硝子の魚(glass catfish syndrome)

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続4. 診察(2)

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 準備はすっかり整っていた。寝室は、一種異様な雰囲気に包まれている。
 ベッドには白いシーツとタオルを巻いた枕。小さな器具は脱脂綿で包み、ベッドの脇に設置した小型のキャビネットワゴンに並べた。医者と患者の位置になるよう、ドアの近くにはスツールとキャスターつきの椅子を据えている。着なれない白衣は滑稽な気がしたが、安達が望むのであれば仕方ない。ごわつく衣装を適当に着崩して、椅子に座り即席の診察室の中でドアが開くのを待つ。
 しかし、肝心の患者はなかなかやってこなかった。シャワーを浴びて準備を終えたら来ると言っていたのだが、それからもう一時間近くが経過している。
 もしかしたら、気分でも悪くなったのかもしれない。そんな不安から、様子を見に行こうかと思いかけたとき、漸くノックの音が聞こえた。それはひどく頼りないものだった。
「どうぞ」
 十秒ほどしてから、やっとノブが動いた。ドアの隙間から、用心深い猫のように安達が顔を覗かせる。
「お入りください」
 視線が合うと、彼はたちまち赤くなった。そしてそのまま動かなくなる。
「どうぞ中へ」
「…………し、つれい、します」
 緊張の面持ちで、彼は正面のスツールに座った。だが、向かい合うと赤面したまま俯いてしまう。来るのが遅くなったのは具合が悪くなったせいではなく、土壇場で恥ずかしくなってしまったためらしい。そういうところは非常に彼らしい。
「今日はどうされましたか」
 訊ねると、安達は口ごもった。何も考えていなかった、と顔に書いてある。
「……ええと……その……ちょっと、調子が悪いというか……」
 どうやらこちらで設定をつけてやった方が、スムーズに事が進みそうだ。
「問診票によると、胸の張りと月経の異常ということですが」
 さらりと言ってみせると、彼は僅かに口を開いたまま固まった。こういう扱いをされることは予想していなかったらしい。だが、それなら予めプレイの詳細をリクエストしておくべきだ。こちらは既にやる気になっている。今更変更はきかない。だから淡々と告げた。
「まずは胸を診ましょう。前を開いてください」
 安達は暫くあらぬ方向に視線を迷走させていたが、やがて唇を噛み、ワイシャツのボタンに手をかけた。赤くなって震える姿を見ていると、本当に初心な女子学生を騙しているような気分になる。
「失礼します」
 ボタンが全て外されると、自分はシャツに手を伸ばし、左右に開いた。
 彼はシャツの下に何もつけていなかった。白く平らな胸と、凹んだ腹が露わになる。
 両の掌で、なだらかな胸をまさぐる。肌は既に熱を帯びていた。自分と同じボディソープの匂いがする。設定を忘れてそのまま貪りたくなる気持ちを抑え、なるべく落ち着いた声を出した。
「痛みはありますか」
「……ない、です」
 薄い筋肉に指を食い込ませるようにして強引に揉むと、硝子の目が濡れ始める。
「乳頭が少し腫れていますね」
 尖りつつある乳首を指の腹でそっと撫でた。びくりと震えた安達は、慌てて口許を押さえる。感じていないふりをする姿も、なかなか悪くない。そこで少し攻めてみることにした。
「心当たりは?」
 理由ならわかりきっている。ペッティングだけで終わらせる平日の夜も、自分がしつこく胸を弄るせいだろう。しかし、毎晩のように吸われているからだと答えるのは恥ずかしいのか、彼は息を乱したまま頭を振った。
「……わ、わかりません」
「わかりませんか」
 悪い子の返事だ、と心の中で呟き、自分は目を眇めて彼を眺めた。あれだけ執拗に弄り回されておいて、わからないわけがない。嘘をついたらどんな目に遭うか、身体に教え込んでやらねばならないだろう。
「では、性交の経験はありますか」
「…………せいこう……」
「セックスしたことは、ありますか」
 顔を覗き込んで、ゆっくりと訊ねた。安達はほとんど反射的に首を横に振りかけたが、胸の先を摘む指に力を入れると、怯えた顔で固まった。乳首を転がすように捏ねながら、自分はもう一度同じ問いを口にした。
「セックスしたことはありますか」
「っ……、あ……あり……ます……」
 手の甲を口に押しつけているせいか、声は若干くぐもっていた。手を取り除けて口に自分のものを突っ込んでしまいたい衝動を、胸を揉み込むことでやりすごす。
「どのくらいの頻度でしますか」
「んっ…………あの……週末は……その……っあ、……だいたい、しま……す」
「最近だといつですか」
「ふぁ……せ、先週末、……です」
 安達は喘ぎで言葉が途切れそうになるのを懸命に堪え、何とか言葉を組み立てようとしていた。露骨な質問と乳首への刺激に、綺麗な顔は泣きだす手前まで追い込まれていたが、ここでやめる気はない。
「普段、避妊具は使用されますか」
「……ほと……ど、使わな……っく」
「どうして」
「…………好き、だから……」
 中出しされるのが好きだからなのか、それとも抱かれる相手のことが好きだからなのか、判断のできない言い方だった。この件に関しては、あとでしっかりと追及すべきだろう。
「でしたら、毎回生で挿入されて、膣内に射精されるわけですね」
「ひぁっ」
 両側の乳首を同時に爪で押し潰してから捻じり上げると、とうとう安達は悲鳴を上げた。小さな突起は、もうすっかり赤くなって芯をもっている。
「とりあえず、薬だけ塗っておきましょう」
 キャビネットワゴンに用意しておいた乳液の小瓶を手に取り、掌の窪みにゆるい液体を溜める。とろりとしたそれを指先ですくって乳首に塗ると、冷たかったのか肌の下で筋肉が震えるのが感じられた。白濁した液体で濡れた赤い乳首は、否定の余地がないほど扇情的だった。次に寝るときは、彼の乳首に亀頭を擦りつけて射精しようと、自分は密かに決意した。
 両側の乳首に乳液を塗り、暫くその卑猥な光景を観賞してから、自分は手を拭って次の指示を与えた。
「それでは、次は下を診ましょうか。ズボンと下着を脱いで、ベッドに座ってください」
 安達は微かに肯いた。呼吸は誤魔化しようのないほど荒くなり、目の縁は涙で滲んでいる。胸への刺激だけで、すっかり出来上がってしまったらしい。果たして設定を楽しむだけの余裕が彼に残っているのか疑問だったが、そのまま続行することにした。彼よりも自分の方がよほどこの遊戯を楽しんでいるという事実については、敢えて見えないふりをする。
 白いシャツとチャコールグレーの靴下だけの格好になって、安達はベッドの縁に腰を下ろした。数日前につけた歯形が薄く残る鎖骨と、果実のようにぽってりと熟した乳首が、はだけたシャツの間から零れている。シャツの裾で股間をそっと隠しているあたり、まだ理性はあるようだが、布の下は弄ってほしそうに膨れていた。
「……せ、先生……あの……どうすれば……」
 その言葉に、既に昂りつつある下腹部へ一気に血液が集中する。
「そのままもう少し深く腰掛けて、上半身を倒してください。膝は曲げて、足の裏はベッドの上に。――そう、それで足を開いて」
 ビデオでは足を乗せるための器具を使うらしかったが、さすがにそこまでは用意できない。腰の下に枕を押し込んでやりながら、閉じそうになる膝を押さえた。
「危ないですから、このまま動かないでください」
 もし足を動かしてしまうようなら、縛って拘束してもいいだろう。最早医療プレイではなくSMプレイになってしまうような気もするが、それならそれで本人は喜びそうだ。
 薄いゴム手袋を装着し、床に膝をついて露わになった局部を覗く。まだ使い込みの足りない小さな蕾の周りを解すように軽く揉むと、腿の内側に見えない小波が走った。中を見る前に彼の興奮の度合いを確認しておこうと考え、邪魔なシャツの裾を払い除けると、予想どおり彼の腹の上では膨れた性器が先端を潤ませていた。
「陰核が肥大していますね。わかりますか」
 安達の腰が僅かに揺れる。どうやら首を横に振ったようだ。
「陰核ですよ、陰核。クリトリスが通常よりも大きくなっています」
 畳みかけても返事はなかった。その代わり、微かな呻き声が聞こえる。視線を上げると、彼は両腕で顔を覆っていた。羞恥心と戦っているらしい。
「ここまで肥大していると、辛いでしょう」
 液体を滲ませている鈴口をなぞって囁く。すると普段と違うゴム手袋の感触が嫌なのか、安達は喉の奥で不安そうに鳴いた。しかし残念ながら、安達が不安がると自分は欲情する仕組みになっている。
「少し触りますが、動かないように」
 普段使っているローションのボトルを開け、滑りがよくなるよう掌や指を濡らした。硬くなった陰茎をしごき、亀頭を掌で擦り上げると、安達はかなり呆気なく昇りつめた。
「んぁ……あ……、せ……せんせ……もう……」
 声は随分蕩けていたが、まだ設定を意識する余裕はあるらしい。焦らそうかとも思ったが、しかし一度射精させて落ち着かせた方が、互いに長く楽しめそうだった。性器を嬲る手を速め、優しく促す。
「出そうなら、出してもいいですよ」
 言い終わるか終わらないかのタイミングで、性器の先から白いものが迸った。元々待ての苦手な男だったが、それにしても今回は達するのが早かった。残滓を搾り出そうと力を込めてしごくと、それが彼には痛かったのか、こちらの手首を掴んでやめさせようとする。
「…………い、や」
「じっとしてください」
「……や」
「全部出さないと、よくなりませんよ」
「……うー……」
 諭すように告げると、安達は手首を掴んだまま、空いたもう一方の手で自身の目を擦った。
「ひ……っく」
 産婦人科より小児科の方が適当だったかもしれない。子供じみた仕種に、設定のため確保しておくつもりだった理性まで延焼しそうになる。
 細い指の間から手を抜き、精液で汚れた腹やワイシャツを見下ろした。自分の声が低く呟くのを、まるで他人の独白のように聞く。
「――では、中を診ましょう」
 白い太腿が、怯えたように、あるいは期待するように、痙攣した。
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