言葉がチートスキルになった世界で、僕だけが黙示録を書き換える破神構文。創造者と被造者の黙示録

みにぶた🐽

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反乱する物語

第2章  開かれし門

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 アパートに戻った僕は、すぐに行動を開始した。

 リターナーたちの反対など、もはやどうでもいい。エリシアが危険にさらされているなら、僕は迷わず彼女の元に向かう。

 問題は、どうやって異世界に戻るかだった。

 僕は机の上にグランベル先生の杖を置き、改めて観察した。木の表面に刻まれた古代語の文字が、室内の蛍光灯の下で微かに光って見える。

『願いし者に道を示さん』

 この文字は、単なる装飾ではない。何らかの魔法的な意味を持っているはずだ。

 僕は大学時代のノートを引っ張り出してきた。『破神戦記』の世界設定を記したノートだ。ページを繰っていくと、古代語の文法についての記述が見つかった。

 そうだ。この文字は命令文ではなく、条件文だった。

「『願いし者に』は主語、『道を示さん』は述語。つまり、願いを持つ者に対して、杖が道を示すということか」

 僕は杖を手に取った。

「グランベル先生、あなたは僕がいつか戻ってくることを予想していたのですね」

 杖が温かくなった。僕の体温に反応しているのか、それとも魔法的な反応なのか。

 僕は立ち上がり、部屋の中央に立った。構文魔法の基本姿勢を思い出しながら、杖を構える。

「僕の願いは、エリシアたちの世界に戻ることです」

 杖を天に向けて掲げた。

「『扉よ、隔てられし世界を繋げ』」

 しかし、何も起こらない。

 やはり、この現代世界では魔法は使えないのか。それとも、僕の構文が間違っているのか。

 僕は考え直した。あの世界では、文法と魔法が密接に関係していた。もしかすると、より正確な構文を使う必要があるのかもしれない。

「『我が願い、遥かなる世界への帰還なり。杖よ、その道を示せ』」

 今度は、古代語の語順に従って構文を組み立てた。

 瞬間、杖が強く光った。

 部屋全体が青白い光に包まれ、僕の周りに古代文字が浮かび上がった。それらの文字が複雑な魔法陣を形成していく。

「成功した……」

 しかし、魔法陣は不安定だった。文字が激しく点滅し、まるで何かに干渉されているかのようだった。

 その時、魔法陣の中から声が聞こえてきた。

「誰だ? 勝手に次元門を開いているのは」

 低く響く男性の声。僕の知らない声だった。

「私はアルカディア・ヴォルテクス。リテラ王国に戻ろうとしている」

「アルカディア?」

 声の主が驚いた様子だった。

「第三創造者のアルカディアか? なぜ今頃戻ろうとしている?」

「エリシアから助けを求められたからです。あなたは誰ですか?」

「私は……」

 声が一瞬途切れた。

「私は第零創造者、オリジン・ゼロだ」

 第零創造者? 僕は聞いたことがない名前だった。エターナル・ヴォイドが第一、リュウジが第二、僕が第三だったはずだ。

「第零とは、どういう意味ですか?」

「全ての創造者の源流となった存在だ」

 オリジン・ゼロの声に、不吉な響きが含まれていた。

「君たちが創造したと思っている世界は、実は私が最初に作り上げた原型なのだ」

 僕の血が凍った。

「そんな……」

「君たち後発の創造者は、私の作品を勝手に改変し、自分のものだと思い込んでいる」

 魔法陣が激しく揺らいだ。オリジン・ゼロの怒りが伝わってくる。

「そして今、その報いを受ける時が来た」

「報い?」

「私は君たちの世界を、元の姿に戻すつもりだ。君たちが加えた余計な改変を全て取り除いてな」

 僕は理解した。エリシアが言っていた『世界を破壊しようとしている存在』とは、このオリジン・ゼロのことだったのだ。

「やめてください」

 僕は必死に訴えた。

「あの世界の住民たちは、今幸せに生きています。彼らに罪はありません」

「住民?」

 オリジン・ゼロが嘲笑した。

「あれらは所詮、データの集合体に過ぎん。私が消去すれば、それで終わりだ」

「違います」

 僕は杖を強く握った。

「彼らは確実に、独立した人格を持っています。感情も意思も、全て本物です」

「本物? 笑わせるな」

 魔法陣から黒い光が放たれ、僕の部屋の壁に当たった。壁が一部崩れる。

「君たちが愛情を注いだから本物になったとでも思っているのか? 甘い考えだ」

 僕は恐怖を感じた。この存在は、間違いなく僕たちより強力な力を持っている。

「しかし、面白い提案をしてやろう」

 オリジン・ゼロの声音が変わった。

「君が私の元に来るなら、その娘だけは特別に保護してやる」

「エリシアを?」

「そうだ。君が愛しているエリシア・ルーンハートだけは、初期化から除外してやる」

 僕の心が揺らいだ。エリシアを救えるなら……。

 しかし、すぐに首を振った。

「他の住民たちはどうなるのですか? カイルは? グランベル先生は?」

「消去される。当然だろう」

「そんな条件は飲めません」

 僕は杖を構え直した。

「僕は、エリシアだけでなく、全ての住民を守ります」

「愚かな……」

 オリジン・ゼロの声に殺気が混じった。

「では、君も他の創造者と同じ運命を辿ることになる」

「他の創造者? エターナル・ヴォイドとリュウジのことですか?」

「彼らは既に私の手の内にある」

 僕の心臓が止まりそうになった。

「何をしたんですか?」

「心配するな。殺してはいない。ただ、私の世界で『再教育』を受けてもらっているだけだ」

 魔法陣が不安定になり始めた。通信が途切れそうになっている。

「時間がないようだ」

 オリジン・ゼロの声が遠くなった。

「君に最後の選択肢を与えよう。私の元に来て降伏するか、それとも無駄な抵抗を続けるか」

「僕の答えは……」

 その時、魔法陣が完全に崩壊した。青白い光が消え、部屋は元の静寂に戻った。

 僕は膝をついた。全身から力が抜けている。魔法陣の維持には、想像以上の体力を消耗したようだった。

 しかし、重要な情報を得ることができた。

 エリシアたちを脅かしているのは、第零創造者オリジン・ゼロ。そして、エターナル・ヴォイドとリュウジが既に捕らえられている。

 僕は立ち上がった。もはや迷っている時間はない。

 杖を握りしめ、再び構文を組み立てる。今度は、より強力な魔法を使う必要がある。

「『我が魂を賭けて、愛する者たちの元へ』」

 これは禁忌とされる魔法だった。自分の生命力を消費して、強制的に次元移動を行う術。

 杖が激しく光り、再び魔法陣が現れた。しかし今度は、安定している。

 魔法陣の中央に、光の扉が開いた。その向こうに、見慣れた石造りの建物が見える。リテラ王立魔法学院だった。

 僕は躊躇なく扉に向かって走った。

 しかし、扉をくぐる直前で、背後から声が聞こえた。

「田中! 待て!」

 振り返ると、黒田さんが部屋に駆け込んできていた。

「危険だ! 無理な次元移動は……」

 僕は黒田さんを見つめた。

「黒田さん、どうしてここに?」

「君が無茶をすると思って、様子を見に来たんだ」

 黒田さんの顔には、心配と決意が混じっていた。

「一人で行くのは危険すぎる。私も一緒に行かせてくれ」

「でも、あなたの世界は……」

「私の世界も、同じ脅威にさらされている」

 黒田さんが杖のような短剣を取り出した。

「オリジン・ゼロという存在に心当たりがある。昔、創作仲間で『ゼロ』と名乗る人物がいた」

 僕は驚いた。

「知っているのですか?」

「確証はない。でも、もしそうなら……」

 黒田さんの表情が暗くなった。

「彼は非常に危険な人物だ。一人で立ち向かえる相手ではない」

 光の扉が不安定になり始めた。時間がない。

「分かりました」

 僕は決断した。

「一緒に行きましょう。でも、この魔法は一度きりです。帰れる保証はありません」

「構わない」

 黒田さんが僕の隣に立った。

「私たちが創造した世界を守るためなら、どんなリスクでも引き受ける」

 僕たちは同時に光の扉に向かって走った。

 扉をくぐった瞬間、強烈な光に包まれた。意識が遠のいていく。

 最後に聞こえたのは、エリシアの声だった。

「アルカディア君……来てくれたのですね」

 僕は安堵と共に意識を失った。

 目を覚ますと、見慣れた石造りの部屋にいた。リテラ王立魔法学院の保健室のようだった。

 ベッドの脇には、エリシアが座っていた。

「アルカディア君、お加減はいかがですか?」

 エリシアの声を聞いた瞬間、僕の心は安らいだ。やはり戻ってきて良かった。

「エリシア……本当にエリシアなんだね」

 僕は起き上がって、彼女の手を取った。

「はい。でも、とても危険な状況です」

 エリシアの表情が曇った。

「オリジン・ゼロという存在が、私たちの世界を元の状態に戻そうとしています」

「僕も彼と話しました」

 僕は現代世界での出来事を説明した。

「エターナル・ヴォイドさんとリュウジさんが捕らえられているようです」

「やはり……」

 エリシアが悲しそうに頷いた。

「一週間前から、空に不吉な文字が現れるようになりました。『初期化開始』という文字が」

 僕の胸が締め付けられた。

「他の住民の皆さんは?」

「パニック状態です。カイル君とグランベル先生が、避難の指揮を取ってくれていますが……」

 その時、扉が開いた。黒田さんが看護師に付き添われて入ってきた。

「田中、無事だったか?」

「黒田さんも大丈夫でしたか?」

「ああ。しかし、この世界の魔法濃度は想像以上だな」

 黒田さんは部屋を見回した。

「私たちの世界とは、物理法則が根本的に違う」

 エリシアが黒田さんを見た。

「あなたも、創造者の方ですか?」

「ああ。黒田ユミだ。君がエリシア・ルーンハートだね」

 黒田さんがエリシアに近づいた。

「田中から話は聞いている。君は本当に、独立した人格を持っているのだな」

「はい」

 エリシアが微笑んだ。

「私たちは、創造者の皆さんから自立しました。でも、愛情は変わりません」

 黒田さんの表情が柔らかくなった。

「そうか……私たちが心配していたことは、杞憂だったのかもしれないな」

 しかし、その時、窓の外から爆発音が聞こえた。

 僕たちは窓に駆け寄った。

 王都の上空に、巨大な黒い雲が現れていた。雲の中から、『初期化プログラム起動』という赤い文字が浮かび上がる。

「始まってしまいました」

 エリシアが青ざめた。

「オリジン・ゼロの攻撃です」

 街の建物が、端から順番に光に包まれていく。光に包まれた建物は、より簡素な形に変化していく。まるで、設定が初期状態に戻されているかのようだった。

「住民の皆さんは?」

 僕が尋ねると、エリシアが答えた。

「まだ無事です。でも、初期化の波が学院に到達するまで、あと数時間しかありません」

 僕は窓から身を乗り出した。

 遠くに、カイルとグランベル先生の姿が見える。住民たちの避難を指揮している。

 しかし、どこに避難すれば安全なのか。この世界全体が初期化の対象なのだ。

「僕たちが行動を起こすしかありません」

 僕は振り返った。

「オリジン・ゼロと直接対峙して、止めるしかない」

「でも、どうやって?」

 黒田さんが現実的な問題を指摘した。

「相手がどこにいるかも分からないし、私たちの力で太刀打ちできるかも疑問だ」

 エリシアが口を開いた。

「実は、一つだけ方法があります」

「方法?」

「古い文献に記されていた『創造者召還の儀式』です」

 僕は眉をひそめた。

「創造者召還?」

「はい。複数の創造者の力を一箇所に集め、より強大な創造力を発揮する儀式です」

 黒田さんが興味深そうに身を乗り出した。

「詳しく教えてくれ」

「ただし」

 エリシアの表情が深刻になった。

「この儀式には大きなリスクがあります」

「どんなリスク?」

「儀式を行う創造者は、この世界に永続的に束縛される可能性があります」

 僕と黒田さんは顔を見合わせた。

「つまり、現代世界には戻れないということか?」

「はい。そして、儀式が失敗すれば……」

 エリシアの声が震えた。

「創造者も住民も、全て消滅してしまいます」

 部屋に重い沈黙が流れた。

 窓の外では、初期化の光がじわじわと学院に近づいている。

 時間がない。決断しなければならない。

 僕は仲間たちを見回した。

 この状況で、僕たちが取るべき行動は何だろうか?
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