硝子の魚(glass catfish syndrome)

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 ひどい声だと、わかってはいる。
「――んぁ……あ……ん」
 媚びるような、甘えた鳴き声。止めたいのに、止められない。シーツを噛んでも、弱い部分を擦られるとすぐに口が開いてしまう。手首はタッセルで、腰は彼の手で拘束されているから、ただひたすら揺さぶられて、射精してもらうのを待つしかない。
「可愛い」
 そう言って笑う彼の息も、僅かに上がっている。
 深いところに突き立てた状態のままで緩く腰を回されると、ローションと彼の先走りに塗れた自分の肉が、身体の中で粘った音を立てる。
「いいんだろう?」
「くうぅ……」
「ここが好きなんだよな。ああ、また締まった」
「あー……、ふ」
 否定はできない。感じる場所は完全に把握されている。大きく張り出した部分で弱い襞をずくずくと擦られると、自分の身体が砂糖菓子のように甘ったるくなっていくのがわかる。
「可澄はな、小さいまんこに太いのを嵌められて、ぐちゃぐちゃに掻き回されて、腹の中に精液をたっぷり出してもらうのが大好きな、いやらしい子なんだ。そうだろう?」
 そのとおりだ。一つも間違っていない。
「……はい……かすみは、いやらしい、こ、です……」
 肯いて返事をすると、優しく腰を撫でられた。
「今の、悪くないな」
 今の?
「なに……?」
「とりあえず一度出すから、舌を噛むなよ」
「……な、に……うあっ、ああぁっ」
 奥まで収まっていたものが、突然後退を始めた。挿入された異物に精一杯吸いついていた襞が、無理やりそこから剥がされて、疼痛が生まれる。亀頭だけを残してあらかた引き抜かれた性器は、休む間もなく再び奥へと押し込まれていく。最奥を一突きされると、また自分のものから液体が零れた。嫌がって腰をよじると、叱責するように睾丸を強く掴まれる。思わずぎゅっと体内のものを締めつけると、何かを堪えるような吐息が背後に聞こえた。きっと彼も限界が近いのだ。そう思うと、頭がおかしくなりそうだった。
「お……ねが、い、は、やく、いって、いって」
 口にした瞬間、襞がぎゅっと収縮するのがわかった。
「なか……だして……しゅうご、さん」
「……っ」
 痛いくらい腰をきつく掴まれ、音を立てて肌と肌が合わさる。
「ひぁ……ぁー……」
 身体の奥が、濡れていく。その感覚に、彼が達したのだと気づいた。射精は長く執拗だった。吐き出している間も繰り返し太い部分を擦りつけられ、粘ついた生温い液体が、襞という襞に浸潤していく。
「や、やぁ……ん」
 もう射精を止めてほしい。これ以上擦らないでほしい。中がふやけて破れてしまいそうで怖い。そう訴えようとしたのに、出てくるのは泣きそうな声だけだった。引き抜く最中も精液は吐き出され続け、いちばん浅いところにもたっぷりと注ぎ込まれる。やがて、じゅぽ、と死にたくなるような音を立てて、性器が抜き取られた。
「早漏で悪いな。可澄が可愛すぎて、思ったより我慢がきかなかった。本当に、馬鹿みたいに可愛い」
 掠れた声で囁かれて、精神的な快感に意識が混濁しかける。好きな相手を自分の身体で満足させる、それがこんなに満たされることだなんて、今まで知らなかった。しかし、約束は守ってもらわないと困る。
「……て、はずして、……まえから、して」
 上手く回らない舌で、要求を口にした。すると、そうだな、と甘い答えが返ってくる。
「全部可澄の言うとおりにする」
 視界の端から大きな手が伸びてきて、ベッドに縛りつけられていたタッセルを解いていく。それを見るとほっとした。しかし、何故か手首に巻きついた方は外してもらえなかった。それについて抗議する前に、後ろから抱き起される。
「なんだ、抱っこしてほしかったんだろう?」
「……ぅ」
 向かい合った形がいい。後ろからでは、顔が見えにくい。けれど背中に相手の胸がぴたりとくっついている状態は、居心地がよかった。彼の鼓動も、体温も、汗の匂いも、まるで最初から自分のために用意されていたもののように、何もかもが感覚器にしっくりと馴染む。しっかりと筋肉のついた腕で抱かれていると、それだけで何も怖がらなくていいような気分になる。
 朝までずっとこのままでいたい。そんな穏やかな気持ちは、しかし長く続くはずもなかった。
「ん、や……っ」
 左胸にちりっとした痛みを覚えて視線を落とすと、頑丈そうな二つの爪が乳首を挟んでいる。最初は軽く爪を立てるだけだったのが、突然摘み取るような勢いで引っ張り上げられ、思わず相手の腕を掴んだ。
「いた、い」
 涙でぼやけた目で、彼の横顔を見上げる。すると目尻に唇が押しつけられた。そのまま滲んだ雫を吸われる。
「可愛い」
 乳首を解放した手は、脂肪はおろか筋肉さえろくについていない胸を揉み始める。
「可澄はここ弄られるのが好きだよな。前に、胸を触られるの好きだって言ってたもんな」
 そんなこと、言っただろうか。言ったような気もするし、言っていないような気もする。
「……すき。おっぱい、いじられるの、すき」
 ちゅ、と場違いなくらい軽い音を立てて、もう一度目許に口づけが落ちる。
「俺も可澄のおっぱいが好きだ。手触りがいいし、余計な肉がないから、触ると緊張しているのがすぐにわかるところがいい。それに乳首も小さくて可愛い。俺に虐められて、真っ赤になって一生懸命勃ってるところなんか、最高だな」
 彼が単語を一つ発するたびに、こめかみや耳朶に吐息がかかる。現金なくらい、感じた。
「もっと、……もっと、さわって。おっぱい、ぎゅって、して」
 このままでいられるわけがない。もっと欲しい。もっと。もっと。
 すると彼は嘆息した。
「……だがさすがに、ここまでいやらしい子になるとは思わなかった」
 何故溜め息をつかれなければならないのか、意味がわからない。それで、胸に当てられたまま動かない掌を軽く引っ掻いた。約束は守ってもらわないと困る。
「ああ、悪い。可澄の言うことは何でも聞くんだったよな」
 苦笑が髪を揺らす。
「おっぱいを揉んでほしいのか? それとも乳首を捏ねてほしいのか? 下はどうする? 大きいの嵌められながらにするか?」
 甘やかすように問いかけてくる彼の顔を、汗の粒が滑り落ちていく。それを舐め取ってねだった。
「……ぜんぶ」
「――何だろうな、やっぱりお前の今後が心配だ」
 頭をそっと撫でる掌。汗で重くなった髪を梳いて、うなじの辺りをくすぐる指。
「欲しいものは全部やる。俺にできることなら何だってする。だから他の奴にはそんなふうに甘えるなよ。俺だけにしろ」
「うぅー……」
「わかってる。今は身体が欲しいんだよな。ほら、腰上げろ。座って抱っこされたままがいいんだろう。もう勃ってるから、すぐ入る」
 言われたとおりにすると、ぐっしょりと濡れてまだひくついている場所に、硬いものが宛がわれる。唐突に、以前彼に奉仕したときに見た光景が頭に浮かんだ。赤黒くて血管が浮いた、重量感のある生殖器。巨大な亀頭で顎の上も頬の裏も、喉の奥も犯されて、むせそうになるほど濃い精液で顔を汚された。あれでまた辱められるのだ。そう思うと呼吸が荒くなった。
「このまま呑み込んでごらん。ゆっくりでいいから」
「んん……ん、んぁ、あ、や、……んっ」
 体重がかかるせいで、怖いくらい奥まで嵌まってしまう。完全に解れていた内壁は、喜んで彼のものに絡みつく。どっしりした性器を咥えた狭い器官が、重くて熱い。
「は、ふ……」
「さっきより馴染んでる。たくさん突いてたっぷり濡らしたせいだな」
「ぅあ」
「とろとろに蕩けてる癖に、いたぶってほしがって締めてくる。いい膣だ」
 抉じ開けられた部分を支配している感覚が、果たして快感なのか痛みなのか、自分でも判断できない。両手で胸を揉みしだかれて、意識が朦朧としてくる。それでも彼の言葉は耳に届くから、顔を相手の首に擦りつけるようにして訊ねた。
「……なか、きもちい……?」
 くすぐったそうに笑う声。それがどうしようもなく好きだと思う。
「ああ。すごく気持ちがいい」
 褒められたような気がして、嬉しくなる。首を捻じって彼の顎の辺りを舐め、吸いついて軽く歯を立てる。お返しのように乳首を抓られると、動物じみた声が出た。もう片方の手で性器を包み込まれて、また体液が滴る。
「前も凄いことになってる。何回いった?」
 乳首を弄られながら、硬くなったものを緩やかに扱き上げられると、彼の性器を咥えた部分が収縮と弛緩を忙しなく繰り返し始める。精液を欲しがる動きだと、自分でもわかった。
「もっと、いたく、して」
 指の腹で転がされているだけでは足りない。血が滲むくらい強く爪を立ててほしい。
「さっきは嫌がってたじゃないか」
「…………やじゃない、いたいのすき、いたくして」
「全くお前って奴は……」
 ぎゅっと乳首を捻られる。鋭い痛みに思わず腰を浮かせると、潰すような勢いで性器の根元を握り込まれた。
「いっ……!」
「はは、本当に……よく、締まる。――ほら、暴れるなよ、抜けるのは可澄だって嫌だろう」
 犬か猫の子にでもするように、脇に手を入れられて膝の上で抱え直される。ごり、と身体の中で硬いものが動いて、急に中に入れているのが苦しくなった。力を抜こうとしても、性器に残る痛みのせいで上手くいかない。焦っていると、もう一度乳首にぐっと爪を押し込まれる。その衝撃で、完全に腰が抜けた。身体の下で、ぐち、と音がする。
「ぁ……ふ……」
「あんなに誘っておいて、もう限界か?」
 身体を支えることができなくなり、相手の胸にもたれかかる。硬い筋肉の感触に、安堵すると同時に不安になる。きっとこの人が本気を出せば、こんな脆い身体なんて簡単に壊してしまえる。けれどいちばん怖いのは、安堵も不安も全て欲情に変換してしまう自分自身だ。壊すみたいに犯されたい。取り返しがつかないくらい汚されたい。そんなふうに思ってしまう、激しい被虐の欲望。
「そんなはずないよな? 可澄はとろとろのまんこにでかいのをぶち込まれて鳴かされるのが大好きな淫乱だから、まだ欲しいはずだ。さっきみたいに言ってごらん。『可澄はいやらしい子です』って」
 乳首と鈴口に爪を立てられて、口の端から唾液が溢れる。
「ほら、言ってごらん」
「……かすみは、いやらしいこ、です」
「それで、いやらしい可澄は何をしてほしいんだ」
 視界が白っぽい。身体の内側も外側も熱くて、融点を通り越した思考が粘ついて、頭が回らない。こんな状態では言葉なんて見つかるはずがないのに、開いた口は誘惑の文句を垂れ流した。
「とろとろのおまんこ、おっきなおちんちんで、もっといじめてほしいです……しゅうごさんのせいえき、いっぱいおなかのなかにだして、ぐちゃぐちゃにしてほしい……」
 単語が一つ零れるたびに、胸の中の水位が、一目盛ぶんだけ下がるような気がする。それが何を意味するのかはわからない。けれど何も考えず、何ものにも囚われずに喋ること。その感覚は、ほとんど快楽といってよかった。
「いい子だ。望みどおり、受精させてやる」
 ぐぽ、という露骨な音と共に、結合が解かれる。その拍子に前立腺を抉られて、喘ぎ声を吐き出しているうちに、身体はベッドの上に組み敷かれていた。閉じ込めるように覆い被さってくる屈強な身体。表情にも眼差しにも甘さなど欠片もない、ぎらついた雄の顔。それらを目にしたとき、確信した。
 この男は、俺のものだ。
 躊躇う必要はなかった。近づいてくる唇に向かって囁いた。
「――ください」
 返事は待たなかった。縛られたままの手で彼の首を抱え、口で口を塞ぐ。それはひどく動物的なキスになった。相手の口の中の粘膜をそっと舐めると、すぐに舌を吸われて歯を立てられる。何度も甘噛みされたあとで、今度はこちらの中に舌を入れられる。流し込まれる唾液が少し冷たいような気がするのは、自分の体温が高すぎるせいだろうか。懸命に与えられるものを飲んでいると、彼の掌が膝を割るのを感じた。反射的に閉じようとしたが、強引に脚の間に手を突っ込まれる。指が襞の内側に入り込むと、喉の奥で猫が鳴くような声が出た。舌を絡めたまま、身体の中の小さなしこりを指で引っ掻かれ、甘すぎる感覚に意識が蒸発しかける。
「手マンだけでいきそうだな」
 焦点が合わないくらいの至近距離で、彼が笑う。
「――でも、可澄は手じゃ嫌なんだよな」
 この男は、俺のものなのだ。
「ん……おっきいの、いれて……」
 だから自分の全てを明け渡す代わりに、彼の全てを奪う。
「入れてほしいところ、見せてみろ。膝を抱えて、開くんだ」
 もしかしたら、本当に犯されているのは、彼の方なのかもしれない。
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