硝子の魚(glass catfish syndrome)

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*35. 何処にも行かない

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 手首のタッセルが解かれていくのを、心許ない気分で見つめる。お座成りな拘束だったのに、肌の上には僅かに痕が残っていた。それを見ると、彼は労わるように手首に唇を寄せる。
「可哀想に」
 舌が、赤くなったその部分をなぞる。熱くぬるついたものが肌を這って、知らない生物に肌を犯されているような錯覚を起こしかけ、肌が震える。縛られた痕跡を舐め終わると、彼は最後に手首の内側の皮膚をきつく吸った。タッセルの痕へ上書きするように、濃い朱の印が刻まれる。
「ぅうー……」
 思わず呻くと、掌をさすられた。
「手首も気持ちがいいのか?」
 ぼんやりした頭のままで肯く。その間にも指の股を擦られて、下腹部が重くなっていく。だらしなく体液を滲ませる自分の性器を見下ろすと、彼も同じところを見ていたのか、呆れたような声が降ってくる。
「お前の場合は、感じない部分を探す方が大変そうだ」
 情けなくなって目を伏せれば、ぽん、と頭に手が置かれた。その感触に、本格的に泣きだしてしまいそうになって、思わず目を閉じる。すると瞼に柔らかなものが触れる。
「全然萎えていないくせに、そんなしおらしい顔してみせたって駄目だ。本当に好きものだな、可澄は」
 辱める言葉と、それとは裏腹に機嫌を取るような口づけが、額や頬や耳に与えられる。そんなふうに態度で甘やかされたら余計泣きたくなるということを、この人は知らないのだろうか。
「――さあ、嵌めてほしいところ、見せてみろ」
 目の縁をそっと舐められて、しがみつきたくなるのを堪えた。横たわったまま、腿の裏に手をかける。湿ったそこには熱が溜まっている。汗で滑りそうになる掌で、膝をそっと胸に引き寄せた。散々凌辱された部分から、とろりと濃い液体が漏れ出す感触。ひゅっと微かに喉が鳴る。
「壮観だな」
 恐る恐る顔を上げる。すぐに欲望に淀んだ眼差しにぶつかる。
「まんこがぱっくり開いて、精液を垂れ流してる」
 舐め回すような視線が、快感だった。脚を掴む手に力がこもる。口を開けた部分が蠢いて、また精液を垂れ流してしまう。肌を伝っておいくその粘液にさえ、感じた。
「言うとおりにできたから、いい子の可澄にご褒美だ」
 彼の指が、ひくついている場所を更に左右へ押し開く。くちゅ、という微かな音を立てて、襞がまた少し暴かれる。ここをまた乱暴に擦ってほしい。掻き出せないくらい奥で射精してほしい。卑猥な言葉で貶めてほしい。そんな激しい期待と欲望で、もう手がつけられない。
「は……やく、いれ……ひぅっ」
 濡れそぼった入口に鋭い痛み。硬く張りつめた性器が攻め入ってくる。異物の侵入に対し、身体が本能的に抵抗した。けれど、きゅっと窄まった肉を捻じ伏せるように強引に突かれて、太い亀頭が内側にめり込む。自分の先端から、押し出されるみたいに液体が溢れた。
「またいったのか」
「……うんん……ふ……」
 目を閉じて肯くと、睫をそっと拭われて抱き寄せられる。そのせいで結合がまた深くなる。ごりっと感じる部分を抉られて、腹筋が震える。それでも抱き締められるのは嬉しいから、素直に相手の背中に腕を回した。
「可愛い」
 誰にでも言える、ありふれた形容詞だ。けれどその他愛無い言葉で、身体の中も、頭の奥も、熱した飴のように溶けていく。するとさっきの優しい仕種が何かの間違いだったかのように、彼は大胆に腰を揺すり始める。精液の泡立つ音。思わず彼の背に爪を立ててしまい、仕返しするように奥まで押し込まれた。
「っ、ん、や、あ」
「本当に可澄は奥まで犯されるのが好きだな。また中がきつくなった。ほら、途中で抜いたりしないから、そんなに締めつけるな」
「う……っく、……あ、ぅー……」
 締めてほしくないのなら、そんなふうにいやらしく突かないでほしい。抗議したくても口から出るのは不明瞭な呻き声だけで、手足で相手の身体にしがみついてみても、衝撃は軽減されない。奥まったところをねっとり虐められて、内部に鈍い痛みと膿んだような快楽が蓄積されていく。相手の精液でふやけた器官が限界まで拡張され、自分の中が彼の形に矯正されていく。
 支配されているという被虐的な悦びと、支配されることによって相手を支配しているという嗜虐的な悦び。
 セックスに精神的な快感が伴うのは、好きな相手に対して抱く支配と被支配への二律背反の欲求が、同時に満たされるからなのかもしれない。
「可澄。――可澄」
 されるがまま、小さく喘ぎながら揺すぶられていると、自分の名を呼ぶ声がした。
 目を開ければ、彼の顔がある。身体の動きは意地悪なのに、こちらを見る目は気恥ずかしいほど柔らかい。
「可澄」
 少し険しげな頬骨と、意志の強そうな、甘さのない口許。どう贔屓目に見ても美しくはないし、特別男前というわけでもないこの顔が、それでも、とても好きだと思う。
「……すき」
 そう囁くと、彼は笑う。単純な言葉に、嬉しそうに肯いてくれる。
「そうか、それはよかった。俺も可澄が好きだ」
 こんな滑稽なくらい素朴なやりとりを、自分が誰かとすることになるなんて、思ってもみなかった。それでこれほど幸せな気分になるのだということも。
 どうしてこの人が自分を選んでくれたのかは、わからない。わからなくてもいいと思う。わからなくたって、気持ちを信じることができる。それでいい。きっと人と人との結びつきというものは、そんな理解不能なふわふわしたものが土台となって、危ういところで成り立っている。
 あのときの自分が、何故独りきりで生きていけると思えたのか、今では不思議に思う。
 この人に出会っておいて、そんなことができるはずはないのに。
「すき……すき。すき」
 言葉を覚えたばかりの幼児のように、同じ単語を繰り返した。彼はそのたび肯いていたが、やがて苦笑を浮かべた。
「あんまり可愛いと、激しくできないな」
 それも困るような気がする。何しろまだ一度しか中に出してもらっていない。これでは全然足りない。
「して」
 言葉でねだってから、目の前の唇へ舌を伸ばす。そのまま口の端に吸いつくと、後頭部に掌が回された。支えられたことに安心して、相手の顔を舐めた。汗の味がして、伸び始めた髭が少しだけ舌先にちくりとする。満足するまで舐めてから目を上げると、また視線が合う。そんな些細なことが、嬉しくて堪らない。
「すき。いちばんすき。だから……ぜんぶあげるから……ぜんぶ……ちょうだい」
 呟くと、即座に組み伏せられた。
「うぁっ」
 その弾みで、吐き出しきったはずの体液がまた滴り落ちる。腹部が汚れる感触があった。
「全部やる。俺の持ってるものなら、全部搾り取っていい。だから、もう何処にも行かないでくれ」
 耳に触れたのは、苦しげな嘆願だった。唐突なそれを不審に思って顔を覗き込もうとすると、頬に頬を押しつけられる。
「これでまたお前がいなくなったら、今度こそ、もう、立ち直れない」
 顔は見えない。見せたくないのかもしれない。そういう気持ちは、よく知っている。そういう気持ちのときに、どうされたいのかということも。
「……だいじょうぶ、どこもいかない」
 宥めるように口にして、いつも彼にしてもらっているように、相手の頭やうなじをそっと撫でた。すると、抱き締めてくる腕の力が強くなった。仕種は怯えた子供のようなのに、腕力は人並み以上だから、少し痛い。けれどそのままにしておいた。
「ここにいるから……おいていかないから」
 あの夏、自分はひどく傷ついた。しかし、きっと彼自身もとても深く傷ついたのだ。彼の行為が正しかったとはとてもいえないが、それでも今、この人のことが心から可哀想だと思う。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
 視界の端で、彼の肩が緩やかに上下する。徐々に腕の力が緩んでくるのを感じながら、頭を撫で続けた。
 出会ったときから甘えてばかりだったから、たまには甘えられるのも悪くない、本当は甘える方が好きだけれど、彼になら甘えられてもいい。互いに相手をどろどろに甘やかすような、そんなどうしようもない二人になりそうだが、別にそれでもいいかと思う。
「すき。すき。すき、……すき?」
 最後だけ僅かに語尾を上げると、彼はゆっくりと顔を上げる。その表情は既に落ち着いている。しかし口を開くと、出てきた声はやや不安定に掠れていた。
「ああ。好きだ」
 くだらない戯れだ。けれど気づいてもらえて嬉しい。
 今は頭と舌が上手く繋がってくれないが、はっきり言葉が発せるようになったら、きちんと彼に伝えたい。
 あなたが俺のことを好きなのと同じくらい、俺もあなたが好きなんです、と。
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