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第三章  【王国史】

3-260 東の王国64

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「スミカ様、足元にお気を付けください」


「……あ、ありがとう。スライプ」


「あ!重たいものを持ってはいけません、これは私が……」


「お前……何をしている!?それは俺が持つ”役”だろうが!!」


「フン!早い者勝ちだと言ったろう?グズグズしているから、スミカ様からいつも注意されてるんだろ!?」


「騒がしくて申し訳ございません。さぁ、スミカ様……段差がございますので 私の手におつかまりください」


「「おい、スライプ……ズルいぞ!!」」






スミカは、そのおせっかいを鬱陶しくもうれしく感じる。
このような事態になったのも、スライプとの勝負の結果だった。






集落の中で一番の実力者、スライプとスミカの一騎打ち。
三本先取び勝負で、一本目は相手が女性……しかも身重の身体で無理などさせられないと油断をしていた。


しかし、それは自分の勝手な思い込みであったと身をもって知ることになる。

開始の掛け声と共に、どこに逃げようかと思考が働き始めたその時、視界の端に人影が見えた。
それと同時に、スライプの世界が半回転し、背中に地面が付いた感覚を覚える。

しかも相手はその身体を叩きつけ痛めつけるのではなく、地面に落ちる直前に衣服を引きそのスライプへのダメージの軽減させてくれる余裕も見せていた。




「……先ずは、一本ね」



妊婦の言葉に、何が起きたのかを悟るスライプ。
急いでスミカの傍から距離をとり、自分よりも小柄な女性の姿を凝視する。


周りにいたスライプの知人たちも、目の前で起きたことが信じられなかった。
この村にはスライプに敵う者は誰一人いない……しかし、目の前の女性は軽々とそのスライプを大人が子供を遊んであげるかのように投げ飛ばしたのだ。



「そろそろ次に行く?それとも、もう少し休憩するのかしら?」



スミカの言葉に、号令をかけていた男は今何をやっている最中なのかを思い出した。
スライプの顔を見て、問題ないことを確認し二本目の開始の合図を告げる。


その掛け声と同時に、スライプはスミカとの距離を詰める。
正面から直線状に走っていくが、先ほどのスミカの速さほどではない。
スライプは懐に入れていた、日常で出た燃えた灰を入れている小さな袋を取り出した。
それをスミカの足元に投げつけると、灰は破裂したように広がりスミカの視界を覆う。

その直前に見えたスミカの姿は、驚きもしない余裕のある表情だった。




(――ちっ!?)




腹立たしく感じるその表情は、こんなトリックなど気にもしないという態度の表れだった。

スライプはその煙に身を隠し、スミカの裏側に回り込んだ。
わざわざ走り込んだ時よりも遅く行動し、時間をかけることによって今の位置を悟られない様にした。


スライプはスミカのいると思われる位置に手を伸ばし、肩をつかんで引き倒そうとした。
もしかしたら、すでにこの位置にいないかもしれないという気持ちもあったが、スミカがその場から動いた気配は感じられない。


そしてスライプの伸ばした手の中指が、スミカの肩に触れる。
次の瞬間、スライプはその手首をつかまれそのまま引き寄せられた。
その速さに抵抗することもできないまま、スライプの胸部はスミカの背中に載せられて一本背負いで再び地面に投げ落とされた。
またしても地面の付く直前には、腕を引き上げられそのダメージが最小限になるように。






風で灰は流れていき、外から見えなかった二人の姿が現れる。
そこには、またスライプが地面に横たわっている姿があった。







「さぁ、最後の一本よ。どうするの?」



スミカは腕を組んで、スライプを上から見下ろす。
息も上がっていない、汗一つかいていないその表情は美しくも見えた。


スミカの姿を見とれてしまいそうになる自分の気持ちに、喝を入れスライプは気合を入れるために身体を後方に丸め、そのまま足を蹴り跳ねて起き上がる。


スライプのスミカを見る目は今までのものとは異なり、遊びない強敵を見る目に変わっていた。


スライプさん




「おい……」


スライプは、周りで見ていた仲間に武器を持ってくるように要求した。
手渡されたのは、二本の長い棒。
一本はスライプの手に、もう一本はスミカに投げて渡した。


スライプは手元でクルクルと棒を回して、その感触を確かめる。
確かめ終わると、坊の先をスミカに向けて最後の合図を待つ。





「この手の武器は得意じゃないんだけど……」



そう言いつつもスミカも渡された棒をクルクルと自在に操って見せる。
そして、スライプと正反対の構えを見せた。



「三本目――はじめ!!」



誰かが発した合図と共に、スライプは雄叫びをあげながらスミカに向かっていく。
もう後がないスライプは、何とかスミカに一矢報いようと襲い掛かる。
最初は気にしていた身重の状態も、今となっては頭の片隅にも残っていない。
実力差が開きすぎて、こちらが手加減をしている余裕などもうどこにもなかった。


”どうしてこんなことをしなければならなかったのか……”、それすらも思い出すことができないくらいに目の前の小柄な女性に弄ばれていることが許せなかった。


スライプは何度打ち込んでも、スミカが動じることもなく必要最小限の動きで交わしていく。
そして、最後に留守になった足元を棒で払われ、スライプはまた空を仰ぐことになった。






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