言葉がチートスキルになった世界で、僕だけが黙示録を書き換える破神構文。創造者と被造者の黙示録

みにぶた🐽

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創造者の崩壊

第4章  失われた愛の記憶

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 雑用係として働き始めて二ヶ月が経った。
 僕は毎朝五時に起床し、学院の清掃から一日を始めている。廊下の掃き掃除、窓拭き、食堂のテーブル磨き。かつて統合創造者として世界を支配していた僕が、今では箒とモップを持って汗を流している。

 しかし、この単調な作業の中で、僕は久しぶりに心の平安を感じていた。

 今朝も、いつものように中庭の掃除をしていると、足音が聞こえた。振り返ると、エリシアが図書館に向かって歩いている。

 僕は作業を止めて、彼女を見つめた。

 長い金髪が朝日にきらめき、緑色の瞳は相変わらず美しい。しかし、その表情には以前のような笑顔はなく、どこか疲れたような影が宿っていた。

 エリシアが僕の視線に気づいて振り返った。

 一瞬、目が合う。

 僕は軽く頭を下げた。エリシアも会釈を返したが、すぐに視線を逸らして図書館に入っていった。

 これが、最近の僕たちの関係だった。

 挨拶程度の最小限の接触。互いに相手の存在を認識しているが、深く関わることはない。

 僕は箒を握り直した。

 エリシアとの関係を修復したい。しかし、どうアプローチすればいいのか分からなかった。

 謝罪の言葉はもう何度も伝えた。彼女もそれを受け取ってくれている。しかし、それだけでは足りない。

 言葉ではなく行動で示すと決めたのに、具体的に何をすればいいのか見えてこない。

 その時、背後から声をかけられた。

「アルカディア君」

 振り返ると、グランベル先生が立っていた。

「先生……」

「少し話がしたいのです。時間はありますか?」

 僕は掃除道具を片付けて、先生に従った。

 向かった先は、学院の小さな茶室だった。静かな空間で、窓からは庭園が見える。

 先生がお茶を淹れてくれた。

「アルカディア君、最近のあなたの努力は多くの人が認めています」

「ありがとうございます」

「しかし」
 先生が続けた。

「エリシア嬢のことで悩んでいるのでしょう?」

 僕は驚いた。

「どうして分かるのですか?」

「あなたの表情を見れば明らかです」
 先生が微笑んだ。

「彼女を見つめる時の切ない眼差し。しかし、近づくことのできない歯がゆさ」

 僕は茶碗を見つめた。

「エリシアとの関係を修復したいのですが、方法が分かりません」

「なぜ修復したいのですか?」

 先生の質問に、僕は戸惑った。

「それは……愛しているからです」

「本当に?」
 先生の瞳が鋭くなった。

「それとも、失ったものを取り戻したいという欲求ではありませんか?」

 僕は言葉に詰まった。

 確かに、僕の気持ちには「失ったものを取り戻したい」という欲求が混じっているかもしれない。

「アルカディア君」
 先生が優しく言った。

「真の愛とは、相手の幸福を第一に考えることです」

「エリシアの幸福……」

「もし彼女があなたと距離を置くことで幸せなら、それを受け入れる覚悟はありますか?」

 僕の胸が痛んだ。

 エリシアが僕を避けることで幸せになるなら、僕はそれを受け入れるべきなのだろうか?

「分からないのです」
 僕は正直に答えた。

「僕の気持ちが、愛なのか執着なのか」

 先生が頷いた。

「それが分からないうちは、彼女に近づくべきではありません」

「では、どうすれば?」

「まず、自分自身と向き合うことです」
 先生がお茶を飲んだ。

「あなたがエリシア嬢を愛していると言う時、具体的に何を愛しているのか?」

 僕は考えた。

 エリシアの美しさ?彼女の優しさ?それとも、僕を理解してくれていた時の安心感?

 考えれば考えるほど、混乱してきた。

「分からなくなりました」

「それでいいのです」
 先生が微笑んだ。

「混乱することから、真の理解が始まります」

 茶室を出て、僕は一人で学院の裏庭を歩いた。

 ここは人通りの少ない静かな場所で、考え事をするには最適だった。

 先生の言葉を反芻していると、ふと気づいた。

 僕は確かに、エリシアの「何」を愛しているのかを明確に理解していない。

 統合創造者として権力を持っていた時、僕は彼女を「特別な存在」として扱っていた。しかし、それは彼女自身を愛していたのか、それとも「僕を愛してくれる彼女」を愛していたのか?

 その時、裏庭の向こうから声が聞こえてきた。

「……本当に大丈夫なの?」

 エリシアの声だった。

 僕は身を隠して、様子を窺った。

 エリシアが一人の女子学生と話している。その学生は泣いているようだった。

「私、もうどうしていいか分からないの」
 学生が泣きながら言った。

「恋人に振られて、勉強にも集中できなくて……」

「大丈夫よ」
 エリシアが優しく肩を抱いた。

「失恋は辛いけれど、必ず乗り越えられるから」

「でも、エリシア先輩だって……」
 学生が遠慮がちに言った。

「アルカディア様のことで苦しんでいるんじゃ……」

 エリシアの表情が一瞬曇った。

「私のことは心配しないで」
 彼女が微笑んだ。

「大切なのは、あなたが前向きになることよ」

 学生が涙を拭いた。

「ありがとう、エリシア先輩。先輩みたいに強くなりたい」

「強い?」
 エリシアが首を振った。

「私は強くなんてないわ。ただ、誰かを支えることで、自分も支えられているだけ」

 二人は学院の方に戻っていった。

 僕は隠れていた場所から出て、深く考え込んだ。

 エリシアは、僕のことで苦しんでいるのだろうか?

 しかし、それ以上に、彼女は他の人を支えることで自分自身を保っているように見えた。

 僕は、彼女のそんな姿を見たことがあっただろうか?

 統合創造者として君臨していた時、僕はエリシアを「守るべき存在」として見ていた。しかし、実際の彼女は、他者を支える強さを持った人だった。

 僕は彼女の本当の姿を理解していなかったのかもしれない。

 その夜、僕は図書館で一人、恋愛に関する古典を読んでいた。

 『愛の構文学』、『心の魔法概論』、『感情と魔力の相関理論』。

 この世界の様々な文献を読み漁ったが、明確な答えは見つからなかった。

 そんな時、図書館の奥から足音が聞こえた。

 見ると、エリシアが一人で本を探していた。

 僕は迷った。声をかけるべきか、それとも気づかないふりをするべきか。

 しかし、エリシアの方が先に僕に気づいた。

「アルカディア君……まだ起きているのですね」

「エリシア……」

 僕は本を閉じて立ち上がった。

「君も、眠れないのですか?」

 エリシアは少し躊躇してから、僕の近くの椅子に座った。

「最近、よく考え事をしてしまって」

 僕たちの間に、気まずい沈黙が流れた。

 以前なら、こんな時間に二人でいれば、自然に会話が弾んでいただろう。しかし、今は何を話せばいいのか分からない。

「アルカディア君」
 エリシアが口を開いた。

「あなたは、なぜ私との関係を修復したいと思うのですか?」

 僕は驚いた。グランベル先生と同じような質問だった。

「それは……」

 僕は慎重に言葉を選んだ。

「君を愛しているからです」

「愛?」
 エリシアの瞳に複雑な光が宿った。

「あなたの言う愛とは、何でしょうか?」

 僕は答えに窮した。

 今日一日考え続けていたが、まだ明確な答えは見つかっていない。

「分からないのです」
 僕は正直に答えた。

「でも、君がいない世界は考えられません」

「それは愛ではなく、依存ではないでしょうか?」
 エリシアの声が少し厳しくなった。

 僕の胸が痛んだ。

 確かに、その通りかもしれない。

「エリシア、君は僕をどう思っているのですか?」

 エリシアは長い間沈黙していた。

 そして、ゆっくりと口を開いた。

「以前のあなたを愛していました」

 過去形だった。

「でも、今のあなたのことは……まだ分からないのです」

「今の僕のこと?」

「はい」
 エリシアが頷いた。

「あなたが本当に変わったのか、それとも一時的なものなのか」

 僕は彼女の瞳を見つめた。

 そこには、愛情と同時に不安と警戒が混じっていた。

「僕は変わろうと努力しています」

「努力……」
 エリシアが呟いた。

「でも、愛は努力で作るものではありませんよね」

 僕は何も答えることができなかった。

「アルカディア君」
 エリシアが立ち上がった。

「もう少し時間をください」

「時間?」

「あなたを理解するための時間を」
 彼女が振り返った。

「そして、私自身の気持ちを整理するための時間を」

 エリシアは図書館から出ていった。

 僕は一人残された。

 時間。

 彼女が求めているのは時間だった。

 そして、僕も時間が必要だった。自分自身の気持ちを理解するための時間が。

 僕は再び本を開いた。

 しかし、今度は恋愛の本ではなく、自己啓発に関する書籍を手に取った。

 『自分を知る』ということの意味を、一から学び直す必要があった。

 翌日から、僕は新しいアプローチを始めた。

 エリシアに直接関わろうとするのではなく、まず自分自身を深く理解しようと決めた。

 日記を詳細につけ始めた。毎日の感情の変化、他者への思い、自分の行動の動機。

 瞑想の時間も設けた。静かな場所で、自分の内面と向き合う。

 そして、この世界の心理魔法学の書籍を読み、自己分析の魔法的手法を学んだ。

 一週間が経った時、僕は一つの重要な発見をした。

 僕がエリシアを「愛している」と言う時、実際には「エリシアのいる安心できる関係」を愛していたのかもしれない、ということを。

 つまり、エリシア自身ではなく、彼女との関係がもたらす安心感や自己肯定感を求めていたのかもしれない。

 この発見は、僕にとって衝撃だった。

 しかし、同時に希望でもあった。

 なぜなら、真の問題を理解できれば、解決の道筋も見えてくるからだ。

 僕は、まず自分自身が独立した個人として成長する必要があった。

 エリシアに依存せずに、自分自身で幸福を感じられるようになる必要があった。

 そうして初めて、真の愛とは何かを理解できるのかもしれない。

 その夜、僕は新しい決意を込めて日記に書いた。

 『今日、重要なことに気づいた。僕はエリシアを愛していると思っていたが、実際には彼女に依存していただけかもしれない。真の愛を理解するために、まず自分自身を愛することから始めよう。そして、いつかエリシアと対等な関係を築けるような人間になりたい。』

 窓の外では、二つの月が静かに輝いていた。

 その光は、僕の新しい旅路を照らしているように見えた。

 自分自身を理解し、成長するための旅路を。

 そして、いつか真の愛を知るための旅路を。

 エリシアとの関係修復は、まだ遠い道のりかもしれない。

 しかし、僕は確実に正しい方向に歩み始めていた。

 自分自身と向き合うという、最も困難で、最も重要な道を。
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