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第1章
兄の訪問
しおりを挟むミルクを飲み終えて少しすると、父は仕事があるようで部屋を出ていった。
そして、ばぁやと2人きりになった部屋では、ばぁやによる早すぎる言語教育が始まっていた。
「坊ちゃま。ばぁや、ばぁやですよー。」
「ぅ~」
生まれて1週間では無理だぞ、ばぁや。
1歳になるまで待ってくれ。
恐らく「ばぁー」くらいなら言えるようになるはずだ。
コンコン
「アドルファス様がお目見えです。」
「あら、どうぞお入りくださいませ。」
ばぁやの早すぎる教育がしばらく続きうんざりしているところに、扉のノック音が響き、聞きなれない名前の人物が部屋に入ってきた。
だが、ベッドの壁が邪魔でよく見えない。
「アドルファス様、ルナイス様に会いに来られたのですか?」
「あぁ。」
無愛想な声が聞こえたと思ったら、にょきと壁の向こうから父に似たこれまた綺麗な幼い顔が覗き込んできた。
じーと見られたと思ったら、壁の向こうに顔が消えていった。
「見づらい。」
「ではルナイス様にこちらに来てもらいましょうねぇ。」
ばぁやはニコニコ笑って僕を抱き上げ、部屋のふかふかな絨毯の上に僕を寝かせる。
壁がなくなったおかげで、先程壁越しに僕を覗き込んでいた人物の全体像が見えた。
ばあやのお腹辺りまでの身長の男の子がじっと床に寝転がっている僕を凝視している。
しばらく見つめ合っていると男の子はジリジリとゆっくり僕に近づいてきてツンと僕の頬をつついた。
つついては、じっと見つめ、つついては、じっと見つめ…
「ルナイス様。この方はルナイス様の兄君でいらっしゃるアドルファス様でございます。」
果てしなく続きそうな状況に痺れを切らしたばぁやが、目の前の男の子の紹介をしてくれた。
彼はどうやら僕のお兄様であられるらしい。
お兄様は父と同じ黒髪に金色の瞳をしているのだけど、よく見るとオレンジ色が混じっていて太陽みたいでかっこいい。
「…うっ」
ポタリ
「アドルファス様!どうなさったのですか?」
僕の頬を無表情でつついていた兄は突如太陽の瞳に涙を溢れさせた。
ばぁやが慌てて心配そうに兄の前にしゃがみこんで様子を伺っているが、兄は俯いて嗚咽をもらすばかりで、何故泣いているのかは分からない。
「ぐず……弟は…っひく…う、嬉しい…けど…っ…母様が!…弟がここに…此処にいるのに!か、母様が居なぃぃ!」
しばらく乱暴に涙を拭いながら兄が吐露した言葉は僕の心に深く突き刺さった。
ばぁやも涙を流して兄をそっと抱きしめたる。
きっと兄は弟である僕を抱いて帰ってくる母を待っていた。
だけど、ここに居るのは僕だけで…母は何処にも居ない。
分かってはいたけど、きっと少しばかり期待していたのではないだろうか。
ドアを開けた先に、弟を抱いて微笑む母がいることを…
泣いている兄とばぁやに反して僕の瞳から涙はこぼれ落ちなかった。
泣けない…
母をこの子から奪った僕は…泣くことなんてできない。
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