【SS】森のくまさん

仲村 嘉高

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ある日、森の中

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 それなりに鬱蒼としていて、それなりにひらけている。
 それが森林警備隊の俺の職場だった。
 隊と名が付いているが、実質は三人が監視員として見回るだけだ。
 しかも交代で森の小屋に住むので、稼働するのは一人だけ。
 残りの二人は近くの街に住むのだ。
 1週間働いて、2週間休む。
 最高の職場だ。

 本来は二人が2週間働いて、一人が1週間休むのだが、こんな何も無い森など一人で見て回れる。
 狩人やきこりは自己責任なので、森林警備隊の庇護下には無い。
 まぁ、獣に襲われたりして助けを求めて来たら、それは勿論助けるがな。

 偶に一般人が迷い込むが、警備隊の小屋より奥にさえ行かなければ、大して危険では無い。
 一晩小屋に泊めてやり、翌日に街まで送れば良いだけだ。

 あぁ、ほら、また馬鹿な女が迷い込んでいる。
 俺は籠を持った女に声を掛けた。



「お嬢さん、こんな森の中で何をしているんですかね?」
 街中で見るよりも短いワンピースは、いざと言う時に走れるようにだろう。
「私ですか?」
 振り返ったのは、街でも滅多に見ない位の美人だった。
 娼館のNo.1娼婦よりも美人に違いない。

「あぁ、武器も持たずに行くには、ここより奥は物騒だぞ」
 俺は動揺を隠し、女に話を続ける。
「大丈夫ですよ。私は樵をしている父にお昼を届けるだけですから」
 手に持った籠を持ち上げて見せた女は、俺に微笑んだ。


 なぜだか、俺は不安になった。
 滅多にお目にかかれない程の美人なのに、その笑顔には既視感があった。

 だがそんな事は些末な事。
 こんな美人が一人で森に入るのだ。
 これは、だ。
「気を付けてな」
 俺はそう言って、警備隊の小屋へと戻った。
 警備日誌に『大陸歴588年彩月10日 11:30 キコリの娘、父親へ弁当を届けに入る』と書く。
 そして、直ぐに女の後を追った。



「お嬢さん、ちょっと待ちなよ」
 俺が声を掛けると、女は振り返った。
「何かご用ですか?」
 どこかキョトンとした無防備な顔に、思わず口が自然と笑みの形になる。
 警備隊と言うだけで、女に警戒されない。
 本当に良い職場だ。

「森の中は物騒だ。俺も一緒に行こう」
 親切そうに見えるような笑顔を、頑張って浮かべる。
 元々は凶悪だと表現されるような顔なのだが、森の警備隊だと言うと、この厳つい顔の方が信用される。
 実際に俺と同僚の強さに差は無いが、俺の方が信頼度が高いのがその証拠だ。

「ありがとうございます。父は普通より奥で作業をしているので、不安だったのです」
 うふふ、と笑った顔は、妙に淫靡いんびに見えた。



 女は、慣れた様子で森の奥へと進んで行く。
 本当にこんな奥で、樵が作業をしているのか?
 そう思った時、遙か遠くでコーンコーンと木を斧で切る音が聞こえてきた。
 何となく、ホッとした。

 それからしばらく歩くが、コーンコーンと定期的に鳴る音が近付く気配が無い。
 なぜかこの奥には行ってはいけない気がした。
「悪いが、警備隊の仕事が有るから、俺はここで帰るよ」
 前を歩く女に声を掛けた。

 女が振り返る。
「あら、この先には母もおりますのに」
 籠を持ち上げて、逆の手を頬に当て小首を傾げる様子を見て、俺はある女を思い出していた。


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