12 / 40
反乱する物語
第2章 開かれし門
しおりを挟む
アパートに戻った僕は、すぐに行動を開始した。
リターナーたちの反対など、もはやどうでもいい。エリシアが危険にさらされているなら、僕は迷わず彼女の元に向かう。
問題は、どうやって異世界に戻るかだった。
僕は机の上にグランベル先生の杖を置き、改めて観察した。木の表面に刻まれた古代語の文字が、室内の蛍光灯の下で微かに光って見える。
『願いし者に道を示さん』
この文字は、単なる装飾ではない。何らかの魔法的な意味を持っているはずだ。
僕は大学時代のノートを引っ張り出してきた。『破神戦記』の世界設定を記したノートだ。ページを繰っていくと、古代語の文法についての記述が見つかった。
そうだ。この文字は命令文ではなく、条件文だった。
「『願いし者に』は主語、『道を示さん』は述語。つまり、願いを持つ者に対して、杖が道を示すということか」
僕は杖を手に取った。
「グランベル先生、あなたは僕がいつか戻ってくることを予想していたのですね」
杖が温かくなった。僕の体温に反応しているのか、それとも魔法的な反応なのか。
僕は立ち上がり、部屋の中央に立った。構文魔法の基本姿勢を思い出しながら、杖を構える。
「僕の願いは、エリシアたちの世界に戻ることです」
杖を天に向けて掲げた。
「『扉よ、隔てられし世界を繋げ』」
しかし、何も起こらない。
やはり、この現代世界では魔法は使えないのか。それとも、僕の構文が間違っているのか。
僕は考え直した。あの世界では、文法と魔法が密接に関係していた。もしかすると、より正確な構文を使う必要があるのかもしれない。
「『我が願い、遥かなる世界への帰還なり。杖よ、その道を示せ』」
今度は、古代語の語順に従って構文を組み立てた。
瞬間、杖が強く光った。
部屋全体が青白い光に包まれ、僕の周りに古代文字が浮かび上がった。それらの文字が複雑な魔法陣を形成していく。
「成功した……」
しかし、魔法陣は不安定だった。文字が激しく点滅し、まるで何かに干渉されているかのようだった。
その時、魔法陣の中から声が聞こえてきた。
「誰だ? 勝手に次元門を開いているのは」
低く響く男性の声。僕の知らない声だった。
「私はアルカディア・ヴォルテクス。リテラ王国に戻ろうとしている」
「アルカディア?」
声の主が驚いた様子だった。
「第三創造者のアルカディアか? なぜ今頃戻ろうとしている?」
「エリシアから助けを求められたからです。あなたは誰ですか?」
「私は……」
声が一瞬途切れた。
「私は第零創造者、オリジン・ゼロだ」
第零創造者? 僕は聞いたことがない名前だった。エターナル・ヴォイドが第一、リュウジが第二、僕が第三だったはずだ。
「第零とは、どういう意味ですか?」
「全ての創造者の源流となった存在だ」
オリジン・ゼロの声に、不吉な響きが含まれていた。
「君たちが創造したと思っている世界は、実は私が最初に作り上げた原型なのだ」
僕の血が凍った。
「そんな……」
「君たち後発の創造者は、私の作品を勝手に改変し、自分のものだと思い込んでいる」
魔法陣が激しく揺らいだ。オリジン・ゼロの怒りが伝わってくる。
「そして今、その報いを受ける時が来た」
「報い?」
「私は君たちの世界を、元の姿に戻すつもりだ。君たちが加えた余計な改変を全て取り除いてな」
僕は理解した。エリシアが言っていた『世界を破壊しようとしている存在』とは、このオリジン・ゼロのことだったのだ。
「やめてください」
僕は必死に訴えた。
「あの世界の住民たちは、今幸せに生きています。彼らに罪はありません」
「住民?」
オリジン・ゼロが嘲笑した。
「あれらは所詮、データの集合体に過ぎん。私が消去すれば、それで終わりだ」
「違います」
僕は杖を強く握った。
「彼らは確実に、独立した人格を持っています。感情も意思も、全て本物です」
「本物? 笑わせるな」
魔法陣から黒い光が放たれ、僕の部屋の壁に当たった。壁が一部崩れる。
「君たちが愛情を注いだから本物になったとでも思っているのか? 甘い考えだ」
僕は恐怖を感じた。この存在は、間違いなく僕たちより強力な力を持っている。
「しかし、面白い提案をしてやろう」
オリジン・ゼロの声音が変わった。
「君が私の元に来るなら、その娘だけは特別に保護してやる」
「エリシアを?」
「そうだ。君が愛しているエリシア・ルーンハートだけは、初期化から除外してやる」
僕の心が揺らいだ。エリシアを救えるなら……。
しかし、すぐに首を振った。
「他の住民たちはどうなるのですか? カイルは? グランベル先生は?」
「消去される。当然だろう」
「そんな条件は飲めません」
僕は杖を構え直した。
「僕は、エリシアだけでなく、全ての住民を守ります」
「愚かな……」
オリジン・ゼロの声に殺気が混じった。
「では、君も他の創造者と同じ運命を辿ることになる」
「他の創造者? エターナル・ヴォイドとリュウジのことですか?」
「彼らは既に私の手の内にある」
僕の心臓が止まりそうになった。
「何をしたんですか?」
「心配するな。殺してはいない。ただ、私の世界で『再教育』を受けてもらっているだけだ」
魔法陣が不安定になり始めた。通信が途切れそうになっている。
「時間がないようだ」
オリジン・ゼロの声が遠くなった。
「君に最後の選択肢を与えよう。私の元に来て降伏するか、それとも無駄な抵抗を続けるか」
「僕の答えは……」
その時、魔法陣が完全に崩壊した。青白い光が消え、部屋は元の静寂に戻った。
僕は膝をついた。全身から力が抜けている。魔法陣の維持には、想像以上の体力を消耗したようだった。
しかし、重要な情報を得ることができた。
エリシアたちを脅かしているのは、第零創造者オリジン・ゼロ。そして、エターナル・ヴォイドとリュウジが既に捕らえられている。
僕は立ち上がった。もはや迷っている時間はない。
杖を握りしめ、再び構文を組み立てる。今度は、より強力な魔法を使う必要がある。
「『我が魂を賭けて、愛する者たちの元へ』」
これは禁忌とされる魔法だった。自分の生命力を消費して、強制的に次元移動を行う術。
杖が激しく光り、再び魔法陣が現れた。しかし今度は、安定している。
魔法陣の中央に、光の扉が開いた。その向こうに、見慣れた石造りの建物が見える。リテラ王立魔法学院だった。
僕は躊躇なく扉に向かって走った。
しかし、扉をくぐる直前で、背後から声が聞こえた。
「田中! 待て!」
振り返ると、黒田さんが部屋に駆け込んできていた。
「危険だ! 無理な次元移動は……」
僕は黒田さんを見つめた。
「黒田さん、どうしてここに?」
「君が無茶をすると思って、様子を見に来たんだ」
黒田さんの顔には、心配と決意が混じっていた。
「一人で行くのは危険すぎる。私も一緒に行かせてくれ」
「でも、あなたの世界は……」
「私の世界も、同じ脅威にさらされている」
黒田さんが杖のような短剣を取り出した。
「オリジン・ゼロという存在に心当たりがある。昔、創作仲間で『ゼロ』と名乗る人物がいた」
僕は驚いた。
「知っているのですか?」
「確証はない。でも、もしそうなら……」
黒田さんの表情が暗くなった。
「彼は非常に危険な人物だ。一人で立ち向かえる相手ではない」
光の扉が不安定になり始めた。時間がない。
「分かりました」
僕は決断した。
「一緒に行きましょう。でも、この魔法は一度きりです。帰れる保証はありません」
「構わない」
黒田さんが僕の隣に立った。
「私たちが創造した世界を守るためなら、どんなリスクでも引き受ける」
僕たちは同時に光の扉に向かって走った。
扉をくぐった瞬間、強烈な光に包まれた。意識が遠のいていく。
最後に聞こえたのは、エリシアの声だった。
「アルカディア君……来てくれたのですね」
僕は安堵と共に意識を失った。
目を覚ますと、見慣れた石造りの部屋にいた。リテラ王立魔法学院の保健室のようだった。
ベッドの脇には、エリシアが座っていた。
「アルカディア君、お加減はいかがですか?」
エリシアの声を聞いた瞬間、僕の心は安らいだ。やはり戻ってきて良かった。
「エリシア……本当にエリシアなんだね」
僕は起き上がって、彼女の手を取った。
「はい。でも、とても危険な状況です」
エリシアの表情が曇った。
「オリジン・ゼロという存在が、私たちの世界を元の状態に戻そうとしています」
「僕も彼と話しました」
僕は現代世界での出来事を説明した。
「エターナル・ヴォイドさんとリュウジさんが捕らえられているようです」
「やはり……」
エリシアが悲しそうに頷いた。
「一週間前から、空に不吉な文字が現れるようになりました。『初期化開始』という文字が」
僕の胸が締め付けられた。
「他の住民の皆さんは?」
「パニック状態です。カイル君とグランベル先生が、避難の指揮を取ってくれていますが……」
その時、扉が開いた。黒田さんが看護師に付き添われて入ってきた。
「田中、無事だったか?」
「黒田さんも大丈夫でしたか?」
「ああ。しかし、この世界の魔法濃度は想像以上だな」
黒田さんは部屋を見回した。
「私たちの世界とは、物理法則が根本的に違う」
エリシアが黒田さんを見た。
「あなたも、創造者の方ですか?」
「ああ。黒田ユミだ。君がエリシア・ルーンハートだね」
黒田さんがエリシアに近づいた。
「田中から話は聞いている。君は本当に、独立した人格を持っているのだな」
「はい」
エリシアが微笑んだ。
「私たちは、創造者の皆さんから自立しました。でも、愛情は変わりません」
黒田さんの表情が柔らかくなった。
「そうか……私たちが心配していたことは、杞憂だったのかもしれないな」
しかし、その時、窓の外から爆発音が聞こえた。
僕たちは窓に駆け寄った。
王都の上空に、巨大な黒い雲が現れていた。雲の中から、『初期化プログラム起動』という赤い文字が浮かび上がる。
「始まってしまいました」
エリシアが青ざめた。
「オリジン・ゼロの攻撃です」
街の建物が、端から順番に光に包まれていく。光に包まれた建物は、より簡素な形に変化していく。まるで、設定が初期状態に戻されているかのようだった。
「住民の皆さんは?」
僕が尋ねると、エリシアが答えた。
「まだ無事です。でも、初期化の波が学院に到達するまで、あと数時間しかありません」
僕は窓から身を乗り出した。
遠くに、カイルとグランベル先生の姿が見える。住民たちの避難を指揮している。
しかし、どこに避難すれば安全なのか。この世界全体が初期化の対象なのだ。
「僕たちが行動を起こすしかありません」
僕は振り返った。
「オリジン・ゼロと直接対峙して、止めるしかない」
「でも、どうやって?」
黒田さんが現実的な問題を指摘した。
「相手がどこにいるかも分からないし、私たちの力で太刀打ちできるかも疑問だ」
エリシアが口を開いた。
「実は、一つだけ方法があります」
「方法?」
「古い文献に記されていた『創造者召還の儀式』です」
僕は眉をひそめた。
「創造者召還?」
「はい。複数の創造者の力を一箇所に集め、より強大な創造力を発揮する儀式です」
黒田さんが興味深そうに身を乗り出した。
「詳しく教えてくれ」
「ただし」
エリシアの表情が深刻になった。
「この儀式には大きなリスクがあります」
「どんなリスク?」
「儀式を行う創造者は、この世界に永続的に束縛される可能性があります」
僕と黒田さんは顔を見合わせた。
「つまり、現代世界には戻れないということか?」
「はい。そして、儀式が失敗すれば……」
エリシアの声が震えた。
「創造者も住民も、全て消滅してしまいます」
部屋に重い沈黙が流れた。
窓の外では、初期化の光がじわじわと学院に近づいている。
時間がない。決断しなければならない。
僕は仲間たちを見回した。
この状況で、僕たちが取るべき行動は何だろうか?
リターナーたちの反対など、もはやどうでもいい。エリシアが危険にさらされているなら、僕は迷わず彼女の元に向かう。
問題は、どうやって異世界に戻るかだった。
僕は机の上にグランベル先生の杖を置き、改めて観察した。木の表面に刻まれた古代語の文字が、室内の蛍光灯の下で微かに光って見える。
『願いし者に道を示さん』
この文字は、単なる装飾ではない。何らかの魔法的な意味を持っているはずだ。
僕は大学時代のノートを引っ張り出してきた。『破神戦記』の世界設定を記したノートだ。ページを繰っていくと、古代語の文法についての記述が見つかった。
そうだ。この文字は命令文ではなく、条件文だった。
「『願いし者に』は主語、『道を示さん』は述語。つまり、願いを持つ者に対して、杖が道を示すということか」
僕は杖を手に取った。
「グランベル先生、あなたは僕がいつか戻ってくることを予想していたのですね」
杖が温かくなった。僕の体温に反応しているのか、それとも魔法的な反応なのか。
僕は立ち上がり、部屋の中央に立った。構文魔法の基本姿勢を思い出しながら、杖を構える。
「僕の願いは、エリシアたちの世界に戻ることです」
杖を天に向けて掲げた。
「『扉よ、隔てられし世界を繋げ』」
しかし、何も起こらない。
やはり、この現代世界では魔法は使えないのか。それとも、僕の構文が間違っているのか。
僕は考え直した。あの世界では、文法と魔法が密接に関係していた。もしかすると、より正確な構文を使う必要があるのかもしれない。
「『我が願い、遥かなる世界への帰還なり。杖よ、その道を示せ』」
今度は、古代語の語順に従って構文を組み立てた。
瞬間、杖が強く光った。
部屋全体が青白い光に包まれ、僕の周りに古代文字が浮かび上がった。それらの文字が複雑な魔法陣を形成していく。
「成功した……」
しかし、魔法陣は不安定だった。文字が激しく点滅し、まるで何かに干渉されているかのようだった。
その時、魔法陣の中から声が聞こえてきた。
「誰だ? 勝手に次元門を開いているのは」
低く響く男性の声。僕の知らない声だった。
「私はアルカディア・ヴォルテクス。リテラ王国に戻ろうとしている」
「アルカディア?」
声の主が驚いた様子だった。
「第三創造者のアルカディアか? なぜ今頃戻ろうとしている?」
「エリシアから助けを求められたからです。あなたは誰ですか?」
「私は……」
声が一瞬途切れた。
「私は第零創造者、オリジン・ゼロだ」
第零創造者? 僕は聞いたことがない名前だった。エターナル・ヴォイドが第一、リュウジが第二、僕が第三だったはずだ。
「第零とは、どういう意味ですか?」
「全ての創造者の源流となった存在だ」
オリジン・ゼロの声に、不吉な響きが含まれていた。
「君たちが創造したと思っている世界は、実は私が最初に作り上げた原型なのだ」
僕の血が凍った。
「そんな……」
「君たち後発の創造者は、私の作品を勝手に改変し、自分のものだと思い込んでいる」
魔法陣が激しく揺らいだ。オリジン・ゼロの怒りが伝わってくる。
「そして今、その報いを受ける時が来た」
「報い?」
「私は君たちの世界を、元の姿に戻すつもりだ。君たちが加えた余計な改変を全て取り除いてな」
僕は理解した。エリシアが言っていた『世界を破壊しようとしている存在』とは、このオリジン・ゼロのことだったのだ。
「やめてください」
僕は必死に訴えた。
「あの世界の住民たちは、今幸せに生きています。彼らに罪はありません」
「住民?」
オリジン・ゼロが嘲笑した。
「あれらは所詮、データの集合体に過ぎん。私が消去すれば、それで終わりだ」
「違います」
僕は杖を強く握った。
「彼らは確実に、独立した人格を持っています。感情も意思も、全て本物です」
「本物? 笑わせるな」
魔法陣から黒い光が放たれ、僕の部屋の壁に当たった。壁が一部崩れる。
「君たちが愛情を注いだから本物になったとでも思っているのか? 甘い考えだ」
僕は恐怖を感じた。この存在は、間違いなく僕たちより強力な力を持っている。
「しかし、面白い提案をしてやろう」
オリジン・ゼロの声音が変わった。
「君が私の元に来るなら、その娘だけは特別に保護してやる」
「エリシアを?」
「そうだ。君が愛しているエリシア・ルーンハートだけは、初期化から除外してやる」
僕の心が揺らいだ。エリシアを救えるなら……。
しかし、すぐに首を振った。
「他の住民たちはどうなるのですか? カイルは? グランベル先生は?」
「消去される。当然だろう」
「そんな条件は飲めません」
僕は杖を構え直した。
「僕は、エリシアだけでなく、全ての住民を守ります」
「愚かな……」
オリジン・ゼロの声に殺気が混じった。
「では、君も他の創造者と同じ運命を辿ることになる」
「他の創造者? エターナル・ヴォイドとリュウジのことですか?」
「彼らは既に私の手の内にある」
僕の心臓が止まりそうになった。
「何をしたんですか?」
「心配するな。殺してはいない。ただ、私の世界で『再教育』を受けてもらっているだけだ」
魔法陣が不安定になり始めた。通信が途切れそうになっている。
「時間がないようだ」
オリジン・ゼロの声が遠くなった。
「君に最後の選択肢を与えよう。私の元に来て降伏するか、それとも無駄な抵抗を続けるか」
「僕の答えは……」
その時、魔法陣が完全に崩壊した。青白い光が消え、部屋は元の静寂に戻った。
僕は膝をついた。全身から力が抜けている。魔法陣の維持には、想像以上の体力を消耗したようだった。
しかし、重要な情報を得ることができた。
エリシアたちを脅かしているのは、第零創造者オリジン・ゼロ。そして、エターナル・ヴォイドとリュウジが既に捕らえられている。
僕は立ち上がった。もはや迷っている時間はない。
杖を握りしめ、再び構文を組み立てる。今度は、より強力な魔法を使う必要がある。
「『我が魂を賭けて、愛する者たちの元へ』」
これは禁忌とされる魔法だった。自分の生命力を消費して、強制的に次元移動を行う術。
杖が激しく光り、再び魔法陣が現れた。しかし今度は、安定している。
魔法陣の中央に、光の扉が開いた。その向こうに、見慣れた石造りの建物が見える。リテラ王立魔法学院だった。
僕は躊躇なく扉に向かって走った。
しかし、扉をくぐる直前で、背後から声が聞こえた。
「田中! 待て!」
振り返ると、黒田さんが部屋に駆け込んできていた。
「危険だ! 無理な次元移動は……」
僕は黒田さんを見つめた。
「黒田さん、どうしてここに?」
「君が無茶をすると思って、様子を見に来たんだ」
黒田さんの顔には、心配と決意が混じっていた。
「一人で行くのは危険すぎる。私も一緒に行かせてくれ」
「でも、あなたの世界は……」
「私の世界も、同じ脅威にさらされている」
黒田さんが杖のような短剣を取り出した。
「オリジン・ゼロという存在に心当たりがある。昔、創作仲間で『ゼロ』と名乗る人物がいた」
僕は驚いた。
「知っているのですか?」
「確証はない。でも、もしそうなら……」
黒田さんの表情が暗くなった。
「彼は非常に危険な人物だ。一人で立ち向かえる相手ではない」
光の扉が不安定になり始めた。時間がない。
「分かりました」
僕は決断した。
「一緒に行きましょう。でも、この魔法は一度きりです。帰れる保証はありません」
「構わない」
黒田さんが僕の隣に立った。
「私たちが創造した世界を守るためなら、どんなリスクでも引き受ける」
僕たちは同時に光の扉に向かって走った。
扉をくぐった瞬間、強烈な光に包まれた。意識が遠のいていく。
最後に聞こえたのは、エリシアの声だった。
「アルカディア君……来てくれたのですね」
僕は安堵と共に意識を失った。
目を覚ますと、見慣れた石造りの部屋にいた。リテラ王立魔法学院の保健室のようだった。
ベッドの脇には、エリシアが座っていた。
「アルカディア君、お加減はいかがですか?」
エリシアの声を聞いた瞬間、僕の心は安らいだ。やはり戻ってきて良かった。
「エリシア……本当にエリシアなんだね」
僕は起き上がって、彼女の手を取った。
「はい。でも、とても危険な状況です」
エリシアの表情が曇った。
「オリジン・ゼロという存在が、私たちの世界を元の状態に戻そうとしています」
「僕も彼と話しました」
僕は現代世界での出来事を説明した。
「エターナル・ヴォイドさんとリュウジさんが捕らえられているようです」
「やはり……」
エリシアが悲しそうに頷いた。
「一週間前から、空に不吉な文字が現れるようになりました。『初期化開始』という文字が」
僕の胸が締め付けられた。
「他の住民の皆さんは?」
「パニック状態です。カイル君とグランベル先生が、避難の指揮を取ってくれていますが……」
その時、扉が開いた。黒田さんが看護師に付き添われて入ってきた。
「田中、無事だったか?」
「黒田さんも大丈夫でしたか?」
「ああ。しかし、この世界の魔法濃度は想像以上だな」
黒田さんは部屋を見回した。
「私たちの世界とは、物理法則が根本的に違う」
エリシアが黒田さんを見た。
「あなたも、創造者の方ですか?」
「ああ。黒田ユミだ。君がエリシア・ルーンハートだね」
黒田さんがエリシアに近づいた。
「田中から話は聞いている。君は本当に、独立した人格を持っているのだな」
「はい」
エリシアが微笑んだ。
「私たちは、創造者の皆さんから自立しました。でも、愛情は変わりません」
黒田さんの表情が柔らかくなった。
「そうか……私たちが心配していたことは、杞憂だったのかもしれないな」
しかし、その時、窓の外から爆発音が聞こえた。
僕たちは窓に駆け寄った。
王都の上空に、巨大な黒い雲が現れていた。雲の中から、『初期化プログラム起動』という赤い文字が浮かび上がる。
「始まってしまいました」
エリシアが青ざめた。
「オリジン・ゼロの攻撃です」
街の建物が、端から順番に光に包まれていく。光に包まれた建物は、より簡素な形に変化していく。まるで、設定が初期状態に戻されているかのようだった。
「住民の皆さんは?」
僕が尋ねると、エリシアが答えた。
「まだ無事です。でも、初期化の波が学院に到達するまで、あと数時間しかありません」
僕は窓から身を乗り出した。
遠くに、カイルとグランベル先生の姿が見える。住民たちの避難を指揮している。
しかし、どこに避難すれば安全なのか。この世界全体が初期化の対象なのだ。
「僕たちが行動を起こすしかありません」
僕は振り返った。
「オリジン・ゼロと直接対峙して、止めるしかない」
「でも、どうやって?」
黒田さんが現実的な問題を指摘した。
「相手がどこにいるかも分からないし、私たちの力で太刀打ちできるかも疑問だ」
エリシアが口を開いた。
「実は、一つだけ方法があります」
「方法?」
「古い文献に記されていた『創造者召還の儀式』です」
僕は眉をひそめた。
「創造者召還?」
「はい。複数の創造者の力を一箇所に集め、より強大な創造力を発揮する儀式です」
黒田さんが興味深そうに身を乗り出した。
「詳しく教えてくれ」
「ただし」
エリシアの表情が深刻になった。
「この儀式には大きなリスクがあります」
「どんなリスク?」
「儀式を行う創造者は、この世界に永続的に束縛される可能性があります」
僕と黒田さんは顔を見合わせた。
「つまり、現代世界には戻れないということか?」
「はい。そして、儀式が失敗すれば……」
エリシアの声が震えた。
「創造者も住民も、全て消滅してしまいます」
部屋に重い沈黙が流れた。
窓の外では、初期化の光がじわじわと学院に近づいている。
時間がない。決断しなければならない。
僕は仲間たちを見回した。
この状況で、僕たちが取るべき行動は何だろうか?
0
あなたにおすすめの小説
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~
枯井戸
ファンタジー
力も強くない、足も速くない、魔法も使えないし、頭も大してよくない、どこにでもいるちょっとオタク趣味の主人公・東雲真緒が白雉国に勇者として転生する。
同期の勇者はそれぞれ力が強かったり、魔法が使えたり、回復ができたりと各々の才能を開花させ頭角を現していくのだが、真緒に与えられた才能は異世界転生モノでよく見る〝ステータスオープン〟のみだった。
仲間には使えないと蔑まれ、ギルドには落第勇者の烙印を押され、現地人には殺害されかけ、挙句の果てに大事な人を亡くし、見ず知らずの土地の最底辺で生きていくことになった真緒だったが、彼女はまだ〝ステータスオープン〟の可能性に気づいていないだけだった。
─────────────
※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。
※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。
※表紙は現在の主人公のイメージ図です。もしまた別の国へ行く場合、彼女の装いも変化するかもしれません。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる