分を迎えに来た人物が居るのに、失礼極まりない態度である。
「申し訳ございません。先程馬車の点検をしておりましたら、不具合が見つかりまして。荷運び用の馬車しかございませんがよろしいでしょうか?」
よろしい訳がない。
家令の言う荷運び用の馬車とは、屋根も無く椅子も無く、本当に荷物を運ぶだけの使用人用の荷車の事である。
そんな馬車で王宮のパーティーへ行ったら、末代までの恥……どころか、一生人前に出られなくなる。
門番にも追い返されるだろう。
「仕方ないから、一緒に行ってあげるわ。でも誤解しないでね!私の婚約者はフェデリーコよ!」
リリーがアンソニーに手を差し出す。
そんなリリーを上から下まで見たアンソニーは「どこの娼婦だ」と呟いてから、馬車へ向かって歩き出してしまった。
差し出した手を無視されたリリーは、憤慨しながらもアンソニーの後を追った。
メイドの言った「なるべく動かないで」と言う注意事項は、怒りにより頭から綺麗さっぱり消えていた。
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