硝子の魚(glass catfish syndrome)

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続20. ホテル(3)

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 彼の手を振り解き、短く命じた。
「首に掴まれ」
 それから相手の細い腰を両手で支え、腹筋を使い上半身を起こす。疼痛を訴える微かな声が耳を掠めたが、手を放すなよ、とだけ告げた。安達は痛がりつつも、言われたとおりこちらの首に手を回した。性感帯を弄ってもらえるなら、もう何でもよいのだろう。
 彼がしっかりしがみついていることを確認してから、腰を支えていた手を上に滑らせ、胸を目指す。赤い耳殻を眺めながら、手探りで泡を払いのけ、茱萸の実のように膨らんだ乳首を想像して小さな突起を摘んだ。指の間で捏ねようとすると滑って逃げるそれを追い詰めて、きつく挟んで捻り上げると、彼の中に挿入したままの性器が根元から締めつけられる。忍耐力が試される動きだ。
「だらしないな。この間俺の上に乗っかってきたときは、もう少し余裕があったじゃないか」
 こちらにも余裕などなかったが、敢えてそう言って煽った。すると安達は、今日はいつもと違うから、とか細い声で途切れ途切れに言い訳した。言い訳している最中もずっと、彼の粘膜はこちらの性器にきつく吸いついていた。
「普段と違う場所で抱かれて興奮してるのか。よくわからない奴だ」
「う、あ」
 乳首を爪の先で弾くと、彼の尻がびくりと跳ねた。そのせいでいいところが擦れたのか、安達の呼吸が浅く忙しないものに変わる。息遣いにつられるように、下の口の収縮もますます激しくなった。
「なか……ほしい……」
 男根を食みながら、彼は涙声で哀願した。
「緩めるために嵌めたくせにもう種づけをねだるなんて、本当にプライドの欠片もない男だな。いつまでたってもそんな調子だから、お前の穴はチンポを扱くためのオナホでしかないんだ」
 言いながら、両手で薄い尻を掴み、力任せに揉む。手の中で、肉がびくびくと痙攣するのがわかった。自分は搾り取られそうになるのを歯を食いしばって耐え抜くと、弛緩した彼の身体をタイルの上に押し倒して性器を引き抜いた。
「淫乱」
 冷たく吐き捨て、はだけた胸に馬乗りになる。すると彼が下ろしていた瞼を上げた。官能に濡れた瞳は、手がつけられないほど淫らでありながら、どうしようもなく清潔だった。穢したいという欲望と、そんな欲望を打ち砕かれたいという願望の間で一瞬たじろぐと、こちらの心を見透かしたように彼の唇が動く。
「もっと、ひどくして」
 次の瞬間、自分は彼の顔に向けて射精していた。濁った粘液が、ほんのりと赤みを帯びた白い頬や半開きの唇に降りかかる。安達は指を伸ばして顔についた精液を拭い取り、怯えた、しかし期待に満ちた目でこちらを見つめた。
「自分で処理しろ」
 彼は小さく息をついてから、素直に指を口許に運び、いかにも柔らかそうな舌先で精液をすくった。まるで猫のような仕種だ。綺麗な顔をした男が、浴室の硬いタイルの上に組み敷かれたまま熱心に精液を舐める姿を見ていると、身体の内側から暗い炎に炙られているような気がした。
「――酷くしてほしいんだな」
 少しでも冷静になるために、敢えて訊ねた。安達は舌の上の精液を飲み込み、小さく肯いた。
「もし途中で嫌になったら、俺を罵倒してくれ。そうすればやめるから」
 彼はもう一度、小さく肯いた。それを見て、自分もまた肯いた。肯いたあとで、彼が罵倒の言葉を口にすることはないだろうと思った。安達はそういう男なのだ。



「いっ、いたい、う、いやっ」
「チンポ狂いが処女みたいな声を出すんじゃない。もう少し気持ちよさそうに喘いでみせろ」
「ひぁ、い、いや、やだ……あ、あぁ」
 膝立ちさせた状態で背後から挿入した後、彼の腕を掴んで後ろへ引っ張り、容赦なく腰を打ちつけた。浅いところはすっかり蕩けているが、奥はまだ熟しきっていない。そんな硬さの残る部分を乱暴に突く。もう少し時間をかけてゆっくりと攻めれば彼も快感を拾えるのだろうが、よくしてやるつもりは一切なかった。ひたすら狭い肉の間で自身の性器を扱き、絡みつく粘膜を存分に味わってから腕を解放してやると、安達は腰を上げたままタイルの上に崩れ落ちた。その拍子に羽織ったままのバスローブが捲れて、不安になるほど薄い腰が露わになる。
「痛いだの嫌だの喚くわりに、嵌められた部分は必死になってこっちに食いついてくる。オナホにされて嬉しいんだろう。可澄のまんこをオナニーに使ってくださってありがとうございますって言えよ」
「うぅ……いや……」
「そうか、礼も言えないのか。どうやら躾が足りていないみたいだな」
 挿入したまま剥き出しの尻を平手で叩くと、たっぷりと濡れたそれは打たれるたびに高く鳴った。陶器のように白い肌が、瞬く間に朱に染まる。安達はタイルに顔を押しつけ、理不尽な辱めに対し切れ切れに声を漏らしつつ耐えていたが、再び後ろから腕を掴まれて上体が浮く形になると、その声は遂に嗚咽に変わった。
 骨や筋の形が綺麗に浮いた身体は、ひどく脆そうに見える。そんな身体を背後から力任せに突き、乱暴に揺さぶっていると、何かの弾みで本当に壊してしまうのではないかという不安を覚える。許されているか確かめるために最奥でゆっくり腰を回すと、小刻みに震えていた身体が内側から弾けるように跳ねた。性器を飲み込むように締め上げられ、こちらも抗えず射精する。
「何の芸もないくせに、相変わらず搾り取るのだけは上手いんだな」
 快感と敗北感の狭間で乱れた息を抑えつつ、ささやかなプライドのために吐き出したばかりの精液を肉に擦り込んで罵声を浴びせた。安達は二度目の絶頂の余韻の中にあるのか、ぐったりと頭を垂れたまま揺さぶられていた。普段ならそろそろ結合を解いてやる頃合いだ。念のため、覆い被さるようにして相手の身体を抱き込み、彼の顔に自分の顔を近づけてみた。しかし安達は何も言わなかった。代わりに、こちらの手首を緩く掴み、それを自らの胸許へと引っ張る。導かれた指先に、依然硬く尖ったままの乳首が触れた。人差し指の爪と中指の腹の間で挟み、軽く捏ねてやると、甘い吐息が耳に届く。思わず溜め息が出た。
「発情期の猫だって、お前に比べればもう少し品があるぞ」
 演技としての侮蔑よりも本音としての呆れの方が声に色濃く滲んだせいか、安達は機嫌を損ねた猫のように低く唸ってこちらの手首に爪を立てた。思わず可愛いと口走りそうになり、危ういところで思いとどまる。彼が求めているのは砂糖菓子のような言葉ではない。自分は世界一巧みに安達の身体と精神を可愛がれる男であらねばならないのだ。
「このクソビッチが。孕ませてやる」
 彼の身体を抱え込んだまま、再び腰を動かし始めた。二度の絶頂と塗り込まれた精液とで、中はぐずぐずに蕩けて快適だった。柔らかな肉を味わいながら、石鹸のぬめりが残る胸を乱暴に揉み、桜色の貝殻に似た耳に卑猥な言葉を流し込む。
「お前はまんこでザーメンを飲む以外に能のない淫乱だ。チンポで膣を抉られれば、クリトリスを弄らなくてもいくんだろう。乳首も触る前からいやらしい形に腫れ上がって、まるで赤ん坊を四、五匹産んだ雌猫だ。本当は俺の知らないところで、何人も男を咥え込んでいるんじゃないか」
「ちが……ひかわさんしか、しらな……ぅあん」
 彼が言い終わるのを待たずに性器を引き抜く。
「俺が納得するように言え」
 安達は返事をしなかった。うつ伏せで声を殺して泣いている。自分は立ち上がって、まだ赤みの残る尻を片足で踏みつけた。踏まれたことに気づいた彼は、途端に甘ったるい声を出した。わかりやすい男だ。
「あ、ん……う、ぅ」
「泣けば許してもらえると思ったら大間違いだ。腰を上げろ。自分で尻を掴んで、恥ずかしいところをおっぴろげてみせるんだ」
「ん、んんー……」
 爪先で尻の肉をぞんざいに揉んでから、何度か軽く蹴った。安達はなかなか動こうとしなかった。蹴られた興奮で動けなくなったのか、もっと蹴られたくて動きたくないのかはわからなかったが、いずれにせよ足蹴にされるのが気に入ったらしい。ほんの少し後悔しながら、それでも白い肌を虐めることに冷たい喜びを感じていると、漸く安達が腰を上げた。言われたとおりこちらへ尻を突き出すと、両手でそれぞれの膨らみを掴み、左右に押し開く。執拗に奥まで挿入され拡張されたせいで開いたままの蕾から、蜜が溢れるように濁った液体が零れる。
「か……かすみの、おまんこは……しゅ……ごさんの、おちんちんしか、しりません……」
 彼が言葉を発するたびに、開いた部分が男根を欲しがってひくひくと蠢いた。ここまでくると、最早排泄のための器官ではなく性器だ。
「どうしてほしい」
 敢えて手を出さずに訊ねる。すると安達はおずおずと尻を差し出した。
「はめて」
 素直なよい返事だった。自分は思わず笑いそうになりながら、挿入し直すために相手の腰を掴んだ。



 身体中の泡を洗い流したあと、二人で湯に浸かった。運動のあとの風呂はよいものだ。少しぬるくなった湯の中で身体の力を抜くと、心地よさについ溜め息が漏れる。しかし、相対する安達の表情は暗かった。
「上手くいきませんでした」
 彼はがっかりしている様子だった。広々とした浴槽の中で小さくなり、俯いている。
「そもそもどうしてこんな流れになったんでしょうか。当初の予定では、挿入は最後になるはずでしたし、樋川さんのことももっと触るつもりでした。これではせっかくホテルまで来た意味がありません」
「予定が崩れることはよくある。気持ちがよかったならそれでいいじゃないか」
 お前がちょろいせいだ、と言ってやってもよかった。しかし本当に落ち込んでいるようなのでやめた。彼は繊細そうな外見のわりに意外と気の強いところがあるが、気が強いわりに意外と繊細でもあるのだ。
 安達は溜め息をついて、暫くの間湯船の水面を眺めていたが、やがて顔を上げた。
「……慰めてもらってもいいですか」
 断る理由は何処にもなかった。自分は手を伸ばし、彼の頬を掌で包むようにして撫でた。
「いい子だな」
 すると何故か安達は複雑そうな表情を浮かべた。
「……そうではなくて、セックスすらまともにできない悪い子だって、折檻してください」
「そっちか」
 どうやら自分は、慰めるという言葉の意味を履き違えていたらしい。確かにこの男に関していえば、嬲られるのが最大の慰めになるのだろう。
「お前が望むなら別に構わないが、たまには普通に、優しく抱いてほしいとは思わないのか」
 彼は何度か瞬きした。瞳孔が開き、驚嘆の色が浮かぶ。
「…………一周回って、ありかもしれませんね」
 どうしてわざわざ一周回らなければありにならないのか、どうにも理解しかねたが、安達は乗り気になったようで、すりると身を寄せてくると、耳朶の付け根辺りに唇を押しつけてきた。まるで人懐こい子猫のようだ。そういえば、彼の実家の黒猫は元気にしているだろうか。
「待て。ここでやるとのぼせそうだから、続きはベッドでしよう。少し身体を冷まして、水分補給もした方がいい」
 恋人が積極的なのは喜ばしいことだが、二人して倒れるわけにはいかない。そう思い、頭を撫でてやりながら優しく告げる。安達はキスをやめて身体を離し、こちらをじっと見た。
「……確かにそうですね。では俺は先に出ていますので、樋川さんも早めに上がってきてください」
 彼はさっと立ち上がり、浴槽から出て軽くシャワーを浴びると、浴室を出て行った。無駄と呼べるものが一切ない、恐ろしく素早い行動だった。彼が去ったあと、自分は数秒間、湯の中で瞑想した。そして、安達のどうしようもない性欲を可愛いと思っている時点で、自らもどうしようもない性癖の持ち主であるという結論を下し、浴槽から腰を上げた。
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