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第四章  【ソイランド】

4-45 グラムの記憶2

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「”べラルド・アブダル”――その男は、私の上官でもあった人物です」





ハルナは視線をステイビルへと送り、その名を知っているか無言で尋ねる。
ステイビルは、その目線の意味を悟り、ハルナのその視線に対し首は横に振って答える。


警備兵の中で役職を持つ者とはいえ、そのくらいの役職であれば百数人は国内にはいるだろう。
王子だからといって、全ての人物を覚えて等いられるはずなどない。




「で、そいつは……何者なのだ?今回の件と何か関係が……?」



ステイビルはグラムに再び問いかけると、パインの就任パレードの際に起きた事件を話す。






グラムはパインのための就任パレードが開催されると知り、何とかパインと接触を試みるべく廃墟から出て街中にその身を隠した。
当日、町の沿道の大衆の壁の後ろに隠れ、建物の間に身を寄せてパレードが来るのを待つ。

しばらくすると、表通りから大歓声が沸き起こり、人々はパインの名を大声で呼び始める。
グラムは建物の影から、そっと覗き込むと、二頭の馬に引かれる屋根のない馬車の椅子に座るパインの姿が見えた。



「――パイン!!私だ!グラムだ!!!」




歓声に紛れて、グラムは自分の妻の名を何度も呼び掛ける。
だが、周りの住人も同じようにパインの名を呼んでいるため、その声の中にかき消されてグラムの声は届いていない様だった。
グラムは町の人にぶつかり、パインの名を何度も叫びながら馬車と並走していく。
その姿をパインの横から見つけたある男が、背中に下げていた弓を構え矢を番い弓を引き、その目標をグラムに合わせる。
だが、そのグラムと男の間には関係のない人々が並んでいる。
グラムはその男の顔を見つけ、名前を叫んだ。



「――べラルド!」



沿道の人々は急に馬車の上から矢を向けられ、何が起きたのか理解できずにパニックになる。
その直線上から誰よりも先に離れようとする者、頭を抱えてその場にうずくまる者、恐怖で泣き叫び身動きが取れなくなる者。

グラムの前に無関係の人が存在していたとしても、べラルドという男は構わず矢を放つ男であることをグラムは知っている。
作戦だけを重視しするべラルドにとって、それらを実行する部下や目的となる敵はただの状況や数量でしかない。
部下は自分の任務を遂行す材料で、もしも減るならば”補充”すればよいだけと考えているような人物だ。
そんな男の放つ矢が、自分以外の住人を考慮して矢を放つはずがない。しかも、あの男の武術は自分よりも劣っていたはず。


そう考えたグラムは、自分がべラルドの的になっているため、住民に被害が出ないように再度建物の間に隠れた。
自分の愚かな行動が起こしてしまったことが原因だが、住民に被害がないことは幸いだった。

グラムは警備兵に追いかけられながらも、何とか再び廃墟の中に潜り帰ることができた。


その夜、グラムはあの騒動の中でも、馬車の上で何一つ顔色を変えなかったパインの冷たい表情を思い返す。
あの表情は民が暮らしが幸せになるようにと一緒に願っていたパインの表情ではない……




「私のことを……忘れてしまったのか……パイン」




べラルドが変えてしまったのか……パイン自身が変わってしまったのか。
グラムは二人の子供が生まれた時、二人で一緒に喜んだ笑顔を思い出しながら涙を流した。






「……そのべラルドっていう男は、今もこの町にいるんですか?」




エレーナは抱えていたクリアを今度はサナに渡し、ずっと同じ体勢で固まった背中を伸ばし自分の拳で腰を叩きながら会話に加わる。




「……はい。いまでは、ソイランドの警備兵の最高司令官です」



「それは……まさか、その魔物の襲撃事件の後に就任したのか?」


グラムは、ステイビルの問いが正しいと頷いてみせた。


「これだけ聞くと、いろいろと裏がありそうですね……あ」


「……どうした?ハルナ」


「え……っと。たしか王選が始まったのは、今の話の後ですよね?この町からはクリエさんが選ばれていましたが、それは誰が決めたんですか?」


「……そのこともこれからお話しするつもりでした。そのことは私の娘であるメリルにも関係があるのです」


「メリ……ル」





その名を聞き、ステイビルは一度だけ名前を口にした。






ソイランドからの精霊使いの選出は、メリルが選ばれるように動いていた。
しかし、メリルだけでなく他の精霊使いと選出するべきとの王国からの指示があり対抗馬を用意するように命令された。
王国からの命令だけはパインも断ることが出来ず、メリルともう一人を選出し競わせる形をとらせた。


そして、不正が出来ないように王国騎士団と王宮精霊使いが見守る中その戦いは行われた。
その結果、僅差でクリエが勝利した。

負けた時のメリルの顔が、悔しそうでないことを気に触ったべラルドは警備兵としての命令でソイランドの外の勤務を命じた。
表向きは、警備兵から水の精霊使いの力を借りたいという依頼の元で。
本当は、フリーになったメリルが他の町へ逃げ出さないためソイランドに縛り付けるための手段だった。








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