破れ鍋の使い道

蒲公英

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 月曜日の午前中の仕事のために、健太は営業車を運転していた。まだ時間があると思ったときに、道の少し先が篠宮建設だと気がついた。普段ならまったく忘れている課長の言葉を、その朝は思い出した。
 用事がなくても、ときどき顔を繋いで話をしやすくしておけば、別の案件が出たときにすぐ連絡がもらえるぞ。御用聞きじゃなくて、挨拶程度でかまわないから。
 仕事なんて別に増えなくても構わないのだが(いや、会社的には構うだろう)、時間はあるしコンビニのコーヒーだって一日に何杯も飲みたいものじゃないし、それに。
 挟ませて欲しいってのは本音だったが、まさか女の子が集団で帰ってしまうとは思わなかった。つまり、それは多くの女の子を怒らせるような言葉だったのか? だって巨乳って包容力ありそうだし、グラビアなんかそれを売り物にしてるじゃないか。男に見せびらかして、妄想を煽るのが嬉しいんだろ?

 根本から間違っていることに、健太は気がつかない。圧倒的にスキル不足なのは、その言動に問題があるということを指摘する前に女の子が去ってしまうからである。
 無駄に顔が良いものだから、合コンには結構呼ばれる。女の子を呼ぶためのパンダとしては重宝するからだ。連れ出すことに成功する場合もあるけれど、一度目はノリで、二度目にちゃんと会って可愛いかもと思い、三度目につきあおうかと言うと、大抵断られる。運良く数ヶ月続いても、最終的にはふられる。そこで己を顧みれば良いのだが、またすぐに女の子と仲良くなれちゃうので、執着しない。
 クラスの女の子、バイト先の女の子は軒並みNGだったが、あまり気にしていなかった。自分がいいなーと思う女の子には彼氏がいることが多かったし、友達づきあいしていて素気無くされたことはなかったから、たまたま自分が恋愛対象にならないのだと思っただけ。残念と言われることは多くても、そこが個性だと認識していた。

 篠宮建設の駐車場に車を入れたとき、奥の車から川島部長が出てきた。
「あれ、今日は何か約束してた?」
「いいえ。近くを通ったので、ちょっとご挨拶していこうと思いまして」
「ふーん。機嫌取ったって物件なんか出ないよ」
 言葉はつれないが、お茶を出すから寄って行けと誘われるままに、雑談しながら自動ドアに向かう。受付カウンターで、最近覚えた顔が妙に慌てた面持ちでこちらを見ているが、今は話しかけられない。



 川島部長が誰かと話しながら入ってくるなと思いながら、莉乃は挨拶のために立ち上がりかけて、中腰のまま固まった。物件もない今、來るとは思わなかった。やばいやばい、川島部長が機嫌よく喋ってるじゃないの。
「富田さん、コーヒーちょうだい」
 そう言って打ち合わせスペースに入っていく川島部長の後ろから、健太がニコニコ手を振る。手なんか振らないでよ、あんたと親しいと思われたくない。
 給湯室でインスタントコーヒーの粉に湯を注ぎ、盆に乗せる。一瞬本気で台布巾を絞ってやろうかと考えたが、そこは大人の分別で我慢しておく。パーテーションだけで仕切られた打ち合わせスペースから、川島部長の笑い声が聞こえる。

 コーヒー碗をテーブルの上に置いたとき、川島部長が礼の言葉と一緒に言ったのは、予想通りだった。
「渡辺君と同級生だったんだって? なんで言わないの」
 対面を見ると、健太がやっぱりニコニコしている。週末に莉乃がショルダーバッグを振り回したのを忘れたとでも言うのか。
「同じ教室にいても、話したことはありませんでしたから。渡辺君は気がつかないようでしたし」
 なるたけ健太の顔を見ないように、川島部長にだけ向かって答えたが、健太が口を挟んだ。
「ね、冷たいでしょう? 言ってくれれば、帰ってから卒業アルバムを見たりしたのに」
「そうしないと思い出さないくらいなら、知り合いでもありません」
 素っ気なく言い放ち、席を離れた。同じクラスにいたってだけで、馴れ馴れしくすんな。

 健太が帰ったあとに茶碗を洗っていたら、また川島部長が顔を出した。暇なら一緒に設計している人のファイルでも手伝ってやれば良いようなものである。
「朗らかな好青年だねえ。今からでも仲良くすればいいのに」
「そうですね、じゃあ同窓会ででも」
 適当な相槌を打つが、まっっったくそんな気はない。
「ここのところ、結婚式のスピーチとか呼ばれなくってねえ」
 出たよ、余計なお世話が。
「私より、経理の阿部ちゃんのほうが早いんじゃないですか? お友達も多いみたいだし、明るいし」
 上っ面の笑顔で茶碗を片付け、カウンターに戻る。セクハラとしては微妙な線で、世間話といえば言えなくもない。
 カウンターに戻ると、馴染みのビルのオーナーからテナントの新規契約について連絡が来ていた。カウンターに座っているとはいえ受付嬢ではないので、パソコンからデータを取り出し、本来の業務に戻る。中企業ってのは個人個人のカバー範囲が広いから、意外に忙しいのだ。

 仕事が終わって駅の本屋で本を眺めている真っ最中に、後ろに立った男がいる。
「いやー、なんかこの前からよく顔を見るなあ。駅、ここだった?」
 卒業から七年間、駅でなんか会ったことはなかったのに。そしてこの男が、本屋にいるなんて。
「そっちもこの駅?」
「隣。富田が電車降りるときに、見たから」
「それだけでわざわざ降りたの?」
「なんか怒ってそうだから、もしかしたら根に持たれるようなこと言ったのかなって」
 思い出した。このバカが嫌われない原因は、自分が悪かったら潔く認めるからだった。
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