14 / 54
どこかで見たタイプの
しおりを挟む
南文化センターの入り口で立ち止まり、よしっと足を踏み出す。展示室は一階なので、入ってしまえば目の前だ。ここ、少し前に掃除に来たよなーと思いながら、床を見る。よしよし、汚れてないね。じゃあちょっと、トイレもチェックして行くか…… ここで仕事脳になってしまうのは、和香が今必死に仕事を覚えているからである。
手洗いに入って、鏡を見る。水の飛び散った跡があるが、この程度なら大丈夫。洗面台のシンクも水垢はついていない。では肝心の個室の中はいかがでしょうかと扉を開け、便座を上げてみた。
いきなり皺が寄った眉間を指先でほぐし、何をしているんだと呟いた。和香は今日、仕事に来ているのではないのである。プライベートで遊びに来て、勝手に点検したことを、誰に報告するというのだ。
初っ端に余計なことをしたのが功を奏したか、展示室に入るときには緊張していなかった。受付で手製のリーフレットなど受け取り、パーテーションで仕切った展示を見る。どうもバードウォッチングの会の写真とハンドクラフトの小物の展示がメインで、骨格標本や模型はないらしい。中学校の作品展みたいに、模造紙に分布図や特性を書いて展示してある。素人サークル丸出しのレイアウトだ。これでは確かに、客は呼べない。ハンドクラフト品の前には出展者の販売サイトが記載された名刺があり、欲しければそこから購入してくれということらしい。客より明らかに主催者側の人数が多く、写真の前では身内同士の話が繰り広げられている。
「用務員さん」
後ろから声を掛けられて驚いて振り向くと、どこかで見た女の子だ。和香を用務員さんと認識しているのだから、舘岡中の生徒なのだろう。
「舘岡中の科学部です。去年は水木先生が顧問だったので、学校の近所の公園とかで野鳥の観察してたから」
「ああ、この掲示物って舘岡中で作ったの?」
中学生って、こんなに大人っぽかったっけ。お肌ツヤツヤ髪サラサラで、足キレイ!
「部として作ったんじゃなくて、個人的に参加。一生懸命書いたんだけど、やっぱり中学生クォリティでダサかった」
ハキハキ話す彼女は楽しそうで、なんだかキラッキラだ。しかも私服の着こなしがセンスいい。
「用務員さん、最近学校に来てないですね」
「職場が変わったから……」
はるか年下の女の子のお喋りに、勢い負けしそうだ。
「鳥、好きなんですか? わざわざ来たの?」
どう答えようかと迷ったときに、スタッフドアが開いて水木先生が顔を見せた。
頭を下げながら、水木先生は言う。
「榎本さん。わざわざ来てくださって、ありがとうございます。呼んじゃって申し訳ありませんでした」
「え、水木先生が来てくれって言ったの? ナンパ?」
和香が頭を下げるより早く、彼女が突っ込んだ。
「大人が話してるときに、嘴入れない!」
白衣でもジャージでもない水木先生ははじめてで、それでなくとも緊張ものなのに、この生徒に向ける水木先生の笑顔がとても優しかったのだ。仕方のないヤツだなって呆れながら許容している笑みは、絶えず指導する立場の学校内では見られない表情。
「申し訳ありません、佐藤が失礼しました。僕が撮った写真もありますし、舘岡中の生徒が書いた掲示物もありますので」
案内してくれようとするその後ろに、また佐藤さんがついてくる。
「先生、ジュース奢ってー」
「榎本さんはこれから案内するの。佐藤はもう見終わったんでしょ」
「けちー。せっかく来たのに」
和香がいなければ、水木先生は佐藤さんとフロントのベンチに座って、一緒にコーラなんか飲んでいたのかも知れない。だからといって、水木先生が佐藤さんに賛同しない以上、和香が遠慮するのもおかしい。
写真を一枚ずつ見ていると、既視感のある風景があった。満開のアンズの木の中に、緑かかった褐色が鮮やかな小鳥たちだ。数羽で遊ぶ遠景と、鳥の目がまん丸く見えるアップ。
「これ、舘岡中ですよね」
思わず隣を仰いだ。
「ああ、やっぱりわかりましたか。そうです、舘岡中のアンズとメジロです」
水木先生が答えると、そのすぐ後ろにいた佐藤さんが、膨れっ面をしてみせた。
「あーあ、つまんないから帰るね。またね、水っち」
慌てて引き留めようとする和香を目で止めて、水木先生は佐藤さんに頷いた。
「気をつけて帰れよ。科学部の連中にも、よろしく言っといてくれ」
なんだか気落ちしたような後姿を、和香は見送った。
一通り案内してもらって受付まで戻ったら、休憩でもと入り口近くの自動販売機に導かれた。
「何が良いですか」
「コーラでお願いします」
入口近くのベンチに並んで座り、プルタブを引いた。
「佐藤さんを帰させてしまって、すみません」
和香が詫びると、水木先生は小さく笑った。
「あの子ね、友達を作るのが上手じゃなくて。今日もひとりだったでしょう」
驚いて、水木先生の顔を見る。和香に話しかけた佐藤さんは、闊達で屈託のない女の子に見えた。
「立場が違う相手とか大人相手だと大丈夫なんですが、同年代の女の子同士が難しいみたいで。少しテンポがずれただけで、笑われるんじゃないかみたいな顔して引っ込んじゃう。誰も気にしないし、大人になるころには馴染むことを覚えるだろうし」
和香が口許を押さえてしまったことを、水木先生は違う意味にとったらしい。声を明るく転調させて、もう一度写真を見ていってくれと言った。
「今日は教師じゃないんで、生徒の話はここまでにしときます。飾ってはいませんけど、メジロの写真がまだあるんです。奥に置いてあるので、見ていってくれませんか」
手洗いに入って、鏡を見る。水の飛び散った跡があるが、この程度なら大丈夫。洗面台のシンクも水垢はついていない。では肝心の個室の中はいかがでしょうかと扉を開け、便座を上げてみた。
いきなり皺が寄った眉間を指先でほぐし、何をしているんだと呟いた。和香は今日、仕事に来ているのではないのである。プライベートで遊びに来て、勝手に点検したことを、誰に報告するというのだ。
初っ端に余計なことをしたのが功を奏したか、展示室に入るときには緊張していなかった。受付で手製のリーフレットなど受け取り、パーテーションで仕切った展示を見る。どうもバードウォッチングの会の写真とハンドクラフトの小物の展示がメインで、骨格標本や模型はないらしい。中学校の作品展みたいに、模造紙に分布図や特性を書いて展示してある。素人サークル丸出しのレイアウトだ。これでは確かに、客は呼べない。ハンドクラフト品の前には出展者の販売サイトが記載された名刺があり、欲しければそこから購入してくれということらしい。客より明らかに主催者側の人数が多く、写真の前では身内同士の話が繰り広げられている。
「用務員さん」
後ろから声を掛けられて驚いて振り向くと、どこかで見た女の子だ。和香を用務員さんと認識しているのだから、舘岡中の生徒なのだろう。
「舘岡中の科学部です。去年は水木先生が顧問だったので、学校の近所の公園とかで野鳥の観察してたから」
「ああ、この掲示物って舘岡中で作ったの?」
中学生って、こんなに大人っぽかったっけ。お肌ツヤツヤ髪サラサラで、足キレイ!
「部として作ったんじゃなくて、個人的に参加。一生懸命書いたんだけど、やっぱり中学生クォリティでダサかった」
ハキハキ話す彼女は楽しそうで、なんだかキラッキラだ。しかも私服の着こなしがセンスいい。
「用務員さん、最近学校に来てないですね」
「職場が変わったから……」
はるか年下の女の子のお喋りに、勢い負けしそうだ。
「鳥、好きなんですか? わざわざ来たの?」
どう答えようかと迷ったときに、スタッフドアが開いて水木先生が顔を見せた。
頭を下げながら、水木先生は言う。
「榎本さん。わざわざ来てくださって、ありがとうございます。呼んじゃって申し訳ありませんでした」
「え、水木先生が来てくれって言ったの? ナンパ?」
和香が頭を下げるより早く、彼女が突っ込んだ。
「大人が話してるときに、嘴入れない!」
白衣でもジャージでもない水木先生ははじめてで、それでなくとも緊張ものなのに、この生徒に向ける水木先生の笑顔がとても優しかったのだ。仕方のないヤツだなって呆れながら許容している笑みは、絶えず指導する立場の学校内では見られない表情。
「申し訳ありません、佐藤が失礼しました。僕が撮った写真もありますし、舘岡中の生徒が書いた掲示物もありますので」
案内してくれようとするその後ろに、また佐藤さんがついてくる。
「先生、ジュース奢ってー」
「榎本さんはこれから案内するの。佐藤はもう見終わったんでしょ」
「けちー。せっかく来たのに」
和香がいなければ、水木先生は佐藤さんとフロントのベンチに座って、一緒にコーラなんか飲んでいたのかも知れない。だからといって、水木先生が佐藤さんに賛同しない以上、和香が遠慮するのもおかしい。
写真を一枚ずつ見ていると、既視感のある風景があった。満開のアンズの木の中に、緑かかった褐色が鮮やかな小鳥たちだ。数羽で遊ぶ遠景と、鳥の目がまん丸く見えるアップ。
「これ、舘岡中ですよね」
思わず隣を仰いだ。
「ああ、やっぱりわかりましたか。そうです、舘岡中のアンズとメジロです」
水木先生が答えると、そのすぐ後ろにいた佐藤さんが、膨れっ面をしてみせた。
「あーあ、つまんないから帰るね。またね、水っち」
慌てて引き留めようとする和香を目で止めて、水木先生は佐藤さんに頷いた。
「気をつけて帰れよ。科学部の連中にも、よろしく言っといてくれ」
なんだか気落ちしたような後姿を、和香は見送った。
一通り案内してもらって受付まで戻ったら、休憩でもと入り口近くの自動販売機に導かれた。
「何が良いですか」
「コーラでお願いします」
入口近くのベンチに並んで座り、プルタブを引いた。
「佐藤さんを帰させてしまって、すみません」
和香が詫びると、水木先生は小さく笑った。
「あの子ね、友達を作るのが上手じゃなくて。今日もひとりだったでしょう」
驚いて、水木先生の顔を見る。和香に話しかけた佐藤さんは、闊達で屈託のない女の子に見えた。
「立場が違う相手とか大人相手だと大丈夫なんですが、同年代の女の子同士が難しいみたいで。少しテンポがずれただけで、笑われるんじゃないかみたいな顔して引っ込んじゃう。誰も気にしないし、大人になるころには馴染むことを覚えるだろうし」
和香が口許を押さえてしまったことを、水木先生は違う意味にとったらしい。声を明るく転調させて、もう一度写真を見ていってくれと言った。
「今日は教師じゃないんで、生徒の話はここまでにしときます。飾ってはいませんけど、メジロの写真がまだあるんです。奥に置いてあるので、見ていってくれませんか」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
『 ゆりかご 』
設楽理沙
ライト文芸
- - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - -
◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
――――
「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語
『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』
過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、
そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。
[大人の再生と静かな愛]
“嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”
読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。
――――
・・・・・・・・・・
芹 あさみ 36歳 専業主婦 娘: ゆみ 中学2年生 13才
芹 裕輔 39歳 会社経営 息子: 拓哉 小学2年生 8才
早乙女京平 28歳 会社員
(家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト)
浅野エリカ 35歳 看護師
浅野マイケル 40歳 会社員
❧イラストはAI生成画像自作
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる