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反乱する物語
第8章 神となりし者
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魔法の森の世界に到着した瞬間、僕たちは圧倒的な自然の力に包まれた。
巨大な古木が天に向かって伸び、その枝から光る蔦が美しく垂れ下がっている。花々は虹色に輝き、小川のせせらぎには音楽のような旋律がある。
しかし、その美しさの中に不穏な気配が混じっていた。
森の奥から、野獣の咆哮のような音が断続的に響いてくる。木々が不自然に震え、花々の色が時折暗く変化する。
「これが精霊の暴走の影響ですね」
エリシアが心配そうに呟いた。
「ええ。自然の調和が崩れています」
星間連邦から同行してきた青い肌の技術者、ゼノン博士が装置を操作しながら分析した。
「魔法的エネルギーの波長が異常に高くなっています」
僕たちは森の入り口にある避難キャンプに向かった。
そこには、森から逃れてきた住民たちが不安そうに集まっていた。彼らは皆、自然と調和した美しい民族だった。緑色の髪に褐色の肌、そして瞳には自然への深い愛情が宿っている。
「リテラ王国からの調停団の皆様でしょうか」
住民の代表らしき女性が僕たちを迎えた。
「私はシルフィア・ナチュラル、森の民の長老です」
「アルカディア・ヴォルテクスです」
僕は挨拶した。
「状況を詳しく教えてください」
シルフィア長老の表情が暗くなった。
「一週間前から、森の精霊たちが凶暴化し始めました」
彼女は森の方向を指差した。
「火の精霊は制御を失って山火事を起こし、水の精霊は洪水を引き起こし、風の精霊は竜巻を発生させています」
「住民の被害は?」
カイルが心配そうに尋ねた。
「幸い、死者は出ていません」
シルフィア長老が答えた。
「しかし、森での生活が不可能になりました。食料の確保も困難で、このままでは……」
僕は深刻な状況を理解した。
「ミスティ・エンチャント様はどちらに?」
「森の最深部にある『世界樹』の根元におられます」
シルフィア長老が不安そうに答えた。
「精霊たちを鎮めようと努力されていますが、逆に精霊の怒りが激しくなっているようで……」
その時、森の奥から巨大な爆発音が響いた。
空が一瞬赤く染まり、次に青く、そして緑色に変化した。
「精霊たちの力が衝突しています」
ゼノン博士が装置の数値を確認した。
「エネルギーレベルが危険域に達しています」
僕は決断した。
「すぐに森の最深部に向かいましょう」
「危険すぎます」
シルフィア長老が制止した。
「精霊たちは今、何者も近づけない状態です」
「でも、このまま放置するわけにはいきません」
僕は星間連邦から持参したデータクリスタルを取り出した。
「魔導科学の理論を使えば、必ず解決できます」
エリシアが僕の袖を引いた。
「アルカディア君、少し慎重になりませんか?」
「慎重に?」
僕は振り返った。
「エリシア、僕たちはもう十分に慎重でした。ベリクス帝国、桜咲学園、星間連邦、全てで成功を収めています」
「でも、この世界は他とは違います」
黒田さんが心配そうに言った。
「自然の精霊は、人工的な技術と相性が悪いかもしれません」
「大丈夫です」
僕は自信に満ちて答えた。
「魔導科学理論は、あらゆる魔法現象に対応できます。星間連邦で実証済みです」
グランベル先生が穏やかに諌めた。
「アルカディア君、住民の方々の意見も聞いてはいかがでしょうか?」
「意見を聞いている時間はありません」
僕は森の方向を見つめた。
「精霊の暴走が続けば、被害はさらに拡大します。迅速な解決が必要です」
僕は歩き始めた。
「皆さんは、ここで待機していてください」
「一人で行くつもりですか?」
カイルが驚いた。
「統合創造者としての権限を行使します」
僕は振り返らずに答えた。
「この世界のシステムを直接修正すれば、すぐに問題は解決します」
「アルカディア君!」
エリシアが僕を追いかけようとしたが、僕は構文魔法で結界を張った。
「『障壁よ、彼らを守れ』」
光の壁が僕と仲間たちの間に現れた。
「アルカディア!」
カイルが結界を叩いた。
「一人で行くな!危険すぎる!」
「心配いりません」
僕は冷静に答えた。
「すぐに戻ります」
僕は森の奥に向かって歩いた。
仲間たちの呼び声が背後で響いているが、振り返らなかった。
これまでの成功により、僕は自分の力を完全に信頼していた。そして、統合創造者としての権限があれば、どんな問題でも解決できると確信していた。
森の中を進むにつれて、精霊たちの怒りがより強く感じられるようになった。
火の精霊が作り出した炎の壁、水の精霊による激流、風の精霊の竜巻、土の精霊の地割れ。
しかし、僕は構文魔法で全てを押し通った。
「『炎よ、道を開け』」
「『水よ、流れを変えよ』」
「『風よ、静まれ』」
「『大地よ、平らになれ』」
精霊たちの力が僕の魔法によって強制的に抑制される。
しかし、それは対話や調和ではなく、一方的な力による支配だった。
森の最深部に到達すると、そこには巨大な世界樹がそびえ立っていた。
その根元で、一人の女性が倒れていた。
桃原美咲さん……ミスティ・エンチャントだった。
彼女は疲労困憊しており、顔色も悪かった。
「ミスティさん」
僕は彼女に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「アルカディア……さん?」
ミスティが薄っすらと目を開けた。
「来てくださったのですね……でも、危険です。精霊たちが……」
「もう大丈夫です」
僕は彼女を支えながら言った。
「僕が全てを解決します」
世界樹の周りには、四つの巨大な精霊が渦巻いていた。
火の精霊は巨大な炎の龍の姿で、水の精霊は津波のような水流で、風の精霊は竜巻の形で、土の精霊は岩石の巨人として現れていた。
彼らは皆、激しい怒りを放射している。
「なぜ精霊たちが怒っているのですか?」
僕はミスティに尋ねた。
「分からないのです」
ミスティが苦しそうに答えた。
「急に暴走し始めて……私の呼びかけにも応えてくれません」
僕は精霊たちを見上げた。
その瞬間、直感的に理解した。
精霊たちの怒りの原因は、構文魔法の流入による自然界の汚染だった。
人工的な魔法の力が、純粋な自然の精霊たちには毒のように作用しているのだ。
しかし、僕は問題の根本的解決よりも、迅速な解決を選択した。
「統合創造者の権限により、世界システムの強制修正を実行します」
僕はデータクリスタルを取り出し、魔導科学理論を発動させた。
「『自然よ、人工の秩序に従え』」
「『精霊よ、創造者の意志を受け入れよ』」
「『この世界の全システム、完全制御下に置く』」
強大な力が世界樹から放射された。
精霊たちが苦悶の声を上げながら、強制的に人間の姿に変化させられていく。
炎の龍は赤い髪の少女に、水流は青い髪の青年に、竜巻は白い髪の少女に、岩石巨人は茶色い髪の大男に。
彼らの瞳からは、自然の野性が失われ、人工的な従順さが宿っていた。
「制御完了」
僕は満足げに呟いた。
「精霊たちは今後、住民に危害を加えることはありません」
ミスティが震え声で言った。
「アルカディアさん……あなたは一体何を……」
「問題を解決したのです」
僕は振り返った。
「もう森は安全です。住民たちも帰還できます」
「でも……精霊たちの魂が……」
ミスティの目に涙が浮かんだ。
「彼らはもう、自然の精霊ではありません。ただの人形です」
「それでいいのです」
僕は冷静に答えた。
「制御できない力よりも、管理された安全の方が優れています」
その瞬間、世界樹が悲しげに鳴った。
葉が枯れ始め、幹に亀裂が入った。
世界樹は、自然の調和の象徴だった。その調和が人工的な支配によって破壊されたことで、世界樹自体が傷ついたのだ。
「世界樹が……」
ミスティが絶望的な声を上げた。
「止めてください!このままでは森全体が死んでしまいます!」
「大丈夫です」
僕は世界樹に手をかざした。
「これも修正します」
「『世界樹よ、新しい秩序に適応せよ』」
世界樹の亀裂が魔法によって修復される。しかし、その生命力は明らかに人工的なものになっていた。
僕は完璧な解決を成し遂げたと感じていた。
精霊の暴走は止まり、住民は安全になり、森も安定した。
しかし、その代償として、この世界の自然な美しさと神秘性は完全に失われていた。
僕は避難キャンプに戻った。
仲間たちが心配そうに迎えてくれた。
「アルカディア君!無事でしたか?」
エリシアが駆け寄ってきた。
「ええ。問題は全て解決しました」
僕は誇らしげに報告した。
「精霊たちを完全に制御下に置き、森の安全を確保しました」
住民たちが喜びの声を上げた。
「本当ですか?」
「森に帰れるのですね?」
シルフィア長老だけは、複雑な表情を浮かべていた。
「制御……とは、どのような方法で?」
「統合創造者の権限により、世界システムを直接修正しました」
僕は詳しく説明した。
「精霊たちは今後、住民に害をなすことはありません」
しかし、住民たちが森に戻った時、彼らの表情は困惑に変わった。
確かに森は安全になっていた。しかし、それは彼らが愛していた自然の森ではなかった。
精霊たちは人間の姿で整然と並び、機械的に森の管理を行っている。
花々は完璧に整列し、小川は一定の流量で流れ、木々は等間隔で配置されている。
美しいが、生命力のない、人工的な森だった。
「これは……私たちの森ではありません」
シルフィア長老が悲しそうに呟いた。
「確かに安全ですが……魂がありません」
他の住民たちも同様の反応を示した。
「精霊たちとの対話がなくなりました」
「自然の歌声が聞こえません」
「これでは、ただの公園です」
僕は住民たちの不満を理解できなかった。
「安全で美しい森を提供したのです。何が不満なのですか?」
「アルカディア君」
エリシアが僕の袖を引いた。
「少し話があります」
僕たちは人里離れた場所で話し合った。
「あなたは変わってしまいました」
エリシアが悲しそうに言った。
「前のあなたなら、住民の気持ちをもっと大切にしていたはずです」
「僕は住民のために行動しています」
僕は反論した。
「安全で秩序のある世界を提供したのです」
「でも、彼らはそれを望んでいませんでした」
カイルが厳しく言った。
「お前は、住民の意見を聞かずに一方的に決めつけた」
「時間がなかったのです」
僕はいらだちを感じた。
「迅速な解決が必要でした」
「それは言い訳です」
グランベル先生が悲しそうに首を振った。
「あなたは、統合創造者の力に溺れています」
「力に溺れる?」
僕は信じられなかった。
「僕は責任を果たしているだけです」
「責任?」
黒田さんが険しい表情で言った。
「住民の意志を無視して、勝手に世界を改変することが責任なのですか?」
僕は仲間たちの批判に憤りを感じた。
「僕がいなければ、どの世界も破滅していました」
僕は声を荒らげた。
「ベリクス帝国の戦争も、桜咲学園の混乱も、星間連邦の事故も、全て僕が解決したのです」
「それは事実です」
エリシアが認めた。
「でも、今回のやり方は間違っています」
「間違っている?」
僕は立ち上がった。
「結果が全てです。森は安全になり、住民は保護されました」
「その代償として、世界の魂が失われました」
ミスティ・エンチャントが現れた。
彼女の瞳には、深い悲しみが宿っていた。
「アルカディアさん、あなたは神になろうとしています」
「神?」
「はい。全てを支配し、全てを管理する神に」
ミスティが静かに言った。
「しかし、本当の創造者とは、住民と共に歩む存在ではないでしょうか?」
僕は黙り込んだ。
仲間たちの視線が、僕を見つめている。
そこには、以前のような温かさはなかった。
代わりにあるのは、失望と警戒だった。
僕は初めて、自分の行動を客観視した。
確かに、僕は最近、住民の意見よりも自分の判断を優先するようになっていた。
統合創造者としての力に、知らず知らずのうちに依存していたのかもしれない。
しかし、僕はそれを認めることができなかった。
「僕は正しいことをしています」
僕は頑なに主張した。
「世界を守り、住民を保護している」
「アルカディア君……」
エリシアが最後の説得を試みた。
「お願いです。元の森に戻してください」
「戻す?」
僕は首を振った。
「危険な状態に戻すなんて、できません」
僕は踵を返した。
「僕は他の世界でも同様の改善を行います」
「待ってください」
ミスティが呼び止めた。
「もしあなたが他の世界でも同じことをするなら……」
「どうなると言うのですか?」
「住民たちが、あなたに反乱を起こすかもしれません」
ミスティの警告が、夜風と共に響いた。
「創造者への反乱を」
僕は振り返らずに答えた。
「その時は、反乱も鎮圧します」
僕は一人、世界間移動の魔法を発動させた。
リテラ王国に戻る光の扉をくぐりながら、僕は思っていた。
仲間たちには理解されなかったが、僕は正しい道を歩んでいる。
統合創造者として、全ての世界を完璧に管理する責任がある。
そのためなら、多少の犠牲は仕方ない。
僕は、完全に変わってしまっていた。
愛に満ちた創造者から、冷酷な支配者へと。
そして、その変化こそが、これから始まる真の悲劇の序章だった。
巨大な古木が天に向かって伸び、その枝から光る蔦が美しく垂れ下がっている。花々は虹色に輝き、小川のせせらぎには音楽のような旋律がある。
しかし、その美しさの中に不穏な気配が混じっていた。
森の奥から、野獣の咆哮のような音が断続的に響いてくる。木々が不自然に震え、花々の色が時折暗く変化する。
「これが精霊の暴走の影響ですね」
エリシアが心配そうに呟いた。
「ええ。自然の調和が崩れています」
星間連邦から同行してきた青い肌の技術者、ゼノン博士が装置を操作しながら分析した。
「魔法的エネルギーの波長が異常に高くなっています」
僕たちは森の入り口にある避難キャンプに向かった。
そこには、森から逃れてきた住民たちが不安そうに集まっていた。彼らは皆、自然と調和した美しい民族だった。緑色の髪に褐色の肌、そして瞳には自然への深い愛情が宿っている。
「リテラ王国からの調停団の皆様でしょうか」
住民の代表らしき女性が僕たちを迎えた。
「私はシルフィア・ナチュラル、森の民の長老です」
「アルカディア・ヴォルテクスです」
僕は挨拶した。
「状況を詳しく教えてください」
シルフィア長老の表情が暗くなった。
「一週間前から、森の精霊たちが凶暴化し始めました」
彼女は森の方向を指差した。
「火の精霊は制御を失って山火事を起こし、水の精霊は洪水を引き起こし、風の精霊は竜巻を発生させています」
「住民の被害は?」
カイルが心配そうに尋ねた。
「幸い、死者は出ていません」
シルフィア長老が答えた。
「しかし、森での生活が不可能になりました。食料の確保も困難で、このままでは……」
僕は深刻な状況を理解した。
「ミスティ・エンチャント様はどちらに?」
「森の最深部にある『世界樹』の根元におられます」
シルフィア長老が不安そうに答えた。
「精霊たちを鎮めようと努力されていますが、逆に精霊の怒りが激しくなっているようで……」
その時、森の奥から巨大な爆発音が響いた。
空が一瞬赤く染まり、次に青く、そして緑色に変化した。
「精霊たちの力が衝突しています」
ゼノン博士が装置の数値を確認した。
「エネルギーレベルが危険域に達しています」
僕は決断した。
「すぐに森の最深部に向かいましょう」
「危険すぎます」
シルフィア長老が制止した。
「精霊たちは今、何者も近づけない状態です」
「でも、このまま放置するわけにはいきません」
僕は星間連邦から持参したデータクリスタルを取り出した。
「魔導科学の理論を使えば、必ず解決できます」
エリシアが僕の袖を引いた。
「アルカディア君、少し慎重になりませんか?」
「慎重に?」
僕は振り返った。
「エリシア、僕たちはもう十分に慎重でした。ベリクス帝国、桜咲学園、星間連邦、全てで成功を収めています」
「でも、この世界は他とは違います」
黒田さんが心配そうに言った。
「自然の精霊は、人工的な技術と相性が悪いかもしれません」
「大丈夫です」
僕は自信に満ちて答えた。
「魔導科学理論は、あらゆる魔法現象に対応できます。星間連邦で実証済みです」
グランベル先生が穏やかに諌めた。
「アルカディア君、住民の方々の意見も聞いてはいかがでしょうか?」
「意見を聞いている時間はありません」
僕は森の方向を見つめた。
「精霊の暴走が続けば、被害はさらに拡大します。迅速な解決が必要です」
僕は歩き始めた。
「皆さんは、ここで待機していてください」
「一人で行くつもりですか?」
カイルが驚いた。
「統合創造者としての権限を行使します」
僕は振り返らずに答えた。
「この世界のシステムを直接修正すれば、すぐに問題は解決します」
「アルカディア君!」
エリシアが僕を追いかけようとしたが、僕は構文魔法で結界を張った。
「『障壁よ、彼らを守れ』」
光の壁が僕と仲間たちの間に現れた。
「アルカディア!」
カイルが結界を叩いた。
「一人で行くな!危険すぎる!」
「心配いりません」
僕は冷静に答えた。
「すぐに戻ります」
僕は森の奥に向かって歩いた。
仲間たちの呼び声が背後で響いているが、振り返らなかった。
これまでの成功により、僕は自分の力を完全に信頼していた。そして、統合創造者としての権限があれば、どんな問題でも解決できると確信していた。
森の中を進むにつれて、精霊たちの怒りがより強く感じられるようになった。
火の精霊が作り出した炎の壁、水の精霊による激流、風の精霊の竜巻、土の精霊の地割れ。
しかし、僕は構文魔法で全てを押し通った。
「『炎よ、道を開け』」
「『水よ、流れを変えよ』」
「『風よ、静まれ』」
「『大地よ、平らになれ』」
精霊たちの力が僕の魔法によって強制的に抑制される。
しかし、それは対話や調和ではなく、一方的な力による支配だった。
森の最深部に到達すると、そこには巨大な世界樹がそびえ立っていた。
その根元で、一人の女性が倒れていた。
桃原美咲さん……ミスティ・エンチャントだった。
彼女は疲労困憊しており、顔色も悪かった。
「ミスティさん」
僕は彼女に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「アルカディア……さん?」
ミスティが薄っすらと目を開けた。
「来てくださったのですね……でも、危険です。精霊たちが……」
「もう大丈夫です」
僕は彼女を支えながら言った。
「僕が全てを解決します」
世界樹の周りには、四つの巨大な精霊が渦巻いていた。
火の精霊は巨大な炎の龍の姿で、水の精霊は津波のような水流で、風の精霊は竜巻の形で、土の精霊は岩石の巨人として現れていた。
彼らは皆、激しい怒りを放射している。
「なぜ精霊たちが怒っているのですか?」
僕はミスティに尋ねた。
「分からないのです」
ミスティが苦しそうに答えた。
「急に暴走し始めて……私の呼びかけにも応えてくれません」
僕は精霊たちを見上げた。
その瞬間、直感的に理解した。
精霊たちの怒りの原因は、構文魔法の流入による自然界の汚染だった。
人工的な魔法の力が、純粋な自然の精霊たちには毒のように作用しているのだ。
しかし、僕は問題の根本的解決よりも、迅速な解決を選択した。
「統合創造者の権限により、世界システムの強制修正を実行します」
僕はデータクリスタルを取り出し、魔導科学理論を発動させた。
「『自然よ、人工の秩序に従え』」
「『精霊よ、創造者の意志を受け入れよ』」
「『この世界の全システム、完全制御下に置く』」
強大な力が世界樹から放射された。
精霊たちが苦悶の声を上げながら、強制的に人間の姿に変化させられていく。
炎の龍は赤い髪の少女に、水流は青い髪の青年に、竜巻は白い髪の少女に、岩石巨人は茶色い髪の大男に。
彼らの瞳からは、自然の野性が失われ、人工的な従順さが宿っていた。
「制御完了」
僕は満足げに呟いた。
「精霊たちは今後、住民に危害を加えることはありません」
ミスティが震え声で言った。
「アルカディアさん……あなたは一体何を……」
「問題を解決したのです」
僕は振り返った。
「もう森は安全です。住民たちも帰還できます」
「でも……精霊たちの魂が……」
ミスティの目に涙が浮かんだ。
「彼らはもう、自然の精霊ではありません。ただの人形です」
「それでいいのです」
僕は冷静に答えた。
「制御できない力よりも、管理された安全の方が優れています」
その瞬間、世界樹が悲しげに鳴った。
葉が枯れ始め、幹に亀裂が入った。
世界樹は、自然の調和の象徴だった。その調和が人工的な支配によって破壊されたことで、世界樹自体が傷ついたのだ。
「世界樹が……」
ミスティが絶望的な声を上げた。
「止めてください!このままでは森全体が死んでしまいます!」
「大丈夫です」
僕は世界樹に手をかざした。
「これも修正します」
「『世界樹よ、新しい秩序に適応せよ』」
世界樹の亀裂が魔法によって修復される。しかし、その生命力は明らかに人工的なものになっていた。
僕は完璧な解決を成し遂げたと感じていた。
精霊の暴走は止まり、住民は安全になり、森も安定した。
しかし、その代償として、この世界の自然な美しさと神秘性は完全に失われていた。
僕は避難キャンプに戻った。
仲間たちが心配そうに迎えてくれた。
「アルカディア君!無事でしたか?」
エリシアが駆け寄ってきた。
「ええ。問題は全て解決しました」
僕は誇らしげに報告した。
「精霊たちを完全に制御下に置き、森の安全を確保しました」
住民たちが喜びの声を上げた。
「本当ですか?」
「森に帰れるのですね?」
シルフィア長老だけは、複雑な表情を浮かべていた。
「制御……とは、どのような方法で?」
「統合創造者の権限により、世界システムを直接修正しました」
僕は詳しく説明した。
「精霊たちは今後、住民に害をなすことはありません」
しかし、住民たちが森に戻った時、彼らの表情は困惑に変わった。
確かに森は安全になっていた。しかし、それは彼らが愛していた自然の森ではなかった。
精霊たちは人間の姿で整然と並び、機械的に森の管理を行っている。
花々は完璧に整列し、小川は一定の流量で流れ、木々は等間隔で配置されている。
美しいが、生命力のない、人工的な森だった。
「これは……私たちの森ではありません」
シルフィア長老が悲しそうに呟いた。
「確かに安全ですが……魂がありません」
他の住民たちも同様の反応を示した。
「精霊たちとの対話がなくなりました」
「自然の歌声が聞こえません」
「これでは、ただの公園です」
僕は住民たちの不満を理解できなかった。
「安全で美しい森を提供したのです。何が不満なのですか?」
「アルカディア君」
エリシアが僕の袖を引いた。
「少し話があります」
僕たちは人里離れた場所で話し合った。
「あなたは変わってしまいました」
エリシアが悲しそうに言った。
「前のあなたなら、住民の気持ちをもっと大切にしていたはずです」
「僕は住民のために行動しています」
僕は反論した。
「安全で秩序のある世界を提供したのです」
「でも、彼らはそれを望んでいませんでした」
カイルが厳しく言った。
「お前は、住民の意見を聞かずに一方的に決めつけた」
「時間がなかったのです」
僕はいらだちを感じた。
「迅速な解決が必要でした」
「それは言い訳です」
グランベル先生が悲しそうに首を振った。
「あなたは、統合創造者の力に溺れています」
「力に溺れる?」
僕は信じられなかった。
「僕は責任を果たしているだけです」
「責任?」
黒田さんが険しい表情で言った。
「住民の意志を無視して、勝手に世界を改変することが責任なのですか?」
僕は仲間たちの批判に憤りを感じた。
「僕がいなければ、どの世界も破滅していました」
僕は声を荒らげた。
「ベリクス帝国の戦争も、桜咲学園の混乱も、星間連邦の事故も、全て僕が解決したのです」
「それは事実です」
エリシアが認めた。
「でも、今回のやり方は間違っています」
「間違っている?」
僕は立ち上がった。
「結果が全てです。森は安全になり、住民は保護されました」
「その代償として、世界の魂が失われました」
ミスティ・エンチャントが現れた。
彼女の瞳には、深い悲しみが宿っていた。
「アルカディアさん、あなたは神になろうとしています」
「神?」
「はい。全てを支配し、全てを管理する神に」
ミスティが静かに言った。
「しかし、本当の創造者とは、住民と共に歩む存在ではないでしょうか?」
僕は黙り込んだ。
仲間たちの視線が、僕を見つめている。
そこには、以前のような温かさはなかった。
代わりにあるのは、失望と警戒だった。
僕は初めて、自分の行動を客観視した。
確かに、僕は最近、住民の意見よりも自分の判断を優先するようになっていた。
統合創造者としての力に、知らず知らずのうちに依存していたのかもしれない。
しかし、僕はそれを認めることができなかった。
「僕は正しいことをしています」
僕は頑なに主張した。
「世界を守り、住民を保護している」
「アルカディア君……」
エリシアが最後の説得を試みた。
「お願いです。元の森に戻してください」
「戻す?」
僕は首を振った。
「危険な状態に戻すなんて、できません」
僕は踵を返した。
「僕は他の世界でも同様の改善を行います」
「待ってください」
ミスティが呼び止めた。
「もしあなたが他の世界でも同じことをするなら……」
「どうなると言うのですか?」
「住民たちが、あなたに反乱を起こすかもしれません」
ミスティの警告が、夜風と共に響いた。
「創造者への反乱を」
僕は振り返らずに答えた。
「その時は、反乱も鎮圧します」
僕は一人、世界間移動の魔法を発動させた。
リテラ王国に戻る光の扉をくぐりながら、僕は思っていた。
仲間たちには理解されなかったが、僕は正しい道を歩んでいる。
統合創造者として、全ての世界を完璧に管理する責任がある。
そのためなら、多少の犠牲は仕方ない。
僕は、完全に変わってしまっていた。
愛に満ちた創造者から、冷酷な支配者へと。
そして、その変化こそが、これから始まる真の悲劇の序章だった。
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今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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