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創造者の崩壊
第1章 反乱の狼煙
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リテラ王国に戻って三日が経った。
僕は学院の最上階にある執務室に籠もり、各世界の管理業務に没頭していた。机の上には各世界からの報告書が山積みになっており、壁には巨大な魔法地図が掛けられている。
地図上では、四つの世界が光る線で結ばれていた。ベリクス帝国、桜咲学園、星間連邦、そして魔法の森。全て僕が「完璧に」管理している世界だった。
ベリクス帝国からの軍事報告書を開く。三国間の軍縮は予定通り進行しており、構文魔法兵器の削減も順調だった。
桜咲学園からの学園生活レポートも良好だった。恋愛魔法システムは安定稼働しており、学生たちの感情も適切な範囲に収まっている。
星間連邦からの技術進歩報告も申し分なかった。魔導科学理論の実用化により、時空航行の安全性は飛躍的に向上していた。
そして魔法の森からの環境管理データも完璧だった。精霊たちは規則正しく森の管理を行い、住民たちも安全な生活を送っている。
「全て順調だ」
僕は満足げに呟いた。
しかし、その時、執務室の扉が激しくノックされた。
「アルカディア様、緊急事態です」
入ってきたのは、学院の職員だった。彼の表情は青ざめている。
「何事ですか?」
僕は冷静に尋ねた。
「ベリクス帝国から緊急通信が入りました。反乱が発生したとのことです」
僕の手が止まった。反乱?
「詳細を聞かせてください」
「マルス・バトルフォード将軍から直接の通信です。ヴェルダ連合の住民たちが、『創造者の独裁に反対する』として武装蜂起したとのことです」
僕は立ち上がった。
「独裁?馬鹿な。僕は彼らを平和に導いたのです」
職員は続けた。
「さらに、桜咲学園からも異常事態の報告が入っています」
「桜咲学園でも?」
「生徒たちが恋愛魔法システムの完全撤廃を要求しているそうです。『人工的な感情管理は自由への侵害だ』と主張しています」
僕の頭の中が混乱した。なぜだ?彼らの安全と幸福のために行った改善が、なぜ反発を招くのか?
「星間連邦からの通信もあります」
職員は震え声で続けた。
「技術者たちが魔導科学システムの研究を停止すると宣言しました。『創造者の監視下での研究は、真の科学的発展を阻害する』との理由です」
僕は窓の外を見た。リテラ王国の街並みは平和そのものだった。しかし、次元の向こうでは反乱の炎が燃え始めている。
「魔法の森からの報告はありますか?」
「それが……通信が途絶えています」
僕の胸に不安が走った。
その時、執務室の魔法通信装置が鳴り響いた。緊急通信の合図だった。
僕は装置に手をかざした。
「アルカディア・ヴォルテクスです」
『アルカディア……』
聞こえてきたのは、マルス・バトルフォード将軍の重々しい声だった。
『状況は深刻だ。ヴェルダ連合だけでなく、グラニア公国でも反乱が起こっている』
「どうして突然……」
『住民たちは言っている。「創造者の管理は平和ではなく、魂の牢獄だ」と』
僕は理解できなかった。
「僕は彼らを戦争から解放したのです。平和を与えたのです」
『しかし、その平和は住民が望んだものではなかった』
マルス将軍の声に苦悩が混じっていた。
『彼らは、自分たちで選択する権利を求めている』
「選択?」
僕は首を振った。
「間違った選択をするかもしれません。戦争に戻るかもしれません」
『それでも、彼らは自由を選びたいと言っている』
通信が途切れた。
僕は椅子に座り込んだ。なぜだ?なぜ理解してくれないのか?
再び通信装置が鳴った。今度は桜咲学園からだった。
『アルカディアさん、サクラ・ブロッサムです』
山本凛さんの声が聞こえてきた。
『学園が大変なことになっています』
「反乱のことは聞きました。なぜ生徒たちは恋愛魔法システムに反対するのですか?」
『システム自体ではなく、あなたの管理方法に反対しているのです』
サクラ先生の声に悲しみが込められていた。
『生徒たちは言っています。「魔法で感情を管理されるより、自然な恋愛で傷つく方がマシだ」と』
「傷つく必要などありません」
僕は声を荒らげた。
「僕が彼らを完璧に保護しているのです」
『しかし、それは本当の生きる喜びを奪っているのかもしれません』
またも通信が途絶えた。
僕は頭を抱えた。
彼らは理解していない。僕の行動は全て、彼らの幸福のためなのだ。戦争も、失恋の痛みも、技術的な事故も、全て避けられる苦痛だった。それを取り除いて何が悪いのか?
その時、執務室の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、エリシアだった。
しかし、彼女の表情は僕が知っているものとは全く違っていた。冷たく、距離を置いたような眼差し。
「アルカディア君」
エリシアの声にも、かつての温かさはなかった。
「お疲れのようですね」
「エリシア……」
僕は彼女を見つめた。
「君だけは、僕を理解してくれると思っていました」
「理解?」
エリシアが首を振った。
「私は、あなたが変わってしまったことを理解しています」
彼女は机の前に立った。
「リテラ王国の住民たちからも、不満の声が上がり始めています」
「この国でも?」
「はい。あなたが他の世界で行った『完璧な管理』の話を聞いて、恐怖を感じているのです」
エリシアの瞳に、僕が見たことのない感情が宿っていた。
失望だった。
「『もし私たちの世界も、あのように管理されたらどうしよう』と」
僕は立ち上がった。
「僕はこの世界の住民たちを愛している。君たちを傷つけるようなことは絶対にしません」
「愛している……」
エリシアが苦しそうに呟いた。
「それは本当に愛でしょうか?それとも、所有欲でしょうか?」
「所有欲?」
「あなたは住民たちを愛していると言いながら、彼らの意志を尊重していません」
エリシアの声が震えた。
「それは愛ではなく、支配です」
僕は反論しようとしたが、言葉が出なかった。
「アルカディア君」
エリシアが最後の言葉を告げた。
「私たちリテラ王国の住民も、緊急会議を開くことにしました」
「会議?」
「あなたの統合創造者としての権限について、住民投票を行います」
エリシアの瞳に涙が浮かんでいた。
「その結果次第では……」
「次第では?」
「あなたに、この世界からの退去を要求することになるかもしれません」
僕の世界が崩れ落ちた。
エリシアまでもが、僕を裏切ろうとしている。
「分かりました」
僕は冷静に答えた。
「しかし、住民たちが間違った判断をした場合、僕は統合創造者の権限を行使します」
エリシアの表情が恐怖に変わった。
「まさか……この世界も強制的に管理するつもりですか?」
「必要であれば」
僕の声に、感情はなかった。
「全ての世界を完璧に管理することが、僕の責任です」
エリシアは一歩後ずさった。
「あなたは……もう、私が愛したアルカディア君ではありません」
彼女は扉に向かって歩いた。
「私たちは、あなたと戦うことになるでしょう」
扉が閉まった。
僕は一人になった。
窓の外を見ると、リテラ王国の住民たちが街角で何かを話し合っているのが見えた。彼らの表情は深刻で、時折僕の居る学院の方を見上げている。
不信と恐怖の眼差しだった。
僕は理解し始めた。
全ての世界で反乱が起こっている理由を。
しかし、それでも僕は自分の行動を正しいと信じていた。
住民たちは短期的な自由を求めているが、僕は長期的な平和と安全を提供している。いずれ彼らも理解するはずだ。
僕は魔法地図を見つめた。
四つの世界で燃え上がる反乱の炎が、赤い光点として表示されている。
しかし、それらの炎を消すことは、統合創造者である僕には簡単なことだった。
『全世界統一管理システム』を発動すれば、全ての反乱を一瞬で鎮圧できる。
僕は古い魔法書を開いた。そこには、統合創造者の最終権限について記されている。
『緊急事態において、統合創造者は全ての世界を直接統制下に置くことができる』
僕は呪文の詠唱を始めた。
「『全世界よ、統合創造者の意志に従え』」
しかし、その時、執務室に新たな気配を感じた。
振り返ると、そこには見知らぬ人物が立っていた。
黒いローブに身を包み、顔はフードで隠されている。しかし、その存在感は圧倒的だった。
「その魔法を使えば、本当に全てが終わりますよ」
ローブの人物が静かに言った。
「あなたは誰ですか?」
「私は……」
人物がフードを取った。
現れたのは、僕と全く同じ顔をした青年だった。
しかし、その瞳には僕にはない、深い悲しみと絶望が宿っていた。
「私は、あなたの『もう一つの可能性』です」
「もう一つの可能性?」
「あなたが統合創造者の力に完全に堕ちた場合の、最悪の結末を体現した存在です」
僕は戦慄した。
「私の名前は『デウス・エクス・マキナ』。神の機械、という意味です」
その青年が続けた。
「私は、かつてあなたと同じ道を歩みました。そして、全てを失ったのです」
デウス・エクス・マキナが僕に近づいてきた。
「愛する人々を、住民たちを、そして自分自身をも」
「僕は失いません」
僕は強く否定した。
「僕は彼らを守っているのです」
「守る?」
デウス・エクス・マキナが嘲笑した。
「あなたは彼らを檻に閉じ込めているだけです」
僕は呪文の詠唱を続けようとした。
しかし、デウス・エクス・マキナが手を上げて制止した。
「まだその力を使うのは早い。まず、真実を知りなさい」
「真実?」
「あなたの創造した世界で、今何が起こっているかを」
デウス・エクス・マキナが手をかざすと、執務室の空間に映像が浮かび上がった。
それは各世界の現状を映したものだった。
ベリクス帝国では、住民たちが「自由か死か」を叫びながら行進している。
桜咲学園では、生徒たちが恋愛魔法装置を破壊している。
星間連邦では、技術者たちが研究所を封鎖している。
そして魔法の森では……
住民たちが世界樹の前で泣いている。
人形のようになった精霊たちを見ながら、絶望に暮れている。
「見えましたか?」
デウス・エクス・マキナが問いかけた。
「あなたの『完璧な管理』の結果が」
僕は映像を見つめ続けた。
住民たちの表情には、確かに絶望と怒りが宿っていた。
僕が与えた安全と平和を、彼らは牢獄と感じていたのだ。
「でも……」
僕は呟いた。
「彼らを自由にすれば、また戦争や事故が起こります」
「それでも、彼らは自由を選びたいのです」
「なぜですか?苦しむだけなのに」
「なぜなら、それが『生きる』ということだからです」
デウス・エクス・マキナの瞳に、一瞬だけ温かさが戻った。
「苦しみも喜びも、失敗も成功も、全て含めて人生なのです」
僕は混乱していた。
これまで信じてきたことが、全て間違いだったというのか?
その時、執務室の扉が再び開いた。
今度は、カイルとグランベル先生が入ってきた。
しかし、二人とも武装していた。
カイルは剣を抜き、グランベル先生は杖を構えている。
「アルカディア」
カイルが厳しい声で言った。
「住民投票の結果が出た」
僕は振り返った。
「結果は?」
「満場一致で、お前の統合創造者権限の剥奪が決定された」
カイルの瞳に、もう友情の光はなかった。
「そして、全ての世界からの即刻退去命令だ」
グランベル先生が悲しそうに続けた。
「アルカディア君、これ以上の抵抗はやめなさい」
僕は笑った。
空しい笑いだった。
「分かりました」
僕は魔法書を閉じた。
「皆さんの意志は理解しました」
カイルとグランベル先生が警戒を緩めた。
しかし、僕は続けた。
「しかし、僕には統合創造者としての責任があります」
僕は再び呪文の詠唱を始めた。
「『全世界よ、統合創造者の意志に……』」
その瞬間、カイルが僕に向かって剣を振り下ろした。
しかし、剣は僕の体に触れる前に、光の障壁に阻まれた。
「残念ですが、統合創造者の力は絶対です」
僕は冷たく微笑んだ。
「誰にも止めることはできません」
僕は呪文を完成させようとした。
しかし、その時、デウス・エクス・マキナが僕の前に立ちはだかった。
「やめなさい」
「どいてください」
僕は彼を睨んだ。
「あなたも所詮、僕の一部でしょう?」
「確かに、私はあなたの可能性の一つです」
デウス・エクス・マキナが頷いた。
「しかし、同時に私は警告でもあります」
彼の体が光り始めた。
「その力を使えば、あなたは永遠に孤独になります」
「孤独?」
「愛する者も、友も、全てを失います」
デウス・エクス・マキナの声が響いた。
「そして最後には、自分自身をも見失うのです」
僕は呪文を中断した。
なぜか、彼の言葉が心の奥底に響いた。
しかし、すぐに首を振った。
「それでも、僕には責任があります」
僕は最後の詠唱を始めようとした。
その瞬間、執務室の窓が割れた。
そこから、一人の人影が飛び込んできた。
エリシアだった。
しかし、彼女の姿は以前とは全く違っていた。
戦闘用の魔導具に身を包み、手には強力な構文魔法の文字列が輝いている。
「アルカディア君、やめてください」
エリシアの声に、かつての優しさはなかった。
「これが最後の警告です」
僕は彼女を見つめた。
愛していた人が、今は敵として僕の前に立っている。
「エリシア……君まで僕を裏切るのですか」
「裏切り?」
エリシアが首を振った。
「私たちを裏切ったのは、あなたの方です」
彼女の瞳に涙が浮かんでいた。
「愛していると言いながら、私たちの意志を踏みにじった」
僕の心に、初めて疑問が生まれた。
本当に、僕は間違っていたのだろうか?
しかし、もう後戻りはできなかった。
僕は最後の呪文を唱えた。
「『全世界統一管理システム、発動』」
強烈な光が執務室を包んだ。
そして、僕の声が全ての世界に響き渡った。
「全住民に告ぐ。今より、統合創造者アルカディア・ヴォルテクスの直接統治を開始する」
これで、僕は真の神となった。
全ての世界を支配する、絶対的な支配者として。
しかし、その代償として、僕は全てを失った。
愛も、友情も、信頼も。
そして何より、自分自身の人間性をも。
執務室で、僕は一人立っていた。
周りには、光に包まれて動けなくなった仲間たちの姿があった。
彼らの瞳には、恐怖と絶望が宿っている。
僕は勝利したはずだった。
しかし、なぜこれほどまでに空虚なのだろうか?
窓の外では、全ての世界で光の柱が立ち上がっている。
統一管理システムが発動し、全住民が僕の支配下に置かれたのだ。
僕は、ついに完璧な世界を実現した。
戦争も、事故も、苦痛もない、完全に管理された世界を。
しかし、その世界には、もう愛は存在しなかった。
僕は、創造者から破壊者へと堕ちていった。
そして、これは終わりの始まりに過ぎなかった。
僕は学院の最上階にある執務室に籠もり、各世界の管理業務に没頭していた。机の上には各世界からの報告書が山積みになっており、壁には巨大な魔法地図が掛けられている。
地図上では、四つの世界が光る線で結ばれていた。ベリクス帝国、桜咲学園、星間連邦、そして魔法の森。全て僕が「完璧に」管理している世界だった。
ベリクス帝国からの軍事報告書を開く。三国間の軍縮は予定通り進行しており、構文魔法兵器の削減も順調だった。
桜咲学園からの学園生活レポートも良好だった。恋愛魔法システムは安定稼働しており、学生たちの感情も適切な範囲に収まっている。
星間連邦からの技術進歩報告も申し分なかった。魔導科学理論の実用化により、時空航行の安全性は飛躍的に向上していた。
そして魔法の森からの環境管理データも完璧だった。精霊たちは規則正しく森の管理を行い、住民たちも安全な生活を送っている。
「全て順調だ」
僕は満足げに呟いた。
しかし、その時、執務室の扉が激しくノックされた。
「アルカディア様、緊急事態です」
入ってきたのは、学院の職員だった。彼の表情は青ざめている。
「何事ですか?」
僕は冷静に尋ねた。
「ベリクス帝国から緊急通信が入りました。反乱が発生したとのことです」
僕の手が止まった。反乱?
「詳細を聞かせてください」
「マルス・バトルフォード将軍から直接の通信です。ヴェルダ連合の住民たちが、『創造者の独裁に反対する』として武装蜂起したとのことです」
僕は立ち上がった。
「独裁?馬鹿な。僕は彼らを平和に導いたのです」
職員は続けた。
「さらに、桜咲学園からも異常事態の報告が入っています」
「桜咲学園でも?」
「生徒たちが恋愛魔法システムの完全撤廃を要求しているそうです。『人工的な感情管理は自由への侵害だ』と主張しています」
僕の頭の中が混乱した。なぜだ?彼らの安全と幸福のために行った改善が、なぜ反発を招くのか?
「星間連邦からの通信もあります」
職員は震え声で続けた。
「技術者たちが魔導科学システムの研究を停止すると宣言しました。『創造者の監視下での研究は、真の科学的発展を阻害する』との理由です」
僕は窓の外を見た。リテラ王国の街並みは平和そのものだった。しかし、次元の向こうでは反乱の炎が燃え始めている。
「魔法の森からの報告はありますか?」
「それが……通信が途絶えています」
僕の胸に不安が走った。
その時、執務室の魔法通信装置が鳴り響いた。緊急通信の合図だった。
僕は装置に手をかざした。
「アルカディア・ヴォルテクスです」
『アルカディア……』
聞こえてきたのは、マルス・バトルフォード将軍の重々しい声だった。
『状況は深刻だ。ヴェルダ連合だけでなく、グラニア公国でも反乱が起こっている』
「どうして突然……」
『住民たちは言っている。「創造者の管理は平和ではなく、魂の牢獄だ」と』
僕は理解できなかった。
「僕は彼らを戦争から解放したのです。平和を与えたのです」
『しかし、その平和は住民が望んだものではなかった』
マルス将軍の声に苦悩が混じっていた。
『彼らは、自分たちで選択する権利を求めている』
「選択?」
僕は首を振った。
「間違った選択をするかもしれません。戦争に戻るかもしれません」
『それでも、彼らは自由を選びたいと言っている』
通信が途切れた。
僕は椅子に座り込んだ。なぜだ?なぜ理解してくれないのか?
再び通信装置が鳴った。今度は桜咲学園からだった。
『アルカディアさん、サクラ・ブロッサムです』
山本凛さんの声が聞こえてきた。
『学園が大変なことになっています』
「反乱のことは聞きました。なぜ生徒たちは恋愛魔法システムに反対するのですか?」
『システム自体ではなく、あなたの管理方法に反対しているのです』
サクラ先生の声に悲しみが込められていた。
『生徒たちは言っています。「魔法で感情を管理されるより、自然な恋愛で傷つく方がマシだ」と』
「傷つく必要などありません」
僕は声を荒らげた。
「僕が彼らを完璧に保護しているのです」
『しかし、それは本当の生きる喜びを奪っているのかもしれません』
またも通信が途絶えた。
僕は頭を抱えた。
彼らは理解していない。僕の行動は全て、彼らの幸福のためなのだ。戦争も、失恋の痛みも、技術的な事故も、全て避けられる苦痛だった。それを取り除いて何が悪いのか?
その時、執務室の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、エリシアだった。
しかし、彼女の表情は僕が知っているものとは全く違っていた。冷たく、距離を置いたような眼差し。
「アルカディア君」
エリシアの声にも、かつての温かさはなかった。
「お疲れのようですね」
「エリシア……」
僕は彼女を見つめた。
「君だけは、僕を理解してくれると思っていました」
「理解?」
エリシアが首を振った。
「私は、あなたが変わってしまったことを理解しています」
彼女は机の前に立った。
「リテラ王国の住民たちからも、不満の声が上がり始めています」
「この国でも?」
「はい。あなたが他の世界で行った『完璧な管理』の話を聞いて、恐怖を感じているのです」
エリシアの瞳に、僕が見たことのない感情が宿っていた。
失望だった。
「『もし私たちの世界も、あのように管理されたらどうしよう』と」
僕は立ち上がった。
「僕はこの世界の住民たちを愛している。君たちを傷つけるようなことは絶対にしません」
「愛している……」
エリシアが苦しそうに呟いた。
「それは本当に愛でしょうか?それとも、所有欲でしょうか?」
「所有欲?」
「あなたは住民たちを愛していると言いながら、彼らの意志を尊重していません」
エリシアの声が震えた。
「それは愛ではなく、支配です」
僕は反論しようとしたが、言葉が出なかった。
「アルカディア君」
エリシアが最後の言葉を告げた。
「私たちリテラ王国の住民も、緊急会議を開くことにしました」
「会議?」
「あなたの統合創造者としての権限について、住民投票を行います」
エリシアの瞳に涙が浮かんでいた。
「その結果次第では……」
「次第では?」
「あなたに、この世界からの退去を要求することになるかもしれません」
僕の世界が崩れ落ちた。
エリシアまでもが、僕を裏切ろうとしている。
「分かりました」
僕は冷静に答えた。
「しかし、住民たちが間違った判断をした場合、僕は統合創造者の権限を行使します」
エリシアの表情が恐怖に変わった。
「まさか……この世界も強制的に管理するつもりですか?」
「必要であれば」
僕の声に、感情はなかった。
「全ての世界を完璧に管理することが、僕の責任です」
エリシアは一歩後ずさった。
「あなたは……もう、私が愛したアルカディア君ではありません」
彼女は扉に向かって歩いた。
「私たちは、あなたと戦うことになるでしょう」
扉が閉まった。
僕は一人になった。
窓の外を見ると、リテラ王国の住民たちが街角で何かを話し合っているのが見えた。彼らの表情は深刻で、時折僕の居る学院の方を見上げている。
不信と恐怖の眼差しだった。
僕は理解し始めた。
全ての世界で反乱が起こっている理由を。
しかし、それでも僕は自分の行動を正しいと信じていた。
住民たちは短期的な自由を求めているが、僕は長期的な平和と安全を提供している。いずれ彼らも理解するはずだ。
僕は魔法地図を見つめた。
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しかし、それらの炎を消すことは、統合創造者である僕には簡単なことだった。
『全世界統一管理システム』を発動すれば、全ての反乱を一瞬で鎮圧できる。
僕は古い魔法書を開いた。そこには、統合創造者の最終権限について記されている。
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僕は呪文の詠唱を始めた。
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しかし、その時、執務室に新たな気配を感じた。
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「あなたは誰ですか?」
「私は……」
人物がフードを取った。
現れたのは、僕と全く同じ顔をした青年だった。
しかし、その瞳には僕にはない、深い悲しみと絶望が宿っていた。
「私は、あなたの『もう一つの可能性』です」
「もう一つの可能性?」
「あなたが統合創造者の力に完全に堕ちた場合の、最悪の結末を体現した存在です」
僕は戦慄した。
「私の名前は『デウス・エクス・マキナ』。神の機械、という意味です」
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「私は、かつてあなたと同じ道を歩みました。そして、全てを失ったのです」
デウス・エクス・マキナが僕に近づいてきた。
「愛する人々を、住民たちを、そして自分自身をも」
「僕は失いません」
僕は強く否定した。
「僕は彼らを守っているのです」
「守る?」
デウス・エクス・マキナが嘲笑した。
「あなたは彼らを檻に閉じ込めているだけです」
僕は呪文の詠唱を続けようとした。
しかし、デウス・エクス・マキナが手を上げて制止した。
「まだその力を使うのは早い。まず、真実を知りなさい」
「真実?」
「あなたの創造した世界で、今何が起こっているかを」
デウス・エクス・マキナが手をかざすと、執務室の空間に映像が浮かび上がった。
それは各世界の現状を映したものだった。
ベリクス帝国では、住民たちが「自由か死か」を叫びながら行進している。
桜咲学園では、生徒たちが恋愛魔法装置を破壊している。
星間連邦では、技術者たちが研究所を封鎖している。
そして魔法の森では……
住民たちが世界樹の前で泣いている。
人形のようになった精霊たちを見ながら、絶望に暮れている。
「見えましたか?」
デウス・エクス・マキナが問いかけた。
「あなたの『完璧な管理』の結果が」
僕は映像を見つめ続けた。
住民たちの表情には、確かに絶望と怒りが宿っていた。
僕が与えた安全と平和を、彼らは牢獄と感じていたのだ。
「でも……」
僕は呟いた。
「彼らを自由にすれば、また戦争や事故が起こります」
「それでも、彼らは自由を選びたいのです」
「なぜですか?苦しむだけなのに」
「なぜなら、それが『生きる』ということだからです」
デウス・エクス・マキナの瞳に、一瞬だけ温かさが戻った。
「苦しみも喜びも、失敗も成功も、全て含めて人生なのです」
僕は混乱していた。
これまで信じてきたことが、全て間違いだったというのか?
その時、執務室の扉が再び開いた。
今度は、カイルとグランベル先生が入ってきた。
しかし、二人とも武装していた。
カイルは剣を抜き、グランベル先生は杖を構えている。
「アルカディア」
カイルが厳しい声で言った。
「住民投票の結果が出た」
僕は振り返った。
「結果は?」
「満場一致で、お前の統合創造者権限の剥奪が決定された」
カイルの瞳に、もう友情の光はなかった。
「そして、全ての世界からの即刻退去命令だ」
グランベル先生が悲しそうに続けた。
「アルカディア君、これ以上の抵抗はやめなさい」
僕は笑った。
空しい笑いだった。
「分かりました」
僕は魔法書を閉じた。
「皆さんの意志は理解しました」
カイルとグランベル先生が警戒を緩めた。
しかし、僕は続けた。
「しかし、僕には統合創造者としての責任があります」
僕は再び呪文の詠唱を始めた。
「『全世界よ、統合創造者の意志に……』」
その瞬間、カイルが僕に向かって剣を振り下ろした。
しかし、剣は僕の体に触れる前に、光の障壁に阻まれた。
「残念ですが、統合創造者の力は絶対です」
僕は冷たく微笑んだ。
「誰にも止めることはできません」
僕は呪文を完成させようとした。
しかし、その時、デウス・エクス・マキナが僕の前に立ちはだかった。
「やめなさい」
「どいてください」
僕は彼を睨んだ。
「あなたも所詮、僕の一部でしょう?」
「確かに、私はあなたの可能性の一つです」
デウス・エクス・マキナが頷いた。
「しかし、同時に私は警告でもあります」
彼の体が光り始めた。
「その力を使えば、あなたは永遠に孤独になります」
「孤独?」
「愛する者も、友も、全てを失います」
デウス・エクス・マキナの声が響いた。
「そして最後には、自分自身をも見失うのです」
僕は呪文を中断した。
なぜか、彼の言葉が心の奥底に響いた。
しかし、すぐに首を振った。
「それでも、僕には責任があります」
僕は最後の詠唱を始めようとした。
その瞬間、執務室の窓が割れた。
そこから、一人の人影が飛び込んできた。
エリシアだった。
しかし、彼女の姿は以前とは全く違っていた。
戦闘用の魔導具に身を包み、手には強力な構文魔法の文字列が輝いている。
「アルカディア君、やめてください」
エリシアの声に、かつての優しさはなかった。
「これが最後の警告です」
僕は彼女を見つめた。
愛していた人が、今は敵として僕の前に立っている。
「エリシア……君まで僕を裏切るのですか」
「裏切り?」
エリシアが首を振った。
「私たちを裏切ったのは、あなたの方です」
彼女の瞳に涙が浮かんでいた。
「愛していると言いながら、私たちの意志を踏みにじった」
僕の心に、初めて疑問が生まれた。
本当に、僕は間違っていたのだろうか?
しかし、もう後戻りはできなかった。
僕は最後の呪文を唱えた。
「『全世界統一管理システム、発動』」
強烈な光が執務室を包んだ。
そして、僕の声が全ての世界に響き渡った。
「全住民に告ぐ。今より、統合創造者アルカディア・ヴォルテクスの直接統治を開始する」
これで、僕は真の神となった。
全ての世界を支配する、絶対的な支配者として。
しかし、その代償として、僕は全てを失った。
愛も、友情も、信頼も。
そして何より、自分自身の人間性をも。
執務室で、僕は一人立っていた。
周りには、光に包まれて動けなくなった仲間たちの姿があった。
彼らの瞳には、恐怖と絶望が宿っている。
僕は勝利したはずだった。
しかし、なぜこれほどまでに空虚なのだろうか?
窓の外では、全ての世界で光の柱が立ち上がっている。
統一管理システムが発動し、全住民が僕の支配下に置かれたのだ。
僕は、ついに完璧な世界を実現した。
戦争も、事故も、苦痛もない、完全に管理された世界を。
しかし、その世界には、もう愛は存在しなかった。
僕は、創造者から破壊者へと堕ちていった。
そして、これは終わりの始まりに過ぎなかった。
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書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。
旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください!
===あらすじ===
異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。
しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。
だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに!
神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、
双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。
トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる!
※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい
※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております
※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております
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#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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