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第一部:王国デフォルト・因果回収編
不運令嬢への融資
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王都の喧騒が嘘のように静まり返った、かつての高級住宅街。
その一角に、周囲の豪華な邸宅とは明らかに異質な、死臭すら漂いそうなほど荒れ果てた屋敷が鎮座していた。庭の木々は黒ずんで枯れ果て、鉄製の門は錆びついて半分外れかかっている。
「……ソラ様、本当にここなんですか? なんだか、幽霊が出そうな雰囲気です」
ミィナが隣で声を潜める。不安を隠しきれない様子だが、その目は周囲の異変を冷静に探っていた。俺とミィナが門を潜り、一歩足を踏み入れた、その瞬間だった。
ギギギ、と不吉な金属音が響き、頭上から巨大な屋敷の看板が、狙い澄ましたかのように落下してきた。
「ソラ様、危ないっ!」
ミィナが即座に反応し、反射的に俺の前に出ようとする。だが、俺はその場を一歩も動かなかった。
指先を軽く上に向け、ごくわずかな魔圧を放つ。落下してきた看板は、目に見えない強固なクッションに叩きつけられたように空中で軌道を逸らし、俺たちの数メートル真横に激突して激しい土煙を上げた。
「……なるほどな。看板の鎖が三箇所同時に、しかも腐食もしていない断面で断裂している。人為的な工作じゃない。これは『因果』そのものが歪んでいるな」
「いんが……? なんですか、それ」
「世界というシステムが、そこにいる人間を殺そうとしている。――運命レベルでな」
土煙の向こうから、一人の女性が転がるように走り寄ってきた。
継ぎ接ぎだらけの、だが丁寧に手入れされたドレスを揺らし、青ざめた顔で俺たちを見つめる。彼女こそ、今回の依頼主、エリーゼ・ヴァン・ゴールディングだった。
「ご、ご無事ですか!? 申し訳ありません、また私の不徳のせいで……!」
「不徳ではなく、不運だろ。エリーゼ・ヴァン・ゴールディング嬢」
俺が淡々と名前を呼ぶと、彼女は驚いたように目を見開いた。手入れの届かないブロンドの隙間から、意志の強そうな瞳が覗く。
「お怪我がないうちに、どうかお帰りください。私は存在するだけで、周囲の価値を壊してしまう『呪われた娘』なのです。……先ほどの看板のように、関わるすべてを破滅させてしまう」
「断る。俺は遊びに来たんじゃない、仕事をしに来たんだ。……あんたのその、クソみたいな『不良債権』を買い取りにな」
*
屋敷の広間には、脚の一本をレンガで支えられたテーブルがあるだけだった。
エリーゼは「最後のお茶の葉を保存していた棚が、昨晩理由もなく倒壊した」と、消え入りそうな声で語った。借金は金貨二千枚。明後日には、彼女は借金のカタに売られる予定だという。
「……徹底しているな。エリーゼ、あんたのLUK値はマイナス五百を超えている。これは呪いなんて生易しいもんじゃない。システム上のバグ……いや、意図的な『設計』の匂いがする」
俺はエリーゼの指先で鈍く光る、色褪せた指輪に視線を落とした。因果の流れが、不自然なほど一箇所に収束し、どこか遠くへ流れ出ている。
「よし、その借金。――俺が全額、買い取る」
「……え? 今、なんて……?」
「借金は俺が払う。その代わり、条件は二つだ。一つは、あんたの商才を俺に貸すこと。二つ目は、俺が融資する『力』の利息を一生払い続けることだ。救済じゃない。俺による『買収』だ」
エリーゼの身体が、一瞬だけ硬直した。 絶望に塗りつぶされていた彼女の瞳に、鋭い光が差し込む。
「……逃げ続ける人生より、買われる人生の方が、まだ『選択』だと思えました。いいでしょう。私のすべて、ソラ様に買い取っていただきます」
俺は立ち上がり、彼女の眉間に指を添えた。
(幸運値貸与:設定値10,000)
その瞬間、エリーゼの身体を、黄金の粒子が包み込んだ。
視界に、青い火花が散った。
『――新規契約者:エリーゼ・ヴァン・ゴールディング』
『幸運値の融資を完了』
『負の因果が逆転。世界のシステムにオーバーロードが発生』
『予約済み:聖域の債権との干渉を確認……一時待機』
「な、何……? 身体が、急に温かくなって……」
「今、あんたは世界で一番『ツイてる』女になった。……試してみるか? その辺の床でも叩いてみろ」
エリーゼは困惑しながらも、テーブルの脚元の床板を軽く叩いた。
すると、床板が綺麗にパカりと外れた。中から現れたのは、厚い革に包まれた古い小箱。中には、建国当時に紛失したとされる伝説の『原初の魔宝石』が眠っていた。
「ほう。床下に眠っていたのか。……早速、幸運が仕事をしたな」
エリーゼはその場に崩れ落ち、宝石を抱きしめて号泣した。
これが、レベル9999の貸与者のやり方だ。努力を嘲笑う運命を、数値の暴力でねじ伏せ、望む現実を「買い叩く」。
「忘れるな、エリーゼ。その宝石を売れば、借金なんて一瞬で消える。……だが、俺への利息は、金貨二千枚よりも遥かに重いぞ」
「はい……ソラ様。この命、そして再生する商会のすべて。利息として、私の魂が尽きるまで捧げることを誓います」
新たな投資先は、期待以上の利益を生んでくれそうだ。
俺は屋敷の外、王都の方向を見つめる。
そこでは今、エリーゼから幸運を吸い上げ続けていた存在が、因果の逆流にパニックを起こしているはずだ。
「さあ、取り立てを始めようか。……不当に肥え太った奴らの喉元までな」
その一角に、周囲の豪華な邸宅とは明らかに異質な、死臭すら漂いそうなほど荒れ果てた屋敷が鎮座していた。庭の木々は黒ずんで枯れ果て、鉄製の門は錆びついて半分外れかかっている。
「……ソラ様、本当にここなんですか? なんだか、幽霊が出そうな雰囲気です」
ミィナが隣で声を潜める。不安を隠しきれない様子だが、その目は周囲の異変を冷静に探っていた。俺とミィナが門を潜り、一歩足を踏み入れた、その瞬間だった。
ギギギ、と不吉な金属音が響き、頭上から巨大な屋敷の看板が、狙い澄ましたかのように落下してきた。
「ソラ様、危ないっ!」
ミィナが即座に反応し、反射的に俺の前に出ようとする。だが、俺はその場を一歩も動かなかった。
指先を軽く上に向け、ごくわずかな魔圧を放つ。落下してきた看板は、目に見えない強固なクッションに叩きつけられたように空中で軌道を逸らし、俺たちの数メートル真横に激突して激しい土煙を上げた。
「……なるほどな。看板の鎖が三箇所同時に、しかも腐食もしていない断面で断裂している。人為的な工作じゃない。これは『因果』そのものが歪んでいるな」
「いんが……? なんですか、それ」
「世界というシステムが、そこにいる人間を殺そうとしている。――運命レベルでな」
土煙の向こうから、一人の女性が転がるように走り寄ってきた。
継ぎ接ぎだらけの、だが丁寧に手入れされたドレスを揺らし、青ざめた顔で俺たちを見つめる。彼女こそ、今回の依頼主、エリーゼ・ヴァン・ゴールディングだった。
「ご、ご無事ですか!? 申し訳ありません、また私の不徳のせいで……!」
「不徳ではなく、不運だろ。エリーゼ・ヴァン・ゴールディング嬢」
俺が淡々と名前を呼ぶと、彼女は驚いたように目を見開いた。手入れの届かないブロンドの隙間から、意志の強そうな瞳が覗く。
「お怪我がないうちに、どうかお帰りください。私は存在するだけで、周囲の価値を壊してしまう『呪われた娘』なのです。……先ほどの看板のように、関わるすべてを破滅させてしまう」
「断る。俺は遊びに来たんじゃない、仕事をしに来たんだ。……あんたのその、クソみたいな『不良債権』を買い取りにな」
*
屋敷の広間には、脚の一本をレンガで支えられたテーブルがあるだけだった。
エリーゼは「最後のお茶の葉を保存していた棚が、昨晩理由もなく倒壊した」と、消え入りそうな声で語った。借金は金貨二千枚。明後日には、彼女は借金のカタに売られる予定だという。
「……徹底しているな。エリーゼ、あんたのLUK値はマイナス五百を超えている。これは呪いなんて生易しいもんじゃない。システム上のバグ……いや、意図的な『設計』の匂いがする」
俺はエリーゼの指先で鈍く光る、色褪せた指輪に視線を落とした。因果の流れが、不自然なほど一箇所に収束し、どこか遠くへ流れ出ている。
「よし、その借金。――俺が全額、買い取る」
「……え? 今、なんて……?」
「借金は俺が払う。その代わり、条件は二つだ。一つは、あんたの商才を俺に貸すこと。二つ目は、俺が融資する『力』の利息を一生払い続けることだ。救済じゃない。俺による『買収』だ」
エリーゼの身体が、一瞬だけ硬直した。 絶望に塗りつぶされていた彼女の瞳に、鋭い光が差し込む。
「……逃げ続ける人生より、買われる人生の方が、まだ『選択』だと思えました。いいでしょう。私のすべて、ソラ様に買い取っていただきます」
俺は立ち上がり、彼女の眉間に指を添えた。
(幸運値貸与:設定値10,000)
その瞬間、エリーゼの身体を、黄金の粒子が包み込んだ。
視界に、青い火花が散った。
『――新規契約者:エリーゼ・ヴァン・ゴールディング』
『幸運値の融資を完了』
『負の因果が逆転。世界のシステムにオーバーロードが発生』
『予約済み:聖域の債権との干渉を確認……一時待機』
「な、何……? 身体が、急に温かくなって……」
「今、あんたは世界で一番『ツイてる』女になった。……試してみるか? その辺の床でも叩いてみろ」
エリーゼは困惑しながらも、テーブルの脚元の床板を軽く叩いた。
すると、床板が綺麗にパカりと外れた。中から現れたのは、厚い革に包まれた古い小箱。中には、建国当時に紛失したとされる伝説の『原初の魔宝石』が眠っていた。
「ほう。床下に眠っていたのか。……早速、幸運が仕事をしたな」
エリーゼはその場に崩れ落ち、宝石を抱きしめて号泣した。
これが、レベル9999の貸与者のやり方だ。努力を嘲笑う運命を、数値の暴力でねじ伏せ、望む現実を「買い叩く」。
「忘れるな、エリーゼ。その宝石を売れば、借金なんて一瞬で消える。……だが、俺への利息は、金貨二千枚よりも遥かに重いぞ」
「はい……ソラ様。この命、そして再生する商会のすべて。利息として、私の魂が尽きるまで捧げることを誓います」
新たな投資先は、期待以上の利益を生んでくれそうだ。
俺は屋敷の外、王都の方向を見つめる。
そこでは今、エリーゼから幸運を吸い上げ続けていた存在が、因果の逆流にパニックを起こしているはずだ。
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