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続19. ホテル(2)
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たっぷりと泡をまとった彼の手が、足の指を一本一本丁寧に洗っていく。
くすぐったくないですか、と囁くように問われ、自分は短く、いや、と答えた。
実のところ、指の股や爪と肉の間を優しく擦られたあと、爪先を親指と人差し指の間で軽く押すように揉まれると、セックスの前戯だということを忘れてしまいそうになる程度には気持ちがよかった。しかしそれを告げると、前戯が延長される心配があった。前戯ならいくらでも応じたいところだが、触ることが許されていないとなると話は変わってくる。先ほど口で抜いてもらったとはいえ、あまり長いこと我慢したくはない。
そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、安達は作業に没頭していた。爪先を丁寧に洗い上げたあと、今度は土踏まずや踵や踝を興味深そうに指でなぞる。頑丈なだけが取り柄の、三十過ぎた男の足だ。お世辞にも美しくはない。そんなところを触って何が面白いのだろう。
「……いいですね」
両足を足首まで洗い終えた安達は、吐息混じりに呟いた。何がと訊ねるべきか悩んでいると、彼は顔と視線を上げた。
「…………すごく大きくて、がっしりしていて、力強くて」
目を見た瞬間、即座に理解した。この男は今、非常に興奮している。
「可澄、そろそろ――」
「……今度、裸足で踏んでもらってもいいですか」
言いかけた言葉が何処かに消える。数秒考えてから、そうだな、と自分は言った。ほかに返事が思いつかなかった。
「…………嫌ですか?」
「そういうわけじゃないが」
安達はこちらを見つめたまま、瞬きをした。言葉を探しているというより、先を促しているようだった。仕方ないので自分は本音を口にすることにした。
「どちらかというと、俺はお前相手なら、踏むよりも踏まれたい」
安達はまた瞬きをした。今度は言葉を探しているようだった。
「……樋川さんって、少し変わってますよね」
言いたいことは色々あった。しかし硝子玉の瞳に見つめられると、相手の言葉こそが真実であるような気がしてきた。この男が望むのであれば、自分は彼を踏むべきだし、この男が自らのことを棚に上げようとするなら、自分は彼のために脚立を用意すべきなのだ。そしてそのような信条が――いや倫理観が、やや常識から外れたものであるというのなら、自分は変わり者で間違いない。
「わかった。今度な」
すると安達は泡塗れのごつごつした男の足を抱えたまま、石鹸の香りが恐ろしく似合う上品な笑みを浮かべた。
足首から先には随分時間をかけたわりに、安達は脛や腿にはほとんど関心を示さなかった。足全体をひととおり掌で擦ると、それで洗い上げたという判定を下したのか、シャワーを使って泡を流した。どうやら彼の肉体への好奇心は、恐ろしく局所的なものらしい。次は何をするつもりなのか。そう思いながら眺めていると、彼は再びこちらの膝の間に屈み込んだ。
「……まだ元気ですね」
安達はそう言ってボディソープを掌に取ると、新しい泡のついた手を性器に伸ばした。洗うというよりは、掌で睾丸の重さを量りながら、陰茎の太さを指で確かめているような様子だった。視線は真っ直ぐ亀頭に注がれている。ここまで嗜好を隠さない態度を取られると、いっそ清々しい。
「こっちは褒めてくれないのか」
あまりにじっくりと眺めているので、つい声をかけた。足を褒められるより性器を褒められる方が、男としては嬉しい。安達は手の中の性器を見つめたまま、大きいですね、と小声で言った。それから小さく首を傾げ、こんな大きさのものが自分の中に入るなんて、人体の神秘を感じます、と付け加えた。
「大きいのは嫌いか」
嫌いなわけがない。それでも敢えて訊ねた。案の定、彼はいいえと答えた。
「……小さいのを知らないので、比較することはできませんが、好きです。でも、俺が樋川さんを……」
そこまで言うと、彼は口ごもった。一文を言い切る前に彼が沈黙するのは、珍しいことだった。口を閉ざした安達は、頻りに瞬きを繰り返した。懸命に言葉をかき集めている様子だった。自分は静かに相手の言葉が完成するのを待った。一、二分ほどで、彼は視線を上げた。
「俺は大きいので無理矢理抉じ開けられるのが好きですけど、樋川さんはどうですか。俺の身体はきつすぎたりしませんか。もしくはその逆で、緩すぎるなんてことはありませんか」
直球だな、と思った。そもそも安達は変化球を放る類の人間ではない。言葉を探すのに時間がかかるだけで、発言の内容それ自体は基本的に明快である。いつだったか橋本に、はっきり喋らない女は嫌いだろうと言われたことがあるが、考えてみるとしっかりと意思表示をする人間を好む傾向は確かにあるのかもしれない。
「いつも言っていると思うが、お前の身体はとても具合がいい」
彼はこちらの腹筋辺りを見つめ、考えるような顔をした。惰性で動いているのか、指先はまだ性器を弄り続けている。会話よりもそちらに意識が行きそうになるのを、自分は何とか堪えた。
「俺には何一つ不満なんてない」
そう告げて、沈んだ瞳に肯いてみせる。お前の趣味嗜好に対し時折不安を覚えることはあるが、という本音は心の中に留めた。
しかし彼は納得していない様子だった。忙しなく瞼と視線を動かして、水底から言葉を見つけようとする。
「……ですが、それはそれとして、もっと緩い方がいいとか、もっときつい方がいいとか、そういう要望はありませんか。緩い場合はなかなか難しいかもしれませんけど、きつい場合には自助努力で改善できると思うんです。いかがでしょうか」
どうやら彼は本気で自分を悦ばせたいらしい。もしかしたら今日も、こちらに奉仕するつもりで敢えて接触を禁じたのかもしれない。自分は湿って柔らかなそうな安達の髪を眺め、それから自らの完勃ちした性器を見た。
「――もしきついと言ったら、自分で緩めるのか」
一瞬、彼が息を呑んだのがわかった。
「……はい、もちろんです」
「どうやって?」
「…………玩具がありますから、それを使います」
「それなら俺のを使った方が、拡張とセックスが同時にできて一石二鳥なんじゃないか」
「……えー……ええと……」
安達はあらぬ方向を見て唇を動かした。しかしまともな言葉は出てこなかった。かなり混乱しているらしい。自分が彼の繰り出す正論に弱いように、彼もこちらの正論には弱いのだ。そこで自分は相手の顔に自分の顔を近づけた。
「この際はっきり言わせてもらうが、お前の中は相当きつい。継続して拡げる必要がある。だがお前が自分で玩具を使っても、一人で気持ちよくなるだけで結局オナニーにしかならないのは目に見えている。ここは俺に委ねるのが賢明だ。違うか」
自らの下心にのみ忠実に、思ってもいないことを次々と並べた。安達は目を大きく見開いて話を聞いていた。恐らく彼の耳にはこれらの言葉が、世界の真理のように響いているに違いない。可哀想な話ではあるが、しかしお互い様でもあった。
「緩めてやるから、お尻を見せてごらん」
あともう一押しで堕ちる。そう思った。安達は返事を躊躇うように視線を落とし、それからこくんと唾を飲んだ。ここにきてやっと、こちらの性器が完全に仕上がっていることに気づいたらしい。
「大きいのが好きなんだよな?」
「……え……ええ、まあ」
彼は眉を寄せた。せっかく最初に抜いておいたのに、とでも言いたげな顔をしている。
「それならこの大きいので、お前の中が嵌め心地がよくなるように拡げてやるから、お尻を出して恥ずかしいところを俺に見せるんだ」
猫撫で声でねだってみせると、安達は小さく唸った。
「……でも、まだ全部触っていません。上半身が残っています」
不服そうな口ぶりだったが、しかしその手は性器を掴んだままだった。こうした彼の可哀想なほどのわかりやすさには、好感と敬意とを抱かざるをえない。あるいはこれは、あばたもえくぼというやつなのかもしれないが、だからといって誰も我々を咎めたりはしないだろう。
「嵌められた状態で触ればいい。俺は手を出さないから」
実に知性に欠ける提案だった。が、幸いなことに彼は、セックスの際に知的な会話を楽しみたがる人間ではなかった。安達は数秒考えたのち、それでは床に寝てください、と迷いのない口調でこちらに指示して立ち上がった。自分は頭の下に丸めたタオルを敷いて仰向けに横たわった。すぐに股間にシャワーが当てられ、続いて粘度の高い何かを掌で擦りつけられる。
「……あなたからは動かないと約束してください」
恐らくローションをつけているのだろう。馴染みのある音がしている。
「約束する」
ローションで滑る相手の掌の感触を楽しみながら肯くと、安達は声を低くした。
「……破ったら、今夜は中に出させてあげませんから」
「何があろうと守る」
自分は厳かに誓いを立てた。安達は納得したのか手を止め、こちらの胴を跨いで覆い被さってきた。端正な顔が鼻先数センチのところまで近づいてくる。
「――キスしても?」
意外とスマートな申し出だった。自分は返事の代わりに僅かに口を開いた。すぐに柔らかいものが触れる。舌を絡ませるのではなく、唇で唇を食むような、遊戯じみた口づけだった。もしかしたら精液を飲んだばかりなので遠慮しているのかもしれない。舌を入れると怒られそうだったので、自分からは行動を起こさず彼のしたいようにさせた。気が済むまで唇を合わせると、安達は満足そうに息をつき、こちらの顎の辺りの髭の剃り残しを舐めた。性感帯というわけでもないのに、性器が弾けそうになる。
最後に顎の先を甘噛みして、彼はやっと身体を起こした。手を後ろにやって位置を確かめながら、自らの尻をこちらの股間に宛がう。すぐに挿入するのかと思ったが、安達はそのまま身体を前後させ、尻の谷間で性器を擦り始めた。程よい弾力とローションの粘りに、思わず呻き声が漏れる。
「どうですか?」
安達の口許には、煽るような微笑が浮かんでいた。こちらが我慢していることを見透かしている表情だ。その顔に惹かれて、思わずいいと答えた。すると安達は目を細めた。
「俺の中を拡げる前に、いっちゃうかもしれませんね」
「そんないやらしい子に育てた覚えはないな」
「……でも、いやらしいのが好きなんでしょう」
否定はできなかった。そこで、いく前に嵌めさせてくれ、と素直に頼んだ。安達は微かに声をあげて笑い、手の甲でこめかみの辺りを拭った。興奮して体温が上がったのか、彼の肌には薄く汗が滲んでいた。白い指先が、その繊細さとは些か不釣り合いなほど乱暴な仕種で自らのバスローブの前をくつろげる。そのせいで、膨れた乳首が露わになった。
「いいですよ。あなた好みの締まりになるように、拡げてください」
安達は腰を浮かせ、性器に手を添えて位置を合わせた。やがて亀頭が馴染みのある感触に包まれる。じわじわと腰を落としながら、あ、あ、と細い声を零す姿は相変わらず痛々しい。腰を掴んで乱暴に揺さぶりたくなる気持ちを、息と共に殺した。
時間をかけて根元まで咥え込むと、彼は肩を震わせた。
「うぅ……」
どうやら苦しいらしい。そもそも彼は騎乗位があまり得意ではない。自ら体位を指定したあたり、少しは慣れたのかと思っていたが、実際はそうでもなかったようだ。小刻みに震えながら顔を顰めた。その薄赤い目許を見ていると、追い詰めて泣かせてやりたくなった。
「痛いか」
「……へ、いき、です。樋川さんの方こそ、きつくないですか」
強がる余裕はあるらしい。意地が悪いと知りつつ、素っ気なくそうだなと返す。
「若干きついように思う。拡げておいてやるから、お前は好きなように俺を触ってくれ」
「……っ……それじゃあ、お言葉に甘えて」
彼は震え声でそう言うと、手首で何度か首筋を擦った。呼吸を整えているようだった。やがて、下腹に掌がぺたりと押し当てられる。だが、それだけだった。彼の呼吸に合わせ僅かに膨らんだり萎んだりを繰り返す滑らかな胸の真ん中を、汗が一筋滑り落ちていく。そのさまを眺めながら、自分は意地悪く訊ねた。
「洗ってくれないのか」
安達は何度か瞬きをして、床に視線をやった。苦しげな表情が、すぐに悲しみに満ちたそれに取って代わる。
「……届かない」
ボディソープのボトルのことを言っているらしい。ボトルは彼から数十センチ離れた場所にあった。そう遠いわけではないのだが、騎乗位で挿入した状態では確かに届かないだろう。
「俺が取ってやる」
そう言って僅かに身体を横へずらし、ボトルへ手を伸ばす。安達は短く息を吸ってから、悲鳴じみた声をあげた。
「いっ」
好きなところに当たったのか、苦手な部分を抉られたのか、或いはその両方か。定かではないが、彼はこちらの腰をきつく腿で締めつけた。それに合わせて、結合部も収縮する。まだ搾り取る気はないようだが、そのぶん性質の悪い動きだ。
我慢比べになりそうな予感を覚えながら、自分はボトルを彼に握らせた。
「綺麗にしてくれ」
安達は涙目で肯くと、掌にソープを出した。ろくに泡立てもせずに、こちらの下腹にそれをなすりつける。腹を撫でられるのは妙な感覚だった。不快ではないが、明確な快感というわけでもない。腹筋の形を繰り返し指先でなぞられると、挿入したまま放置された性器が苛立ちを訴えてくる。どうもマグロでいるのは性に合わない。
「腹ばかり触っていないで、もっと上も洗ってくれ。身体を倒せば届くだろう」
敢えて自分勝手な注文を並べた。安達はぶるぶる震えながら、言われるがまま上体をこちらへ傾けた。挿入がやや浅くなり、感じる部分が擦れたのか、相手の吐息が格段に甘くなる。やがてソープでぬめる指先が、こちらの胸筋を捉えた。余裕がないのか、それとも興味がないのか、手つきは非常にぞんざいだった。どうも彼の嗜好はよくわからない。あるいはその嗜好は、嗜虐趣味と密接に関わっているのかもしれない。彼にとって胸や太腿といった部位は、弄られるものであって弄るものではないのだろう。
とにかく、このままでは埒が明かない。そこで自分は注文を追加した。
「せっかくなら掌じゃなくて、胸を使って洗ってくれないか」
「……でも、中が……」
綺麗な顔が泣きそうになる。暗い興奮が背筋から脳へと這い上がるのを感じた。
「中がどうした」
「……中が……か、痒いので、樋川さんので擦りたい……です」
「もう疼き始めたのか。まだ全然触っていないだろう。それに俺は動くなと言われている」
「ぅー……」
安達は子供じみた呻き声を出した。が、しかし素直にバスローブの胸を更にくつろげ、両手のソープをそこへ擦りつけた。ここに至ってもまだ脱がないのは、自らの自制心を働かせるためなのだろう。しかしこちらにしてみれば、全裸よりもよほど煽情的だった。布の間から覗く胸に残った数日前の鬱血の痕と、白い泡の奥に透ける乳首の色が、異様に生々しく卑猥に映る。指が小さな突起に触れるたび、男根を咥えた部分がひくひくと蠢いた。バスローブの中で彼の性器がどうなっているのか気にならないわけではなかったが、今は腹の上で震えている男を突き上げたくなる衝動を抑えることで手一杯だった。
一、二分かけて自身の胸を泡塗れにした彼は、肩で息をしながらこちらの身体に上半身を重ねようとした。だが、途中で性器がずるりと抜けた。安達は身体を竦めて衝撃をやり過ごしてから、恐る恐る、しかし挑発的な目でこちらを見た。命令することを命ずる目だ。凄まじい矛盾。しかしこの矛盾こそが彼の、そして我々の本質なのだろう。
「まだ緩んでいないだろう。嵌め直せ」
ほかに言う言葉などなかった。安達は身震いすると、性器を掴んで自らの内部に導いた。
「ん……うぅ……」
再び性器を嵌めた彼は、最早自分が何をしようとしていたのか忘れてしまった様子だった。いきなりこちらの手首を掴むと、泡で滑る自らの胸に押し当てる。
「……ちくび、きゅってして」
頭の中の回線が、ぶつりと切れるのがわかった。
くすぐったくないですか、と囁くように問われ、自分は短く、いや、と答えた。
実のところ、指の股や爪と肉の間を優しく擦られたあと、爪先を親指と人差し指の間で軽く押すように揉まれると、セックスの前戯だということを忘れてしまいそうになる程度には気持ちがよかった。しかしそれを告げると、前戯が延長される心配があった。前戯ならいくらでも応じたいところだが、触ることが許されていないとなると話は変わってくる。先ほど口で抜いてもらったとはいえ、あまり長いこと我慢したくはない。
そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、安達は作業に没頭していた。爪先を丁寧に洗い上げたあと、今度は土踏まずや踵や踝を興味深そうに指でなぞる。頑丈なだけが取り柄の、三十過ぎた男の足だ。お世辞にも美しくはない。そんなところを触って何が面白いのだろう。
「……いいですね」
両足を足首まで洗い終えた安達は、吐息混じりに呟いた。何がと訊ねるべきか悩んでいると、彼は顔と視線を上げた。
「…………すごく大きくて、がっしりしていて、力強くて」
目を見た瞬間、即座に理解した。この男は今、非常に興奮している。
「可澄、そろそろ――」
「……今度、裸足で踏んでもらってもいいですか」
言いかけた言葉が何処かに消える。数秒考えてから、そうだな、と自分は言った。ほかに返事が思いつかなかった。
「…………嫌ですか?」
「そういうわけじゃないが」
安達はこちらを見つめたまま、瞬きをした。言葉を探しているというより、先を促しているようだった。仕方ないので自分は本音を口にすることにした。
「どちらかというと、俺はお前相手なら、踏むよりも踏まれたい」
安達はまた瞬きをした。今度は言葉を探しているようだった。
「……樋川さんって、少し変わってますよね」
言いたいことは色々あった。しかし硝子玉の瞳に見つめられると、相手の言葉こそが真実であるような気がしてきた。この男が望むのであれば、自分は彼を踏むべきだし、この男が自らのことを棚に上げようとするなら、自分は彼のために脚立を用意すべきなのだ。そしてそのような信条が――いや倫理観が、やや常識から外れたものであるというのなら、自分は変わり者で間違いない。
「わかった。今度な」
すると安達は泡塗れのごつごつした男の足を抱えたまま、石鹸の香りが恐ろしく似合う上品な笑みを浮かべた。
足首から先には随分時間をかけたわりに、安達は脛や腿にはほとんど関心を示さなかった。足全体をひととおり掌で擦ると、それで洗い上げたという判定を下したのか、シャワーを使って泡を流した。どうやら彼の肉体への好奇心は、恐ろしく局所的なものらしい。次は何をするつもりなのか。そう思いながら眺めていると、彼は再びこちらの膝の間に屈み込んだ。
「……まだ元気ですね」
安達はそう言ってボディソープを掌に取ると、新しい泡のついた手を性器に伸ばした。洗うというよりは、掌で睾丸の重さを量りながら、陰茎の太さを指で確かめているような様子だった。視線は真っ直ぐ亀頭に注がれている。ここまで嗜好を隠さない態度を取られると、いっそ清々しい。
「こっちは褒めてくれないのか」
あまりにじっくりと眺めているので、つい声をかけた。足を褒められるより性器を褒められる方が、男としては嬉しい。安達は手の中の性器を見つめたまま、大きいですね、と小声で言った。それから小さく首を傾げ、こんな大きさのものが自分の中に入るなんて、人体の神秘を感じます、と付け加えた。
「大きいのは嫌いか」
嫌いなわけがない。それでも敢えて訊ねた。案の定、彼はいいえと答えた。
「……小さいのを知らないので、比較することはできませんが、好きです。でも、俺が樋川さんを……」
そこまで言うと、彼は口ごもった。一文を言い切る前に彼が沈黙するのは、珍しいことだった。口を閉ざした安達は、頻りに瞬きを繰り返した。懸命に言葉をかき集めている様子だった。自分は静かに相手の言葉が完成するのを待った。一、二分ほどで、彼は視線を上げた。
「俺は大きいので無理矢理抉じ開けられるのが好きですけど、樋川さんはどうですか。俺の身体はきつすぎたりしませんか。もしくはその逆で、緩すぎるなんてことはありませんか」
直球だな、と思った。そもそも安達は変化球を放る類の人間ではない。言葉を探すのに時間がかかるだけで、発言の内容それ自体は基本的に明快である。いつだったか橋本に、はっきり喋らない女は嫌いだろうと言われたことがあるが、考えてみるとしっかりと意思表示をする人間を好む傾向は確かにあるのかもしれない。
「いつも言っていると思うが、お前の身体はとても具合がいい」
彼はこちらの腹筋辺りを見つめ、考えるような顔をした。惰性で動いているのか、指先はまだ性器を弄り続けている。会話よりもそちらに意識が行きそうになるのを、自分は何とか堪えた。
「俺には何一つ不満なんてない」
そう告げて、沈んだ瞳に肯いてみせる。お前の趣味嗜好に対し時折不安を覚えることはあるが、という本音は心の中に留めた。
しかし彼は納得していない様子だった。忙しなく瞼と視線を動かして、水底から言葉を見つけようとする。
「……ですが、それはそれとして、もっと緩い方がいいとか、もっときつい方がいいとか、そういう要望はありませんか。緩い場合はなかなか難しいかもしれませんけど、きつい場合には自助努力で改善できると思うんです。いかがでしょうか」
どうやら彼は本気で自分を悦ばせたいらしい。もしかしたら今日も、こちらに奉仕するつもりで敢えて接触を禁じたのかもしれない。自分は湿って柔らかなそうな安達の髪を眺め、それから自らの完勃ちした性器を見た。
「――もしきついと言ったら、自分で緩めるのか」
一瞬、彼が息を呑んだのがわかった。
「……はい、もちろんです」
「どうやって?」
「…………玩具がありますから、それを使います」
「それなら俺のを使った方が、拡張とセックスが同時にできて一石二鳥なんじゃないか」
「……えー……ええと……」
安達はあらぬ方向を見て唇を動かした。しかしまともな言葉は出てこなかった。かなり混乱しているらしい。自分が彼の繰り出す正論に弱いように、彼もこちらの正論には弱いのだ。そこで自分は相手の顔に自分の顔を近づけた。
「この際はっきり言わせてもらうが、お前の中は相当きつい。継続して拡げる必要がある。だがお前が自分で玩具を使っても、一人で気持ちよくなるだけで結局オナニーにしかならないのは目に見えている。ここは俺に委ねるのが賢明だ。違うか」
自らの下心にのみ忠実に、思ってもいないことを次々と並べた。安達は目を大きく見開いて話を聞いていた。恐らく彼の耳にはこれらの言葉が、世界の真理のように響いているに違いない。可哀想な話ではあるが、しかしお互い様でもあった。
「緩めてやるから、お尻を見せてごらん」
あともう一押しで堕ちる。そう思った。安達は返事を躊躇うように視線を落とし、それからこくんと唾を飲んだ。ここにきてやっと、こちらの性器が完全に仕上がっていることに気づいたらしい。
「大きいのが好きなんだよな?」
「……え……ええ、まあ」
彼は眉を寄せた。せっかく最初に抜いておいたのに、とでも言いたげな顔をしている。
「それならこの大きいので、お前の中が嵌め心地がよくなるように拡げてやるから、お尻を出して恥ずかしいところを俺に見せるんだ」
猫撫で声でねだってみせると、安達は小さく唸った。
「……でも、まだ全部触っていません。上半身が残っています」
不服そうな口ぶりだったが、しかしその手は性器を掴んだままだった。こうした彼の可哀想なほどのわかりやすさには、好感と敬意とを抱かざるをえない。あるいはこれは、あばたもえくぼというやつなのかもしれないが、だからといって誰も我々を咎めたりはしないだろう。
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実に知性に欠ける提案だった。が、幸いなことに彼は、セックスの際に知的な会話を楽しみたがる人間ではなかった。安達は数秒考えたのち、それでは床に寝てください、と迷いのない口調でこちらに指示して立ち上がった。自分は頭の下に丸めたタオルを敷いて仰向けに横たわった。すぐに股間にシャワーが当てられ、続いて粘度の高い何かを掌で擦りつけられる。
「……あなたからは動かないと約束してください」
恐らくローションをつけているのだろう。馴染みのある音がしている。
「約束する」
ローションで滑る相手の掌の感触を楽しみながら肯くと、安達は声を低くした。
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「どうですか?」
安達の口許には、煽るような微笑が浮かんでいた。こちらが我慢していることを見透かしている表情だ。その顔に惹かれて、思わずいいと答えた。すると安達は目を細めた。
「俺の中を拡げる前に、いっちゃうかもしれませんね」
「そんないやらしい子に育てた覚えはないな」
「……でも、いやらしいのが好きなんでしょう」
否定はできなかった。そこで、いく前に嵌めさせてくれ、と素直に頼んだ。安達は微かに声をあげて笑い、手の甲でこめかみの辺りを拭った。興奮して体温が上がったのか、彼の肌には薄く汗が滲んでいた。白い指先が、その繊細さとは些か不釣り合いなほど乱暴な仕種で自らのバスローブの前をくつろげる。そのせいで、膨れた乳首が露わになった。
「いいですよ。あなた好みの締まりになるように、拡げてください」
安達は腰を浮かせ、性器に手を添えて位置を合わせた。やがて亀頭が馴染みのある感触に包まれる。じわじわと腰を落としながら、あ、あ、と細い声を零す姿は相変わらず痛々しい。腰を掴んで乱暴に揺さぶりたくなる気持ちを、息と共に殺した。
時間をかけて根元まで咥え込むと、彼は肩を震わせた。
「うぅ……」
どうやら苦しいらしい。そもそも彼は騎乗位があまり得意ではない。自ら体位を指定したあたり、少しは慣れたのかと思っていたが、実際はそうでもなかったようだ。小刻みに震えながら顔を顰めた。その薄赤い目許を見ていると、追い詰めて泣かせてやりたくなった。
「痛いか」
「……へ、いき、です。樋川さんの方こそ、きつくないですか」
強がる余裕はあるらしい。意地が悪いと知りつつ、素っ気なくそうだなと返す。
「若干きついように思う。拡げておいてやるから、お前は好きなように俺を触ってくれ」
「……っ……それじゃあ、お言葉に甘えて」
彼は震え声でそう言うと、手首で何度か首筋を擦った。呼吸を整えているようだった。やがて、下腹に掌がぺたりと押し当てられる。だが、それだけだった。彼の呼吸に合わせ僅かに膨らんだり萎んだりを繰り返す滑らかな胸の真ん中を、汗が一筋滑り落ちていく。そのさまを眺めながら、自分は意地悪く訊ねた。
「洗ってくれないのか」
安達は何度か瞬きをして、床に視線をやった。苦しげな表情が、すぐに悲しみに満ちたそれに取って代わる。
「……届かない」
ボディソープのボトルのことを言っているらしい。ボトルは彼から数十センチ離れた場所にあった。そう遠いわけではないのだが、騎乗位で挿入した状態では確かに届かないだろう。
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そう言って僅かに身体を横へずらし、ボトルへ手を伸ばす。安達は短く息を吸ってから、悲鳴じみた声をあげた。
「いっ」
好きなところに当たったのか、苦手な部分を抉られたのか、或いはその両方か。定かではないが、彼はこちらの腰をきつく腿で締めつけた。それに合わせて、結合部も収縮する。まだ搾り取る気はないようだが、そのぶん性質の悪い動きだ。
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敢えて自分勝手な注文を並べた。安達はぶるぶる震えながら、言われるがまま上体をこちらへ傾けた。挿入がやや浅くなり、感じる部分が擦れたのか、相手の吐息が格段に甘くなる。やがてソープでぬめる指先が、こちらの胸筋を捉えた。余裕がないのか、それとも興味がないのか、手つきは非常にぞんざいだった。どうも彼の嗜好はよくわからない。あるいはその嗜好は、嗜虐趣味と密接に関わっているのかもしれない。彼にとって胸や太腿といった部位は、弄られるものであって弄るものではないのだろう。
とにかく、このままでは埒が明かない。そこで自分は注文を追加した。
「せっかくなら掌じゃなくて、胸を使って洗ってくれないか」
「……でも、中が……」
綺麗な顔が泣きそうになる。暗い興奮が背筋から脳へと這い上がるのを感じた。
「中がどうした」
「……中が……か、痒いので、樋川さんので擦りたい……です」
「もう疼き始めたのか。まだ全然触っていないだろう。それに俺は動くなと言われている」
「ぅー……」
安達は子供じみた呻き声を出した。が、しかし素直にバスローブの胸を更にくつろげ、両手のソープをそこへ擦りつけた。ここに至ってもまだ脱がないのは、自らの自制心を働かせるためなのだろう。しかしこちらにしてみれば、全裸よりもよほど煽情的だった。布の間から覗く胸に残った数日前の鬱血の痕と、白い泡の奥に透ける乳首の色が、異様に生々しく卑猥に映る。指が小さな突起に触れるたび、男根を咥えた部分がひくひくと蠢いた。バスローブの中で彼の性器がどうなっているのか気にならないわけではなかったが、今は腹の上で震えている男を突き上げたくなる衝動を抑えることで手一杯だった。
一、二分かけて自身の胸を泡塗れにした彼は、肩で息をしながらこちらの身体に上半身を重ねようとした。だが、途中で性器がずるりと抜けた。安達は身体を竦めて衝撃をやり過ごしてから、恐る恐る、しかし挑発的な目でこちらを見た。命令することを命ずる目だ。凄まじい矛盾。しかしこの矛盾こそが彼の、そして我々の本質なのだろう。
「まだ緩んでいないだろう。嵌め直せ」
ほかに言う言葉などなかった。安達は身震いすると、性器を掴んで自らの内部に導いた。
「ん……うぅ……」
再び性器を嵌めた彼は、最早自分が何をしようとしていたのか忘れてしまった様子だった。いきなりこちらの手首を掴むと、泡で滑る自らの胸に押し当てる。
「……ちくび、きゅってして」
頭の中の回線が、ぶつりと切れるのがわかった。
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指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
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