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2.群青
(2)告知③
しおりを挟むでも桜井くんはそれを意に介す様子もなく、蛍さんのいなくなった椅子に座り「そんなにケータイいるかなあ」と首を捻るだけだ。
「いるだろ。お前はいらなくても周りはお前からの連絡が要るんだよ」
「ヤバい、モテ期かも」
「春なのはテメェの頭だけだ」
「ねー、結局なんでわたしは群青入っちゃだめなの?」
「俺に聞かれても……」
桜井くんの視線は雲雀くんに動く。多分助けを求めているのだろうけど、雲雀くんは無視してそのまま私に視線を寄越した。
「つか逆じゃね。なんで三国、群青なんか入ってんだ。姫じゃあるまいし」
「姫?」
「蛍さんの彼女でもねーのにってこと。大体、チームのトップの彼女が姫だ」
……なるほど。いわゆるオタサーの姫と似たようなものだろうか。所属するコミュニティの男子が少ないからそのコミュニティにいる女子は姫と呼ばれる、そんな話は知っていた。
「でも姫って別に要らなくね?」
「姫はいらねーけど彼女いるヤツはいくらでもいるだろ」
「それもそっか」
「で、なんで三国さんはよくてわたしはダメなの?」
ふくれっ面の牧落さんを雲雀くんは無視、桜井くんはどうにか返事はしようとしてるけどまともな返事ができない。でも仕方がない、蛍さん以外、誰一人理由なんて分かっていないのだから。
「……私が危ない目に遭ったから心配してのことだと思う、多分」
せいぜい言えるのはその程度だし、牧落さんがそれで納得するとも思えなかった。
「……そういう?」
「……そういう」
「……なるほど?」
ただ、意外にも牧落さんはそれ以上聞いてこなかった。「危ない目」と聞けば深く聞いてはいけないと察したのか、なんならそのまま考え込むように黙った。
「……そういうことなら仕方ないか……」
「うんうん、仕方ない仕方ない」桜井くんはそれに便乗して「群青は蛍さんのチームだから蛍さんに決定権限があるし。蛍さんが決めたことに従わないと」
「じゃあ昴夜がいつかトップになったらわたしも入れてね?」
固まった桜井くんを雲雀くんが呆れた顔で見つめる。余計なことを口走るからだ、と。
牧落さんはずいっと桜井くんに詰め寄る。でも美少女なので可愛らしい小動物にしか見えない。
「ね!」
「……その時に俺に彼女いなかったらな」
「どうせできないよ、昴夜チビだし」
「胡桃よりデカいだろ!」
「男の身長は170センチから! じゃ、約束だからね、こーや!」
あっかんべーをして牧落さんは去っていった。昼休みがもうすぐ終わるからだ。
「……桜井くん、あんなに言われるんだから牧落さん入れてくれるように蛍さんに頼んであげたら」
「いやそんなことしたら胡桃の両親に殺されるよ俺が!」
早口で、かつ素早く手を横に振りながら桜井くんは拒否した。
「アイツの家、マジで厳しいから! 教育パパママで、学校の成績悪いとリアルに飯抜かれたり殴られたりするから! 群青なんか入ったら勘当されるって!」
DV……? 聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。その困惑が顔に出てしまったのか、雲雀くんは「牧落が殴られたのは聞いたことねーだろ。牧落の兄貴がビンタさらたくらいじゃね」とあくまで躾の範囲かのようなフォローをする。
「……それにしたって、厳しいね……?」
「なんだっけな……そうそう、学歴が人生の汚点にならないようにしっかり勉強しろ、が口癖。怖いよなー、俺だったら家出しちゃう」
教育パパママなんて表現はいくらでも耳にするからそれ自体は気にならなかったけれど、そこまで具体的なエピソードを聞くと狂気を感じる。
「……よくそれで歪まないで生きてるね。普通に可愛いし普通にいい子じゃん、牧落さん」
「まー、あんな感じでうるさいけどな。世話焼きだし」
「弟もいるの? 牧落さん」
「ん? いや、兄貴だけ。なんで?」
「世話焼きっていうと大体下の兄弟いるイメージだから」
なんなら牧落さんの言動に世話焼きと言えそうなものはなかったので、お兄さんしかいないと聞いて納得した。確かに、あの言動は妹のものだ。
「牧落の兄貴って今年から大学だっけ」
「ああ、うん。なんかどっか東京の私立行った。ほらあの甲子園強いところ」
「ああ、早稲」
「そんなんだしさあ、アイツ、俺に絡むのやめたほうがいいと思うんだよね。俺、頭悪いし、胡桃の親からもつるむ価値なしみたいに言われてるし。でもって群青にいるし、なんか一緒にいたらアイツ巻き込まれそうじゃん」
「現に三国がそうだしな」
……そういえば、なぜ、拉致されたのは私だったのだろう。桜井くんと仲が良いのなら牧落さんでもいいはずだ。なんなら牧落さんのほうが美少女だし、新庄としても拉致する価値が高いはず……。
牧落さんが桜井くんの幼馴染だと知らなかった? いやでも、私が拉致される以前に牧落さんは5組に遊びに来て、桜井くんの幼馴染だと宣言していた。ただこれはあの昼休みこの場にいた人しか知らない話だ、やっぱり新庄は牧落さんが桜井くんの幼馴染だとは知らなかった可能性がある……。そうでなければ……、牧落さんではなくて私である必要があった?
「三国、どうかしたか」
「え? あ……いや……」
……考えすぎだろうか。きっと考えすぎだ。
そもそも、新庄と蛍さんが手を組んでる可能性だって、あるといえばあるけどないといえばない。どちらかに転がる決定的な理由は何もない。
拉致されたのが牧落さんでなく私だったことも同じ。蛍さんは、私と桜井くん達が仲がいいことは有名だなんて話していたし、それは蛍さんしか言っていないことだから信用できないとしても、海で黒鴉とかいうチームにも見られていたし。
どちらの可能性もあるから、無駄に疑うべきではない。でも同時に、無暗に信用すべきでもない。
「……なんか、蛍さんって謎だなって」
「そーか?」
「謎なのは三国を気に入ってることくらいだよな。でも蛍さんは南中で、三国は東中で……接点ないよな」
「……全く覚えがない」
珍しい苗字だし、あの見た目だし、接点があれば覚えていないはずがない。蛍さんに会ったのは、正真正銘、桜井くんに勉強を教えてた日が初めてだ。
私に限って忘れてることもないだろうし……と首を捻っていると、不意に肩を力強く掴まれた。陽菜だ。
「……どうしたの」
「……どうしたのじゃねーだろ」
キッと大きな釣り目が私を睨みつける。なんなら両肩を掴みなおされた。
「群青のメンバーって何? なんでそんなことになってんの? いつの間に何があったの!?」
「……桜井くんと雲雀くんとしょっちゅう一緒にいるからさっき来てた蛍さんに誘われて」
「群青の蛍さんだよね!? つか隣にいたのあの能勢さんでしょ!? ヤバ! 推し変わりそう! 能勢さんの色気やばいしやっぱ年上に勝るもんないわ!」
もっと責められるのかと思っていたけれど、陽菜の中で雲雀くんと能勢さんの順位が入れ替わっただけだった。入れ替わったというか、能勢さんが乱入したことで自然に雲雀くんが降下した。
「で、で? なんで蛍さんに告白されてんの?」
「いやあれ冗談だし……」
「でも蛍さんが三国気に入ってんのは本当じゃん」
「桜井くん、余計なこと言わないで」
「ヒッ」
つい冷ややかな声を出してしまったせいか、桜井くんが縮み上がるふりをした。
「え、で、群青のメンバーって? 姫とは違うの?」
「……違うんじゃないかな。だって……」
だって、蛍さんも能勢さんも、私を誘った理由がありそうな口ぶりだった……。……そういえば、桜井くんと雲雀くんが群青に入って得するのは蛍さんだけじゃなくて能勢さんもか……。
「だって?」
「……だって、なんとなく、ね」
「お前はまたそうやってボーッとした返事ばっかしやがって。少しくらい考えろよ、危ないなー」
考えてはいるのだけれど、人前にはっきり出すほどの確固たる根拠や自信のある答えを出せていないのだ。
「つか、池田?」
「えっなに!」
雲雀くんが突然陽菜の苗字を呼ぶので陽菜が興奮で跳び上がった。
「池田って蛍さんのこととか知ってんの。東中だろ?」
「中学は違うけど、蛍さんって有名じゃん。普通知ってるんじゃない、英凜とかはボーッとしてるから知らなかったけど」
なんだか最近みんなに同じことを言われる気がする。雲雀くんも「ああ、なるほど」なんて頷いてるし、桜井くんのいうとおり私のことをボケーッとしてると思っているのだろう。
「能勢さんは?」
「能勢さんは2年エースだから」ぐっと陽菜は親指を立てながら「クソイケメンで高身長で色気ダダ漏れ、しかもめっちゃ頭いいからね! 2年特別科のトップ、能勢さんでしょ」
「いやそれは知らねーけど」
「なんか群青じゃなきゃ全然早稲に推薦できたのにみたいに言われて『いや僕は実力で入れるんで大丈夫です』って言ったらしいよ。カッコイー!」
雲雀くんは陽菜の勢いに押されてたじろいでいる。そりゃそうだ、男子が男子の魅力を語られても困る。
「……ていうか、陽菜、いつもそういう話ってどこで仕入れてくるの」
「いや普通にマジでお前が知らないだけでみんな知ってるから。あ、でも能勢さんの話はバスケで聞いた」
陽菜は女バスに入っていて、その結果男バスとも仲が良く、よく情報交換をするのだと言っていた。おそらくそれだ。
「……じゃ三国と蛍さんはマジで関係ねーんだな」
「あ、もう全然。蛍さんに会ったの、今日が初めてだし。普通に一目惚れなんじゃね、英凜可愛いし」
「理屈が分からないものを可能性として考慮するべきじゃないと思う」
「英凜、マジでそういうとこ直したほうがいいと思う」
私が群青にいることで利益になること……私を群青の監視下に置く理由ができること……? そんなの、ただのトートロジーだ。
考えても考えても、答えは出ない。
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