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墜落と再臨
第4章 崩壊する都
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王都グラマティカの門をくぐった瞬間、僕は息を呑んだ。
昨日まで美しく整然としていたはずの街並みが、まるで悪夢のように歪んでいる。石造りの建物は不自然に傾き、窓の形は四角から三角に変わり、扉は壁の真ん中に浮かんでいる。道路に刻まれた文字は激しく明滅し、時には完全に消失している。
「これは……」
エリシアが青ざめて呟いた。
「構文魔法の暴走なんてレベルではありませんね」
街の人々は混乱していた。商店の看板が勝手に書き換わり、『パン屋』が『恐怖屋』になったり、『薬局』が『厄局』に変化したりしている。それに伴って、実際の店の内容も変わってしまっているようだった。
「緊急事態だ」
僕たちを案内してきた大人の一人、王国調査局の魔導師ヴァレン・クロムウェルが厳しい表情で言った。
「君たちは学生だが、今は貴重な戦力だ。十分に注意して行動してくれ」
調査団は三つのグループに分かれることになった。僕とエリシア、カイルは第一班として、最も被害の深刻な商業地区を担当することになった。
「何を調査すればいいのでしょうか?」
エリシアが尋ねた。
「文字の変化パターンを記録してくれ」
ヴァレンが説明した。
「どの文字がどのように変化しているか、変化の頻度、影響範囲を詳しく調べる必要がある」
僕たちは商業地区に向かった。歩きながら、僕は自分の知識を総動員して状況を分析しようとした。
これは明らかに、世界の根本的な文字構造に問題が生じている。精霊が見せてくれた映像を思い出すと、大陸全体に刻まれた巨大な文字に亀裂が入っていた。その影響が、個々の建物や道路の文字にも波及しているのだろう。
「アルカディア、見てくれ」
カイルが指差した先に、奇妙な光景があった。
一軒の書店の前で、本が宙に浮いている。本のページが勝手にめくれ、文字が空中に舞い出している。舞い出した文字は互いにぶつかり合い、新しい単語を作り出している。
「『愛』と『憎』がぶつかって『哀』になった」
エリシアが観察を記録している。
「『希望』と『絶望』が結合して『失望』に変化しています」
僕は恐ろしい可能性に気がついた。
文字が勝手に結合して新しい意味を作り出している。これは単なる暴走ではない。世界の言語体系そのものが不安定になっているのだ。
「危険です」
僕は二人に警告した。
「あの文字に触れてはいけません。予期しない構文魔法が発動する可能性があります」
その時、書店から悲鳴が聞こえた。中に人がいるようだ。
「助けに行かなければ」
カイルが剣に手をかけた。
「待って」
僕は彼を止めた。
「無闇に入るのは危険です。まず状況を確認しましょう」
僕たちは慎重に書店に近づいた。窓から中を覗くと、店主らしき老人が床に倒れている。その周りには、本から飛び出した無数の文字が竜巻のように渦巻いている。
「構文竜巻ですね」
エリシアが専門用語で説明した。
「複数の構文が絡み合って制御不能になった状態です」
僕は自分の構文魔法の知識を思い出した。この現象を止めるには、竜巻の中心にある『核』となる文字を見つけ出し、それを正しい位置に戻す必要がある。
「僕が入ります」
僕は決断した。
「二人は外で待機していてください」
「一人では危険よ」
エリシアが反対した。
「私も一緒に行きます」
「いや、僕も行く」
カイルも続いた。
「仲間を見捨てるわけにはいかない」
僕は二人の強い意志を感じ取った。確かに、一人では対処できないかもしれない。
「わかりました。でも、僕の指示に従ってください」
僕たちは書店に入った。構文竜巻の風圧で、立っているのも困難だった。飛び交う文字の中から、核となる文字を探す。
「あれです」
僕は竜巻の中心に光る大きな文字を見つけた。それは『混沌』という文字だった。
「あの文字を正しい位置に戻せば、竜巻は止まるはずです」
「どうやって近づくの?」
エリシアが叫んだ。
僕は構文魔法の理論を思い出した。対立する概念を使えば、混沌を中和できるかもしれない。
「『秩序』の文字を作り出すんです」
僕は空中に指で文字を描き始めた。
しかし、この世界の魔法システムは僕の想像以上に複雑だった。単純に文字を描くだけでは、十分な効果が得られない。
「一緒にやりましょう」
エリシアが僕の隣で文字を描き始めた。
「三人で力を合わせれば」
カイルも加わった。三人で協力して『秩序』の文字を完成させると、それは美しい光を放った。光は竜巻に向かって飛んでいき、『混沌』の文字と衝突した。
瞬間、竜巻が止まった。飛び散っていた文字たちは静かに本の中に戻っていく。店主の老人も意識を取り戻した。
「ありがとう……若い魔導師たちよ」
老人は感謝の言葉を口にした。
「突然、本の文字が暴れ出して……一体何が起こっているのでしょうか」
「調査中です」
僕は答えた。
「今は安全な場所に避難してください」
書店を出ると、街の状況はさらに悪化していた。あちこちで同様の現象が起こっている。建物が形を変え、看板の文字が踊り、人々が混乱している。
「これは一軒ずつ対処していては間に合いませんね」
エリシアが現実的な問題を指摘した。
僕は考えた。根本的な解決策を見つけなければ、この混乱は止まらない。精霊たちの警告を思い出す。三つの選択肢のうち、どれを選ぶべきなのか。
その時、空に巨大な文字が現れた。『終焉』という文字が、血のように赤い光を放ちながら王都の上空に浮かんでいる。
「あれは何ですか?」
カイルが驚愕した。
僕は戦慄した。あの文字は僕が書いた小説には登場しない。つまり、世界が僕の設定を超えて独自に変化している証拠だ。
突然、『終焉』の文字から光の矢が放たれた。矢は王城の方向に向かって飛んでいく。そして、王城の一部が崩壊する音が響いた。
「王城が攻撃されています」
エリシアが青ざめた。
この瞬間、僕は理解した。
これはもはや単純な構文魔法の暴走ではない。世界そのものが、何者かによって意図的に破壊されているのだ。
「調査を中断します」
僕は決断した。
「王城に向かいましょう。何が起こっているのか、確認する必要があります」
僕たちは王城に向かって走った。街の人々は恐怖に怯え、避難を始めている。道路の文字は次々と消失し、建物の構造も不安定になっている。
王城の前広場に着くと、他の調査団メンバーたちも集まっていた。ヴァレンが厳しい表情で状況を説明した。
「王城の図書館が襲撃された。そこには、この国の根幹となる『原典』が保管されていたが、何者かに盗まれたようだ」
「原典とは?」
僕は尋ねた。
「この世界の全ての文字と構文の基盤となる、最古の文書だ」
ヴァレンが説明した。
「それが失われれば、世界の文字体系が完全に崩壊する」
僕の血が凍った。原典。僕は自分の小説にそんな設定を作った覚えがない。つまり、この世界は僕の想像を遥かに超えて発展していたのだ。
「犯人の手がかりはありますか?」
エリシアが質問した。
「目撃者によると、黒いローブを着た人物が、構文魔法を使って図書館に侵入したという」
ヴァレンは続けた。
「そして、その人物は『創造者への復讐』という言葉を残して去ったそうだ」
創造者への復讐。
僕の心臓が激しく鼓動した。やはり、この世界の住民の中に、創造者である僕の存在に気づいている者がいるのだ。そして、その者は僕に対して敵意を抱いている。
「アルカディア」
カイルが僕の顔を覗き込んだ。
「また顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「はい……少し疲れただけです」
僕は嘘をついた。
しかし、内心では恐怖が募っていた。
もし犯人が僕の正体を知っているなら、僕の周りにいる人たちも危険に晒されることになる。エリシアやカイル、グランベル先生……彼らを巻き込むわけにはいかない。
「今夜は一時撤退だ」
ヴァレンが指示を出した。
「明日の朝から、本格的な捜索を開始する。学生たちは学院に戻って休息を取れ」
僕たちは学院に戻った。しかし、僕の心は休まらなかった。
部屋に戻ると、机の上に一通の手紙が置かれていた。封筒には何も書かれていない。恐る恐る開けてみると、中には短いメッセージが書かれていた。
『偽りの創造者よ
汝が作りし不完全な世界に、真の終焉を与えてやろう
汝の愛する者たちが苦しむ姿を見るがいい
そして最後に、汝自身も虚無に帰すのだ
真の創造者より』
手紙を読み終えた時、僕の手は震えていた。
真の創造者? それは一体誰なのか。そして、なぜ僕を偽物と呼ぶのか。
窓の外を見ると、王都の上空に『終焉』の文字がまだ浮かんでいる。その赤い光が、まるで僕を見下ろしているかのように感じられた。
僕は決意した。
もうこれ以上、仲間たちを危険に晒すわけにはいかない。真の創造者の正体を突き止め、この世界を守らなければならない。
たとえそれが、僕の命と引き換えになったとしても。
昨日まで美しく整然としていたはずの街並みが、まるで悪夢のように歪んでいる。石造りの建物は不自然に傾き、窓の形は四角から三角に変わり、扉は壁の真ん中に浮かんでいる。道路に刻まれた文字は激しく明滅し、時には完全に消失している。
「これは……」
エリシアが青ざめて呟いた。
「構文魔法の暴走なんてレベルではありませんね」
街の人々は混乱していた。商店の看板が勝手に書き換わり、『パン屋』が『恐怖屋』になったり、『薬局』が『厄局』に変化したりしている。それに伴って、実際の店の内容も変わってしまっているようだった。
「緊急事態だ」
僕たちを案内してきた大人の一人、王国調査局の魔導師ヴァレン・クロムウェルが厳しい表情で言った。
「君たちは学生だが、今は貴重な戦力だ。十分に注意して行動してくれ」
調査団は三つのグループに分かれることになった。僕とエリシア、カイルは第一班として、最も被害の深刻な商業地区を担当することになった。
「何を調査すればいいのでしょうか?」
エリシアが尋ねた。
「文字の変化パターンを記録してくれ」
ヴァレンが説明した。
「どの文字がどのように変化しているか、変化の頻度、影響範囲を詳しく調べる必要がある」
僕たちは商業地区に向かった。歩きながら、僕は自分の知識を総動員して状況を分析しようとした。
これは明らかに、世界の根本的な文字構造に問題が生じている。精霊が見せてくれた映像を思い出すと、大陸全体に刻まれた巨大な文字に亀裂が入っていた。その影響が、個々の建物や道路の文字にも波及しているのだろう。
「アルカディア、見てくれ」
カイルが指差した先に、奇妙な光景があった。
一軒の書店の前で、本が宙に浮いている。本のページが勝手にめくれ、文字が空中に舞い出している。舞い出した文字は互いにぶつかり合い、新しい単語を作り出している。
「『愛』と『憎』がぶつかって『哀』になった」
エリシアが観察を記録している。
「『希望』と『絶望』が結合して『失望』に変化しています」
僕は恐ろしい可能性に気がついた。
文字が勝手に結合して新しい意味を作り出している。これは単なる暴走ではない。世界の言語体系そのものが不安定になっているのだ。
「危険です」
僕は二人に警告した。
「あの文字に触れてはいけません。予期しない構文魔法が発動する可能性があります」
その時、書店から悲鳴が聞こえた。中に人がいるようだ。
「助けに行かなければ」
カイルが剣に手をかけた。
「待って」
僕は彼を止めた。
「無闇に入るのは危険です。まず状況を確認しましょう」
僕たちは慎重に書店に近づいた。窓から中を覗くと、店主らしき老人が床に倒れている。その周りには、本から飛び出した無数の文字が竜巻のように渦巻いている。
「構文竜巻ですね」
エリシアが専門用語で説明した。
「複数の構文が絡み合って制御不能になった状態です」
僕は自分の構文魔法の知識を思い出した。この現象を止めるには、竜巻の中心にある『核』となる文字を見つけ出し、それを正しい位置に戻す必要がある。
「僕が入ります」
僕は決断した。
「二人は外で待機していてください」
「一人では危険よ」
エリシアが反対した。
「私も一緒に行きます」
「いや、僕も行く」
カイルも続いた。
「仲間を見捨てるわけにはいかない」
僕は二人の強い意志を感じ取った。確かに、一人では対処できないかもしれない。
「わかりました。でも、僕の指示に従ってください」
僕たちは書店に入った。構文竜巻の風圧で、立っているのも困難だった。飛び交う文字の中から、核となる文字を探す。
「あれです」
僕は竜巻の中心に光る大きな文字を見つけた。それは『混沌』という文字だった。
「あの文字を正しい位置に戻せば、竜巻は止まるはずです」
「どうやって近づくの?」
エリシアが叫んだ。
僕は構文魔法の理論を思い出した。対立する概念を使えば、混沌を中和できるかもしれない。
「『秩序』の文字を作り出すんです」
僕は空中に指で文字を描き始めた。
しかし、この世界の魔法システムは僕の想像以上に複雑だった。単純に文字を描くだけでは、十分な効果が得られない。
「一緒にやりましょう」
エリシアが僕の隣で文字を描き始めた。
「三人で力を合わせれば」
カイルも加わった。三人で協力して『秩序』の文字を完成させると、それは美しい光を放った。光は竜巻に向かって飛んでいき、『混沌』の文字と衝突した。
瞬間、竜巻が止まった。飛び散っていた文字たちは静かに本の中に戻っていく。店主の老人も意識を取り戻した。
「ありがとう……若い魔導師たちよ」
老人は感謝の言葉を口にした。
「突然、本の文字が暴れ出して……一体何が起こっているのでしょうか」
「調査中です」
僕は答えた。
「今は安全な場所に避難してください」
書店を出ると、街の状況はさらに悪化していた。あちこちで同様の現象が起こっている。建物が形を変え、看板の文字が踊り、人々が混乱している。
「これは一軒ずつ対処していては間に合いませんね」
エリシアが現実的な問題を指摘した。
僕は考えた。根本的な解決策を見つけなければ、この混乱は止まらない。精霊たちの警告を思い出す。三つの選択肢のうち、どれを選ぶべきなのか。
その時、空に巨大な文字が現れた。『終焉』という文字が、血のように赤い光を放ちながら王都の上空に浮かんでいる。
「あれは何ですか?」
カイルが驚愕した。
僕は戦慄した。あの文字は僕が書いた小説には登場しない。つまり、世界が僕の設定を超えて独自に変化している証拠だ。
突然、『終焉』の文字から光の矢が放たれた。矢は王城の方向に向かって飛んでいく。そして、王城の一部が崩壊する音が響いた。
「王城が攻撃されています」
エリシアが青ざめた。
この瞬間、僕は理解した。
これはもはや単純な構文魔法の暴走ではない。世界そのものが、何者かによって意図的に破壊されているのだ。
「調査を中断します」
僕は決断した。
「王城に向かいましょう。何が起こっているのか、確認する必要があります」
僕たちは王城に向かって走った。街の人々は恐怖に怯え、避難を始めている。道路の文字は次々と消失し、建物の構造も不安定になっている。
王城の前広場に着くと、他の調査団メンバーたちも集まっていた。ヴァレンが厳しい表情で状況を説明した。
「王城の図書館が襲撃された。そこには、この国の根幹となる『原典』が保管されていたが、何者かに盗まれたようだ」
「原典とは?」
僕は尋ねた。
「この世界の全ての文字と構文の基盤となる、最古の文書だ」
ヴァレンが説明した。
「それが失われれば、世界の文字体系が完全に崩壊する」
僕の血が凍った。原典。僕は自分の小説にそんな設定を作った覚えがない。つまり、この世界は僕の想像を遥かに超えて発展していたのだ。
「犯人の手がかりはありますか?」
エリシアが質問した。
「目撃者によると、黒いローブを着た人物が、構文魔法を使って図書館に侵入したという」
ヴァレンは続けた。
「そして、その人物は『創造者への復讐』という言葉を残して去ったそうだ」
創造者への復讐。
僕の心臓が激しく鼓動した。やはり、この世界の住民の中に、創造者である僕の存在に気づいている者がいるのだ。そして、その者は僕に対して敵意を抱いている。
「アルカディア」
カイルが僕の顔を覗き込んだ。
「また顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「はい……少し疲れただけです」
僕は嘘をついた。
しかし、内心では恐怖が募っていた。
もし犯人が僕の正体を知っているなら、僕の周りにいる人たちも危険に晒されることになる。エリシアやカイル、グランベル先生……彼らを巻き込むわけにはいかない。
「今夜は一時撤退だ」
ヴァレンが指示を出した。
「明日の朝から、本格的な捜索を開始する。学生たちは学院に戻って休息を取れ」
僕たちは学院に戻った。しかし、僕の心は休まらなかった。
部屋に戻ると、机の上に一通の手紙が置かれていた。封筒には何も書かれていない。恐る恐る開けてみると、中には短いメッセージが書かれていた。
『偽りの創造者よ
汝が作りし不完全な世界に、真の終焉を与えてやろう
汝の愛する者たちが苦しむ姿を見るがいい
そして最後に、汝自身も虚無に帰すのだ
真の創造者より』
手紙を読み終えた時、僕の手は震えていた。
真の創造者? それは一体誰なのか。そして、なぜ僕を偽物と呼ぶのか。
窓の外を見ると、王都の上空に『終焉』の文字がまだ浮かんでいる。その赤い光が、まるで僕を見下ろしているかのように感じられた。
僕は決意した。
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