演説者は拘束を解く

松平 なま暗

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Ⅰ巻

三話 始まった生徒総会

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               〇

「はぁ、ついに明日かあ」
 日曜日。それは人から見れば休みの日でラッキーかもしれない。また人から見れば明日仕事や登校だという面倒くささを感じているかもしれない。そして、榊原 芹菜はとても隠し切れないほどに緊張していた。
 学校生活では周りから「よくわからない」「おかたいひとっぽい」と言われるが、そんな榊原でも人間だ、緊張くらいする。
 彼女は家の自室で、机に珈琲とチョコレートを置き、ヒジオキのある椅子に脚を組んで座っている。手には幾枚ものホッチキスで止められた紙が有り、それを見ながらぶつぶつシュミレーションしていた。

「ええと、環境福祉委員長に質問です。委員長が来て……。ええ、最近、環境福祉委員で行われている朝もノップがけが……ってああっ!「の」と「も」を間違えたっ!」
 思わず、シュミレーションでも心配してしまう情けない自分に腹が立ち、まとめられた紙をカーペットの敷かれた床にたたきつけた。
 たたきつけ、数十秒掌で目抑え、暗黒を作る。何も見えず、ただ、一階からはフライパンで焼く料理の音が五月蠅く耳に入る。
 ………ああ、本当に、校則改定委員会なんて設立して、委員まで作って、本当に明日大丈夫なのだろうか。
 不安だけが頭を飛び、消そうと思って不安を誤魔化すと、にゅるりと何処からかまた不安が飛んでくる。まるでイタチゴッコ。きりが無い。
 ちょっと気分転換にと、立ち上がって、部屋を出ようとドアノブを捻り、。しかし、

「開かないだとっ!?」
 幾ら押し込んでも、扉はびくともしない。まるで反対側から同じ力が働いているように。だから、の可能性を考えて、叫んだ、
「母さん!そちらからこちらへ押し込んでいないかあ!?」
 しかし、反応は無い。

 ………しょうがない。使いたくないのだが。

「みきちゃーん!そちらからこちらへ押し込んでいないかあ!?」
「ええーー?!」
 とどたどた階段を駆けてくる音が聞こえた。
「あれ?母さんがやってるんじゃないのか?」
 そして母が扉の前に着いて。
「何?どうしたの?芹菜せりにゃん!」
「あ、ああみきちゃん。誰かこちらに扉を押し込んでいる者がいるのか?」
 補足:榊原の母親は「みきちゃん」と呼ばれないと反応しない。また、芹菜のことを「せりにゃん」と呼んでいる。
 それに対し、母は
「え?いないわよ?」とみきちゃんは
「えっ!?」
 その扉の進んだ方向は、部屋側。つまり、なのだ。
「あーあ。そういや引き戸だったなあ」
「疲れてるの?ほら、せりにゃんの好きな緑色のケーキ作ったから、降りてきなさい?」
 と、外見二十代前半、実年齢三………の母はウインクして、招いた。
 さっさと降りてゆく母の背を見て、こう思った。

 私、十六歳未満違法な母から産まれていないだろうか。

               〇

 そして、スマホをぼーっとみていると、先日交換したばかりの校則改定委員会のグループチャットで、高桑くーの送ったメッセージの報告が画面右上に表示された。
 それを榊原はタップ。開いてみると、

「~明日の総会で緊張していたら~
 これ見てね。」
 と文字に続いて画像が表示された。見ると、

  全裸のおっさんが国会議事堂が屋根の上でふんぞり返っている。画像だった。

「ふっ」
 思わず弱り切っていた精神のひっかかりが、今、ほどけ良い状態へと再構築されていっている。
 ………こんな変な画像で、
 笑い、元気が出る、私は、おかしいだろうか。
 ………いや、
 おかしくないだろう!

               〇

 そして、いよいよその日はやってきた。月曜日。
 彼女は、心配で、不安で起きているのではない。
 ………私の設立した委員会だ。最後まで責任を持って勝利に導くというのがスジだろう。
 必死に、家にパソコンが無いので、手書きで紙にペンを走らせる。
 ………汚い字だなあ。
 そう思っても、綺麗に書こうと思わない。それは何故だか自分でもわからない。しかし、やれることが自分の目の前にあったら、やりきるものだ。

 そういって、彼女は学校から持ってきた古紙の束に、メモを書き終えたのは、午前二時だったという。

               〇

 そして、その日の朝がやってきた。天気は快晴。澄んだ空気はしかし、少し強い日差しを直接通すような気がして、あつくも感じられた。
 現在時刻午前七時三十分。は事前にチャットで計画していた通り、校則改定委員会の部屋に集まっていた。
 皆それぞれ、自分で作ってきたプリントに、榊原が夜遅くまで書いていたプリントを重ね、新たに文章を考えていた。
 そして、委員長格の女は言った。

「皆。今日は絶対勝利をつかむぞ!」
 部屋に飾られた「目指せ!多重役職者!」の張り紙が、輝いた。

               〇

「では、これから、X年度、生徒総会を始めます」
 全校生徒と全教師が集まった体育館。ステージ側、中央に向かって座っているのが「役職者(ランクが上の者のみ)」であり、体育倉庫側、中央に向かって座っているのが「一般生徒(その他役職者と無職者)」正副議長(三年の代議委員代表男女二人)の司会、男の方が言った。
「司会は私「上条かみじょう 裕太ゆうた」と」
 女の方が
増井ますい 理沙りさです」
 それでは、と女は続けて

「まず、生徒会活動計画の議決について討議します。手元の配布物、二ページを開いてください」
 紙のパラパラ、という乾いた音が体育館に響く。
「それでは、生徒会長霧島星夜さんお願いします」
 と、体育館中央。そこには演説用の台が有り、そこにあったマイクの前に生徒会長は立った。
「はい。それでは、生徒会の活動ですが、一つ目は「挨拶隊」です」
 彼は、一息入れてから、
「挨拶隊は、存じのとおり「朝玄関に立って挨拶をする」という生徒会本部の活動です」
 これは、
「校内の雰囲気を朝から、挨拶で盛り上げ、一日を明るく振舞ってもらおう、というのが狙いです」
 次に、
「環境福祉委員と協同した敬老会です。これは、自主参加で公募し、当日に歌をお年寄りの前で歌うというもので、これは主に「地域交流」を目指した活動です」
 そして、最後
「GO!じゃんぴんぐです。冬季に行われる、学級対抗の大縄跳び大会です。これは「忍耐力」と「協調性」を高めるという意味で行われています」
 はい、終わりです。と彼は言い、マイクから離れた。マイクから三歩程離れて、そこで立つ。
 司会が
「ありがとうございます。では、何か質問、意見がある方は、正面にどうぞ」
 と言うと、まず、一人の男子生徒が出てきた。
 黄色いラインの名札、一年の加藤計人だ。
 彼は、生徒会長が話すときに使った台の向かい側におかれた、一般側の台のマイクに向かい、

「一年二組。校則改定委員加藤計人です。生徒会活動の「挨拶隊」について、質問が有ります」
 彼は、依然立っているだけの生徒会長の方を見て、
「挨拶隊は、確かに、挨拶で雰囲気を明るくできるかもしれません。しかし、」
 手でも、訴えかける。
「本当に必要でしょうか」
 手は指揮者のように、何かを描くように華麗に、
「自論ですが、私はあまり挨拶されて嬉しくありません。毎朝挨拶される度、ああ、うっとーし、と思えます。これは私だけでしょうか?ねぇ、ここにいる人達の中にも嫌な人がいるかもしれません。ですが、挨拶されて嬉しい人もいるかもしれません。ええ、ですから」
 笑って、
「皆が嬉しい方法を取りませんか?」
 ここでは、否定をしたならばその解決策まで言って、初めて否定できるのだ。だから、
「生徒玄関は、二つ、入口が有ります。ですから、片方を挨拶隊で固め、もう片方はフリーにすればいいのではないでしょうか。朝からしつこく思うんです。そんな心にも思っていない様な笑顔で。」
 では、
生徒会長そちらからお願いします」
 はい、と生徒会長は再び演説台に現れた。
「では、そちらに対して反論を言いましょう。今あがった意見は
 ・挨拶されて嬉しい人と嬉しくない人がいる
 ・だから挨拶隊の活動場所を固めればいいのでは
 の二つです。」
 まず、と
「挨拶されたら嬉しい人と嬉しくない人がいる、という意見ですが。実は、皆嬉しいのではないでしょうか」
 理由は、
「誰だって話しかければ嬉しい、と私は思います。そりゃあ、人見知りの人や、うっとしいと思う人もいるかもしれません。しかしそれは――――――人と話すのが嫌い、苦手な人なんですよ。つまり」
 手を合わせ、
「皆が「人と話すことを幸」と捉えられればいいわけです。ですが、それはなかなかに難しい。なので、私からはこう、言います。「挨拶を続ければ、きっと皆嬉しくなれる」と」
 だって、
「個人差というものが有ります。それはしょうがないです。しかし、事は、社会に出ても良くない。そう思えば、きっとこの活動は「将来皆が嬉しくなる活動」と言えるでしょう」
 左手を突きだし、二本、指を立てた。
「二つ目です。挨拶隊を固める、というものですが。仮に、貴方が玄関の挨拶隊のいないほうから入ったとしましょう。その時、もう片方の入り口では活発に挨拶が飛び交っています。さて、貴方は「嬉しい」ですか?」
 寂しいと、思いませんか?
「こればかりは、個人的にいえるものではないのですが、それでも「目の前にある事柄から背を向ける」のは良くない事でしょう」
 だから、まとめると
「挨拶隊は、活動していることで「現在と将来」の「幸」を作り出し、また「目の前の事柄に対応する」力までつける事の出来る、大変良い活動と言えるでしょう。どうです、何か他に有効な解決策はありますか?」
 加藤は、黙り込んで、手元にある台を睨むように俯く。
 ………っ!何か、何か言えることはないのかっ!
 意外と浮かばないものだ、と考えた、その時。目の前の生徒会長戦士は、口元を緩め、こう、言った。
「分かりました。貴方の意見も取り入れ、今後の挨拶隊の活動に役立てて見せましょう。ですから、今回は―――――――」

「―――退却願います。敗北者加藤君。引き分け、と、そういう事にしておきますから」
「っ、」
 生徒会長の言葉が、加藤の精神を貫いた。「引き分け」という敗北者をなだめるようなその言葉に、心は荷重を背負った。
 暫く、気持ちを整えなければ、ならないなあ。そう、独り言を言いながら加藤は席へと戻った。

               〇

 加藤が負け、その次へと進んだ。司会が
「他に、質問、意見のある方はいませんか?」
 と、言った。これでもし、誰も演説台戦場に立たねば、この議題は終わる。さて、
 と、一人、今度は青のラインの名札、

   榊原が出た。

 以外にも早い登場に、校則改定委員の皆は目を見開いた。
 ………本来ここは加藤の役目。しかし、どうせいまアイツは立ち直れないのだろう。
 だから、

 ………ちょっと、早すぎるかもしれないが、行くぞ。の座!

               〇

 今、向かい合う戦場に、二人の戦士が、演説武器を隠し、立っている。
 お互い、一切目を背けない。睨みあう。その姿は、狩るもの狩られるものの姿ではない。の相対だ。
 そして、今。青き戦士が、武器を露わにした。
「二年二組。榊原 芹菜だ。校則改定委員を代表して、言おう」
 議題は、
「GO!じゃんぴんぐだ。冬季に行われる大縄跳び大会をさす」
 では、と手を組み、
「私は、その大縄跳び大会の変更について、意見が有る」
 例として、
「そうだなあ、球技大会、クイズ大会などどうだろうか」
 何故、否定するかというと
「大縄跳び大会の欠点がいくつかある。
 一つ目が「学業を生業とする学生が、過度な疲労、酷使した体のせいで、学業に支障がでる」こと
 二つ目が「クラスで起こる、差別的問題」だ」
 この否定理由は、
「これは私の実体験だが、大縄にはまず、回し手が二人とその他が跳ぶ側に配分される。で、回し手の方が重度の疲労を負うのだが、勿論、それに付き合う跳ぶ側にも疲労がすごい。そんな疲労が蓄積された体で、家に帰ったら「ああ、今日は疲れた、早く寝よう」となり、勉強などできないさ。それに、大縄大会の二週間前からその練習が行われるために、二週間、ほぼ勉強に集中できないような日常だ。それに三年のことを考えれば、今、受験で忙しいはず。勉強に関係も無い、その時期(十二月)にクラスで親睦を深め合ったところであと三か月の仲だ。いいのか?学業ををおろそかにするようなイベントをやっていて」
 そして、二つ目。
「これも昨年。私のクラスで起きた「差別」問題だ。
 この大縄は、「一人ずつ縄に入り、その人数が二十人になって初めて「一、二・・・・」と数える」というものだ。例えば、一クラス三十五人とした場合で「跳ぶのが苦手、すぐ引っかかる人が十三人いる」ということも考量した場合、「この大会は二十人入ってからの跳んだ回数を競う」ものであるため普通のクラスは「跳ぶのがうまい人を最初に、あとの跳べない人は後ろの方に寄せ集められるのがオチ」というわけだ」
 言いたいことが、わかるか?と、榊原が問うと、生徒会長は

とするのがセオリーですね」
「そうだ」
 と榊原は生徒会長の回答を肯定する。
 じゃあ、もう、わかるな?

「跳ぶの下手なやつ、このイベントで弾かれるだけで、全然つまらん上に、差別というクラス仲を崩壊させることに手を貸している、という状況なのだよ」

               〇

 ―――――成程。と生徒会長は思った。
 ………確かに。こういうのは上手い奴が率先して仕切るもんだから、下手な奴等の立場は「早く引っかかって、上手い奴等に即座に渡す」という事になるんだなあ。
 さて、どう返そうか。と考える。
 ………流石だなあ。一年のように簡単に倒すことはできない。だが、ここで論破されたら「生徒会長」の資格が剥奪されてしまう。それだけは避けたいものだな。
 万が一の時は、が有るから、完全に押し込まれない限りは安全だろう。
 では、
「貴女の意見は
 ・学業を生業としている学生の本来が失われ、本末転倒になっているのでは。
 ・クラスの協調性を高めるどころか、かえって壊しに手を貸している。
 ということです。」
 一つ目、
「反論しましょう。それに関しては、しょうがない、ととらえてもらって結構です」
 何故なら、
「球技大会、クイズ大会は、確かに準備期間も短くて済み、皆が比較的楽しめるものとなっているでしょう。しかし――――――その二つにも、明確的な欠点があります」
「そうか」
 ええ、と頷き
「まず、球技大会。球技大会はドッジボールなら確かに皆が楽しめ、ルール的にも難が無いでしょう。ですが、「大会」という建前上、そして「球技」という事ですから、他にもやる球技が有るわけですよね。何でしょう「野球」ですか?野球部有利ですね。「サッカー」ですか?サッカー部有利ですね。「バレー」ですか?バレー部有利ですね。「卓球」ですか?卓球有利ですね。勿論、「ドッジボール」だって、野球部とか、スゴイ有利ですね。それに、は全てにおいて不利ですね。ああ、そりゃあ縄跳び大会も不利が有りますよ?しかし、「皆等しい戦場に建てるのが縄跳び」なのです。さて、「帰宅部員にもほぼ公平で、楽しめる、準備いらずで、疲労的にも楽な、球技」なんてあるのでしょうか?
 また、クイズ大会に関しては、知識量がものを言わせます。まあ、そこはいいのですが。一番ダメである点は「即死」の可能性です」
 例えば
「クイズ、というモノは、大人数では、なかなか把握しきれず、最初は「二択クイズ」になるのがオチです」
 言いたいことが分かりますか?と先程の榊原を真似てみる。
「………、」
 確かに、と榊原は思った。
 ………確かに、そんな球技はない。そして、クイズはつまり「二択で、正解と不正解に、一:九の割合で分かれた」と、しよう。つまり「次の問題に進むときには九割の生徒が見学」というわけだ。敗者復活?そんなのを使ったところでなんだ?「たった一問目で即死」してしまう者が出てしまう。それが楽しいかと言われたら、全然楽しくないに決まっている。
 なかなかやる。と榊原は生徒会長を感じた。あの日、校則改定委員会の設立を彼に申請しに行った日。あの日から、感じていた、頂点に立つ者生徒会長としての力、威厳のようなものを。
 だから、今、未熟な自分で、この男に勝つには、最初から詰められるような攻撃をしなければ、反論で倍に返されて死ぬだけ。
 どう考えても今の状況から逆転は不可能。だから、勝利は校則などの方に託し、
 とりあえず、

「ああ、言いたいことは分かった。そこで、提案だ。こちらからそちらへ言った「縄跳び大会」への意見と、そちらからこちらへ言った「解決案への反論」を、として捉え、この話から撤退しようじゃないか」
 いいか、勘違いするなよ、と。
「別に逃げようと宣言したわけではない。これ以上話しても互いの齟齬そごが並ぶことはない。つまり、決められた時間しかない今、一番有効な手が、コレだった。ということだ」
「ああ。わかっていますとも」
 互いに、見つめ合って、ゆっくりと離すと、生徒会長は演説台の少し後ろに、榊原は自分の席へと戻った。
 榊原は、こう、自分に言い聞かせた。
 ………本来自分の議題じゃないものを、相手と同等なものにできたのだから、私としては価値のある引き分けだろう。
 生徒会長だ。初手から落とせるタマじゃない。
 しかし、どこか、悔しかったのだ。誤魔化せないほどに。

               〇

 司会が「他に質問、意見はありませんか」と再び言ってから、戦場に立つ者はいなかった。
 そして司会が「生徒は、生徒会活動計画に賛同なら挙手をお願いします」という言葉に生徒の過半数が挙手。議題は次へと進行した。

               〇

「では、続いて予算の議決と決算の議決についてです。生徒会長、各委員長、各部長は演説台の近くに移動してください」
 生徒会長とそれぞれが演説台付近に移動する。まず、生徒会長が立った。
「ええ、生徒会が主に使っている予算は――――――」
 と、生徒会長は述べた。
 続いて、代議委員会。司会席から上条が立ち、やって来た。
「我々代議委員会は、テスト前に作成する「予想問題用の紙」と「行事前後のアンケート」等に使う紙が主な予算使用です」
 続いて環境福祉委員会。生活委員長「柏崎かしわざき とおる」だ。
「えーと、僕たち生活委員会は主に「朝のモップ掛けに使うモップ」「玄関前、中庭に植える花の球根」が予算からでています」
 次、生活委員会。委員長間宮劉輝だ、
「紙くらい、ですかね」
 次、図書委員会。委員長在間冬華が、
「新しい本の追加、カバー等です」
 次、保健給食委員長「時枝ときえだ 雄真ゆうま」が、
「洗剤、トイレットペーパーでーす」
 と言って、部活へと移る。
 最初に出たのは野球部部長「玉打たまうち ほうる」だ。
「俺達野球部は主に「ボール」がほとんどっすねー。あとは備品で何とかなるんで」
 続いてサッカー部部長「功戸こうと 愛斗あいと」が、
「僕達サッカー部は「ボール」「コーチ雇用金」「ゴールネット修繕費」ですね」
 女バレー部。部長「馬麗ばれい 戸須御とすみ」が、
「私達バレー部は「ボール」「ネット」「練習試合」がほとんどです」
 女ソフトテニス部部長「朝霧 美琴みこと」が、
「え~テニス部は「ボール」「ネット」「砂」じゃ」
 卓球部部長「はやし 康太こうた」が、
「だいたい「ボール」「ネット」です」
 剣道部。部長「城之内じょうのうち 剣翔けんと」は、
「私達剣道部は「竹刀」「木刀」くらいだ」
 美術部部長「宮脇みやわき 璃香りか」が、
「主に「ペンなどの筆記用具」と「画用紙」とかです」
 これでようやく、生徒会、各委員会、各部活の予算紹介が終わった。
 では、と司会が
「何か、質問や意見のある方は居ませんか」
 そして、一人、席から立ち上がった。演説台に、己を戦わせる舞台へ、立った。
 男がマイクに向かって、
「二年二組。校則改定委員櫻井保坂ですぅ。卓球部に質問ですぅ」
 林が向かいに立った。
「では、卓球部の予算に「ボール」「ネット」と有りますがぁ、流石にこの二つだけに九万は高すぎませんかぁ?」
 林は頷き、
「はい。確かにこの二つだけ、と思ってしまうのですが、だいたい卓球に使われるが一つ七十円。試合球が一つ三百円くらいします。では、これを見てください」
 と林は制服のズボンから卓球の球を一つとり出し、床に転がし、踏みつけた。
「なっ!?」
 それだけではない。林は制服の裏からラケットを取りだし、新しい球を床に思いっきり叩きつけた。
 結果は、二つとも、見事ひび割れ、踏んだ方はぺたりとなっている。
「理解していただけただろうか。これほどに、練習球は脆いのです。練習している過程でいくらでも今のより強いスマッシュなどができます。試合球ならもうちょっともちますが。いくら普通に練習をしていても、一日の活動で最低球は一つくらいは割れてしまうのです。いいですか?一つ「七十円」です。百日間、毎日割れたとしましょう、「七千円」です。これが、他の部活動より人数の多い卓球部、今は四十人位活動中です。それが七千円を一人ずつ消費したら「二十八万円」ですよ?流石に言いすぎたかもしれませんが、それでもこの半分くらいは割ってしまいます。なのでランニングや筋トレなどで一日に割ってしまう球の数を減らしたり、本来欲しい額の三割程度の予算でやりくりしているわけです。どうです?こう見えて、結構かかってるんですよ?」
 実際目の前で起こした行動、リアルな計算などを混ぜた実体験は、思ったよりも威力が強く、櫻井は、
「た、たいへんなんですねぇ。ありがとうございましたぁ、」
 と言って逃げてしまった。
 これでは目指す主人公にはなれまい。

               〇

 彼の後、榊原が「テニス部の砂」について質問を言っていた。これは、自分がわかっていてもアンケートからの内容なので、全校に知らせる必要がある。そのため突き返されることを承知で突っ込んだ。 
 そして、特に予算への質問は無く、櫻井が徒花あだばなとなり、見事文字通り散ってった、次。
 今回最大の戦いとなる、議題へと移る。それは、

「会則の改定です。生徒会三役、各委員長、各部長お願いします」

               〇

 会則、と一言に言っても、その意味は一つではない。「学校への不満」「各委員会への不満」などが主なのだ。
 そして、司会の言葉に乗せて出てきたのは、ステージ側にいた役職者だ。今、生徒会三役、各委員会部活のおさが、一列に演説台の少し後ろに並んだ。
 そして司会は、
「今回の議題は、主に質問となりますので、ステージ側あちらからの解説はありません。」
 ですので、
「何か、ふと思ったことなども、きちんと貴重な意見として発言してみてみましょう」
 では、
「何か質問、意見のある方は居ませんか」
 と、その直後。席から、挑戦者略奪者が参戦した―――――

               〇

 白い照明に照らされた。場は、戦慄するような雰囲気を醸し出す。
 今、体育館は略奪者とそれに対する迎え撃つ者が、立っている。今の所、略奪者の数、四。迎え撃つ者は十を超えている。
 そして、初手は黄色いラインの者。
 演説台に立ち、再びマイクを手に取った。
「校則改定委員所属、一年二組加藤計人です。保健給食委員会に意見が有ります」
 向かい、数メートル前、戦場へ時枝が立った。
 では、言おう。
「トイレットペーパーと手洗い用の洗剤についてです。先日。二階のトイレを使用したところ、紙のストックが有りませんでした。その場は一つだけホルダーについていたので何とかなりましたが、しかし。もしそれも無かった場合、大変困ることになりますね。それだけではありません」
 それは、
「出、手を洗おうとした時、洗剤の入っているはずの容器に洗剤が入っていなかったんですよ。これは保健給食委員会の仕事です。仕事が完全になされていない、と言っても過言ではありません。もしかして、これは過失ですか?それとも故意にやったんですか?どちらにしてもとても困ります。なので、現在の保健給食委員会のトイレットペーパー補充と洗剤補充状況について、聞かせてください」
 わかりましたー。と軽く承諾し、彼はマイクを手に取る。
「えーそ・れ・についてですがー。それは、まあ」
 笑って、
「しょうがないことですよ。はは」
「え、」
 一瞬、加藤の判断が鈍った。
「今、なん……?」
 だーかーら、
「しょうがないことだ、と言ったのですよ」
 それにはちゃんと理由があり、
「いいかい?人間である以上は失敗、間違い、忘れる事はあるんだよ?そう思えば、その時に起こった補充状況は、さ・さ・いなんだよ。ね、だから今回の意見は「ちょとした人間としてのおっちょこちょい」ってことで」
 では、と、
「では……もう、その件はそういう事にしましょう。では、今度は「牛乳の残量」状況についてです」
 どんなことが言いたいかというと、
「先日、私は牛乳の置かれる冷蔵庫を、友人の付き添いで見ました。すると、他のクラスと自分のクラス、あわせて二十個ほどの牛乳パックが置かれていました。それは、もともと生徒の親からお金出ているもので、それがたくさん残っているのは、あまり良いとは言えません。ですから、保健給食委員会から、全クラスに呼びかけるなり、ポスターを貼るなりして、残量を減らす活動とか、してみてはどうですか?」
 それに時枝は、
「うん。そうだね。とてもいい活動だと思いますよ。しかし、それは「個人の問題」であって我々保健給食委員は知ったこっちゃありませんね。牛乳を無駄にして、その生徒がその生徒の親の金を無駄にしているんですから。しかし、牛の方は?乳しぼられて、それを売り物にされて、買われたと思ったらそのままバイバイですよ?」
 だから、僕は、こう、言うよ
「君の意見、取り入れさせてもらおうじゃあないか。だが……これは君の言う「生徒」への対応ではなく「牛」への対応だ。意見の取り分、こちらの対応の取り分。君の意見と僕の意見の齟齬をプラスマイナスゼロの取り分として、そうだ、引き分けにしようか」
 ………また引き分け宣言かっ。
 補足:生徒会長が、「万が一の時の」と言っていたが、それは「解釈による、敗北の回避」であり、例えば、今の時枝と加藤の討論を使って説明する。
 時枝は、一回、加藤の「生徒の親の金が減るのは良くない」というようなことを口にした。
 これに対し時枝は、こう、考えた。
 ………確かに、牛乳が残ってしまうのは良くない事だ。
 そして、「ポスターや呼びかけ活動」をするよう加藤が言うと、時枝は、こうなる。
 彼より、得策を言わなければ、現委員長として、必要性が無くなり、権限が剥奪されてしまうのだ。
 しかし「ポスターや呼びかけ活動」程度では、時枝は論破されない。
 この討議で言う論破の定義は「攻撃した側の意見が、解釈を行って言動を述べたとしても、それ以上の意見が出ず、何も言えなくなってしまう」こと。
 つまり、時枝は「ポスターや呼びかけ活動」という、一つの相手の攻撃を盗み、プラス「生徒の親の金が減るのは良くない」をと打ち消したうえで、今度は自分の意見の「牛への対応」を掲げ、一対一の状況にすり替えた。
 つまり、解釈次第で、敗北から引き分けにちょっとずらすくらい、一般生徒にも簡単に行える屁理屈なのだ。
 だが、例外もある。解釈を重ねたが、向こうがさらにこれではどうだ、と新しい意見を言い続ければ、それに対する解釈相殺の数も増え、負ける。
 解釈相殺コレをうまく使いこなすのは難しい。理由は、一つの議題に対して、からだ。
 解釈相殺、本気になって、使っている者が、去年いた。否、今は二人いるかもしれない。
 それは、

 生徒会長 霧島 星夜と校則改定委員会代表 榊原 芹菜だ。

               〇

 加藤は、予想外の時枝の言葉に、引き分け後退を余儀なくされた。
 ………こんなはずじゃ、なかったんだけどなあ。
 加藤の予想は「トイレットペーパーや洗剤」に関しては「本当悪かった。だから、これから―――――」とか。「牛乳残すのは悪いことだから、ポスターで対処しよう」「そうだなあ、くそぅ、ポスターと呼びかけ以外にいい意見が無いっ!論破されたぁ!」みたいなものだと思っていたが・・・・しかし、
 ………簡単に、論破なんてできるもんじゃないかあ。
 さっきの生徒会長も、時枝も、三年だ。自分より長く生きている。その分、逃げも、語彙も、全てが上な筈。
 ………だけど、
「待った」
 ん、と帰ろうとする時枝の足をその場で縫い付け、離さない。
「まだ終わっていない…、」
 と、振り返った時枝は、
「なんだい?まだなにかあるのかい」
 と、茶化し気味で言う。
 はい。と加藤は言い、自分の決意を固めた。略奪者狙撃主は、一度攻撃をした獲物を逃さない。本来は一発で、狙撃主は外れる球は撃てない。さっきの引き分けは手違いだ。
 だから――――――――

       言う貫く

「言わせてもらいます。先程、先輩は「牛への対応」を説いていました」
 ああそうだ、
「それはつまり、人間の勝手な行動で「せっかくの牛乳を無駄にするのは良くない」ということですよね」
 ああそうだ、
「だから、それは、つまり―――――――」
 ああそうだ、と、時枝が言いかけそうになった、その時。

「私達、そして保健給食委員あなたたちにも関係のないことですよね?」
「ああそ―――――って、はあ!?」
 だって、そうですよね。と
「牛乳を残す生徒があなたにとってしったこっちゃない存在だとしたら、!」
「~~~~っ」
 確かにそうだ、確かに確かにそうだ。と、焦りながらも自分は悪くない、間違っていないと、落ち着かせるため、深呼吸をする。
 息を整え、そして、
「…、じゃあ、じゃあっ、じゃあ君も、知ったこっちゃない意見だったじゃないかあっ!」
 静まり返る体育館に、時枝の錯乱した叫びが響く。辺りはしかし、誰も口を開かない。
 どう考えても・………僕たちは引き分けでいいじゃないか!という言葉も、今生まれ、今消える。
 そして、ついに。将棋で言う王将が、彼の言動を王手にする。

「それは、
 でも、
「今から、今から作れば、私の勝ちです。新しい解決案を―――――――」
「待てっ!」
 彼は、まるで借金している者に対して、期間を延長してほしいとせがむ馬鹿野郎の姿で、
「待て待て待て待て待て待て待て待て待てぇっ!」
 無理矢理に、返済期間終了を告げる言葉を断ち切り、言った。その目には涙を孕ませ、口を歪ませ、表情筋を震わせて、
「解決案ならっ!僕にだっていくらでも作れるさ!ははっ!」
 指を、案の数に合わせて立ち上げた。
 右手人差し指、
「ポスター」
 右手中指、
「呼びかけ運動」
 右手薬指、
「牛から授かったという感謝の説明」
 右手小指、
「生徒の親達が金を払っているという事実の説明」
 四つ。それで彼は止まった。
「どうだぁ?!これだけ言えたぞ?!これ以外、まだあって、本当に必要なものなんてあると思うかい?」
 いいかぁ!?と、
「ここで降参するなら引き分けにしてやる、そういったんだぞ?ほら、寛大なんだ。ゆるしてやるからぁ、なあ!」
 加藤は聞く耳を持たない。そして、まず。
「先輩。貴方は先ほど「牛への対応」も「生徒の親への考え」も知ったこっちゃない。そう言いましたね?」
 ああっ、そうだ!……と、言った後。遅くも気付いた。
 まずい。これはすごくまずい。止めなきゃ、負け―――――――
 目の前で、略奪者が、失笑のわらいを作った。時すでに遅し、

「つまり、貴方のは効力を持たない」
 そして、
「中指、薬指は、私の盗作」
 あれぇ、っはは。


「どの言葉も力、無いですねぇ。ええっ!」
「ひっ」
 それだけでは終わらはない。
「では、私からの提案。
 Ⅰ.食料が手に入らない、飢餓で苦しむ人がいるのに、捨てるなんてもってのほか、と説く
 Ⅱ.四月の始め、牛乳がいるか否か選べる筈なのに、下手に選んで残すのは甘ったれている
 Ⅲ.これは「親」「牛」だけの問題ではなく「流通業」「酪農業」の人達から順にのってくるもので、その中でも厳しい審査、殺菌などの苦労があって私達の手元に届いていることに、改めて理解して感謝することを説く」
 そして、三本指が立った時、略奪者は、こう言った。
「先程、先輩が私の意見を盗作して言った事。中指薬指分は、引き分けにしてあげましょう。ですが……」
 彼の元へと、ゆっくり、床に擦るように移動すると。略奪者は獲物のふところに入って、長身を折り、見上げ、陰りのかかった顔、前髪から除いた黒い目が、獲物の逃げ場を無くして、

「私の追加の三本。これはプラスなものです。つまり、残念ですが、否、申し訳ない、」

 ――――――――保健給食委員長の権限譲渡私の勝ちだ。

「いや、急ぎすぎました。先輩。反論、ありますか?」
 彼は、首を横に、二回小さく振ると、床に崩れ落ちた。

               〇

 体を使って、言葉も使って、完全に時枝を恐怖におとしいれた加藤。一回は生徒会長相手に引き分けという敗北を、二回目で、保健給食委員長に引き分け――――――のはずだったが、巻き返しが発動し、見事勝利。相手の意見は無く、論破され、保健給食委員長の権限は、加藤 計人へと譲渡されたのだった。
 
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